6話 『正朝横断鉄道の旅③』
「…………よし」
建国記念日のお昼前、いつもの特任部隊の建物の入り口に、1人の少女が立っていた。
黒髪ロングで、背は年を考えても小さめだろうか。その服は気合を入れてあるのか、最近買ったように見える。
無論、セルヴィナである。
最近メガネからコンタクトに変えてみたその少女は、別にここに依頼をしに来たわけではない。じゃあ何故ここにいるのかというと……。
それは高崎に改めてお礼をしにきたからである。
最初の訪問では昏睡中で会えなかったし、前に来た時も別の部署に出向いているとか何とかで会えなかったので、実はまだちゃんとしたお礼が言えていないのだ。
だから、セルヴィナは今日こそと出向いたのである。
昨日から学校は休みだったので、ちゃんとお礼用のクッキーも作ってきたし、話すこともしっかり決めてある。準備は万全。後は、気持ちを固めるだけだ。
「し、しつれいします……」
セルヴィナは恐る恐るドアをゆっくりと開けた。
入り口から部屋まではほぼ仕切りがなく、すぐに中の様子が把握できる。その中には当たり前の事ではあるのだが、多くの人がいた。……あの人はどこだろうか?
そうして辺りを見渡していると、そんな彼女に気がついた1人の女の人がこっちに駆けつけるようにして向かってきた。
セルヴィナはその人を知っている。──エレナだ。
以前ここを訪れたときに、軍の医療室にあの人を訪れに行ったときに会って、その時仲良くなったのだ。
「あーセルヴィナちゃん!! どうしたの、何か用??」
「えっと……。た、タカサキさんって居ますか? 出来ればちょっと会いたいんですけど……」
するとその言葉に、エレナが申し訳なさそうに手を合わせる。
「あー。ごめんね? 今アイツ任m……いや出張中なのよねぇ」
「──そうですかぁ」
どうやらまた居ないらしい。セルヴィナは心でため息をつく。なんでいつも丁度で会えないんだろうか?
その様子を見たエレナは、何とかしてあげたいなぁと思ったが、しかし事実高崎は今ここにいない。
何をすればいいだろう?
──そうだ! あれがあった!!
「でも、連絡から取る手段があるから話してみる? あっちでルヴァン達が今連絡とってるはずだから!」
「………えっ」
セルヴィナが少し躊躇うような反応を見せる。
確かに、何度も会えないのが続くのはもどかしい気持ちもあるが、正直そこに安心していた部分もある。
……ぶっちゃけてしまうと怖い。どういってお礼を渡せばいいのか、何を話せばいいのか。人見知りである彼女にとって、そのことは結構不安であった。加えて、年上の男の人となんてほぼ会話の経験なんてないから尚更である。
だから、いないと聞いて一回気持ちが切れた後で話してみる?となって、ちょっと不安な気持ちが押し寄せてきたのだ。
──だが……、だからと言って今回のチャンスを逃すのももったいない気もする。クッキーは今度にして、せめて今はとりあえずしっかりお礼は言っておこう。
「……お、お願いします!」
よしきた!とエレナがセルヴィナの手を引き奥の部屋へ連れて行く。今さら気がついたのだが、周りのいろんな人がこっちを見てきて正直恥ずかしい。
その先には連絡用の機器がどんと置かれており、その中央にはルヴァンが座っていた。
しかし彼は何故だろうか、焦っているように見える。
「ルヴァン。どうしたの? そんな焦って。それに随分と寝不足なようだけど」
ちなみにエレナはこの機器以外のここに持ってこられたモノの整備をしていたのだ。途中、また爆発しかけるハプニングがあったものの、テラの好判断によってそれは抑えられたらしい。
すると、振り返ったルヴァンは焦るように言葉をぶちまける。
「マズイ事態かもしれない。タカサキと連絡が取れねぇ!! しかも夜中あたりからずっとだ!!!」
「「ええ!!?」」
2人が驚く。セルヴィナは事の顛末は知らないだろうが、彼の様子を見た感じから大体分かる。かなり危ない状態なのかもしれないと。
ルヴァンはその反応を聞くと、すぐに事の詳細について話し始める。
「細かく言えば、昨日の夜に今夜制圧作戦を実行するって言ってきた以来だ。それから何度も通話を要請したんだか全て繋がらないし、応答がない。そんなこと考えたくはないし、まだ俺はそうじゃないと信じてるが、敵に捕まったとか、こ……やられた可能性もあるかもしれねぇ……」
ルヴァンがその表現を言い淀む。
それは目の前の少女達に対する配慮か、それとも自身への言い聞かせか。とにかく、彼のその言い方からしてこれは間違いなくからかいなどではない。エレナはそう感じた。
「ど、どうするの!? 何かできることはないのッ!!?」
「気持ちは分かるが、事態が起こってるのはここから遥か遠くの正朝中央部。少尉に事は伝えたが、俺たちに出来ることは無事の連絡を待つことだけだ……」
ルヴァンが淡々と言っているように話すが、その口は唇を噛むように縮こまり、顔は少し歪んでいる。
昨日は笑いながら彼に任務を言いつけていたが、それは彼の緊張をほぐすため。出来ることなら、アイツ1人に危険なことをさせたくなかったなに決まってる。
しかし何かしたいと思ってもできない自分自身の無力さ。それを痛感したのだろう。
エレナもそれが分かるからそれ以上の追求はしない。
大丈夫だよね? と自分に言い聞かせるように呟くだけだ。
「…………高崎さん……」
セルヴィナも、祈るようにその名を呟く。
どうかあなたが無事でいますように────。
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日も既に変わり、“満月”も傾き始めた。列車内の通路はますます静寂に包まれ、タイヤの摩擦音が聞こえるばかりである。
辺りには人の気配もしない。外は既に人口密度も高い沿岸部の平野を抜けて山岳地帯に入ったのだろうか。真っ暗で、窓から月と星の明るさが際立っているのが分かる。
そこで今、2人の男の声がわずかばかり響いていた。
「おい。そのまま武器をゆっくりと地面に置け。……無闇な抵抗は文字通り身を滅ぼすぞ?」
恰幅のいい男が、銃を構えたまま後ろからそう告げた。その声は真剣そのもので、少しでも抵抗すれば本気で脳を撃ち抜いてくるだろう。
(──クソッ、抵抗手段を失くすのはキツいが、今は従うしかねぇ……のかよ……!)
高崎は歯を噛みしめながら、言われた通りに手に持っていたスタンガンを下に置く。そうでなければ本当に殺される。これはそういう事態だ。
今、奴らに彼を見逃す理由はない。
そもそも爆発で数多の人間を殺すのがコイツらの目的だ。奴らからすればどの道、乗員全員は殺すのだから。
ただ今撃つと周りにバレるかもしれない。そんなもしもの可能性で脅されているだけで済んでいる。それだけだろう。
奴はそれを見ると、まだ不満そうな顔で言う。
「まさか持ちモンがそれだけって訳じゃねぇだろ?
さっさと出した方がいいぜ? こっちはハナから死ぬ覚悟でやってんだ、お前一人殺すことくらい何とも思わねぇんだからよ」
それを聞いて、高崎は素直に銃も懐から出した。
そして高崎は、停止せよ。と小さく呟く。するとその銃は一時的に魔術効果が失われ、使えなくなった。
中はハイテクな技術が詰め込まれ、そう簡単に複製されることはないが、一応機能を停止させておいたのだ。
……流石にこんなモノが世間に広まるわけにはいかない。
これで安心したのか、奴が少し気を抜いたように見えた。
……実はまだ武器は1つある。
──というか、それは“あの魔術”だ。
そう、アレさえ使ってしまえば、足を動かさずに何とかできるかもしれない。
ただ、高崎のモノの出力はかなり弱い。
吹き飛ばすことはできないし、右手を大きく振るわなくてはならない。その間に撃たれれば終わり。簡単にこの命は尽き果てるだろう。
──いや。
だからどうした。
どうせこのままなら列車もろとも爆死だ。
なら、今僅かばかりの可能性に賭けてみる。そんなやり方が最善なんじゃないか? 幸い、今奴は俺が武器を差し出したと思い、僅ではあるだろうが気を緩めたはずだ。
それにこの後、他の誰かが止めてくれる可能性がないとも言えないが、それを信じるには確率が余りにも低すぎるし、そんなのに命を預けるのはごめんだ。
だから、決意をしなくてはならない。
高崎は他人を見捨てることは好まないが、別に完全無欠の聖人君子ではない。もし自身の命と見知らぬ人の命。どっちかを選ぶと聞かれたなら、前者を優先すると答える男である。
でも、実際の。本当の場面で彼らを見捨てるつもりにはなれなかった。だから、何とかしようとした。
そして、それは今もあまり変わらない。
別にこれは自殺行為なんかじゃない。自分を犠牲にみんなを助けたいとか、そんな自己犠牲精神でもない。
自分が助かるための行為だ。
高崎は自身にそう言い聞かせて、覚悟を決める。
そして、右手が。
振るわれ─────ッ!!
その時だった。
奥の方から、とんでもない勢いの突風が向かってきた。
突然のことに、2人は全く対応できない。
「「───ッッッ!!!?」」
男は抵抗むなしく吹き飛ばさた。
そして、後頭部を壁にぶつけそのまま崩れ落ちる。
高崎も当然まともに食らったが、体勢を低くしていたからか、地面に腹を打ち付けるだけで済んだ。
「…………な、なんだ……??」
胸の苦しさと揺さぶられた頭を堪え、高崎が振り返る。
その先には、1人のの小さな男の子が立っていた。
年齢は高崎の5つは下だろうか。中学生とも感じられるその子は、丈に合わない大きく派手な着物のようなモノを着ている。それは、古き東洋を思わせるような模様の服であった。
その髪は目元までかかるほどの黒髪で、やさしい目つきをしたなかなかのイケメンだ。
『なんだ。うるさくて目が覚めてたから見に来れば、こんな事件が起きてたなんてね。“クソッタレ”』
少し驚くように、かつ呆れたように少年が独り言を呟く。その子の声は、見かけ通りに高めではあるが、どこか威厳のある声であった。しかしその意味は分からない。恐らく…というか確実に、彼の喋っている言語は中雅語なのだろう。
だが。その最後の呟くように吐かれた言葉だけは、まるでかつての故郷を思い出させる─────。
………って、あれ?
「んっ!?今のってもしかして……に、日本語かッ!?」
高崎が驚いて声を荒げる。しかし、それは無理もない。
彼が最後に呟いた言葉は、ここ2年近く聞くことのなかった、日本語みたいなものだったのだ。無論、空耳の可能性もあるが、何故か彼はそうではないだろうと思うことが出来た。
そんな反応を見たその少年は、怪しそうに首をかしげる。
「……ん?今のアルディス語ですよね。アルディス人なんて久しぶりに見ました。というか、“ニホンゴ”、って。
──その単語、いったいどこで知り得たんですか!?」
少年は何かに気がついたのか、最後には高崎に負けないくらいに声を強くして高崎にそう問い返した。
先程はその言葉の内容は全くと言っていいほど分からなかったが、今はその全てを理解できた。何故ならば、彼は今度はアルディス語で話しかけてきたからである。
少年は、どうやらなかなかの才能の持ち主らしい。
──だが。
(……いや、そんなのこっちが聞きたいわッ!!!)
そんなことよりも、彼はそんなツッコミが頭の中で浮かんでいた。少年はは今度は『ニホンゴ』と確実に言いやがったのだ。その真意は分からないが、確実に少年は“高崎の故郷”について“何かを知り得ている”らしい。まさか、高崎と同じ異世界転移(笑)の被害者だというのだろうか??
しかし、だからといってそんな質問を返すわけにもいかず、加えてそのことについて答えるのも正直あまりしたくない。
だから、誤魔化して話題を転換してやるのだ!
「……いやぁ。ほら、とりあえず助けてくれてサンキューな。それにあの風魔術すごかったぜ! 一体何モンなんだアンタ?」
相手に感謝と賞賛をして逃れ、かつ奴の正体も知る戦法。我ながら完璧である。少年も褒められたのが嬉しいのか、ちょっとニヤついている。
………コイツチョロそうだな。
そんな彼の心の中の気持ちとは裏腹に、少年は鼻を高くしながらこう言った。
「そうでしょうそうでしょう! なんだって僕は正朝皇帝の長男なんですから!!」
「そっかー皇帝の長男ならそりゃすご…………えっ」
胸を張って話す少年の言葉を、繰り返すように口に出して、その違和感に高崎が気がつく。
──正朝の……皇帝の息子……???
一応、例の相手のことを知る魔術を使ってみる。
コイツの名前は………彼には見抜けなかった。
どうやら少年の常人離れした魔力が、高崎の弱い魔力の介入を阻んでいるらしい。とりあえず、それだけでかなりの実力の持ち主であるということだけは分かった。
「………マジ?」
「えぇマジですよ。証拠見ますか?」
そう口にして少年が手に取ったのは、燿朝時代から王族の証として定着した腕賞である。そこには正朝の国家や、公用語で書かれた名前らしきモノが刻まれていた。
なんだか、まるで本物のようである。
もし真実なら、これはかなりとんでもない話だが……。
まぁそれは一旦置いといてだ。もし仮にそうだとするならば、より気になることが増えてしまう。
「なら、どうしてここにいるんですか? なんでわざわざ一般人に敬語を使ってるんですか? なんで王族のあなたがあの言葉を知ってるんですか??」
高崎は急に敬語で質問をぶちまける。流石に初めて出会った王族(?)に、タメ聞くほどのアレはない。
「………………」
しかし、目の前の少年はそんな彼の疑問には一切答えず、首を捻りながら少し下を見つめていた。
質問に対する答えを考えているのか、それともまた何か別のことなのか、それは不明だが、どうやら何か難しい考え事をしているらしい。
(なんでこんな人が知ってるんだろう……? これは父さんが教えてくれた……父さんの遠い故郷の言葉な筈なのに……)
しばらくの間そうした時間が続き、少年は時折ぶつぶつ呟きながら未だに考え込んでいた。……このままではどうしようもないので、彼は適当に別の話への転換を促そうとする。
すると、その瞬間。
少年は軽く笑って、こう言いのけるのだった。
「まぁそれが気になるのは分かりますが、まずはあなたも教えてくださいよ。そもそもあなた、どこから来たんですか?」
「……………えっ」
まさかの質問を質問で返される展開に、高崎が思いっきり困惑する。──まずい、なんて答えればいいんだこれは……?
「なんか怪しいんですよね。この言葉を知ってるし、何故かこんなのと戦ってましたし。父さんの知り合いとも思えない」
そう言いながら、彼は足元に転がっている2人を縛りあげていく。高崎が計画をしっかり練って、それでも窮地に陥ったというのに、この少年にすれば彼らもこのザマであった。
そして。
どうやら、全然話は誤魔化せていなかったらしい。
一瞬で話を戻された。高崎は、テンパりながらごまかそうと言葉を考えるが、それを奴は待たない。
「ほら見せてください王族権限です!」
「お、おいっ!?」
少年はポケットに入れていた財布を奪い、中のパスポートを奪い取る。迂闊であった。パスポートをポケットにしまっているなんて。
だが。まぁパスポートは見られても大丈夫である。
ちゃんと正式な入国をしたということになっているからである。精巧な機械に通されでもしない限り、バレないだろう。
案の定少年は、一旦パスポートから目を離す。流石に彼もその精巧さには騙されたのであろう。
「これでいいっすか? 俺はちゃんとした、この帝国に正式に一時的に帰って来たただの一般人っすよ」
しかし、彼はまだ止まらなかった。
「いや、まだです。あなた、確かに見た目は我が国の民族っぽいですが、少し“違和感”がある……」
彼は高崎のことを360度の視点からジロジロと見る。
もう高崎としては、内心汗だらだらなのだった。
「まさかとは思いますが、不法入国とかしてませんよね? とりあえず、関所の人間に連絡でも取ってみましょうか。もし本当なら別に構わないでしょう?」
…………確かにそうである。
もし本当なら勝手にやってくれ、本当だから! となる場面だろう。いや、まさかそこまでしてくるとは思っていなかった。
したがって、高崎の言う言葉は1つである。
「…………はい……」
バレました☆




