1話 『チカラと新任務』
『──今日の天気は概ね晴れ! 気温も暖かくて記念日らしい気持ちのいい1日になりそう!! けど、半袖にはまだ肌寒いこともあるから気をつけてね⭐︎』
街に設置された特大スクリーンから音声が響いている。
目を向けてみれば、そこには美人のお姉さんが薄着で話しているのが映っていた。なんだか随分フランクな天気予報だ。
画面の端にはAIの予測によって裏付けられた分単位レベルでの天気予報も表示されている、今時の天気予報なんて個々のデバイスで見れば一発だろうに。
……まぁこういう形式が好みの層に受けてるのだろう。画面の周りには中年過ぎの人たちが見られた。
今日は5月2日、祝日である。
何の日かというと、いわゆる建国記念日。
国中で国旗を掲げてお祭りに盛り上がっている。
幸い天気も清々しいほどに気持ちの良い晴れ模様。祭り日和な気持ち良い暖かさで、子供達の楽しそうな声も響いてくる。
そんな中、早歩きで歩いている1人の男がいた。
「………なのに何で俺はいつも通りなんだよ?」
はい、高崎である。
彼は今日も今日とで出勤中である。社会人は辛いのだ。
とはいえ、今日は建国記念日。
普通なら少しくらい休みが貰えてもいいはずである。
何故貰えないのか。それは。
「緊急事態だー。とか何とか言ってたけど本当なんかねー?」
──そう、軍で緊急招集が出されたのだ。
軍はあくまで軍だ。例えば戦争中に祝日だからとみんなで休むわけにはいかない。だから軍には緊急事態に対応するための仕組みがある。即ち、軍人は休日だろうが祝日だろうが呼ばれたら行かなきゃならんのだ。
ちなみに今回の行き先はヴァナラダの正規軍駐留所。いつものボロオフィスではない。
因みに軍の本部は町の郊外にある。いかんせん騒音問題などを考えると、中心部にはとても置けないのだ。
……しかし最近は人口の増加と共に、最早そこらは郊外とは言えないほど発展しているようだ。今もあちこちで工事中の様子が見られる。
──つまり何が言いたいかと言うと、家から本部までは普通に遠いのである。
まぁ当然の如くやる気なんかは起きないので、布団でゆっくりしてたら時間ギリギリなのだった。人は愚かな生き物である。
そんな訳で。流石に遅刻はできないよなぁと高崎が小走りをしていると、上から何か音がしてきた。
………なんだ??
気になり上を見上げると、はるか上。
どこかの漫画かという位のテンプレのごとく、建設中の土台の一部のパイプが落ちてきていた☆
「……ええッッッ!!?」
当然超高層とはいえ落ちてくるのは一瞬だ。避けようかと思ったが、そらは意外と大きく、かつ軌道も回転からかメチャクチャである。
……ようするに、避けられるか分からない。
そんな超絶ピンチの中、高崎の頭に一つのある方法が瞬間的に高崎の頭に浮かんだ。
“そうだ、あのチカラを使えば……?”
ガンっ!
鉄パイプが何かとぶつかり大きい音を立てた。
しかし、それは高崎の頭にぶつかった音ではない。
本当に何かに空中で当たったのだ。
──つまり。
「………まぁ俺が使ったらこうなるよなぁ」
何かにぶつかった反動で、頭から地面に弾かれた痛みに悶えながら、高崎が愚痴を漏らす。
そう。これは奴のあの“チカラ”だ。
『大気を司りし大いなる神の力』とも呼ばれる、世界すら滅亡させかねない力を秘めた魔術聖典に記述されたチカラの1つ。
物理法則の基礎をも超越した力によって気体である筈の空気をがっちりと固め、透明の壁の作成や塊の射出ができる。
どうやら所有者が死んだ場合は、聖典は“その勝者に宿る”らしい。だから、高崎は今やいち聖典の所有者なのだ。
最初に気がついたのは目が覚めてから2日後であったが、突然寝ていたら謎の声が聞こえて、お前は聖典の所有者だー。とか何とか言う話をされたのだ。
目が覚めたときはついに頭がおかしくなったのかと思ったが、試してみると……なんと本当に使えたのである。
それで、寝室が荒れたのは言うまでもないだろう。
まぁところが高崎程度じゃ使える力は当然しょぼい。
見ての通り、空気の塊で攻撃を防ぐと確かに直撃は免れるが、反動は吸収しきれずに思い切り吹き飛ばされる。
逆に思い切り飛ばして攻撃に使ってみても、せいぜい転ばせたりさせるのが限界なのだ。全てを知る方……確か奴が言うには『人知を超えたる神の威光』とかいうチカラだって、精々知れるのは相手の名前と魔力くらいだ。
──ようするに。
(俺が待ってても、思い切り宝の持ち腐れなんだよなぁ。)
テラあたりに使わせればかなりのモノになるのかもしれないが、いかんせん、自分で聖典を除く方法は分からない。
そもそも、こんなモノ外に出したらヤバイ。バレたらマジのマジで消されかねない案件なのではないか。
……という訳で、彼は現状維持という選択肢を取ったのった。
正直、少しは使えなくもないし。
とか何とか彼は倒れながらぼんやり考えていると、何か忘れている事に気がついた。
「そうだ!!! 遅刻するッ!!」
起き上がってまた走り出す。
周りの人が戸惑いながら心配そうに見ていたり、工事現場の人達が駆け寄って来ていたが、今は構ってられない。
流石に遅刻はマズイ!!!
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ぶーん。
バスが動き出す。
「…………あー、終わったなぁ……」
そして、それを高崎は見送っていた。
間に合わなかった。
次は13分後だから最低でも10分は遅刻である。
こんな日もバスの本数は減っていない。自動運転だからだ。なのに何故都市にも関わらず、こんなに運行数が少ないのかというと、今時バスはあまり使われないからだろう。
けれどここに限っては遠くから見た限り、そこそこの人数が載っていた。……どれも恐らく軍人だが。
数少ない今日も働く同志である。……本当にお疲れ様です。
そんな風に、もはや悟りでも開けるんじゃないか…とさえ思わせるように高崎は立ち尽くしていた。
──もうどうせ遅刻するなら帰ろっかなぁ。
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「…………で、言い訳はあるか?」
「ちょっとパイプが空から落ちてきたので遅れました」
そんなこんなで駐留所だ。
高崎はジャパニーズセイザスタイルで座った。
せめてもの反省の意である☆
「んな言い訳があるかッ!!! そんな嘘どんなバカでも騙されねーぞクソが!!!!」
「いや本当なんですよ!! 本当に建設現場で落ちてきたんですよーっ!!!」
うるさい黙れ。と首根っこ掴まれ連行なのだった。
ちなみに相手はロダン少佐。今日はいつにも増して不機嫌である。祝日出勤お疲れ様です。
………ん? ……そういえば。
「なんか人居なさすぎじゃありません? 緊急事態とか何とかいってたにしては。みんなも遅刻ですかね?」
「バカ言うな馬鹿野郎。お前にはあっちでみっちり言わなくちゃならないようだなぁ?」
そんな感じで連れてこられた場所は施設の司令部である。ここのトップ的な者たちが集まる場所だ。
「で、結局何で呼ばれたんですか??」
そんなことを高崎がロダン少佐に質問する。
当然怒られるかなー、と思っていたが意外とその返答は落ち着いたものだった。
「まだ分かってないのか? 前の話だよ、正朝行ってこい」
……………は?
突然告げられた謎の音の羅列に、高崎が呆然とする。
──あっ、そういえばんな話あった気がしてきた。
余りにも嫌すぎて記憶の底に抹消されていたようだ。
「……いや行きませんよ俺ッ!!!」
緊急事態というのは、どうやら罠だったようである。
高崎が直感的に感じた嫌な予感に従い問答無用で逃げ出そうとすると、横で待機していた兵たちに取り押さえられる。
なんか、取り押さえが妙に強くありませんか?
祝日出勤の腹いせを僕にあててたりしてませんかね?
──そうだっ! 祝日出勤!!!
「そもそも何で今日なんですか!! 別に平日に行かせればいいじゃないですか!!!」
そう返すと、押さえつけていた兵たちの力が弱まったように感じた。ありがとう、俺たち同士だもんな。
まぁどっちみち行きたくないんですけどね。
するとロダン少佐が少し苦しい顔をした。
おそらく、彼自身もそこは納得いかないのだろう。
「いやぁ。俺も祝日なんかにやりたくなかったんだが、政府からどうしても今日行かせろー!と強く言われていてな?? ……どうやら事態は一刻を争うらしい」
なんか言ってることはそれっぽいが、よく考えると訳が分からなかった。建国記念日に政府の勅命で働かせるとか、もう反乱されても文句言えませんよ?
「てか、そもそも何で俺なんですか!! 前にも言いましたが、俺なんてただのクソ雑魚な一兵じゃないですか!!」
「ほら、宰相が先の事件での活躍を随分評価してるみたいでな?政府でじゃあ彼に任せようという話が……」
「政府はアホか!!? むしろ評価してくれてるなら休息をくれ──っ!!!」
高崎が理不尽な扱いに叫びを上げた。もっともな反論であるが、正論だけでは上下関係を壊すことはできない。
もうどうせ連れていかれるのだ。どうせ。
「まぁ落ち着け、今回に関しては前と違いそう危ない任務ではない。安心して行ってくるといい。ちゃんとしたサポート役もいるしな」
「前回だってそういう風に意外と安全だー!とか言われてたんだよどうせ今回もピンチになって命の危機に陥ったりするんだよーッッッ!!!」
「「「うるせぇだまれ」」」
どうやら少佐だけでなく、その場にいたヴァナラダ支部のその他の上層部のお方さん達にも半ギレで言われてしまったようである。でも皆さん。祝日出勤でイラつく気持ちも分かりますが今1番キレそうなの、本当は僕なんですよ??
そんな高崎の必死の抵抗むなしく、なんかよく分からん説明をお偉い方に浴びせかけられた後、彼は引きずられるように車に乗せられ出発することになったのだった。
………………本当に辞めたい。こんな仕事……!!
【ぷち用語紹介】
・燿王朝
現在の大正帝国の前身。
1900年代に成立してから実に600年ほどの間、東大陸の中心的存在として君臨していた大国。最盛期には中央海に面するまで領土を広げ、現在の正朝の領土の礎を作った。
また、アルディス王国とはそれなりに友好関係にあり、東西戦争以降はかなりの同盟関係を持ち続けていた。
しかし、長年にわたる支配による内部の腐敗などによって民衆の不満は高まった結果独立・反乱が起こり、2540年初頭には、ついにある男の手によって滅亡を迎えた。