4話 『正朝横断鉄道の旅①』
そして、列車が動き始めた。
東大陸に跨る大帝国、正朝を横断する長距離鉄道が。
……しかし周りを見ても、誰も座っていない。
いや、正しくは誰もいない。というべきだ。
ここには普通の電車のような、並べられた席など存在しない。あるのはベッドとシャワールームくらいか。
つまり、この列車内はまるで一種のホテルのようなモノなのだ。それぞれの乗客に1つ1つ部屋が与えられ、レストランのような食事を取る場所や、人々の集まるロビーのような所、あまつさえはプールもある。ここはそんな超高級列車なのだ。
そんな列車の中で、高崎は自分の専用部屋引きこもり、ベッドにだらだらと寝転がりながらデバイスをいじっていた。……ようするに、ゲームをしていたりする。
(………なんか、こんなんでいいのかねぇ)
この列車は、その設備の通り特急ではない。長い旅路の間、外の景色や移動の時間を存分に楽しむためのモノである。だからこの列車も、首都の永都までは4日かかる予定だ。
そして、どうして高崎がそんなモノに乗っているかと言えば、大使館から通じる地下通路を通り抜けた後に、この列車の切符をそこの官僚の人から受け取ったからである。
その事自体はとても嬉しいのだが、正直何故こんなモノを使って行かせようとしたのだろうか?という疑問はある。まさか、この期に及んで出張者へのお気持ち、とかではないだろう。
そんなことを適当に考察しながら、前にあの男から手渡された中雅語の学習本をペラペラとめくる。先程はそれを駆使して、カタコトで注文したドリンクを飲みつつ、デバイスを弄っているのであった。
すると、デバイスに通話がかかってきた。
相手は、……不明だ。正直言って面倒くさいので切ろうかと思ったが、何故か通話が始まる。
いやちょっと待て、こっちに選択権はないのか。
『──よお。元気にしてるか相棒?』
「………なんかいいテンションしてんな、ルヴァン」
相手はルヴァンであった。どうやら、今回の任務の司令担当はこいつらがやるようである。なんだか嫌な予感がプンプンしてくるが、気のせいだろうか??
「んで、何の用だ?まさか、用はないけどとりあえずかけてみましたー! ……とかじゃないだろ?」
『あぁ勿論。──電話越しに聞こえる音から察するに、もうお前は横断鉄道には乗ってるんだよな?』
「ん? あぁ、乗ってるぜ。さっき出発したな」
高崎が素直にそう答えると、ルヴァンは少し溜めたのち、心なしか少し明るい声でこう言うのだった。
『──ならいきなりで悪いが、任務だ。その中にアルディス人の過激派グループが潜んでいるらしい。それを見つけ出して捕まえろ』
「………は?」
高崎の脳が働くことを本能的に拒否したらしい。彼の言葉を理解をしようとしない。だが、いきなりとんでもないことを言われたような気がする。
暫しの間の後。
彼はとりあえず先程のルヴァンの言葉を、頭で反芻した。
──ようするに。対象を捕縛する、任務。
…………いやおかしくないか!!?
「ちょっとまてそんなの聞いてないぞ俺は永都を研究してくるのが任務だって話だったんだが!!」
『まぁ確かにそれも大切だが、上の連中どもはその上を求めてるってこった。……因みに、それが今回の任務が急遽祝日に行われることになった原因らしいぞ』
ルヴァンが心の底からめちゃくちゃ不機嫌そうに言う。
そういえばこいつも祝日にお仕事をしているんだな。立場は違えど分かるぞ同士。上はゴミカスだよな?
『──その組織の目的は、この建国記念日の混乱に乗じた正朝への侵入、そして横断鉄道の爆破。
……まぁようするに大規模なテロといっていいだろうな』
「なんでまた、ソイツらはんなバカなマネをするってんだ? 正朝とケンカにでもなったらマジで国の危機じゃねーか」
高崎が呆れたように声を漏らした。まぁ手段は分かるが、何のためにそんなことがしたいのかがまるで分からなかった。……いや、分からなくても任務には支障は出ないのだが。
『それは僕から話します!』
そんな宣言と共に通話先の声が変わった。
どうやらその声質からして、相手はテラのようだ。
『おそらく彼らの目的は、海外からの受け入れを拒みつつある正朝への牽制である可能性があります。テロを以って、正朝政府に大規模な貿易を求める声を無理にでもぶつけようと……』
確かに、正朝はいわゆる鎖国的な国だ。
他国からの人の受け入れは限られた関門のみ。貿易も定められたそう多くなぁ数の港と空港で厳しいチェック。移民は現在ほとんど流入せず、最早他国からは中がどうなっているのか、それが分からない。
例えば、貿易による富で繁栄しているアルディス王国にとっても、隣国の鎖国政策は経済にまで大きく響く。
だからこそ、こうしてアルディスは高崎を派遣しているのだ。
──でも。
「それ、逆効果じゃねーか? 海外からのテロなんて発覚したら余計に鎖国化が進むと思うんだが」
高崎がふと浮かんだ自身の疑問をはっきりと投げかけた。テラの言い分は理解できなくもないのだが、どうも納得しきり難い部分があるのだ。
「もしそれで戦争を起こしたいんだとしても、“前と同じだ”。そんなら正朝じゃなくてアルディス王国を焚き付ければいいんじゃないか?そっちの方が国内の戦争論も高まるだろうし」
だが、んなこた死んでもゴメンだがな、と彼は付け加える。
すると。テラは暫しの間の後、再び応答した。
……話はそう簡単にいかないらしい。
「──もちろんその可能性もあり得ると思います。しかし“今回”は彼らの目的は“戦争”ではありません。あくまで、“政府への不信感をぶちまける”ことが目的の連中なんです』
「……そういえば、さっきから話が具体的だな」
高崎が訝しそうに聞き返す。先ほどから、妙にテラの話は具体性を帯びている。ということは、つまり既に……。
『ご察しの通り、もう“情報”は入ってきてるってことですよ。……そして事実、奴らのメンバーの内の捕まった奴らは、どう聞いてもそういった理由しか答えないらしいです。本当に、“それしか知らないように”』
テラが囁くような声でそんなを情報を伝えてきた。
なるほど。──というか、また我が国の野郎どもは拷問でもしてしまったのだろうか……?
高崎がそんな裏事情を察して、犠牲者に祈りを捧げていると、電話先から再びテラの声が聞こえだす。
『もしかしたら、彼らは“それが唯一の解決方法”だと思い込まされているのかもしれませんね。人は1度そう思い込んでしまったら、もうそれ以外のもっといい別案には気づかず、その思考だけに突っ走ってしまう。そんなモノですから』
テラがそんなようにサラッと口にした。
まぁ言わんとすることは分かる。特にソイツらは抗議と題してテロを行うような連中だ。そんな奴らに対して、論理的な見方でいても仕方ないのかもしれない。
……しかし、どの道確実性はない。所詮下っ端の戯言だ。
テラはそんな俺の考えを察したのか、再び仮説を挙げる。
『そもそも、腹立たしい正朝の連中に1発お見舞いしてやりたい。っていう単純な気持ちからかもしれませんし。もしくは、自由貿易の要求を建前とした別の目的を持った反抗……という可能性すらもあり得ますしね』
テラが唸りながら、様々な仮説を立ててくれる。
──結局の所、この会話で得られたことは1つである。
“奴らの動機にが何にせよ、それは止めなければならない”。
「まぁ彼らの行動や目的に関しての根拠は国の調査のものですから“爆破を行う”、といった下りはほぼ間違いないでしょう」
テラがはっきりとした口調で電話越しにそう言った。
まぁどの道、今の高崎にできるのはそれを止めることだけだ。
………………ん?
「てか、その組織とやらの正体は分かってないのか?」
「それは今いろいろ調査中だ。……ま、大方察しはついてるし、そろそろ最終的な報告が来てもおかしくない頃だがな」
「おい、やっぱその方法ってまた拷問じゃねーだろうな……」
彼が怪訝そうな顔をして問い返した。
……前回のようなことになってなければいいのだが。
なんだか、まだ大切なことを忘れている気がする。
高崎はそれを思い出そうと話の話題を振り返った。
鉄道、過激派グループ、テロ…………あっ。
「そうだよ奴らの目的は列車の爆破だろ!!? このままじゃ俺死ぬじゃねーか!!!」
そう。奴らについての情報が本当に正しいものだというのなら、この列車が爆破されるらしい。つまり、それをなんとかして解決しないと列車もろとも木っ端微塵に……?
『そうですね。だからそうならないように頑張ってください!僕たちもサポートしていきますから!!」
テラが励まし……もとい他人事のようなエールを下さる。そして奥からは、がんばってー!とエレナの声も聞こえてきた。
こいつら、他人事だと思いやがって……!!
いっそのこと、次の停車地で逃げ出してやろうか!!?
『まぁでも多分簡単な任務ですよ。だって、もう連中の顔のデータはありますもん。今送りますね』
テラがそう言うと、すぐにデバイスにデータが送られてきた。
確認したところ、彼のいう通り本当に顔のデータである。3人分の写真だけでなく、彼らの経歴のようなものも記されていた。これが今回のお尋ね者である。ということか。
「またとんでもない無茶振りされたと思ったけど、意外と仕事してんだな上の奴らも」
『いや、これを特定したのは、僕ら特任部隊のメンバーなんですけどね。渡されたときのあの人達の、声はもう凄まじかったですよ。もはや世界全てを恨んでましたね』
テラが何かを思い出したように、少し震えた声で呟いた。
お、おうそうなのか。今度しっかり礼を言っとかないと。というか、上は特任部隊をなんだと思ってるんだ。ここは体のいい便利屋じゃないんだぞ。
そんなことを心の中で考えながら、高崎が浅く息を吐いた。
──まぁとりあえず、確かにこれで一気に楽になった。
あとは列車内を歩き回りながらコイツらを探すだけである。
「……めんどくせーけどやるかぁ。じゃないと死んじゃうし」
高崎は、テラにいつでも連絡できるようにしといてくれ、と伝えて通話を切る。そして、自身の泊まる個室をさっさと出ていくのだった。
………………ほんと、早く帰りたい……。




