最終話 『これからも』
『……ふーん、アランが殺られたのか』
1つの声が空間に響く。それは、何処かであった。
緑星などではない。地球でもない。
──いや、言ってしまえば宇宙でもない。
そんな明らかに矛盾した歪んだ空間に、1人の男がいた。
……しかし、その存在は本当にあるのか疑わしい。
いや、“男”というのも正確に言えば正しくないだろうか。
何故なら、その空間には何もなかったからだ。
決して彼を視認することはできない。
声こそ男性質のモノだが、その姿は確認できないのだ。
少なくとも、声だけが確実に存在していた。
『まさか、遊びで放り込んだ“彼”が、ここまでやってくれるとはねー。やっぱり現代の人間もまだまだ捨てたモンじゃないといったところかな?』
“ソレ”はそんな事を笑ったようような声で呟く。
………彼は、人間なのだろうか?
それとも────。
『なかなかの誤算だったけど、まぁ良いとしようか。私の計画が予定通り進まないのはいつものことだし。
彼もまた今度は、私の計画に沿って動いてくれるよう期待しておこうかな』
そんな風にして。
そこではいつまでも声だけが、聞こえるのだった。
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「……………あ……?」
高崎は目が覚めると、今回こそ本当に見覚えのない場所にいた。どうやら、あの後ここまで運び込まれてきたらしい。
そんな訳で、取り敢えず辺りを見回してみようとした……が、首が動かない。ベットに完全に固定でもされているのかと思ったが、どうやら麻酔の効果であるようだ。
仕方ないので目だけで見回すと案の定、点滴のようなモノが並んでいたり、手術ドラマでよく見る心拍数のモニターなどがあるのが分かった。
要するに、ここは病院か何かであるようだ。
また、横にあった電子式の時計には今日が4月18日であるとされていた。つまりまた、いや今度は3日寝ていたことになる。
……もうここ最近で彼の身体はボロボロである。
まぁ再び目を覚ますことができたのは良い事だ。今回の件で色々すごい話を聞いてしまったが、正直今は体は重い、頭はぼーっとするでダメダメである。
起き上がろうにも、麻酔のせいなのか体は動いてくれない。
なんとか指先を動かすのが精一杯の程度なのだった。
それに加えて周りには誰もいないのでもう一回寝ようかなぁ、なんて思っていると人が入ってきた。
ルヴァンであった。所々包帯が見えるが軽傷であるらしい。
「…………おっ、目ぇ覚めたか!」
「……なんとかな。本当に今回は死んだかと思った……。いや、まぁそれはそれとして、だ。あの後どうなったんだよ?」
そう尋ねると、まぁ色々な。と言いながらルヴァンは一回隣に座った。どうやらお話は長くなるらしい。
「まず、奴は死んだ。お前が銃弾ぶち込んだからな」
「……いやまぁ、それは仕方なくね…?? こっちだって必死だったんだぞ?」
ルヴァンの一言目に、高崎が躊躇いつつもそう返す。
まぁ確かに、せっかく得た組織のリーダーを殺してしまったのだから損失なのかもしれない。
でも結局、奴には既存の魔術打ち消しが効かないのだから、捕まえる。というのも無理な話だっただろう。
奴は手強かった。油断してくれていなかったら普通に全滅していておかしくはなかった。なんなら実はどっかで生きてまーす。とか言われても何の疑いもなく信じれる。
──奴はそれほど強かったのだ。
「それは俺らも分かってる。奴が簡単に捕まえれるほど簡単な存在じゃなかったってことはな。……だが上のジジイはご立腹でな? 後でしっかり言っとかないとー、とか言ってたな」
「げッ、最悪だな。俺まだ目覚ましてないってことでいい?」
アホか。とルヴァンが軽口を一蹴して、話題を元に戻す。
「まぁその死体の検査で一応奴の身元は分かったらしい。アラン=ヴィルマーム、旧教の街『ダラーデン』で一時期は司祭も務めていた男らしい」
「……ほう。なるほどな」
納得したように、高崎が軽く相槌をする。予想通りというべきなのか、奴もやはりあの街の人間であったようだ。
「しかし、それ以降の経歴も何をしていたのかも全く分からなかったらしい。ユウヤ、お前何か奴と話してたじゃねーか、何か知ってることはないか??」
「う、うーん……?」
高崎はそんなルヴァンの問いかけに対して、何も知らない風を装いつつもの思う。
まぁ確かに、色々とんでもない事を聞いたものの、奴は経歴については特に話していなかった。それに聞いたことは正直他人には話せない。……下手したら国にバレて消されかねんし。
──それにしても、奴の言っていたこと。
あれは本当なのだろうか?
魔術聖典の秘密。アルディス連邦王国、いや世界全体の闇。
それらを把握して行動していた組織、『神の守護隊』。
………そして、俺がこの世界に飛ばされた理由。
もし。正しいとしたら、何故なのか。
何の目的のためなのか。誰によって連れてこられたのか。
そもそも何故、奴は高崎にその事を話したのか。
……いつか、それらが分かるときは来るのだろうか?
──そうして、そんな事を彼が考えていると、ルヴァンが「そうか」……と小さく呟いた。どうやらその沈黙を、知らないという意味だと判断したらしい。
「ま、知らねぇか。でもデータの方は生き残ってたらしいから大丈夫かもな。今は中身の暗号を解読中らしい」
「そうなのか。……それで、アランとやらが束ねてた組織の奴らは捕まえられたのか?」
「一部はな。例えば、例の改造人間を作ってたらという施設は特定されたぞ。そんで昨日アルディス王国とウラディル共和国の共同でそこの制圧がなされた」
「そりゃ良かった。これで、もうあのふざけたモノでこれ以上苦しむ人もいなくなるってことか」
一安心、といったように高崎が深く息を吐いた。
しかし、そんな彼の様子を見たルヴァンが、少し躊躇いつつも、声を低くして言う。
「──そのことなんだが……。例の改造人間の開発・研究をしていた施設に残っていた研究員、それとそこにあったパソコンや被験者の日記によると……どうやら、例の実験の被験者達は皆……“組織の一員”だったらしい」
「……おい、それ……マジかよ……?」
高崎の顔が青ざめる。彼らが一般人であったと告げられたときとは別の意味で、恐ろしさを感じたのだ。
「あぁ、何のためにそんなモノに参加したのかについてのデータは暗号化されているか消されてたんだが……。どうも彼らは“何かの目的”のために、喜んで自らの体を預けたんだ」
「……………………」
高崎には、その“何かの目的”に心当たりがあった。
すなわち、それは神の守護隊の計画。
───『魔術聖典を全て集める』ため……。
それが何よりも世界の為になると思い、彼らは活動していて。そして、改造人間の実験を行えばみんな強くなれるからだとか、重要な作戦に必要だからとか……理由は何であれ。
目的に近づくという話になって。その為に、自らの命を捨てていたとしたら……?
辻褄があってしまうような気が、した。
「まぁ、世の中にはいろんな奴がいるってことなんだろ。目的のためなら自分の死を問わないって奴はいるもんだ。自己犠牲な正義のヒーローとか、熱狂的な狂信者とかな」
ルヴァンは高崎の沈黙を、彼らが自ら命を捨てたことへの動揺だと受けとったのだろう。そんな感じのことを言ってきた。
確かに、黙り込んでいる理由はそれなのだが……、その背景にある情報が大分彼との頭の中とは違ってはいる。
───正義のヒーローと狂信者……か。
そうだな。……と高崎は小さく答え、一旦会話に間が空いた。
だが、どんな理由があろうとも。
奴らは改良された魔獣と改造人間を野に放ち、何十人もの犠牲を出したし、きっとそれ以外にも表に出ていない様々な悪事を働いていたはずだ。
もし、あの魔術聖典が全て本当だったとしても。
もし仮に、裏にある真の目的が平和のためだったとしても。
高崎にとっては、それは決して許せないことだったし、……そんなの理解できなかった。
──いや、理解したくもない。
悪に悪に立ち向かって、何になるというのだろうか。そんな方法では、もし解決したとしても、また別の悪が現れるだけだ。
もしくは、自分らが“もっと黒い悪”になってしまう、か。
──だから、せめて自分は。
決して……ヒーローなんかには成れないけれど。
“いつでも最後まで、“正義の心”を忘れないようにしたい”。
──色々なことがあったが、結局そう結論づけた高崎だった。
……………何か、忘れている気がする。
「──あ、そうだ他の皆は大丈夫なのか!? 特にエレナ!」
あいつらも怪我を負ってていたはずだ。高崎が体は動かないが、気持ちとしては身を乗り出す勢いで尋ねた。
そんな彼の疑問にルヴァンは答える。
「まぁアイツも大丈夫だ。テラはもうピンピンしてるし、エレナも頭打った結果の軽い脳震盪なだけだってよ。今じゃもう普通に働いてる。……てか一番重症なお前が言うかよ?」
みんな大丈夫だったか。それは良かった。
……………ん?
「そういや俺って、あの後何がどうなってたんだ? 気がついたらこうして病院だった訳だけど」
そう。彼にとっては、もはや奴に向かって銃を撃ったと思ったらすぐに目が覚めたような感覚である。
まぁ大方アイツの攻撃が当たったとかなんだろうけど。
「あぁ、お前は奴の攻撃が右胸を貫いて肺まで破裂させてな?一時は回復魔術も効かなくなるっていう、いわゆる超危険状態までいったんだぜ?
………まぁほんとギリギリのギリギリで、何とか死ななかったって訳だな」
「な、それマジかよッッ……!!」
高崎が思わず声が裏返るくらいの反応をする。
超危険状態、それはほぼ死に近い状態とされ、回復魔術も効果がなくなるとされている期間のことだ。そこに入ったら死亡率は9割を超えるともされている。
…………いや、ほんと危ないな!?
──というか、肺破裂というには、今は全く肺に違和感はなかったし、発声や呼吸も全く問題なかった。
やはり、この世界の魔術と最先端医療とその関係者の人たちはとんでもないのかもしれない……。
「まぁ、生きてて良かった、ホントに……」
彼は額に汗が流れる感覚を強く感じながら、とりあえず今無事に生きていることに感謝しつつ、一息ついた。
──というか、何故奴はあの場面で突如として再びあのような攻撃を仕掛けてきたのだろうか?
ただ単に、まだ奴が諦めていなかった、ということなのかもしれない。……が。それなら、あんな“ペラペラ話をする間にやってしまえばよかった”筈なのだ。
まだまだ、謎が深まるばかりであった────。
…………まだ何か忘れている気がする……。
あっ。
「そうだ、報酬!!!」
高崎が思い出したように叫ぶ。
確か今回の任務が成功したら百万単位で臨時報酬が出るって話だったはずだ。もし手に入ったらこんなクソ仕事辞めて、いい仕事見つけれるまでそれで生活ができる!
「……あー、報酬なら後ほど口座に振り込まれるらしい」
よっしゃ! と高崎が叫ぶ。
ならこんな命賭けるバカな仕事はもう辞めて───。
「それと、もう一つ話があるらしいぞ?」
そんなことを言いながら、ルヴァンが電話を差し向けてくる。その画面には例のジジイことロダン少佐の名前があった。
……嫌な予感がしてきた。
「…………な……なんですか?」
『おいお前、敵組織のリーダーをぶち殺したらしいな?』
やっぱそれかああああああああッッ!!!!!?
「いやそれはほんと色々事情がありましてーっ!!!」
高崎が、そんな自分でもよく分からない口調で言い訳をしようとする。……しかし、その返答は意外なものだった。
『冗談だ。私とてバカではない。その事情とやらも分かっとる。そんなことで一々怒ったりせんよ』
なんか優しい感じがしてくるが、いつもそんくらいのことでこっぴどく叱られているのは気のせいだろうか?
「そんなことより報酬はしっかり振り込まれるんですかね?」
なんだか金にがめつい感じがしてちょっとみっともないと思わなくもないが、彼はとりあえずその事について聞いてみることにした。成果に対する報酬(お金)は大切である!
『あぁもちろん。しっかりとじきに振り込まれるぞ』
良かった。これでこんな仕事辞めら───。
『だからな、次も頼んだぞ!!』
………………はい??
「えっと、あのー。ぼくちょっと何言ってるのか分からないのですが……?」
『何を言ってるんだ! 政府はこの成果を良く見ててくれてな? 次の任務ももう決まっているぞ!!』
何故だか愉快そうな声でロダンがそう言ってのけた。
いや、ちょっと待て! 何を言ってるんだ!!?
高崎の顔が、みるみる青くなっていく。
「はい!? えっ、次の任務!!?」
『そうだ、もちろん次も報酬は出る!今度は大正帝国に行ってこい!!詳細はもう少し待っとれ!』
だ……大正帝国……?
あのお隣の大陸の、でっかい帝国さんのことですか……??
「いや、あのですね。申し訳ないんですけども、俺ちょっと軍退役しようかなー。なんて思ってたりするんでs」
『何を言っとる、これは政府直々の命だぞ!! そんな舐めた事言うというのなら、国家権力の力でお前をもう2度とどんな仕事にも就けないようにしてもいいんだぞ?』
(………うわ怖え!!? 何が怖いってこの国なら本当にやりかねんってのが本当怖いッ!!!)
そんな凄まじく直球な脅迫に、思わず彼は頭を抱えた。
もう大国によって宇宙開発すらなされてるこの時代に、ただの上司によるパワハラどころか、シンプルな脅迫なのだった。
やっぱりこの国……この世界、オカシイですよッッ!!?
『まぁ、という訳で頼んだぞ!! もし断るなら今回の報酬もナシじゃあああああッッ!!!!』
「いやそれはおかしいッ!!! 今回の成果に対する報酬なんだからそれはおかしいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
通話が切れる。
ルヴァンに目を向けると、奴は暗にこんな顔をしていた。
──あきらめろ、と。
「……………へっ……へへ………」
あの男から、この国の。
……いや、この“世界の闇”を聞かされたばかりだが、高崎としてはそんなのにも遥かにまさる闇を見た気分なのだった。
今すぐこんなクソ職場辞めてやりたい。……がそれはこの騒動についての報酬を貰った後だ。それまでは居てやるが、それさえ得たらすぐ辞めてやるッ!
…………ほんとに国が重圧とか掛けたりしないよね?
とにかくッッッ!!!
「ふざけんなクソがッッッ!!!!! 俺は絶対やらないからなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」