5話 『正朝横断鉄道の旅②』
結論から言うと、意外と難しかった。
高崎は列車内のあちこちに移動して、例の人物を探しているのだが……、全くもって見つかりそうにない。もう捜索を始めて2時間は経ったか。
──いや、そもそもの話だ。
この列車の乗員には、それぞれに個室が与えられている。だから、その中にずっと待機していた場合は特定するのが厳しくなる。当然1つ1つの部屋を確認していく訳にもいかない。
「……これどうしよう。マズイな」
まず単純な話で、今奴らが乗っているすら分からないのだ。途中から乗り込んでくるのかもしれないし、遠隔操作の可能性すら否定はできない。それどころか、奴らがいつどこのタイミングで起爆を実行するかは分からない。
これでは、どうしようもなかった。
高崎が防御魔術を全力でかけて、骨折覚悟で飛び降りようかと本気で迷っていると、通話がかかってきた。
取り出して確認すると、相手は例の機器からである。
『おい、事件は解決できたか?』
「最悪なことに全く進展なしだよ。そもそもよく考えたら顔だけじゃ見つけるのは難しいだろ」
そりゃそうだろうな、とルヴァンが平然とした感じの声で返してくる。なんだその返答。お前らがこれで探せって言ってきたんだろ……ッ!?
『だからこの追加情報だ。奴らの潜伏先が分かった。お前はそこに行って食い止めてこい』
「なんだって今さらになんだよ? そういうことなら、さっき言ってくれりゃよかったのに」
そう返すと、ルヴァンが少しだけ申し訳ないように言う。
『悪いな。でもこっちもさっき知ったばっかなんだよ。解析部からようやく連絡が来てな』
「──あ、解析部?」
解析部。それはアルディス軍の中でも一際ネットの分野に強い。もしくは情報系の魔術に特化している者で構成されている部署だ。魔術と機器を駆使して、大規模事件の犯人を特定するのが目的の、警察的な任務を請け負っている。
最近は、例のダラーデンでの事件における組織の特定を進めていたはずだが……。
『彼らが爆破計画を企画している組織の1人を捕まえててな? そんでボコボ……いろいろ質問したんだがどうしても話さなかったらしいな。んで今日の朝に脳の情報を抜き取る技術を使って、その情報をゲットできたって訳らしい』
あぁなるほど。
……っておい。なんかとんでもない話が出てきたんですが。
「……情報を抜き取る技術ってアレか? あの、使うと比較的低確率とはいえミスれば脳が壊れて廃人状態になるってヤツ」
高崎がまさか……、という感じで聞き返す。
この世界の技術力は凄まじく発展してはいるが、なんでもできるという訳じゃない。脳の電子データ化も進んではいるが、まだ完璧とはいかずに失敗するケースも多く、人道的な問題などが提唱されているのだが……。
てかさっき拷問とかじゃないかと考えたのに、まさかのその遥か上を超えてきましたね。
『あぁ。それらしいぞ。……まぁ吐かねぇ奴が悪いんだろ』
それを当然のように言うルヴァンもルヴァンな気がするが、まぁいち軍人としてはそんなんが正しいのかもしれない。実際、高崎個人としてはものすごく助かるのだ。
「そんで、結局どこにいやがるんだ連中は?」
『ま、ご想像の通り個室の中だよ。
──37号室。そこが連中の計画実行のための部屋だ』
そこで計画も行われる。んでその3人は起爆前に途中下車するみたいだ、とルヴァンは付け加える。
図面によると37号室は、ついでで輸送されている燃料タンクに最も近い部屋だ。そこから爆破する事で引火させるのが連中の目的といったところか。
そして、2人が周辺の監視兼緊急時の防衛。1人が本部との連絡と起爆の実行を行うことになっているというのだ。
「そういうことか。それなら自爆テロにならずに爆破テロが行えるもんな。……まぁやらせる訳にはいかねぇけども」
高崎がそう納得していると、さらにルヴァンから話し出す。
『因みにこれもさっき分かった事なんだが、奴らは“前の事件”の組織の残党だって話だ。追跡を逃れた一派らしい』
「…………な、マジかよ……ッ!?」
高崎があまりの驚きに変な声を上げた。
この一連の騒動に、あの組織に関わっている……だと?
『そうだ。例の組織と言えば、USBの中身はまだ分かってないない。かなり複雑な暗号に手こずっているみてぇだから、今回奴らを捕まえればかなりの大手柄かもしんねぇぞ」
「………いや、ちょっと待て。ってことは……ッ!?」
なにやらルヴァンがさりげなく大切なことを付け加えているような気がしたが……。そんなことよりも、高崎はある1つのことを思い出していた。
──つまり。
高崎は“分かってしまったのだ”。今回の奴らの“真の目的”が。
それは決してただのテロではない。帝国に対する自由貿易の要求なんかでもないのだろう。
あの男の話が真実ならば、おそらくあの旧教組織の持つ目的はアルディス連邦王国を潰すこと。いや、正しくは“その最暗部の魔術聖典を炙り出す”ことだ。
そして、その魔術聖典を奪い、最終的に世界全ての魔術聖典を保護する。それがあの男の最終目的だったはず。
なら、今回の事件もまさしく“同じ”なのだろう。
正朝でのテロで、アルディスと正の間に戦争を起こす。
──しかし、奴は死んだ。だから、これは話を聞いていた下部の者たちが独自で始めた行動なのだろうか。
それなら合点がいく。拷問しても貿易がー。とか言う曖昧な理由しか出なかったのも、彼ら下っ端はハナからそう聞かされていたからなのだろうか。
つまり、奴らは今完全に混乱している。
普通に考えてみれば、リーダーは既に殺されており、他の幹部も捕まりつつある現状にかなり焦っているはずだ。
なら、そんな奴らに有効な手は…………。
高崎の目が入れ替わる。
それは、はっきりとしたやる気を感じさせる目だ。
何故かといえば、具体的な計画のぶっ潰す方法が思いついた。
それが答えだろう。
奴らが個室に集まっているなら話は簡単だ。
1対3はまともにやり合えば勝てない。それに奴らは起爆スイッチも持っている。うかつに刺激するのは危険だ。
ならどうするか?……簡単な話だ。
“1人1人を撃破していけばいい”。
その方法も大体考えついている。あとは、実行に移すだけだ。
「ありがとなルヴァン。これでなんとかできるかもしれねぇ」
あと特定部にも礼を伝えてくれ、と加え通話を切る。
あとはやれることをやれるだけである。
高崎は、37号室に向かって歩いていった。
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37号室の中は慌ただしかった。
近くで聞き耳を立ててもバレそうにない。
まぁ当然、奴らも一般客として振舞わなければいけない訳であって、テロをするためにドアの前で堂々と監視なんぞしていたら、逆に怪しまれるてしまうだろう。
当然目の前に立ってたらドアの穴から見られる危険性もあるので、そこには立たないようにはしている。
そんな微妙な位置に立った高崎は、ドアにある機器をあてた。
それは振動検査機。壁のわずかな振動などから中の会話を盗むための機器である。アルディス軍特製の一品だ。
彼は、その機器をゆっくりとドアに当てた。
すると、鮮明に中での会話が聞き取れらようになる。
『おい、爆弾の設定はまだ終わらないのか!!?』
『もうすぐ終わります!!』
ドアの向こう側からは、そんな焦りの声が聞こえてきた。
どうやら、現在は爆弾の時間設定を行なっているようである。しばらくして、彼はその計画の実行場所も聞き取る。
実行場所は大陸中央部にある大都市、中都だ。
現在は正朝2番目の都市であるが、燿王朝の時代は首都であった街でもある。歴史は古く、1000年以上前から繁栄を極めた都市なのだ。
確かにそこでテロを起こせば、とてつもない大問題になるのは間違いない。 中都の駅1日の利用者は100万人、とも言われるほどの大混雑を極める駅である。そこで大爆発でも発生すれば被害者は何名になるか。……考えたくもない。
ちなみに現在は夜中の0時、捜査を開始して6時間程度が過ぎている。駅への到達時間から考えると残り時間は1日近くある。まだ余裕ではあるが、ゆっくりする義理もない。
それに、この時間が決行にはベストなのだ。
まぁ。それにこんな事、早めに解決するのが吉だろう。
──だから、彼は迷わず。
あらかじめ用意していた作戦を実行し始める。
まず彼はかなり強めに壁に体を叩きつけて、ガタッ……と、わざと音を立てた。
何かが尾行しているようにみせるのだ。
……いや、本当にしてるんだけど。
『なんだ今の音は、もしかして誰かが聞き耳でも立ててやがったのか……!? おい、お前らちょっと外の様子を見てこい』
そんな指示が聞こえたかと思えば、中の者がドアに近づいてくる音が聞こえた。このままなら確実に1人は外に出てくる。
──計画通りである。
彼はそれを確認すると、冷静にその場を離れた。
そして、近くの曲がり角の突き当たりに隠れてまた音を出す。
そうして、こっちへ誘き寄せるのだ。
「おい? そこに誰かいるのか!?」
思惑通り、奴はこっちに近づいてきた。
──そして。
ばチッ!
「ッッ!!!??」
その男が曲がり角に到達する瞬間、懐に軍用スタンガンを突き刺した。
男の意識は、一瞬で刈り取られる。
高崎は彼が地面にぶっ倒れ音を立てないように、体を抑える。
なぜ正規入国をしなかったのか、その理由の1つがコレだ。
手短に言えば、武器を持ち込むためだ。
このスタンガンはアルディス王国の警察が使用しているモノで、主に容疑者鎮圧や拠点制圧に使われる。その威力は悲鳴さえ上げさせずに落とし、かつ必ず死なないようにできている。
高崎はその男が完全に気を失ったことを確認すると、それを迷わず抱えて移動する。その行先は、突き当たり近くにある自室。そのまま彼は部屋の中に持ち込むと縛って置き、その喉に手を当てる。
「“彼の音を同然のままに模せ”。『声帯模写』。
……あー、あー。……よし」
すると、高崎の声が突如変化した。
その声はその男のものとまるで同じモノである。
声帯模写魔術。
簡単な魔術でありながら汎用性の高いこの魔術は、古くから様々な犯罪に使われ、現在は国によって禁止されており、実質なかったものにされてある魔術である。
ちなみに高崎はルヴァンに教えてもらった。
………なんでアイツは知っていたんだろうか?
まぁそれはともかく、次の行動である。
高崎はその部屋を出ると、また37号室に近寄った。
「悪りぃちょっと見失っちまった。ちょっと手伝ってくれ」
そう言うと、彼はまた突き当たりに移動する。
「なんだよ? ………っておいどこいった?」
当然奴らのもう1人は疑う事なく出てきた。
そこで高崎は別の方法を使う。奴がドアを閉じたのを確認すると、上着の裏から一見オモチャのように見える銃を取り出して、撃った。
「…………ッッ!?」
すると、ほぼ音がなく男が崩れ落ちた。
その様子は外から見れば、急に死んでしまったようにさえ見えるのかもしれない。
「──やっぱとんでもねぇな、コレ」
高崎が、あまりの利便さに軽く引く。
彼が使ったのはL59S、通称『失神銃』。
近年開発された特定の物質にのみに働く“特殊な光線”を、脳の物質を標的にして作る。
そしてそのレーダーを脳に透過させれば、脳の機能が一時的に麻痺してしまい、人の意識を失わせてしまうというとんでもない代物である。
この技術を応用すれば、周りからは一見誰がやったかも全く分からずに、狙った人物の脳を丸ごと焼いて暗殺……なんてことさえ可能と言われているレベルのモノなのだ。
今回高崎が使ったのは携行用のバージョンであり、本来のモノは対物ライフル並の大きさとその分の威力・射程距離を持つ。
当然こんなモノが一般に出回ったら、社会が崩壊しかねないので、一部の政府に従う“裏の人間”が使用しているに留まっているのだ。話では、危険兵器禁止条約に触れているのではないかと言う声も多いらしいし。
正直なんで俺なんかなこんなモノを受け取れたのかは分からないが、それほど信頼されているって事でいいんですかね?
………まぁ裏で何してるかも分からん政府・王族の連中に信頼されても正直困るのだが。
そして、高崎はその男も自室に連れ込み、縛り上げておいた。案の定奴らは上着の中にイカツイ銃を仕込んでいたため、それも取り上げておく。
念には念を重ね、例の札も貼っておこう。
──これで、残る敵はあと1人である。
高崎はまた37号室に戻った。
中の奴は突然帰ってこなくなった仲間を気にして出てくるに違いない。あとはそれを待ってソイツもヤるだけである。
これで完璧だ。
そう思った高崎なのだったが……、そう現実はうまくいかないものである。
──すなわち。
「がッッ!!!!??」
突然後ろから何かで思い切り殴られた。
視界が一瞬白黒になったかのようにブレて、そのまま地面にぶっ倒れてしまう。意識もほぼ飛びかけており、その手に取っていたスタンガンも落としてしまう。
「悪いがこっちも、そんな頭の弱い連中って訳じゃねーんだよ。お前は俺らが全部で3人だと思ってたみたいだが、そんなことはないんだな?」
倒れながら振り返ると、1人のガタイの良い男が不敵に笑いながら立っていた。
どうやらコイツらは、どうせ誰かが止めにくるというのは予測していたらしい。そこで下部の人間に嘘を伝えておくことで、彼らが尋問されても嘘の情報を止める側に伝えることができる、ということか……?
だか今はそんなことはもう関係ない。
彼の作戦は完全に狂ってしまった。高崎の頭は割れるように痛み、もはや深く物を考えられない。
そして、高崎にとどめを刺すように、伸ばした手の先にある“彼が落としたスタンガン”を足で踏みつけ、手に取って奪う。
「武器も没収だコラ。それとも自分の武器で死にたいのか? ……なら俺が今ヤってやr、ボがッッッ!!!!??」
バチッ!!!
突然強い電流が流れ、それを手にとっていた男がぶっ倒れる。勿論それはスタンガンによる放電だ。軍用スタンガンは容赦なくどんな大男の意識をも刈り取る。
しかし当然、普通は持っている者が感電などしない。
──なら何故か?
「……このスタンガンにはな、奪われても簡単に使われないように細工がされてるんだよ。例えば、起動スイッチっぽく作られているところが、実はスタンガンの持ち手に電気を放出するようになっている。……とかな」
消えそうな意識を堪え、高崎が立ち上がる。
そう。このスタンガンには細工がされているのだ。
高崎の解説の通り、もし奪われても使われないように。そしてそのような場合に逆に倒すためにだ。
一時期は指紋認証式とか生体電気式とかも開発されたようだが、たまに誤作動で持ち主が感電する事態が発生したため、現在も旧来の様式で使われている。
とにかく、急な脅威は去った。
………かなり危ない所だったが……。
あとは、中の奴を始末するだけ────。
「んだよ。なんか騒がしいと思ったらテメェが政府の犬か?
おっと動くなよ?今すぐ死にたいってんなら話は別だがな」
しかし、である。
いつからだろうか? 高崎の後ろには、部屋の中で待機していたであろう男が1人立っていた。いやよく考えれば、あれほど騒いだら中の奴にもそりゃバレる。
そして、相手を刺激しない程度に少し振り返って様子を見たところ、最悪なことに奴は手に銃を持っている。
今、それに無傷で対抗する手段はない。
───ようするに、詰んだ。
「………あー。覚えとけよクソッたれが」
高崎は後ろに立つクソ野郎と、こんなクソみたいな任務を押し付けてきた上の連中に暴言を吐きながら素直に手をあげる。
……………ほんとうに。どうしよう??
【ぷち用語紹介】
・声帯模写 (キネラ・レドリィ)
他人の声を出せるようになる魔術。
比較的簡単な魔術でありながら、犯罪への有効性が高いため、現在は国によって情報規制が敷かれている。
──何故ルヴァンが知っていたのか……?
・L59S
通称『失神銃』とも呼ばれる最新兵器。銃のような見た目から、脳にのみ有害を与える特殊レーダーを照射する。
その静音性、狙撃性などは最高レベルであるが、最新技術の結晶であるため、現在は一般には非公開となっている。
その危険性から、下手をすれば世界をも滅ぼすきっかけにすらかねなりかねないと指摘する研究者もいるとか。




