12話前編 『決戦』
その時、エレナはうっすらとその様子を見ていた。
当然、頭が激しく痛み、意識は朦朧としている。
……けど、その言葉はどうしてか鮮明と伝わってきた。
その啖呵は客観的に見れば、ただの強がりとか負け犬の遠吠え、などとも言えてしまうのかもしれない。
でも、エレナはそんな風には自然と思わなかった。
──いや、思えなかった。
私は直接の対峙していないけど、おそらく、彼と相手の実力差はかなり大きいものだろう。それはまるで歩兵が戦車団に立ち向かうような。
でも、彼は向かっていった。
これ以上、仲間を傷つけさせないために。
その目は、決意に満ちていて、燃え上がるようであった。
その姿は、何だかかっこよかった。
どんな無理難題もなんとかしてくれる。そんな気がした。
それに彼の言い振りからして、その決意は決して自分が囮になるとかみたいなものではない。……きっと、何か“秘策”があるのだろう。
……当然、そんな考え1つで楽に倒せる相手ではないかもしれない。こっちの攻撃は何一つとしてまだ相手には届いてないのだから。
──でも。それでも、その少女はこう思えたのだ。
彼ならきっと、“あの時”と同じように何とかしてくれる、と。
そして、少女の意識はうっすらと消えていった───。
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「──やっぱり、ここに居やがったか」
「おや……、1人で来たんですか? 私はてっきり3人か4人で来ると思っていたんですが」
高崎は例の地下部屋に来ていた。予想通り、奴はそこで待っていたようだ。退屈そうにUSBを手で弄んでいる。
「で結局何をしに来たので?まさか本当に勝てるとでも?」
「…………………」
そんな奴の煽りに、高崎は一切答えない、
「任務なんか捨てて逃げれば良かったんじゃないですかねぇ? 死ぬよりは多分マシな選択だったと思うのですが」
奴は心の底から疑問に思っているらしい。
「お前に私が勝てる訳がない」そうでも言いたそうである。
……いや、それは正論かもしれない。当然、普通の方法じゃあ奴には到底敵わないのだろう。
──しかし、高崎は逃げない。
確かにな。と認めた上で立ち向かう。
「でも、お前のそのチカラも絶対じゃねぇ」
そう言い切ると、彼は隠してた側の手に持っていた起爆装置を躊躇いなく押して起動した。
凄まじい爆発が、巻き起こる。鼓膜が悲鳴をあげるほどの爆音が響き渡った。
それは一階部分での爆発だった。
天井が崩れる。主に奴側の方のがだ。
──そう。それがルヴァンに頼んだ仕事だった。そういう風に崩れるよう爆弾の配置を変えてくれと頼んでいたのである。
さらに、上から大規模な炎魔術が撃ち込まれてくる。
ルヴァンは兵器だけでなく、炎魔術でも一流だ。それは爆発による炎とも相まり、地下は炎に包まれるように赤く“激しく”燃え上がる。
──しかし。
「……まさかこれが切り札なんですか?? こんなモノ、欠片も私には届きませんが」
奴は、落ちてきた数百キロ。いや何トンもの石の破片の雨を当然のように全て跳ね返した。
「……………くっ……ッ」
一方高崎の方は、瓦礫が直接落ちてくることはなかったが全てを避け切れた訳ではない。地面に落ち砕けた破片がいくつか彼を襲い、いくつかの外傷を負ってしまっていた。
「……あぁ、まさかこれで本当に倒せると思われていたとは。失望を通り越して自身の不甲斐なささえ感じます。まだ貴方に絶望を与え切れていませんでしたか」
奴は本当に呆れたと言わんばかりに呟いた。
──そりゃそうだ。俺が奴の立場なら何をバカなマネを。と思ってもおかしくない。
いや、そう思うのも当然かもしれない。
完全にこっちを舐めているから。
……ただ、奴はただの攻撃だと思い込んで重要なことに気がついていない。
「もうあなたは良いです。少しはやる奴かもと思っていましたが私の勘違いだったようです。消えてください」
そして燃え上がる炎の中、奴は“何もしない”。
それはあの全く読めない攻撃の合図なはずだ。直後、高崎はボロ雑巾ようにボコボコにされ、今度こそ本当にあっさり死ぬのが必然なのだろう。
──しかし。
本当に。“何も起きない”。
高崎は笑った。……“狙い通り”だ。
「………なぜ何も起きない? 私のチカラの使い方は間違っていないはずなのにッ!?」
予想外の出来事に少し動揺しながら叫んだ。奴は未だに気づかないようだ。高崎は、笑いながらその理由を教えてやる。
「それが今のテメェのチカラの限界なんだろ? 自分で言ってたじゃねぇか?……まだ調整中だってな。」
──そして。
そこでようやく、奴は彼の狙いに気づく。
「……まさか、私のチカラ特定の使用条件について気づいていたと……!?」
「そりゃ気付くさ、わざわざこの部屋に自分から戻った時点で、お前はそれを認めてるようなモノじゃねえか?」
高崎は何を今更、と言うように獰猛に笑った。
この瞬間、彼の予想は確信に変わったのである。
そう。奴の行動はおかしいのだ。
奴にはチートとも言えるほどの力があるはずである。
そして、俺らを1階で見逃す理由も殺さない理由もない。
なのに奴は、それを使わずに地下に逃げ帰った。
それは何故か。
(……簡単な話だ。奴はあそこで殺さなかったんじゃない。ただ単に、“殺す力が使えなかった”んだ)
──すなわち。
「前のこの場での戦いで勝利を確信したお前は、自身が普通の状況下でどれほどやれるのか、それを試すために上に出向いたってことだ」
高崎は確信のもと、奴にそう宣告する。
さっきの地下での戦いに関しては、おそらく舐めプだ。
それは奴の戦闘の態度からも分かる。
しかし、ルヴァン達を交えた上での戦いのときは、比較的真面目にやっていたのだ。口ぶりでは常に余裕を見せてはいたが、行動に僅かな緊張を見せていたことからもそれは分かる。
そして奴は上での戦いのとき、俺のナイフを反射するとき、“わざわざ振り返った”。……もし奴の力がもし全ての攻撃の反射なら、そんな事をする必要はない。
──なら、何故振り返ったか。
……“一定の条件外では一定の力までしか使えない”。
例えば“体全体は守れず、一部しかガード出来ない”……とか。
そう仮定すれば、全ての辻褄がうまく合う。
だからこそ、奴は普通の状況下では俺たちを殺せなかった。
それを確認しきった奴は、地下に戻ることを決めた。
俺たちが無謀にもまた挑んでくるのを読んで、だろう。
いや、もしくは逃げ帰ったときのことも、コイツは完全に想定していたのかもしれない。
──しかし、だ。
だとしたら、その特定の条件とはなんだ?
地下と一階部分の違いは何なんだ??
……これも考えてみれば、分かった。
地下室にはいくつものドアがあった。ただの通路にさえ何故か何層ものドアが存在したのだ。加えて、基本的に地下と一階部分は遮断されていた。
そして何よりも自分自身の感覚だ。地下では息苦しいどころか、少しの呼吸で楽になれる感覚があった。酸素濃度は極端に高すぎると逆に中毒を引き起こしかねない性質を持つが、50%以下程度ならむしろそう感じる筈だ。
──つまり。
「お前のそのチカラは一定以上の酸素濃度がないと完璧に操れない。……そうじゃないと、ある程度の簡単なチカラの行使しかできない。そうだろ!!」
高崎が奴に向かって指を指して、そう叫んだ。
そう、だから奴は地下に逃げたんだ。
自身の力が上じゃまだ満足に使えないことを確認して、複数相手ではまだ危険があるから引いた。下なら安心だから。
ならば、それに対する解決案は非常に明確だ。
──地下を特別な場所にしなければいい。
例えば。
天井を破壊して、空気を上と混ぜるとか。
──いや、それだけじゃない。
炎が広がれば多くの酸素は消費されるのは当然の話だ。
「なるほど。やはりただのバカではなかったようですね。最初の期待通りで何よりです」
そんな高崎の言葉に対して、奴は軽く動揺したように見えたが、すぐに態度を戻した。そこは流石である……といったところだろう。
「しかし、その程度で濃度が一瞬で変わるとでも? 最大出力は出せないとしても、普通のチカラは出せるのですがねぇ?」
確かに、そうかも知れない。
所詮高崎がしたことは、天井の破壊と炎による酸素の消費だけだ。地下のプラス分酸素を一瞬にして消し去った訳ではない。それに、空気をすぐに完全に混ぜることはできないだろう。
というか、そもそも強化されてなかった先の戦いでも、奴には1つの傷も付けられなかったのだ。
──でも。
「こっちからしたら、お前が“あの力”を使えないってだけでいいんだよ。その程度の力ならいくらでも勝機はある!!」
高崎はそう言うと迷わず奴に向かって走り出した。
手には予備のナイフ。奴を刺さんと駆ける。
「ッッ!!!」
がンッッ!!
脇をナイフを以て抉ろうとしたその瞬間、奴が体を捻った。
そうしてギリギリのところで“何か”が彼のナイフを弾く。その勢いで高崎はのけぞってしまう。
「駄目ですねぇ? その程度じゃ私に届きませんよッッ!!」
「──ごァッッ!!?」
奴が手を突き出した。するとその瞬間に、高崎は再び“何か”を腹へとまともに食らって後方へ吹き飛ばされる。口の中で少し血の味がするが、外傷はこれといってなかった。
「はっ、結局その程度ですか? 散々大口叩いといて。次でトドメといきましょうかぁ?」
「……いや、今ので確信したよ。テメェは次で終わりだ」
決してそれはハッタリなどでない。
高崎はそう告げるように、立ち上がって堂々と言い放つ。
「テメェのチカラってのは、原理はまるで分かんねぇが……空気か何かを、何らかの方法によって固めることで飛ばしたり跳ね返したりできるってだけの力だ。合ってるだろ?」
高崎がそう話す中でも、奴は攻撃をやめない。
彼はそんな攻撃をなんとか回避しながら、問う。
吹き飛ばされるのは空気を飛ばしてきているから。
攻撃を跳ね返されるのは、空気の塊が攻撃を押し返すから。
足が切れたのは、尖った空気の塊を食らったから。
今それを使えなかったのは、至近距離で尖らせると、弾けて自身にも危害が及ぶ可能性があったから。
そしてそれらが見えないのは、“空気”だから。
──それがきっと答えだ。
「……ほう。ですが仮にそうだとして、どうして勝利を判断できるのですかねぇ?」
奴が一旦攻撃の手を止めて呟いた。だが、それでも彼の問いかけを否定しない。その事が、正解だと物語っていた。
「……はっ。そんなの決まってんだろ?」
奴は空気を何らかのチカラによって固められるだけの力。そして今はわざわざ振り返ってガードする……ということは、空気で全身を覆うことができていない。
──なら。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
急に高崎が走り出した。
しかし、それは奴に向かってではない。
奴の周りを回るようにして走っているのだ。
「………はっ!! 何がしたいんですかねぇ!?」
奴が高崎に攻撃を撃とうとした瞬間、高崎は止まった。
そして笑いながら、手を挙げて叫ぶ。
「いまだああああああッッッ!!!!!」
ズバンッッッ!!!
それは、“崩れた天井”の上。
建物の3階部分から銃弾が発射された音だ。
すなわち、“ルヴァンの狙撃”。それが背中を的確に貫いた。
「がッッッ!!!!???」
奴の背中から、血飛沫が舞った。
だが、空気の層が背中を覆っていないという訳ではなかった。
それでもその壁は薄いようであったらしく、スナイパーライフルの銃弾は背中から腹部を貫いた。まぁ普通なら体が千切れるとも言われる威力なのだから、それでも防いだ方なのだろう。
だが、奴はまだ倒れない。
「──2人目ッ!? クソ、スナイパーかッッ!!」
狙撃から逃れるように大きな破片に身を隠そうする。
驚いたように言うが、そもそも先ほどの炎魔術で“上からの攻撃も可能”だと把握していなきゃならないはずである。
──結局、奴はどこかで舐めてかかっていたのだろう。
そんな簡単なことにも気づかないのだから。
(……まあ仮に警戒していたとしても、アイツもそう簡単にバレるようなヤワな狙撃手じゃねーけどよっ!!)
そんな事を思いながら、高崎は再び動き出す。
奴は今、回復魔術を行使したいはずだ。
出血は少なくはない。長くいれば危ないモノだ。
しかし。
まずスナイパーから隠れるのに夢中な所悪いが、──そんなの許さない奴が近くにいることを忘れているらしい。
「──だから言っただろ?」
奴が気がついたときには、高崎は既にその背後にいた。
恐らく今、奴の周りには、激しい痛みによる興奮状態のせいで空気の塊は存在し得ない。
──何故か?
落ち着いて、集中できないと“魔術は操れない”。
それがこの世界の常識だ。
……つまり、今なら攻撃が届くはずだ。
高崎は手に持っていた、曲がったナイフを投げ捨てる。
そして、拳を固く握った。
「次でお前は終わりだってなッッッ!!!!!!!」
どんッッ!!
高崎の拳が奴の顔面に思い切り命中した。
正直指が折れるかと思ったが、その分威力は絶大だ。
奴は力なく頭から地面に崩れ落ちた。失神したようである。
そして、そんな姿を一瞥しつつ、高崎は奴の体を漁る。そして、その懐から例のUSBを取り出した。
これで無事、任務も完遂である。
……というか、しっかり背中をぶち抜いたにもかかわらず、胸ポケットに入っていたUSBは全く傷つけられていなかった。
流石は武器扱いの天才ルヴァンである。
高崎は自身の頭上にいるルヴァンにグッドサインを向け、最早聞こえてはいないのだろうが、目の前でぶっ倒れているこの男に言い放つのだった──。
「自分の能力について素直に話すのだけが油断じゃない。自分の能力を過信して警戒を怠った時点で、お前は油断しまくってんだよ、クソッたれ」




