2話 『正朝遠征』
電車をゆっくりと降りる。
外の風は幾分か冷たく、普段住んでいる場所とは違う気候であることが自然と分かった。
また、目の前に広がるのは見慣れた無機質なコンクリートジャングルではなく、自然の偉大さをひしひしと感じれるような森林とそびえ立つ山脈、そして透き通る海だ。
ここは、アルディス国大陸方面の最北端だ。
ウラディル共和国、そして正朝との国境が存在する。
その国境は分厚い壁で区切られており、それはここだけではなく、多くの場所に規模は違えど築かれている。
現在3国同士は“現在”は一応友好関係……というか、戦争状態ではないため各国への旅行などは可能であるのだが、この地域にはとても厳しい関門があるのだ。
まぁ当然だろう。元々大陸間戦争以前は、常に領土を争って殺しあっていた三国である。それに、もしも簡単に旅行を許可してテロでも起こったら新しい戦争の開戦理由になりかねない。
………とまぁそれっぽく解説するようにして語っている訳だが、ようするに正朝へと連行されている訳だ。
現在の状況としては、ここにくる為のデルカットからの列車が終点に着いたので降りた、ということになる。
一応国の命だからか、例の『魔力真空リニア』で、かつその中でも高級な車両をほぼ貸し切り状態だったのであっという間だったし、彼としても居心地も良かったのだが。
また上記の理由で、国境間には貿易用以外の線路は繋がっていないようである。
「よし。じゃあここから作戦を開始するぞ」
そんな事を思い返していると、なんか隣にいる同行者だとかいうそれなり偉いらしい男が突然言い出した。
…………作戦?
「あのー。作戦ってなんすか?聞いてないんですけど」
高崎が頬を掻きながら聞き返す。
確かに車内でいくつか話は聞いたが、それは別に今回の任務の内容ではなく、正朝に出向いていたスパイの活動報告書などの話だ。そういえば何をさせられるのか全く聞いていない。
「……ん? あー、そういえばお前には細かい作戦の内容はまだ教えてなかったのか。──よし。歩きながらでも説明しようじゃないか」
そう言うと、男が歩き出していった。
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「まず、これは正規の入国ではない」
駅を出て歩き始めたかと思えば、付き添いの男がそう言い放った。今回は特任部隊の任務……ではない、というか正朝に行くのは高崎のみらしい。他の奴らには別の任務があるようだ。
…………ん??
「えっ!? 国の依頼なのにっ!!?」
高崎が思わず大きな声で聞き返す。
いやだっておかしいだろ。てっきり俺は使者的な感じで行くのかと思ってたんだが……。
そう頭の中で考えていると、今度は別の疑問が湧いてきた。
「──てか、そもそも何しに行くんですか? それを知らなきゃ話にすらならないですよ」
高崎が呆れたように質問する。そう。彼はまだ正朝に何をしに行くのか聞いてすらいない。今のところ、半ば強制的にここまで連れてこられただけである。だから、続く言葉次第では今すぐ逃げてやるかが決まるのだ!
「あー。まぁ簡単な任務だ。正朝の首都である永都に行ってきて写真とか撮ってこい。街の様子とか施設とかのな?」
「……………えっ?」
今度はどんな無理難題を押し付けられるのかと身構えていた彼は、予想していたのと違った答えに思わず声を出した。
そんなんでいいの?どうせまたクソみたいな任務をやらされるのかと思ってたのだが……。
「正朝にはあらかじめ別部隊を派遣していたんだがな? そいつらには極東の島や地方都市を回ってもらっていたんだ」
「なんで、その人達には行かせなかったんですか?」
高崎が素直に疑問に思ったことを呟いた。
すると、男は困ったように手を挙げて呟く。
「……行かせなかったんじゃない、彼らは“行けなかったんだ”。何故かは知らんがな。正朝は今、基本的に首都には外国人を入れさせてない国になっちまったんだ。まぁそれも10年前くらいからの話で、それ以前の情報なら薄ら薄らあるんだが」
「そんな国だったんすか、正朝って」
何その国。そんなんでこの世界でやっていけるんかよ?
……とは思うが、かの国は超大国。他国との関係なんぞ、そもそもなくても余裕でやっていけるのだろう。
「でもそれなら、他にも方法はあるんじゃないすか? ……例えば、衛星から写真を撮るとか」
彼がふと思った疑問を躊躇わず聞く。すると、その男は言われると思ったといわんばかりに目を瞑って即答する。
「それで問題ないならこんなことする訳ないだろう? 上からの写真なんかじゃなく、一般人の視点からの調査結果がどうしても必要なんだとよ」
確かにそうだろう。所詮一般人に毛が生えた程度の男である高崎が今思いつくようなことは、大抵とっくに別の偉い誰かが既に考えているに違いない。
男はそう答えると、一旦咳をした後再び話し出す。
「そして、そこで君に依頼している訳だ。君は見た目が正朝の人に近い。その容姿なら怪しまれる可能性も減るだろうしな」
というか、そもそも君は正朝出身の者の子孫なのだろう? と彼は付け加えた。……まぁ確かに、(この世界における建前上では)そうであるはずだ。
それは置いておいて、高崎は素直に軽く感心していた。
(……なるほどな。それならまぁ俺に依頼が来たのも筋か通る。いや、だからとは言え勿論行きたくはないけどね?)
──ただし、まだ疑問はあった。
「じゃあなんであの関門を通っていかないんですか? その方が確実だと思うんですけど」
そんなことを尋ねる高崎の視線と指先には、アルディス正朝両国の国境沿いに置かれた施設があった。基本的には、あそこで入国審査を受けて出入りを行えるのだ。
ならば、素直にあそこから入ってはダメなのだろうか。彼がそう疑問を呈すると、男はため息を吐きながら答える。
「本当ならそうしたいんだが、あの関門は本当に厳しくてなぁ。通るのに時間はかかるし、2国間では旅行者ってことを証明する証を腕につけなくてはいけない決まりになっている。……それじゃあ、身元を詐称できないだろ?」
高崎がその男の出した答えに、ある疑問を思い出した。
あー。たまに腕に何か付けてる人を見ることがあったが、あれは正朝からの旅行者だったのか。謎が解けた。
因みにさらに言ってしまうと、正朝は近年外国人旅行者を制限する決まりを多く作っている。
その状態はもはや軽い鎖国状態といってもいいほどに変貌をしているという。なんせそれは、約10年前に輸入が。そして5年ほど前には輸出さえもが、これまでより遥かに厳格で厳しい政府機関の審査による許可が必要になるなどの制限が課せられたほどだというのだ。
「そこであれを飛ばして入る方法があるって訳だ。……こっちにある。付いてきたまえ」
男にそう言われたので着いて行くと、国境付近に入国審査所とは別の建物が建っていた。様子を見るに、国が管理している施設らしい。
「ここは国境監視所……つう建前の建物になってるんだが、実は別の存在理由がある」
男に付いていくがままに中に入っていくと、そこには色々武器を持ってるゴツい警備員などが多くいた。少なくとも表面は監視所というのは本当なようだ。
男はその施設の地下に降りたと思うと、その奥にあった分厚い扉の横の電子機器を弄り、そのドアをゆっくりと開かせた。
そして、こっちを向く。
「──それは、国境を越えるための施設ってことだよ」
その先は洞窟のような道であった。
岩で囲われ、ある程度整備はされているものの、デコボコした状態で、上からは水か滴っている。その先は暗く、どこまで続いているのかは分からない。
即ち、これが意味するのは。
「……国境を越えるって、地下からってことなんですか」
「まぁそういうことだ。150年程前だったかな、我が国がここらの国境線の整理を申し出る前に作ったとされている」
男が少し笑いながらそんなことを解説してくれる。
確かにそんな歴史事実があるのは高崎としても知っていた。
長年の戦争で形作られた大陸の国境は場所によっては凄まじく歪な形をしていることもあり、そのような現状を解決するために三国会議が開かれたとか。
この世界に来た時の例の本の歴史編に書いてあったのだ。
「──つまり。そのときに乗じて、我が国は“他国へのフリーパス権”をゲットしたってこったな」
「………うわぁー」
なかなかにイカれている話である。
他国へのフリーパスの入手。確かにそれは大きい武器になるかもしれない。だって、こっちから一方的に他国にいろんなモノや人を送れるんだから。
「んじゃ、そういう訳だ。行ってこい!」
そうして男は、笑顔で手を穴の方向に刺して指令する。
……………ん??
「えっ、1人なんですか?」
「当たり前だろう。正朝でも怪しまれない容姿なのは君だけだし、多人数で行けば怪しまれるからな。それに、もしもの時もこれがあるから大丈夫だろう?」
そう言うと、男は軍に支給されている例のデバイスを取り出した。なるほど。指示はこれで出すということか。
高崎もデバイスを取り出して、確認をしてみる。うん、一応動作に問題はなさそうだ。故障トラブルなんかも今のところは大丈夫だろう。
この様子を見て満足した素振りを見せた男は、再び高崎に進むよう促す。
「…………まぁ、行くしかないか……」
正直自分1人行かされて、他の上層部の連中どもは安全地帯で様子見っていう構図は、無茶苦茶に腹がたつが...仕方がない。
たとえ世界の闇を知ったって、自身が強くなる訳でもない。そう立場は変わらないのである!!
高崎は帰ってきたら、今度こそ本気でこんな仕事はやめてやるという決心を固めつつも、道にデバイスで光を当てながら、その穴の先へと足を進めていった。
【ぷち用語紹介】
・国境管理所
アルディス王国が正朝の国境線付近に設置している施設。
その名の通り、国境を監視する……という任務を受け持ってはいるが、その本質は別物。
中に存在する、正朝内のアルディス大使館につながるトンネルをうまく隠蔽するための施設なのである。