11話 『決心』
──そして、高崎が奴が必死に逃げていた頃。
「遅いな……アイツら」
「……2人とも、大丈夫なのかなぁ?」
外では、ルヴァンとエレナが待っていた。
──もう侵入してから軽く30分は経とうとしている。
なのに、帰還してくるどころか連絡の1つもない。また、中で異変が起きているような音もしない。
……どういうことだ?
「まさか……?」
ルヴァンが嫌な予感を感じ取りつつ、建物の正面の入り口へと歩いていく。その歩みに、迷いはない。
「ちょ、ちょっと!!?」
エレナが彼の突然の行動に声をかけるが、彼は止まらない。そして、その入り口にたどり着くと、ガラス製の自動ドアから中を覗き込んだ。
「………やはりそうか…!!」
ルヴァンが目を見開いて声を漏らした。
彼はそこから、中に地下への階段があるのを見つけたのだ。
……あんなモノは情報では無かった。恐らくこの下にテラ達はいる。とルヴァンは確信する。
そして、彼らが作戦にない行動を連絡なしにとるはずがない。詳細は分からないが何かしらのトラブルがあったはずだ。
なら、下で何が起こっているかは分からない。
「不味いな、こりゃアイツらは今かなりヤバイ状況にあるかもしれねぇ……!」
こうなったら最初の作戦の道筋なんて知ったことか。
ルヴァンは迷わず建物の中へ入っていった。
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一方、高崎は個室に籠り、自身に回復魔術を使っていた。
ただでさえ使えない自分の回復魔術は、ここ最近の多用でさらに効き目が薄れているようだ。限界まで行使して、なんとか傷を防ぐ膜を作るのが精一杯であった。
「頭がクラクラする……。外傷は無理やり塞げても、中身は簡単に治せないよなぁ……」
立ちくらみのような感覚に襲われながら、高崎は倒れ込むようにして座っていた。
一旦のところ奴からは逃れられたが、もし次があれば恐らくそんな可能性はないだろう。
正直任務なんか捨てて帰りたい気さえ起きてくるが、そうでもしたら正直帰還後に何をされるか分からない。
それに、仲間がどこにいるかも分からないまま逃げるわけにもいかないのだ。
とにかく何か今の状況を変えなくてはいけない。
さっきの戦いを思い出せ。何かおかしいところはなかったか……?
「……………あれ……?」
高崎が何かに気付きかけたその時だった。
近くの通路でだろうか?何者かの悲鳴と爆発音が聞こえた。
「ッッッ!!!?」
彼は瞬時に警戒モードへ移る。息を潜め、腰の銃に手をかけて、いつでも撃てるようにしておく。
不運なことに、その音を生み出しているであろう者の足音はこっちに近づいてきているようだ。
一歩一歩、その音は大きくなっていく。
そして、その音はドアの前で止まった。
「…………ッ!!」
高崎の心に、凄まじい緊張が走る。出来る限り息を潜めたいのに呼吸は荒くなってしまいそうで、生きた心地がしない。
それ故に彼は決めた。ドアを蹴り開けて銃を向ける。やられる前に仕掛けるのだ。やるしかない。俺、気合い入れろ!!
ばんっ!!
「お、おいっ!! てっ手をあげろっ!!?」
……なんかもうダメだった。
足と声は震え、言葉を噛み、顔は弱々しいものである。
さっきも殺すとか宣言していたが、やはり彼は元々平和に生きてきたただの日本人。そのトリガーを迷わず引く勇気さえも、そう簡単には出てこない。
こんなんでは、相手がプロの敵だったら普通にやりかえされている場面だ。
…………だけど。
「…………先輩、何やってるんですか……?」
そのドアの先にいたのはテラだった。
──そうだ。あの時テラも一緒に落ちていたのだった。
高崎は思わず大きく息を吐いた。仲間との遭遇で少し気が楽になった感じがする。
「お、おう……お前かぁ。今まで何してたんだよ?」
「僕ですか? 僕はここに落ちた後、地下にはたくさん私兵がいたので全部やっておきました。あぁ。断っておきますが、“やった”って言っても殺してはいませんよ??」
そんな事をのたまったテラが指をさした方を見ると、ぐるぐる巻きにされた伸びて兵士が転がっていた。
──本当に、コイツは敵に回したくない。
「先輩こそどうしてたんですか? なんどか随分ボロボロな様子じゃないですか。」
「あー。あっちで組織のリーダーであろう奴と一戦やってきた。……まぁボッコボコにされて死にかけたたんだけどな?」
「リーダー!? 今そいつはどこに!!?」
「分からん。俺も何とか逃げてきただけだからなぁ。
───いや、待てよ……?」
高崎が何かに気がついたように考え込んだ。
そうだ、何で俺は奴に見つからなかったんだ。
それどころか、追ってくる気配すらなかった。
……なら、何故追ってこなかった?
奴は当然、潜入した高崎達を無条件で見逃しす訳がないし、そんな義理もない。なら、何か別の目的があって追ってこなかった……その可能性が高くなってくる。
──そうか。
もしかして。
高崎以外の標的がいるのを知っていた……?
「じゃあどうします? とりあえず地下にも色々部屋があるみたいですし、そこで証拠が出てこないか探して──」
「──クソッ!! おいテラ、上に戻るぞ!!」
「……先輩!? どうしたんですか!!?」
突然叫ぶように声を上げた高崎の声に、テラが少し驚きながらその理由を尋ねる。もっともな疑問だが、丁寧に話している余裕はない。背中越しに彼は返答をする。
「あくまで推測だが、もしかしたら今のアイツの標的は、上にいるエレナ達かもしれねぇ!! まず先に、状況を何も知らない上の2人を潰しにいった可能性がある!!」
言い終えるとほぼ同時に、高崎はさっきまで籠っていた部屋から飛び出した。この推測は合っていたら最悪だ。もしかしたら今、すでに2人が死にかけているのかもしれない。
そんな彼の言葉に、本当ですか!? とテラが顔を青くした。
「さっき管理室みたいな所で、私兵の指紋を使って上への階段は出しておきました!! こっちです、行きましょう!!」
そうして、高崎とテラは階段のある方向へと走っていた。
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そして。
ルヴァンが階段を下りようとした時、下から何かが光った。
それを見た彼は横に全力で飛ぶ。……すると、彼のいた場所を何かが通り、その先の天井を破壊した。
「いきなりとんだご挨拶してくれるじゃねぇか?」
「──初手から避けるとは。ほうほう中々いい相手になってくれそうじゃないですかぁ?」
ルヴァンが腰につけた銃に手をかけて階段の下を睨みつけていると、その階段の下から、謎の男がゆっくりと現れていた。
両者が睨み合う。
20秒近くは硬直していたであろうか。
──先に動いたのはルヴァンだった。
腰にかけていた大口径のハンドガンをぶっ放す。
………しかし、当たり前のように奴は弾いた。
「あなたも銃ですか? そんなおもちゃじゃなくてもっと面白いモノ使ってくださいよぉ?」
「……なら、使ってやるさ」
ルヴァンはそう言うと、背中のバックパックから一瞬で予備の粘着爆弾を取り出した。そして、そのままそれを迷わず奴に向けて投げつける。
どんっっ!!!!
凄まじい爆発が起こり、辺りは煙で見えなくなった。この威力なら、並みの防御魔術程度なら簡単に破られることだろう。
──しかし。
それが晴れた先には、まるで傷ひとつない男が立っていた。
「いやぁ危ない危ない。本当に死ぬかと思いました。爆発というのは怖いものですねぇ」
奴はそんなことを言っているが、まるで慌ててもいないように見える。──ただの冗談なのか??
「しかし、その程度の手しか持っていないのですか??失望しましたよ。あなたならもう少し楽しめると思ったのに」
本当に失望したと言わんばかりに奴は深い溜息を吐く。
しかし、そんな態度も一瞬だ。
「まぁ。なら私からも行かせてもらいましょうかねッ!!」
その宣告と共に、すぐさま攻撃が始まった。
すると、その瞬間にルヴァンは後ろに回避する。
普通なら、そんな避け方はありえない。しかし攻撃は外れた。地面をえぐる。
「──ほう。2度も回避するとは中々の運ですねぇ」
「運じゃねぇよ。俺はこの2手でお前のその攻撃の弱点は完全に見切った。……嘘だと思うならこいよクソが」
いいますねぇ。と奴が笑う。そして、ならやってやろうと言わんばかりに攻撃を再開した。
しかしルヴァンはその“どれもを回避”する。
まるで、軌道が見えているかのように避けてしまうのだ。
「そんなモンかよ? テメェのそのチカラは?」
「さっきからムカつく奴ですねぇ?? まぁそろそろ前戯は終わりにしましょうかねッッッ!!」
奴はそう叫びながらも再び攻撃を放った。
ただしルヴァンは、当然のようにそれも躱す。
───しかし。
「ちょっと!!? さっきからずっとすごい音がしてるんだけど何してるの!!?」
後ろの入り口からエレナが入ってきてしまった。
──そして、そこは攻撃の“軌道上”だ。
「お、おいッ!!?」
ルヴァンが止めようとするが……間に合わない。
どすっ。
「……………えっ 」
あっさりと、エレナの体が吹き飛ばされた。
そのまま入り口から吹き飛ばされ、その小さな体は外まで持っていかれ。そして、地面に叩きつけられる。
幸い外は草ばっかなのでコンクリートに頭から、とかのような大惨事にはなってないように見える。
……が。見た限りその意識は失われ、入り口のガラスによって身体に切り傷を負っているのは分かった。
「あぁ。これはこれは。別に狙った訳ではなかったんですけどねぇ? ……まぁこっちからしたら、1番の雑魚とはいえ手間が省けたので良かったんですが」
「て、てめええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
ルヴァンが奴に向かって突撃した。
その間の距離は一瞬で縮まっていく。
「……おや、あまり感情に身を任せて行動するのは良くないですよ? 細かいところに目が行かなくなりますから。……そう、こんな感じに」
そう奴は余裕そうに笑いつつ、下げていた軽く手を振るった。
……軽くルヴァンの足元に攻撃を出したのだ。
「──がっ!!?」
激昂していたルヴァンにはそこが見えておらず、まともに喰らってしまう。その突撃の勢いのまま、地面に叩きつけられた。
「クソ……がッッ!!」
ルヴァンが隙を与えまいとすぐさま立ち上がる。
しかし軽い攻撃だったとはいえ、足から持っていかれ頭から落ちたのだ。当然、頭はクラクラするし視界もおかしい。
これでは、次の攻撃を避けることも難しい───。
「──ルヴァン!!! お前はエレナの方に行けッ!!!! コイツは俺らに任せろッッッ!!!!!」
ルヴァンが再び攻撃をしかけようと思ったその時、階段の下から奴に対して炎魔術が飛んできた。
しかし、奴はそれを目の前で霧散させる。
「あっつ……あー、全く。火傷するかと思いましたよ?」
そう言う奴の顔は全く火傷はしていない。その声も軽いものだ。覚悟はしてたとはいえ、炎さえも消されるというのか。
「高崎さん!!! 僕がアイツに魔術を撃ちますから、先輩は反対方向にッッ!!!」
「任せろっ!! ………でも俺に当てるなよ??」
先日のトラウマを思い出してちょっと冷や汗を流しつつ、高崎は奴の背後に回る。そして、テラは再び炎魔術を撃ち込んだ。
「下からテメェの声は聴こえてたんだよッ!!!! こんのクソ野郎がッッッッッッ!!!!!!!」
そして、高崎は腰につけたナイフで背後から襲おうとする。
すると、奴はこっちを向いた。
それだけで、奴にナイフを刺そうとした高崎は吹き飛ばされてしまう。ナイフはあっさりと曲がってしまった。そして高崎も痛みでそれから手を放してしまう。
「全く。さっきボコしたばかりなのにもう忘れたんですか? それとも、まさか死にたい人だったりとか??」
奴はそんなことを言うと、すぐさま再び振り返りテラの魔術も打ち消した。かと思えば、すぐに攻撃をテラの方へ撃つ。
「──があぁッ!!?」
テラもそのままに吹き飛ばされた。
そのまままともに壁まで持っていかれ、地面にうずくまる。
彼らによる攻撃は全く届かずに、逆に一打を加えられた。
それは、高崎に軽い絶望をもたらすには十分であった。
2対1でも変わらないのかッ?
どうしたらコイツに攻撃は届くんだよッ!?
──両者の攻撃に間が空いた。睨み合いが続く。
しかし、奴は“何か”を考えているように見えた。 それは別に戦闘に本気で取り組んでいないから、という訳ではなさそうだ。
だが今が好機だ、と高崎達が攻撃を仕掛けても奴はその全てを跳ね返してしまう。
しばらくそのような状態が続くと、奴が突然下がりだした。余裕そうな笑みを浮かべつつ、口を開く。
「………まぁ、ここは一回引いてあげましょう。私も鬼じゃありません。無力な女は極力殺さない主義なので。その時間の内に回復でもさせてあげてください。
──ですが、残念ながら貴方達の欲しい『証拠』とやらは、この機器の中にしかありませんがねぇ?」
また元の調子なら戻った奴は、手に持ったUSBを見せつけるようにして振りつつ、そんなことを心の底から愉快そうに言って、本当に地下階段の奥へと消えていった。高崎たちは、それを止めることはできなかった。
……いや、しようと思えなかった。……はっきり言ってしまうと、“助かった”と思ってしまった。
──そうして、奴を見送った高崎は後ろを振り返る。
「ルヴァン!! エレナは無事かッ!!?」
彼がルヴァンの方を見てみると、彼はエレナを抱えながら、回復魔術を行使していた。
「……外傷は浅いが、頭を強打して気を失っている状態だな。まぁ、一応透視魔術も使って見たが…恐らく頭蓋骨にも脳にも恐らく心配はいらないだろう」
彼は王都で貰っていた最新の簡易医療器具をいじりながらそう呟く。ルヴァンがそう言うのであるならば、高崎としてはその言葉を信じるしかあるまい。
普段は色々面倒をかけてくる奴なのだが、それでもこういう時は1番と言っていいくらいに信頼しているのだ。
「…………そうか、良かった……ッ」
彼女の姿はなかなかに痛ましく、素直には喜べないが、それでも高崎は少し心が楽になったような気がした。
良かった。本当に心からそう思う。
「でも問題は何も解決していません。奴の言う通りアイツを倒さない限り、僕たちの狙ってる証拠は奪えませんし」
テラが悔しそうにそう声を漏らした。
そうだ。未だ彼らの狙っているモノは奴が所有している。それを奪わない限り任務は終えられない。
──いや、任務なんて一旦諦めて帰るべきなんじゃないのか? これだけのことがあったなら、帰っても仕方ないじゃないか。……はっきり言って、そう思う自分も確かにいる。
それに、直接情報は手に入らなかったが、これだけの事があったのなら軍も動いてくれる可能性もあるだろうし……。
彼は頭の中で自然にそう考えつつある。
そして、それは当然のことなのかもしれない。
「しかも、倒そうにも奴の能力すら全然分かりません。もし奴が、一回引かなかったら………」
テラが今度はそんなことを力なく呟く。
そう。結局今回の衝突も俺らは何もできなかったのだ。
──ただ、奴が勝手に引いただけである。
「クソッッッ!!!!」
高崎が強く地面に拳を叩きつけた。
──悔しい。敵に情けをかけられているのに、助かった。と思ってしまうのが悔しい。
…………ん? “情け”…………?
「…………いや、待てよ……?」
彼の中で、ふと何かが引っかかった。
──本当に奴が引いた理由は“情け”なのか?
さっきも言及したが、あくまで奴らにとって特任部隊は侵入してきた敵、それに奴らは改造人間なんてモノまで作る非人道的な集団だ。そして当然、その中には女性の被害者もいたのは言うまでもない。だから、たとえ女だろうが殺すことに躊躇いなんかあるはずがないのではないか。
それだけではなかった。
今の戦いを通して、気になったことがある。それは、奴がさっきは一度も『何もしない』攻撃を使わなかったことだ。
「なぁルヴァン、さっきの野郎と戦ったとき、あの見えない攻撃を仕掛けるのに必ず腕を使ってたよな?」
「あぁ。だからこそ、どう避ければいいかは分かったんだが……。それがどうかしたのか」
「──あぁ、何かがおかしいんだよ……!」
ルヴァンへの問いで、確実に奴がここで“あの技”を使っていなかったことを確認すると、よりその違和感が確信へと深まった。……おかしい。
何故奴は今の戦いで、地下で披露した『何もしない』攻撃を一度も使わなかったのか。
………いや、“使えなかった”?
──もし、その仮説を正しいとするなら……。
(………………………そうかッ!!!)
高崎は、その何かに気がついた。
ならば。
今するべきことは、1つだ。
「……テラ、お前はエレナへの回復魔術と看護を頼む。
ルヴァン。お前はちょっと手伝ってくれ」
「それは構わねぇが……、何をするっていうんだ?」
ルヴァンがどうしたんだとばかりに聞いてくる。
──もちろん、それに対する答えも1つだ。
「決まってんだろ」
虚勢なんかじゃない。高崎は言い切る。
「このままじゃあ終わらせない。こっちもいい加減頭にきてんだ。……アイツをぶっ飛ばして全部終わらせてやる」
【プチ用語紹介】
・『何もしない』攻撃
高崎が暫定的にその名を決めた、奴が行う謎の攻撃の名称。
どこからどういう風に来るのか。それが分かるヒントも全く見られず回避のしようがなかった。
だが、その最強ともいえる技にはある『弱点』があるようだ。