墜
悲しかった。でも僕なんかより、真也の方が何倍も悲しかったのだろう。
真也はよくと結婚するときの妄想を僕に聞かせたわけなのだから。
それから真也はしばらく学校を休んでいたのだけど先週ひょっこりと登校してきた。
秋葉原のアニメイトにアニメのグッズを買うことを誘った。
真也とはいわゆる僕の友人である。きっと気の許せる友は彼一人だけである。
「いやぁ今期のアニメは傑作だらけだったな」アニメイトを出て道を歩きながら真也が言う。
「そうだね、グッズも買えたし本当に良かったよ」
「なぁ・・・こんな道あったっけ?」少し歩いたところに脇道がある。
何度かアニメイトに買い物に来ているがこんな脇道は知らない。
「奥の方になんか見えるよ」店のようなものが見える。
「ちょっと行ってみようぜ」好奇心に駆られて歩き出す真也。ケントは少し後ろをついて行く。
「ケント、あれなんて書いてあるか読めるか?」
「いや、あんな文字見たことないよ」
「入ってみようぜ」
”からんからん” ベルの音が聞こえる。
「いらっしゃい」撓れた声でおばあさんが挨拶する。
店の雰囲気は少し異質であった。暗くてほとんどのものが見えない。
「ここはなんのお店ですか?」少々の恐怖を抱きながらも意を決して真也が尋ねる。
「願いを叶えてあげるよなんでも一つだけ」撓れた声でおばあさんが答える。
「そんなわけないよ。帰ろう。真也」ケントが袖を引っ張ったが真也は動かない。
「それは人を生き返らせることもか?」真也の目が変わったことに気づいた。
「もちろん」撓れたこえであばあさんが答えた。
「どうすればいい。お願いだ。鈴音を、鈴音を生き返らせてくれ」真也が怒鳴る。
するとおばあさんは僕を指差した。「命を持って来い」
真也の動きがピタッと止まる。あたりは秋葉原とは思えないほど静かで店は静寂に包まれた。
「真也、やめよう。人が生き返るわけなんかないって。」冷や汗が出た。
「ケント、一つ聞く。どうしたら死んでくれる?」
「そんな・・・」真也が僕の首に手を伸ばした。
「お願いだ。頼む死んでくれ。お願いだ。俺はもう鈴音なしじゃ生きていけない」
必死に抵抗するも力が強くて叶わない。床に押し倒された。
真也の顔は悲しいのか怒っているのか嬉しいのか、よくわからない、壊れた顔だった。
ただ涙を流していたことだけは、はっきりとわかった。
意識が遠のいていく中、手に何かが当たる。棒のようなものである。
これで・・・必死にそれを真也の腹に突き刺した。今までにない変な感触を覚えた。
真也の手の力が緩んだ。同時に刺した場所から血が流れ出る。
そのまま横たわる真也。「ごめん」それは真也の最後の言葉であった。
恐怖のあまり、僕はその店から飛び出して一目散に走った。
手や服にべっとりとついた真也の血を周りが驚きの目で見ていることなんか気にできないほどに。ほどなくして、家についた。嘔吐した。
服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。布団にうずくまりひたすら忘れる努力をした。
けれど、刺した時の感触、人の血の生暖かさ、ほんのり甘い血の匂い、真也の言葉。
あの時の恐怖を忘れることができない。そのまま僕は次の日の朝を迎えた。
携帯の通知を見てみると、学校のLINEの通知だった。
”上坂くん亡くなったって”
”交通事故だってよ”
”そういえば彼女も・・・”
”偶然じゃないの?”
”後おったのかも”
”偶然にしてはできすぎてる”
”自殺じゃないの?”
嘘だ。嘘だ。嘘だ。真也は僕が殺したんで自分の手で。
思い出して、気持ち悪くなってキッチンで嘔吐した。
その日から悪夢を見るようになった。
いつも同じ夢だ。僕が真也を殺す夢。
ケントは夜な夜な寝ながらベッドから抜け出すようになった。向かう先はバスルームである。
夜な夜な洗面台で手を洗い続けた。「血が落ちない。手についた血が落ちない。まだ血の匂いがする。血が落ちない。手についた血が落ちない。血の匂いが落ちない。」とつぶやきながら。
起きていても一日中手を洗うようになった。両手は皮がむけて動かすのにも激痛が走るようになった。それでも彼は洗い続けた。手から血が出てきた。一層洗い続けた。「血が落ちない、血が落ちない。血が落ちない。
ふと物音がした。振り向くとそこには真也がいた。
「ザマァねえな」真也が呟く。
「アッアッアァアッ」言いたかったことがあったけどが言葉が出ない。気がつけば洗面台の横で僕は倒れていた。
買い出しに行こうと外へ出た。何も目に入ってこなかった。どこに行こうかも忘れた。何をしようとしていたのかも忘れた。僕は誰かも忘れた。そんな中あの脇道が目に飛び込んできた。
引っ張られるように向かった。
「いらっしゃい」撓れたあのおばあさんの声。
逃げたい。戻りたい。逃げたい逃げたい。ずっと強く思っていた。
「代価はちゃんといただいたよ。願いを叶えてやろう」
僕は落ちた。わからない。途方もなく長い時間落ちていた。