10話 『謎の“チカラ”』
「……………んん………んあ?」
目を覚ますと、そこは広い空間だった。
──縦横ともに、15mほどはあるだろうか?
高崎は辺りを見回した。周りには暗くて何があるかはよく分からない。
そうだ。確か敵の罠にかかって落ちたのだ。
彼はそれを思い出すと、すぐに立ち上がる。
落ちたせいで体はかなり痛むが、落ち所が良かったらしいのか、まだ大丈夫そうだ。
一旦深呼吸をすると、気持ちのいい気分と共に痛みが走った。衝撃で前の傷口のが痛んでいるのだろうが、仕方ない。
とにかく、脱出する方法を見つけなくては。
……というか、1つ疑問がある。
自分は罠にかかったはずだ。ならば、今頃敵に拘束でもされていなければおかしくはないか?
そんなことを思っていると、突如部屋の明かりがついた。
…………眩しい。
そんな気分の中、彼は目を細め手で覆いながら前を見てみると、この部屋の中央に何者かがいることに気がついた。
それは人…………だろうか?
その姿は人形にさえ見えてくるほど人として完璧すぎる。
どのパーツも理想的な配置、造形をしており、逆に違和感を起こさせるのだ。歳も分からない。20代のように若く見えるし、50代のような風格さえも感じる。
なんなら男だということすら疑問になりかねない。
高崎は理屈ではなく、心で理解した。
──奴は、普通じゃない。
どこかで踏み外したような、そんな感覚がした。
「……………な、何なんだ……お前……?」
「なんだ、と言われましても。ここにいるんだから分かるでしょう? あなたの敵ですよ」
その古い軍服のような服にマントを羽織った男は、高崎のほうを見て不敵に笑った。
しかし、その笑いは強い嫌悪感を感じさせる。
……そしてその敬語も、逆に威圧感を与えてきていた。
高崎は奴に声をかけながらも、ようやく明るさに慣れつつある目で周りを見渡した。扉は見当たらない。ダクトも見当たらない。 まるでこの部屋が密閉されているかのように壁に跡も見当たらないのだ。
「脱出口を探しているようですが、そんな事をしても絶望するだけですよ? ……まぁもう気づいているようですがねぇ」
奴は相も変わらず、そんな不敵な笑みを浮かべていた。
いや、そんなのには惑わされない。
脱出口がない部屋なんてある訳がない。これは“ハッタリ”だ。
奴の言葉は無視して、心の中でそう自分に言い聞かせる。
「まぁその分良いコトも教えてあげましょうか。この中に組織の情報が詰まってます。これが欲しいんですよねぇ……?」
奴は愉快そうにこちらを一瞥すると、見せつけるようにUSB的な機器をワザとらしく手で振る。
どおりで上に情報が無い訳だ。こっちの作戦は全部お見通しだったというのか。
「──そんな情報教えて良いのかよお前? こっちには、もうお前を殺さなきゃいけねぇ理由が出来ちまったんだが?」
高崎が指を軽く鳴らしながら、目の前のソレを睨みつける。
そして、いつでも動ける準備をしつつそう言い返すと、奴はむしろ喜んだようにまた笑った。
「そっちの方が大歓迎ですよ? 私はドンパチやるのも大好きなのでねぇ? ……それより、そっちの方こそ大丈夫なんですか?軍人とはいえ、実践で人を殺すなんてしたことないでしょう、平和ボケのお坊ちゃん?
……………いや、こう言った方がいいでしょうか?
──“遥か遠い異世界生まれの、高崎佑也クン”??」
……………は?
高崎の頭の中を、一瞬で驚きと困惑が駆け巡った。
突然の奴の言葉に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
訳が、分からない。
彼の身体中から嫌な汗が吹き出した。
何故コイツは俺の…正体を知ってやがるんだ!??
彼の頭は状況に追いつけていない。
いや。追いついたって、分からないに決まってる。
「…………何を、言ってやがる……?」
「あぁ、やはり図星ですか。……ならニホンという場所で生まれてきたというのも正解ですかね。いやはや、流石このチカラ、と言ったところでしょうか。」
「……ッ!!!!?」
そんな風にあっけらかんとして話す奴とはひどく対象的に、高崎の動転は更に強まった。
無理もなかった。この世界に来てから約2年、そんな事を言われることなど一度もなかったのだ。
なのに、どうしてコイツは。別世界の人物だということどころか、そこまで把握出来るというのか……!?
その“チカラ”ってヤツは、一体なんだんだ………?
それで、俺の素性を当てやがったっていうのか……??
そんな当然の疑問が、彼の頭を駆け巡る。
「──まぁ、若い頃の“あの人”と似た見た目をしていましたし、“それだけ”で何処の出身者なのかなんて、推測は出来ましたがねぇ? 取り敢えず、答え合わせのための“実験”は成功といった所でしょうか」
そんな高崎の様子を、奴は心の底から面白そうにニヤけながら一瞥し、再び意味深なことを呟いていた。
──あの人……?
その言葉の真意もまた、分からない。
「ふむ、それにしても『対象者』にしては何も感じるモノがない。もしかして『力』を授かっていないとか?……なるほど。『あの方』もやり方をお変えになった。という訳ですかね?」
……本当に。さっきから何を言っているんだ??
高崎には、まるで奴の呟きの意味は分からない。けれども、その言葉一つ一つが、“とても重要”な意味を持っている。……そんなことだけは感じ取ることができた。
ただし、彼は呆然と警戒の念で、身体中に何故か流れる汗を拭くことすら忘れてしまっている。
「まぁ。それでも侵入者は侵入者。せっかく目を覚ますまでは待ってあげたんですから、少しでもこのチカラの調整の役に立ってもらえれば良いのですが…………ねぇッ!!!」
「………は? ……………がはッッッ!!!???」
それは、突然の出来事だった。
高崎が強い衝撃とともに、後方へと吹き飛ばされる。
断っておくが、別に動揺でボケッとしていた訳ではない。むしろ、いつか来る攻撃に対して強く警戒していた。
──しかし、“見えなかった”。
奴が手を突き出したかと思うと、風を切る音が近づいてきたかのような音がして、それ以外は何の前触れもなく衝撃が彼を吹き飛ばしたのだ。
高崎は、端の壁に激突してようやく止まる。
ぶつけた背骨の痛みをこらえ、体勢を立て直した。
コイツが何で俺の出自までを把握してるんだ、とか疑問は色々あるが、それは一回心にしまっておく。
じゃなきゃ、本当にここでヤツに“殺される”。
「……何だ、今の攻撃は……!?」
彼は痛む体を押さえながら、思わずそんな困惑をそのまま口から漏らすように呟いた。
魔術、なのか……?
風を切る音が聞こえた以外には、回避するための何のヒントもなかった。だとしたら、その僅かな情報だけから察するに、奴は“見えない何か”を射出しているということか……?
いや、魔術にあんな理不尽な攻撃があるなんて聞いたこと一度もないぞ……っ!?
「まぁこれが私のチカラの1つですよ。そして、まさか負けるとは思いませんが、私は油断はしないタチなのでねぇ。そんな風に聞いても、親切に解説なんかしてあげませんよッッ!!」
そう宣言すると、奴は再び腕を振るった。
その瞬間、高崎はその動きと同時に横に飛び込んだ。さっきは突然後ろに飛ばされた。ならきっとそれは直線の攻撃だ。
それならば、横に飛べば避けられるはずだっ!!
しかし、その瞬間。
彼の耳に向かって、鋭く風を切る音が響いて。
「ごがッッッ!!!???」
ぐしゃ。
また、彼は吹き飛ばされた。今度は上から叩きつけるように衝撃を受ける。腹から地に落ちたのが不幸中の幸いか。
もし、頭からいっていた場合は…………考えたくない。
高崎は喉に血の味を感じながら、ふらふらと立ち上がる。
「さっきと、攻撃のパターンが違う……?」
そう。さっきは真後ろに飛ばされたのだ。
しかし今回は左方向方向。いや正しくは斜め下に叩きつけられた。しかも横に飛んで回避しようともしたのである。
さっきとの攻撃とは明らかに攻撃の軌道が違うはずだ。
それを決めるのは何だ。それが分かれば突破口になりうる。
「何か考えてるようですが、そんな時間はありませんよッ!」
彼がその仮説を出そうとした瞬間、奴が攻撃を仕掛けてくる。
奴は、右手を振りながら突き出した。
…………そうかっ!!!?
ある推測が頭に浮かんだ高崎は、それと同時に思い切って左に思い切り飛んだ。無理に動いたせいで受け身が取れず、お腹に直接その衝撃が来た。
──でも。
どすっ!!
それからすぐ後に、鈍い音が響いた。
ただし、今回は高崎が吹き飛ばされた音ではない。……それは衝撃が地面を叩いた音である。
──つまり、彼は攻撃を避けたのだ。
「………ほう。3手目で見切りますか」
「はっ。テメェの攻撃方法が、単純すぎなんだよ……!」
少しだけ驚いたような表情をする奴に対して中指を立てつつ、高崎がゆっくりと立ち上がった。
そう。奴の攻撃の軌道は手で決まっていたのだ。
右手を振れば左カーブ。左手を振るえば右カーブ。どちらの手でも真っ直ぐに突き出せばストレート。といった風になるのだろう。
高崎はもう既にボロボロだが、それでも収穫はあったのだ。
「これで……こっちからも攻められるってんだッ!!」
そんな生まれた一筋の希望を基に、今度は高崎が攻撃を仕掛ける。腰から迷わず銃を抜き、1発ぶっぱなした。いくら正体不明の謎の存在だとしても相手は人間だ。当たれば死ぬ。
“しかし”。
ボンッッ!!!
弾が奴に命中したかと思われた途端、弾は真横に弾かれた。
奴は慌てるそぶりもない。それが当たり前のことのようにただその場に立っている。
「2発目はやめておいた方が良いですよ? さもないと──」
その言葉の意味を考える前に、高崎はもう既に次のトリガーを引き始めていた。当たり前のことながら、正面に銃から弾が射出される。その狙いは、奴の眉間。このままいけば、奴の頭はトマトのようにグチャグチャになる。
………“だけど”。
「…………があぁッッ!!!?」
「痛い目に合いますよぉ??」
そこには、情けなく叫ぶ高崎と、“無傷”の相手の姿があった。
今度は弾が跳ね返され、気がつけば高崎の足を掠めていたのだ。その部分が焼けるように痛くなる。確認してみると、決して多量ではないが、もう血が流れているのがわかった。
「自分の弾で死ぬのはあまりに情けない死に方ですよねぇ? 今回掠めただけなのは私の情けです。……次はありませんよ」
奴がそう高崎へと告げる。
その言葉に、感情は一切として乗ってはいなかった。
高崎は、もう撃てなかった。
次こそ本当に、自分の頭に跳ね返ってくるのだと悟ったからだ。額に汗が流れるのがよく分かる。
──しかし、この謎のチカラ。
これは一体、何だというのか……?
「………もしかして、“反射”ってことか……?」
「だからぁ。私はそこそこ用心深いんです。そんなこと呟いたってヒントはあげませんよ」
そんな彼の漏らした言葉に、奴が呆れたように口を開く。
別に本当にただ口から漏れただけで、ヒントを期待した訳ではなかったが、だからって何か変わる訳でもない。
この状況を打開するには、どうすればいいというのか……?
──そして、忘れてはいけないことがある。
………奴の攻撃は、まだ止まることはない。
「それでは、さっきのは前戯です。もっと面白いチカラを見せてあげましょう」
指を軽く鳴らししつつ、奴は心の底から愉快そうにして、そう言ったかと思うと──。
………何もしなかった。
そう。本当に、何もしなかったのだ。
“しかし”。
「がッッ!!? グはッ!?? ゴばッッッ!!!??」
高崎は何かに殴られた。蹴られた。それは留まることを知らない。まるでリンチのように続く、続く、続く。
「があああああああああああああ!!!!???」
そして最後に、何かにアッパーを食らって吹き飛ばされた。
もはや訳が分からなかった。彼は揺れる視界、何かあれば飛んでしまいそうになる意識を堪え、血を吐きながら再び立ち上がろうとする。
「……おお。まだ立ち上がりますか。その根性は買いますが──」
奴は笑う。それはまるで、玩具を手にした赤ちゃんのようにも。そして、とてもとても恐ろしい悪魔のようにさえ感じた。
「その先は地獄ですよ???」
奴の攻撃が、また始まる。
────────────────────────────
ズバッ!!
高崎の脇腹を、嫌な音を立てて何かが通っていった。
その身体を裂くように。
「あ………があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」
彼が叫びながら、その場でうずくまって脇を抑える。
──傷は決して深くはない。しかし、血は止まらない。
「では、チェックメイトといきましょうかねッ!!」
そう高らかに宣言して、奴は最初のように手を突き出した。その軌道は読める……が、足はふらついて体がついていかない。
──だから、簡単に彼は吹き飛ばされる。
今度は背中からじゃない。
まさしく、壁に背中と“後頭部”からいくような軌道だ。
「──ッごッ!!? ……………あ?」
そしてそのままの軌道で、彼は壁へと衝突した。普通ならば、首が折れたりして、死んでいるのだろう。
──だが。
「……なんだ? 壁の感触がおかしい……?」
高崎が痛みを堪えて後ろを振り返る。
先に激突した背中部分こそ痛打したが、頭はまるで壁をすり抜けるごとく、強く激突せずに済んだのだ。
まるで、壁がクッションであったように。
まさか………??
彼は脇を抑えながら、自身が頭をぶつけた部分を再び触る。
──いや、『さわれなかった』。
「……………なるほどなぁ。」
彼はすぐに体勢を立て直すと、その壁に向かっていく。
すると、高崎の体は壁をすり抜けた。
──その先には暗い通路があった。
「通路につながるドアを消失魔術の応用か何かで、認識出来なくさせて……密室を表現してたってことか……!」
ふらつく体を気合いで歩ませながら、呟く。
つまり、高崎は通路と部屋を区切るドアに激突したのだ。そして恐らく、背中を思い切りぶつけた時に、そこにあった木製のドアを押し倒したのだろう。だから押し倒したことによって衝撃が吸収され、致命傷を受けずに済んだ訳だ。
金属製のぶ厚いドアでなくて良かった。 それなら普通に死んでいたかもしれない。
脇腹の痛みを堪えながら、その通路をダッシュで突っ切る。
その通路にはどうしてかいくつかの仕切りのドアがあったが、それに構う事なくさっさと開けて進んだ。
次まともに奴とやりあったらもう持たない。
この掴んだチャンスは逃さない。だから逃げる。
奴のチカラとは何なのか。
どこまで俺のことを知っているのか。
そもそも奴は何なのか。
……色々思うところはあるが、今の優先事項は別のモノだ。
「とにかく……この傷をなんとかしないと、クソ……」
彼は顔を歪めながら先ほどやられた脇腹を抑えるが、血は止まらない。この調子だと回復魔術でもかけないとダメだろう。
というか、ここ1週間でどんだけ出血してるんだ俺は。
そろそろ死ぬぞマジで。
そんな事を心の中で思いながら。
高崎は、奴を撒けたと確信できるまでとにかく走り続けた。
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一方。“ソレ”の方はまだ、例の部屋を出ていなかった。
焦っているような素振りも全くない。
「たまたま脱出口を見つけるとは、運のいい少年ですねぇ。というか、私は彼が逃げられるようにしろとは指示していなかったはずなんですが」
そんなことを余裕そうに、しかしそれでいて恐ろしさを感じさせるような声色で奴はそう呟く。
普通の魔術では、そんな並外れたことが可能なモノはないのであり、そんなこと言われた部下はたまったものじゃないのだが、奴はそんなことを気にしない。
それに、別に高崎が逃亡に成功したこともあまり気にしていないように見える。むしろ、楽しみが増えたと喜んでいるような節さえ感じられるようだった。
「やはり、あの少年は最後に残しておきましょう。私は美味しいモノは最後に食べるタイプなのでねぇ」
奴はそんなことを言いながら獰猛に笑って。
──ゆっくりと、闇の中に消えていった。
【ぷち用語紹介】
・謎のチカラ
謎の男が使う正体不明の力。
現在分かっているだけでも、相手の正体を看破する能力・視認することのできない能力など、ただの魔術では全く説明できないようなとんでもない力を使う。
……どうやらその力には秘密があるらしいが……?