12話後編 『魔術聖典』
とりあえず奴は入念に縛っておいた。
加えて軍特製の、貼ると魔術が行使できないとされる札『魔力封印札』を貼っておく。注意には注意を重ねるのが一番だ。
ついでにルヴァンにはデバイスを通して、軍に組織のリーダーを捕まえたと伝達させた。証拠を見つけるどころか、首謀者を生きて捕まえたとあれば上層部も大喜びだろう。
そして一応、回復魔術で奴の流血は抑えておいた。死なせる訳にはいかない。ルヴァンとテラにはエレナの看護と増援待機を任せている。後は、引き取りの増員が来るのを待つだけだ。
──そうして高崎が待っていると、奴が目を覚ました。
迷わず銃をギリギリまで近づける。これなら、もし何らかの手違いで空気の塊が作られていても構わずぶち抜けるだろう。
「分かってるだろうが抵抗はするなよ?俺だってお前を殺したい訳じゃない」
「……まぁそうですね。今動くのは得策じゃあない」
すると奴は意外にもあっさり従った。諦めがついたのだろうか?……油断というわけではないが、高崎は自分の張り詰めた緊張が少し解れたのが分かった。
────────────────────────────
───────────────────
───────────
「……それで、結局お前は何がしたかったんだ? わざわざ組織を束ねて改造人間まで作って、施設を襲わせて」
増援が来るまではまだ時間があった。
ぶっちゃてしまえば暇なので、高崎は尋問……もとい奴のことについて聞いてみることにした。
──気になるのだ。
なぜこんな組織を作れる程までに人々を従え、ウラディル側からの支援も受け、そしてあれだけ多くの人を傷つけ・殺してまで戦争を引き起こそうとした……その理由が。
すると、その言葉に奴は呆れたように笑った。
「分からないんですか? この国を潰したかったんですよ。戦争という形を使ってね」
「そうじゃねぇ、何で潰したかったんだよ?」
高崎が小さく、しかし鋭い声で問い返す。
その目は真剣そのものだ。
──すると奴は、一回間を開けると、また口を開いた。
「……この国は腐りきっています。いや、それだけじゃない。この世界全体が」
「………………は?」
何言ってんだコイツ。と高崎が呆れた目をする。
急に世界について語りだしたぞ。
白けた目の高崎に、奴は変わらぬ調子で話し続ける。
「この世界は……大戦を経た今もなお、戦争自体は国際法の下でも基本的に合法。そして、世界中のあらゆる国が幾度も反省なんてすることなく戦争を起こし、その対立を深め続けています。冷静に考えて、こんなのおかしいと思いませんか?」
「…………ッ」
高崎は、自身の体が少し反応するのを感じた。
──確かに彼の価値観で考えると、絶えずどこかで戦争が起きているこの世界はどこかおかしく感じてしまう。
勿論元の世界でも地域によっては普通に紛争はあるし、大規模なものに関してもこの先もないという保証など全くない。それに、争いの一切ない世界などありえない。
だが、確かにこの世界は“異常すぎる”気もする。
……“逆に、“彼の世界”がおかしいのかもしれないが。
「──何故戦争か止まないのか。その理由は決して、奴らが互いの土地や資源、権益、そしてカネを欲してるからというよくあるモノだけはありません。……奴らは、互いが所有している『魔術聖典』を奪い合っているのです」
「ま………魔術聖典……ッ!?」
「えぇ。……まぁ、それ以外の理由もあるにはあるのですが」
奴がそんなことを平然と言っているが、高崎にはそんなことを聞く余裕は失われつつあった。
……というのも、今奴が口にした“魔術聖典”とは、この世界においてとてつもなく特別な存在なのだ。
──魔術聖典。それはこの国で最も信仰されている宗教の『テスナ教』(通称新教)、で存在するとされている本のことだ。
まず聖書には、神の使いであるテスナが、当時滅亡の一途を辿っていた人類を救うために使った神の力……とされているのが『魔術』であるという記述がある。そして、当初その力を人々に遍く広めるために作られたモノが『魔術聖典』。という古くからの言い伝えがあるのだ。
しかしその存在は全く見つからず、現在では本当はなかったのでは。と言う学説さえも出てきているという有様なはずだ。
──その魔術聖典が、本当にあるとしたら。
世界中がひっくり返るような話だ。世界中のあらゆる学者や聖職者が欲しがるのだろう。
確かに、そんなモノは国の中枢が隠しているのかもしれない。
ただ、それが戦争をしてまで取り合いになるものなのか?
「──しかし、実際の『魔術聖典』はそんなモノじゃない。
その本当の正体とは、我らが“主”が使っていた……人類を滅ぼしかねないような強力な魔術を封印した本なのです。
それらは普通の魔術では到底至ることの出来ない領域にあり、世界の理すらをも超越するのです。例えば、核を超える威力の爆発を生み出す魔術や、神話のような大災害を生み出す魔術、不老不死になれる魔術なんてモノも」
「…………お前。それ、本気で言ってんのか……?」
「えぇ、テスナ教の聖書にもあるでしょう?“テスナは世界を滅ぼさんとする悪を抑え、我らを救いなさった”……と。」
奴は、そんなことをあっけらかんとした表情で言い切った。
一方の高崎は……、奴の言葉が本当なのか図りかねつつも動揺を隠せずにいられた。その額には気がつけば汗が流れている。
当時最盛を迎えていたべルナ教。
その信仰対象の神べルナは、神として人々を救う存在である一方で、破壊を尽くす破壊神としての顔をも持つ二面的な存在であった……という記述もある。それはつまり、破壊を生む動力として彼もまた魔術を行使していた……という事になり得る。
──そしてそれこそが、魔術聖典の本当の“チカラ”。
テスナは、それらを魔術聖典として封印することで人類に待ち受けていた破滅の危機を救った。……というのだ。
少しぞっとした。
当たり前のように使われていて、軍隊も重宝している魔術。それらは本当は現世に残された絞りカスのような力で、その裏には世界を滅ぼせる程の力が眠っているというのか。
いや、そもそももしこの話が本当だとすれば、現在のベルナ教およびテスナ教の宗教観が全て崩壊するのではないか。そうなれば世界は一体どうなってしまうのか。
──いや、でも。
「なら、なんでどの国も使わないってんだ?そんな強力な魔術を使われた、なんて話は聞いたことないぞ?」
高崎が一旦間を置いて、疑問を投げかけた。
そうだ。もしそんなモノが存在したとしたら、今ごろ世界など終わっている。元々奴の話など信ずるに値しないモノなのだ。冷静になれ、これは奴のブラフに違いない、と。
すると奴は、その疑問を待ってたとばかりにニヤリとした。
「それが戦争の原因なんですよ。魔術聖典は本来1つのモノ。それが分裂している限り封印は解けない」
何故分裂したかはどの資料にも書かれておらず、どんな者も知らないんですがね、と奴が加える。
現在は、把握されているモノでも12部に分けられているらしい。それは国、宗教団体、あるいは個人が所有しているとか。
つまり、と奴はさらに加えた。
「──どの国も、聖典を1つにしようと目論んでいる訳ですよ。封印を解き『魔術聖典』の真の力を“目覚めさせる”為に」
高崎は黙り込んだ。その頭の中には過去の記憶が巡る。
アルディス王国はたまたま近年は平和であるが、ニュースを見るたびに、やれどこの国で何の戦争が勃発しただとか、犠牲者は何万人何十万人何百万人だとかやっている。
それは全て、そんな理由のために起きているというのか。
そんな理由で多くの人が犠牲になっているというのか……?
「なんで、何でそんなにしてまで、『魔術聖典』を完成させたいっていうんだ……」
「恐らく『魔術聖典』の完成はそれ即ち神を超える。とされているからでしょう。真の意味で全ての支配者になれる……」
“神”、──それは絶対だ。
『魔術聖典』の完成はすなわち、全てを魔術で支配できるということ。その力は絶対。それは神にも等しい力を行使できるということだからだ。
だから各国は、『魔術聖典』を奪い合う。全てを支配して、全てが欲しいから。
もしくは、そんな奴らに決して望んだ通りにさせないために。
「だから、私は仲間である旧教の信者達と共に立ち上がり行動しているのです。もう腐敗した国などには任せられない。私たちが、あらゆる争いの原因となっている魔術聖典を回収して、この世界を平和にしてみせる」
奴は、高崎を感情の読み取らない目で見て言った。
彼はその澄み切った……ようで、どこか狂気を感じる目に吸い込まれそうな感覚になる。
「──それが私たち、『神の守護隊』の使命なのです。その為なら、どんな手だって私は使いますよ。その方が、“結果的に”犠牲は減るんですからねぇ?」
──『神の守護隊』。
奴の言い分から察するに、それは奴が所属し……かつ率いて、魔術聖典を狙って裏で動いている組織の名なのだろう。
そしてあの許し難い、アルディス全土における魔獣や改造人間の騒動も……引き起こした、だ。
──だが。
奴は結局こう言いたいのだろう。
私たちが真の正義だ。アルディス王国やその他国家。そしてそれに従うお前こそが悪に属しているのだ、と。
高崎は暫しの間目を瞑ると、大きく深呼吸をして再び前を見据えた。その目には、もう動揺は見えない。
「……確かに、お前の話もなかなか辻褄が合う。この世界の異常性の説明も出来るのかもしれない」
彼はそう頷く……が、それでも再びはっきりと前を向く。
「でも俺はお前を信じられない。『魔術聖典』だって本当にあるか分からないし、その中身がそれだっていう証拠もない。
それに、どんな理由があろうと、罪のない人を躊躇なく殺すような奴なんか信頼できる訳がねぇだろうが……!」
そうだ。さっきからペラペラ話しているがこれは今、奴の推測に過ぎない。証拠がないのだ。しかも、奴は奴らの野望なんぞに関係ない人達を巻き込んで殺したクソ野郎である。
だから高崎は信じない。そもそも、コイツは改造人間なんてモノを作るクズだ。信じられる訳がない。
──それより気になることが1つある。
「そもそも、何で俺にそんなことを話すんだ…? ンなことを話して、お前に何かメリットが存在するのか?」
「……さぁ? どうなんでしょうかね」
奴の思惑についても聞こうとしたが、案の定というべきか少しも話そうとはしない。全くもって、分からない奴である。
「──まぁ。そこまでいうなら証拠とやらを見せましょう」
そう奴が言ったかと思うと、突然手のひらに何か光る丸められた紙が現れた。高崎は攻撃かと思い、引き金に手をかける。
「これが私がこの身体に秘める『魔術聖典』の一部ですよ。先ほども言いましたが、私は偶々見つけてしまったのです。この街に眠っていた1枚の紙を」
「ッッ!!!?」
銃を向けたまま高崎は動揺を隠せず、銃口がぶれる。
そんな彼を片目に、その紙はひとりでに開いていく。その紙には、何項目かの文章が書き込まれいた。
「何を隠そう、さっき使っていた能力はこの“力”です。空気を固める力……なんてあなたは言っていましたが、本来の力は空気、いや大気全てを操ることの出来る魔術なのですよ。
『大気を司りし大いなる神の力』という名で呼ばれています」
唖然とする高崎を尻目に、奴は次々と口を開く。
「もう1つは他人の素性を探れる能力……などではなく、世界の事象全ての把握ができる魔術。とされています。
こちらは『人知を超えたる神の威光』と言った所でしょうか」
高崎は、あまりの驚きに言葉を出せなかった。本当かは否かとして、その規格外さを改めて知ってしまったから。
奴はが使っているのは、旧教信仰団体が所有していた聖典。
……いや、奴が祠を興味本位で開けて、始めてその存在が認知されたらしいのだが。
高崎の額に汗が流れる。もし、それらの力が本当なら、魔術聖典があれば本当に世界征服だって可能なのだろう。
──だが。
「………いや、待て。確か『魔術聖典』の力は封印されていて、使えないんじゃないのか!?」
高崎が慌てたように奴に問い返す。
そうだ。『魔術聖典』は1つにならないと真の力は解放されない。なら1ページ如きでは使えないのではないはずだ。
「……『魔術聖典』なんて言われていますが所詮は魔術。科学技術で魔術が解明された今は、その封印さえ一部は解けてしまうとしたら?」
「……お、おい。それって……」
高崎の頭には、ある最悪な可能性が浮かんだ。
──それはつまり。
「だれでも聖典の力を行使できる、って言うのか……?」
「ええ。まぁせいぜい我々人間に使えるのは、たとえどれだけ上手く調整を重ねても本来の力の100分の1にすら及ばないと思いますが。……私はベルナ教の深い信仰者という事もあって、その“調整”は実は比較的楽に済むのですけどね」
高崎は、自身の頬に汗が流れているのを妙に強く感じた。
威力は本来のモノと比べ凄まじく弱くなっているとは言え、既存の魔術を遥かに超える魔術を各国が有しているというのか。
そして、突然聞くこととなった多くの話に高崎が動揺をしている中、彼はそこからトドメを刺した。
「──そしてどこからか現れた“ウワサ”では、魔術聖典を利用した、別の世界の人間をこの世界に持ってくる。なんて実験さえ行われている、なんてのもありますねぇ」
奴がこっちを見て笑いながら言った。
……………まさか。
まさか。
まさか!!!
(俺が“ここ”に来ることになったのも、それが原因ってことなのか……ッ!?)
高崎が2年前のあの出来事を思い返す。
確かにあの時は訳が分からなくて信じてしまったが……、果たしてアイツは本当に神だったのか??
そう考えてみると、それを証明した方法にも疑問が残る。
──そのときに使われた、エロ本転送や女体化などの身体の変化も、その聖典の力を使えば可能なんじゃないのか……??
前提は覆された。
この世界について、何がどうなっているのか。誰が真の黒幕なのか。分からなくなってしまう。
仮にあの電話の男が、神じゃなかったとして誰が、何のためにそんなことをしているのか。………分からない。
「………喋り過ぎましたね。もういいでしょう?」
そう言うと、急にもう奴は何も話さなくなった。
散々ペラペラ喋りだした癖に訳の分からない奴だ。
高崎は今までの話を頭でまとめてようとしたが、動揺が多すぎて訳が分からなくなってきた。
…………もう一回帰ってからでいいや。
────────────────────────────
──────────────────
──────────
話が終わって、十数分ほどだろうか?
上から音がした。増援が来た合図だろう。
「来たみたいだな。行くぞ?」
そう声をかけると急に彼は笑い、ゆっくりと口を開いた。
「──そして、聖典の力の魔術は普通の魔術とは別物と言っていい存在。今までの魔術の常識は通用しません」
突然また語り出した。……何が言いたいんだ??
いや、………まてよ…?
………………まさかッッ!!!
高崎は振り向き銃のトリガーに指を入れこもうとする。
「だから、こんな札は何の意味もなかった訳ですがねぇ?」
高崎が銃を奴の眉間にぶち込むのと、奴が高崎に尖った空気の塊を撃つのは同時だった。
2人の血が、辺りを染めた。
【ぷち用語紹介】
・魔術封印札
アルディス軍の装備の1つでもある魔術礼装。
対象の人物に貼ることで、相手の意識と魔力の合体を防ぎ、魔術の行使を行わせない効果がある。
……しかし、これの行使には時間がかかる為、戦闘中などには決して使えるようなモノではない。
・魔術聖典
テスナ教において、あるとされている聖典。
一般的には魔術についての解説書のようなモノであったとされているが、実はその正体は世界を滅ぼしかねない禁忌の「神のチカラ」を封印した書。現在は世界各地にバラバラに封印されており、その復活を防いでいるとか。
しかし、その対策が逆に世界の対立を生み、そして戦争を引き起こす原因となってしまってもいるという。
現在では科学を使った封印が進められていて、僅かな力ではあるがそれを行使することも可能。一部ではそれらを使った「実験」が行われているのではないかという風の噂も存在する。
・神の守護隊 (ウェルト・ラ・ベルナ)
アルディス連邦王国のダラーデンを中心に、小規模ながら世界的に活動している、旧教信者が大半を占める裏の組織。
この世界における争いは魔術聖典の存在が引き起こしているとし、そのすべての回収を自分たちが行うことでその争いを終わらせることを狙っているという。
だが、そんな表面上は崇高な目的を掲げているものの、実際のところ本当にそれが真の目的なのかは不明であり、作戦のためならどんな残虐なことも行っている。