7話前編 『宮廷牢獄』
「……列車爆破テロは失敗、か」
その対象地であった中都のどこかで、そんな呟きがあった。
その声は喜びとも悲しみとも。いや、それどころかどんな感情によって発されたモノなのかすら全く見当もつかなかった。
近くにはもう1人いたようだ。
その静かな呟きに対して反応を示す。
「……いかがなさいますか?」
「いや、何も変わることはない。このまま計画通りやるだけだ。そう他の者にも伝えとけ」
はっ! と側に控えていた者は簡潔に返答すると、すぐにその場から消え去った。それが魔術によるものなのか、それとも身体能力の賜物なのかは不明だが。
再び、そこには静けさが舞い戻ってきた。時計の針の音すらも響くことのないその場所では、聞こえるのはもはや自身のかすかな耳鳴りくらいだろうか?
──そして。
それから少し経った後、彼はまたこう口を開いたのだった。
「さて、私もそろそろ最後の準備を行う頃かね……?」
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ここは大正帝国首都、永都の宮廷。
その中は、その価値に見合うほどの美しさであった。
しかもただ豪華な訳ではない。その内装は、決して煌びやかな内装とは言えないモノである。
だがそれは質素さ、簡素さを突き詰めた賜物なのだ。木を中心にして作られたその様は、大量の宝石で色飾るのとはまた違った感動を人々に与える。
そして、そんな場所に、1人の男がどっしりと座っていた。
歳は40代程だろうか?黒髪に中肉中背だが、その服は一般人離れしたとびきり派手なものを着ていた。
──何を隠そう。
彼こそが、この偉大なる帝国。正朝の皇帝陛下である。
彼は別にただ座っている訳ではなく、前に置かれた机に置かれたパソコンらしき者を触っている。皇帝の執務もこのご時世、コンピュータでするようだ。
すると、1人の側近が部屋に入ってくる。
彼は皇帝の前まで歩むと、そこに跪いた。
「陛下、皇太子殿下から連絡です」
「なんだ、言ってみろ」
彼はそう画面から目を離さずに言った。当たり前の話だが、彼は皇帝なのだから側近もそこには全く気にせず話を続ける。
「どうやら、横断鉄道内にて不法入国者を発見したと」
すると、陛下は一旦手を止めて呆れたような顔になる。
「そんなことか? アイツに言っとけ。そんなことでいちいち俺に振るなと、んなもん勝手に警察にでも引き渡せばいいだろ」
そう言うと、「話がそれだけならもう戻れ」とでも言わんばかりに、彼は再び執務を始め出した。
まぁ、そう彼が言うのももっともである。
──しかし。
ただそれだけじゃないんです、と使者が付け加えた。
「……それが、どうやらその入国者とやらがなんと、“例の世界”からの男であるらしいのです」
それを聞くと、皇帝の目が変わった。
そして、突然に笑いだす。
「はっはっはっ!! 本当か!!? もし事実ならば最高におもしろい。アイツにこっちまで連れてこいと言っておけ!」
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──5月5日。
列車でのいざこざから2日が経った。
犯人はあの後当然捕まり、現在は組織についての聴取が続いているようである。今知れる情報によれば、彼らは予想通り爆破によるテロを行う予定だったらしい。
そんな中、高崎は何をしているかというと。
「……………帰りたいなぁ」
独房の中で寝転がっていた。
まぁ要するに、捕まっているのだった。
あの時バレた後、そりゃまぁ当然のように拘束されて、列車内に転がされていた。そしてその後、降りた先の建物の牢屋にぶち込まれたという訳である。
移動の際には、軽い目隠しまでされていたので正しくは分からないが、おそらくここは首都の永都だ。
ある意味ここに来るという目的は達せられたが、それにしても最悪な達成のしかたである。
ちなみに牢の中は別にひどいという訳ではない。最低限以上の設備は整っていた。だからクソ辛いとかいう訳はないが、いつまでこのままなのかはまるで分からない。
何度も脱走は試みたが、そこは大国。あらゆる術を駆使して、脱出できないような仕組みが作られていた。
当然持っていた道具も没収されているので使えない。
なのでどうしようもなく、高崎は寝っ転がっているのだった
(…………マジでどうしよう??)
流石に死刑はないよな??不安になってきた。
そうこう思案していると、牢屋の前に1人の男が現れた。最近お世話になってる看守である。
何故彼1人が高崎を監視してるのかというと、彼が数少ないアルディス語を喋れる人間であるからである。だから、互いに言葉が通じるのだ。
その男は、来ると同時に鍵を取り出した。
「おい、タカサキ。一回出るぞ、陛下が呼んでいる」
どうやら出られるらしい。奴は銃を持ってるし、抵抗のしようもないが、とにかくラッキー!と高崎は思った。
──のだが、一つ引っかかることがあった。
「…………陛下??」
陛下……って、まさかあの皇帝のことかッ!!?
正朝を治める初代皇帝、23年前の反乱を導いた英雄。
そんな情報くらいしか入ってはいないが……。
「あぁそうだ。我が帝国の偉大なる皇帝陛下のことだ。ったく、なんでお前みたいな奴が陛下にお呼ばれになるのか……」
そういうと、彼は鍵を開けて中から出るように催促する。まぁ抵抗する理由もないので素直に出るが、正直訳がわからない。
高崎は謎の展開に困惑を隠せない。
──いったい、なんの目的だというのか?
聞いてみたところによると、どうやら刑務所か何かと思っていたここは、どうやら“宮廷の地下”らしい。
いや何故だ。それじゃあ、まるでハナから皇帝と“会わせるのが目的”のようじゃないか。
看守に何故ここに連れてこられたのかを聞いても、
「俺は知らん」と、一蹴である。
少なくとも分かったのは、最初から会う目的のために、ここに連れてこられたということのみである。
まさかの、予想的中であった。
(……いやほんとになんでなんだっ!!?)
高崎が思わず声に出しかける。
正朝の皇帝なるものが何の用だっていうんだ。
事情聴取もとい尋問なら、別に皇帝が出張る必要もない。
仮に一発死刑の宣告なんだとしても理由にはならない。
そもそもどんな理由であろうと、一国の主が違法入国者と会うなんてことがあっていいのか?
考えれば考えるほど何故か分からなくなってくる。
あるとしたら、俺がアルディス政府に一枚噛んでいるか直接確かめるため、とかだろうか?
正朝は一応他国との交流もある……のだが。
それは皇帝が直接するのみに留まっていると聞く。
今回それを行うのかもしれない。
なんだか、最悪アルディス国間との国際問題にまでなるのではないかという気までしてきた。
てかもし、皇帝が直接アルディス政府にそんな感じで聞いたら、アイツらはどうするつもりなんだろうか?
………なんかしらばっくれそうである。
私達は知りません勝手に彼が出向いただけですと言いかねん。
──本当に、嫌な予感がしてきた……。
そんなことを考えながら、高崎は看守に銃で脅されながら歩いていくのだった。
なんか死刑台に連れて行かれる気分だ。
……まぁそんな経験はないんですけどね。




