第5幕
14
木曜日の朝、私は森へ向かっていた。
森というのは、コロッセオ横に広がる森のことだ。
校内戦の日に私が怪しい2人組を追って入っていったまさにあの森である。
だが、今日の目的は再び2人組の痕跡を探すことではない。
メンバーの1人、フウ=アルマに会いに行くことだ。
フウは森番を担当しているため、毎朝この時間は森の入り口にある当番小屋にいる。
森の入り口まで歩くと、次第に当番小屋が見えてきた。
小屋とは言っても、単なる道具置き場というには少し大きい、ちょっとしたログハウスのような感じだ。
中には森番が休憩できるようなスペースも確保されているらしい。
当番小屋の玄関まで行き、小屋の扉をノックすると、はーいという声とともに、中から扉が開いた。
扉を少し開け、フウが顔を出す。
「あっ、先生、お待ちしましたぁ。さぁ、どうぞ中にお入りくださーい。」
そういってフウは扉を開け、私を中に招き入れてくれた。
フウ=アルマ。
22歳。
見た目の印象は、22歳というよりは少し幼い感じを持つ童顔であるが、胸部にある豊かな丸みが年齢相応であることを感じさせる。
性格は見た目にもみるからにおっとりとしており、良い意味で穏やかな雰囲気を醸し出している。
性格は引っ込み思案、かつ、優柔不断であるらしく、そのことをフウ自身は欠点として認識しているが、なかなか克服するには至っていない(もっとも、同学年にあれだけ自己主張の激しいメンバーが揃っていることを考えれば、フウを引っ込み思案と決めつけていいものかは少し考えものである。)。
フウのこうしたパーソナリティは、フウの出身地がミルボーンであることも影響しているように思う。
ミルボーンはウエストアイランド中央部を少し南に行った所にある街で、主に酪農や農業が盛んだ。
この街は、数多くのビルが聳え立っているという訳でも、大型ショッピングセンターがあるという訳でもない。
ミルボーンにあるのは、ただただ広大に広がる牧場や畑である。
そうした地で生まれ育って、おおらかに育つなというのはいささか無理だというものだろう。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。今コーヒー淹れますねぇ。」
そう言って、フウは私に椅子を勧め、コーヒーを出してくれた。
「朝から大変そうですね。」
私は小屋の中の様子を見るなり、フウに労いの言葉をかけた。
小屋の中を見渡すとそこには森番の道具が散乱しており、私が来る寸前まで、フウが忙しく仕事をこなしていた様子が見て取れたからだ。
「すみません、散らかってしまっていて。今少し片付けますね。」
フウはそう言ってそそくさと片付けをはじめた。
先にも述べたように、森番の仕事をやりたがる学院生はほぼいない。
理由はいたってシンプルだ。
面倒だから。
この一言に尽きる。
そのため、森番はいつも人手不足である。
「ええーと、あらためまして、フウ=アルマですぅ。この度はよろしくお願いいたします。」
フウが片付けを終え、席につき、ニッコリと笑いながら丁寧に私にお辞儀をした。
「アルマさん、あらためまして、デケムです。よろしくお願いいたします。」
フウのペースに乗せられ、私も丁寧にお辞儀をして返す。
「そのぉ、こういうのあまり慣れていないので、なんだか照れますねぇ。」
フウが照れ笑いを浮かべる。
「でも、どうして私もなんでしょうか?エリカさんやミミさんはわかりますけどぉ・・・。」
フウは少し視線を上の方へ向けながら、腕を組み、首をかしげた。
たしかに、フウがそう感じるのも無理はない。
今回のメンバー選考において最も重要視すべき点を対オーバードーザー能力であると仮定した場合、フウは適任者とは必ずしも言えないかもしれないからだ(誤解のないように言っておくが、フウの成績は学年でも上位に入るほど良い。単にフウの覚醒スキル等も加味して考えた場合、同程度の能力値でよりテイスティング向きの者は他にもいる可能性はあるということである。)。
しかし、メンバーの能力詳細が記載された資料でも特に言及されてはいなかったが、フウが選ばれた理由はなんとなく理解できていた。
「いやいや、そんなことは。アルマさんがいて心強いですよ」
「はぁ、そうでしょうかぁ?」
フウは腑に落ちないといった表情をしている。
「はい。なにせ、今、在学中の学院生で、アルマさん以上にこの森に詳しい人はいないと聞いていますから。」
ウエストフォードの森に関して、最も詳しいのは誰?
それはフウ=アルマである。
これは今や学院内のみならず、街の住人も含めた上での共通解となっている。
たしかに森の地形や歴史などに関しては、他にも詳しい人物はいるかもしれない。
しかし、実際に今まさにこの森の中の生態系がどのようになっているかといったことを含めた場合にフウに勝るものはいない。
フウは日々刻々と変化するこの森の中の生態系も含めて、事細かに把握している(フウ自身は人よりも自分が森をよく知っているとは自覚していないかもしれないが。)。
「それは少し言い過ぎかとぉ。」
フウは謙遜して、いやいやと手を振る。
だが、褒められて内心はまんざらでもない様子だ。
今回の任務のメンバーに、なぜ森に詳しい者が必要なのかというと、それは、ウエストフォードの地で、人の目に触れずに何かを行うということに関して、この森よりも適している場所はないためだ。
この森には学院生も含め、滅多に人が立ち入らない。
コソコソと何かをするにはもってこいの場所だ。
すなわち、今回の事件を引き起こしている連中も、この森を何らかの形で訪れている可能性は極めて高いと言える。
校内戦の日に見かけた2人組がこの森に入っていったことが何よりの証拠だろう。
「ただ、たしかに森に関してはよく知っている方なので、森に関するご質問であればお答えできるかとは思います。」
フウは笑顔で言った。
「ありがとうございます。では早速。最近この森に普段と変わったことはないでしたか?」
フウは少し考え込んだ。
「そうですねぇ。特には・・・あっ、でも実は一つ気になっていることはあるんですぅ。」
フウはそういえばという表情で言った。
「何でしょうか?」
「私はいつも森の管理をしているのでなんとなくわかるんですけど、ここ最近森にいろんな人が出入りしている形跡があるんです。この森普段は滅多に人は立ち入らないんですよ。」
「いろんな人・・・ですか?」
「はい。誰だかはわからないんですけど。」
フウはテヘヘと笑ってみせる。
「ただ、その・・・」
フウは少し言葉を濁しながら続けた。
「なんでしょうか?」
「そのぉですね・・・この人たちは今回の事件とは関係ないかなぁって・・・。」
「なぜそう思うんですか?」
「うーん、なんとなくです・・・」
フウが屈託のない笑みで答える。
「なんとなく・・・ですか?」
「うーん、うまく言えないんですけど、何か目的を持って動いている感じではないと言いますかぁ、むしろたまたま入っちゃったみたいなぁ、そんな感じなんです。」
「はぁ。」
15
「ありがとうございました。」
私は小屋の扉を出ながら、フウに感謝の意を伝えた。
「いえ、あまりお役に立てなくて申し訳ありません。」
「いえ、また何か気づいたことがあれば教えてください。」
「はい。」
「あっ、そう言えば。」
私は一つフウに会ったら聞こうと思っていたことを思い出したので、ついでに聞いてみることにした。
「?」
フウがなんでしょうと一度小屋に戻ろうとした体を再びこちらへ向ける。
「ラズベル=クレールさんをご存知ですか?アイリーン寮の。」
「はい。ラズベルさんにはいつも仲良くしてもらってますよ。」
ラズベルのことは森で会った時から気にはなっていた。
メンバーリストの中にラズベルもいたので、あの時私の名前を知っていたのはあらかじめレイが伝えていたのではとも思ったが、なんとなくしっくりこない感覚を感じていた。
ラズベルとは今日の昼に会う約束を取り付けていたので、その時にでも直接確かめようとは考えていたものの、せっかく森に詳しいフウに先に会うということで、フウにもラズベルの普段の森での様子を聞いてみようと思っていたのだ。
「実はこの前、クレールさんに森で偶然会ったんですよ。彼女はよく森へは来られるんですか?」
「うーん、どうでしょうかぁ。私は少なくともラズベルさんを森で見かけたことは今まで一度もないですけどぉ。」
フウは考え込みながら言った。
「そうなんですね。てっきり彼女はよく森にいるものだとばかり思っていました。」
「ふふふ、森番以外でこの森に近づく人はそういませんからぁ。少し変わってますが、ラズベルさんも例外ではないですよ。」
小屋を後にして、学院の方へと歩いていく最中、私はフウの言葉を反芻していた。
ラズベル=クレールは普段森にはいない?
では、あの日、あの時、森で会ったのは単なる偶然?
思えば、あの時2人組を見失ったものの、もう森にはいないとなぜ私は思ったんだろう?
ラズベル=クレールがそう言ったから?
あの時ラズベル=クレールは二胡を奏でていた・・・
そういえば、ラズベル=クレールの覚醒スキルは・・・
!?
まずい!
手遅れになる前に、一刻も早くラズベル=クレールに会わなければ!
私は足早に自室への道を急いだ。
16
コンコン・・・
「どうぞ。」
私がノックに応じると、ウェーブがかかった長いピンクの髪が特徴的な女性が部屋に入ってきた。
そう校内戦の日に森であったラズベル=クレールである。
私は森から自室へ戻り、急ぎラズベルを私の自室まで呼び出していた。
「先生、ごきげんよう。ふふふ♪」
ラズベルが艶やかな微笑とともに部屋の中へ入ってくる。
「すみません。予定を早めて、突然お呼びたてして。」
「ホント驚いたわぁ♪元々今日の昼休みに会う約束だったから。で、先生急ぎの件ってなにかしら?」
「・・・。単刀直入にお聞きします。校内戦の日、私とあなたが森で会った日です。」
「ええ、覚えているわ♪」
「あの日、あなたはなぜあの森にいたんですか?」
「もちろん演奏のためよ♪なるべく静かな場所で演奏したいじゃない?」
「それは本当ですか?他にも何か目的があったんではないですか?」
「いいえ。それってどういう意味かしら?」
「では、質問を変えます。あの日私はあなたに2人組を見なかったかと尋ねましたね?」
「ええ、そうよ。覚えているわ。」
「それに対して、あなたは見ていないと答えた。そうですね?」
「ええ。」
「本当ですか?」
「もちろん本当よ・・・。先生、さっきからなにが言いたいのかしら?」
「いいでしょう。私の考えはこうです。あなたはなにかしらの目的を持ってあの日森にいた。そして、私の追っていた2人組を目撃した。しかし、私にその存在を知られたくはなかった。そこであなたは私に2人組の姿を見えないようにした。」
「見えないようにする?そんなの一体どうやって?」
「あなたなら可能なはずです。あなたの覚醒スキル「幻惑の音色」なら。」
ラズベルの覚醒スキルであるファントムテンプテーションは、大きな枠で言えば、アンジェのクインウィップなどと同じコントロール系に属する。
ラズベルの覚醒時に出現する二胡を用い、それを演奏、その音色を聞いた者全てに幻覚を見せるというものである。
アンジェのクインウィップと異なり、完全に対象者の思考を奪うといった強力な効果はないが、その反面、音が聞こえる範囲の者全員を一度に効果対象と出来る上、音を耳に入れるという比較的簡単な条件のみで、対象を幻覚下におくことができるため、とても使い勝手の良いスキルと言える(以前、似たような覚醒スキルを持つ友人と話をしていた際、このタイプのスキルが最も活躍するのは隠密任務の場合だと話していた。)。
私の言葉を最後に、部屋にはひとときの沈黙が流れていた。
ラズベルに特に反論するそぶりはない。
(まさかとは思ったが、これはクロか・・・。)
だが、私がさらに問い詰めようとした次の瞬間、この沈黙は私の予期せぬ形で破られることとなった。
突然、部屋の扉が開いたのだ。
「その件については私から説明しましょう。」
そう、レイだった。
17
「校長先生?」
突然のレイの訪問に私は困惑した。
「ごめんねぇ、先生。私が呼んだの♪」
それまで黙って沈黙を貫いていたラズベルが、一転し、ニッコリと笑いながら自分がレイを呼んだ旨を説明した。
「本来であればもう少し早く説明するべきでしたね。申し訳ありません。」
レイは私に謝罪した。
「クレールさんにも損な役回りをさせてしまいましたね。」
そして、ラズベルの方を向き、ラズベルにも謝罪した。
「別にいいわぁ♪」
「校長先生、どういうことでしょうか?私にはまださっぱり・・・。」
「実は、クレールさんには、あなたが着任する前より今回の任務の先行調査を独自にお願いしていたのです。先日の校内戦の日は、あらかじめ森の中にいてもらい、怪しい人物が来ないか監視してもらっていたのですよ。」
なるほど、そういうことか。
それならば、ラズベルが普段滅多に行かないにも関わらず、あの日森にいた説明がつく。
「あの時は焦ったわぁ♪先行調査は極秘裏に行われていたから。先生の話は聞いてはいたけど、いくら先生であっても言うわけにはいかないしねぇ。」
ラズベルがごめんねぇという仕草をしながら私に謝罪した。
「そういうことでしたか。ですが、なぜですか?なぜクレールさんは私に2人組を見ていないと嘘をついたのですか?それも、わざわざ覚醒スキルまで使って。」
「それがねぇ・・・そのことは嘘じゃないのよぉ。」
「?」
「そもそも、あの時、覚醒スキルは使ってないの。私のスキルはそこまで器用じゃないわ。」
「では・・・。」
「本当にもういなかったのよ。誰も。」
「もう?ということは、私が来る前にはいたということですか?」
「さすが、鋭いわねぇ♪でも、さっき言ったでしょう?2人組は見ていないって。」
「なら、どういう・・・?」
「2人は見てないのよ。それは本当。ただ、先生が来る前に誰1人も見なかったわけじゃないわ。」
18
カランカラン
「いらっしゃいませ。」
「1人で。」
「カウンターでよろしいですか?」
「ええ。」
「ではこちらへどうぞ。」
「何を飲まれますか?」
「じゃあ、ジントニックを。」
「かしこまりました。」
私は今、ウエストフォード4番ストリートにある「エポック」というバーにいる。
ラズベルがあの日、2人組を見ていないというのは本当だと信じることにした。
確かめる術はないが、嘘をつく理由がなさそうであるのもまた確かだったからである。
その上、ラズベルの発言にも、事実として特に不自然な部分はなかった。
私が見た2人組の存在を抜きにすれば。
ラズベルによれば、2人組は見ていないということだった。
その代わり、私に会う直前に森で1人の男性を見かけていたというのである。
男性の名前はギャレス=クルーズ。
22歳。
ウエストフォードの街で大工見習いをやっている若者だ。
ギャレスのことは、当然、ラズベルがすでにあらかた調べていた。
だが、いくら調べてもギャレスを違法珈琲と結びつける事実は結局何も見つからなかったらしい。
ただ、やはり学院関係者であっても滅多に近づくことのない森の中に一般人がいたこと自体は不自然である。
ギャレスは何らかの関わりがあるとの疑いを簡単に拭い去ることはできなかった。
そもそも私の見た2人組はなんだったのだろう?
そのうちの1人がギャレス?
それともまったく別?
全く繋がってこない事実の数々が頭の中で交錯し、謎は深まるばかりだった。
いくら考えていても答えは出そうになかったので、とりあえずギャレスに会って、直接話を聞いてみたいという衝動に駆られた。
自分で確かめない限り、先に進めそうになかった。
私のそんな思いを察したのだろう。
話し合いの終わりにラズベルがこっそり、ギャレスがよく仕事終わりに1人で飲みに来るという酒場の情報を教えてくれたのだ。
それがこの「エポック」である。
しばらくすると店の扉が開き、1人の男が入ってきた。
「いらっしゃい。」
「ビールちょうだい。」
男はバーテンダーに注文しながら、私の2つ隣の席に座った。
そして、席に着くなり、深いため息をつき、カウンターに突っ伏した。
「はい、ビール。」
「ありがとう。」
男は起き上がって、バーテンダーからビールを受け取り、一口飲んでから、再びカウンターに突っ伏した。
「あのぉ、あの方はどうかしたんですか?」
男の様子が気になったので、私はバーテンダーに尋ねた。
「ああ、大丈夫ですよ。いつものことです。きっとまた仕事でやらかしただけですよ。」
バーテンダーはお気になさらずといったそぶりで手を振った。
「そうなんですね。」
「ええ、ギャレスさんというんですがね。大工をやっているんですが、いつもなかなかうまくいかないようで。毎日のようにうちに来てはこうして酒を飲んでるんですよ。まぁ、暴れるわけでもありませんし、うちとしてはいいお客さんではありますがね。」
バーテンダーは私に顔を近づけ、そう小声で教えてくれた。
なるほど、この男がギャレス=クルーズか。
私はギャレスの隣の席に移り、声をかけた。
「あのぉ、ギャレス=クルーズさんでよろしかったですか?」
「ん?そうですが・・・あなたは誰ですか?」
ギャレスが顔を少し上げ、こちらを見ながら答える。
「私は、ギテン=デケムといいます。ウエストフォード学院の者です。」
「はぁ、では、バリスタさんってことですかね?で、バリスタの方が、僕なんかに何か用ですか?まさか大工仕事の依頼ではないでしょうね?って、僕みたいな一生見習いの分際に仕事を依頼するわけはないか。」
ギャレスはそう自虐的に言って再び深くため息をつく。
「申し訳ないですが、仕事の依頼ではないのですよ。先週の土曜日の話を聞きたいんです。ウエストフォード学院で校内戦が行われていた日のことです。あなたは、コロッセオ横の森にいませんでしたか?」
「ああ、その話ね、なんかこの前も聞かれたな。その時も話したんだけど、それよく覚えてないんですよ。」
「覚えていない?」
「そうです。正確にいうと、気づいたら森にいて。自分でもなんでこんなところに来たんだろって皆目見当もつきませんでしたよ。だから、急いで街に戻ったんです。もう大変でしたよ。あの日は仕事入ってたにもかかわらず、気づいたら森なんかにいるもんだから。戻ったら棟梁に大目玉食らって。ただでさえいつも怒られてるのに。ああ、もう思い出したくもありません。」
ギャレスは再び頭に浮かんだあの日の光景を消し去るように激しく首を振った。
「本当になぜ森に入ったのか覚えてないんですか?」
「当たり前でしょ。ここで嘘をついてもなんの得もありませんよ。だって、もう散々怒られた後なんだから。言っておきますけどね、才能はあまりありませんが、大工は昔からの夢なんです。どれだけうまくいかなくたって決して仕事をサボったりはしませんよ。だから、仕事があるのに、それをサボってまで、森に行くなんてことは絶対にありません。」
ギャレスの目は嘘をついているようには見えなかった。
「そうですか・・・ちなみに森に入る前、最後に覚えていることはなんですか?」
「うん?えーと、確か、前日の夜にこの店で飲んでたことかな?」
「そうですか・・・。」
「あの、もういいですか?今日も散々怒られて落ち込んでるのに、それ以上に怒られた日のことなんて思い出したくもないんですけど。」
「ああ、すみません、ありがとうございました。」
「まったく・・・ビールもう1杯。」
何も覚えていない・・・か。
19
金曜日の昼、授業棟の廊下を歩いていると、後ろから急に声をかけられた。
「先生!」
「?」
振り返るとミオだった。
「ああ、ブライトマンさん。」
ミオは午前の授業終わりで学食へ向かおうという様子だった。
その手には午前の授業の参考書などを持っている。
確か、午前の授業は魔法道具学だったはずだ。
「先生、お昼は?」
「ええ。これから学食へ行こうと思っていたところです。」
「うん、じゃあ、一緒に行こ!」
そのままミオと世間話をしながら、食堂へと向かっていると、廊下の隅から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんでお前はこんなこともできないんだ!この出来損ないが!」
見ると、教員の1人が1人の学院生を怒鳴りつけている。
「ごめんなさい。」
怒鳴られている学院生は下を向きながら、小さな声で謝罪していた。
「あれは?」
私はミオに聞く。
「ああ、あれは・・・。」
ミオの話によれば、怒鳴りつけている方は、マキシミリアン=ルーベル。
ウエストフォード学院で、現在、魔法珈琲学を教えている教員らしい。
そして、怒鳴られている方は、エレナ=ルーベル。
アイリーン寮に所属する1年生で、何を隠そうマキシミリアン=ルーベルの実の娘だということである。
「ふん、お前のようなクズはもう知らん!なぜ、お前みたいのが私の子供なんだ!恥を知れ!」
マキシミリアンはなおもエレナを罵り続ける。
「ごめんなさい。」
あまりの酷さにさすがに止めに入ろうかと思っていた矢先、マキシミリアンが私たちの視線に気がついた。
「ん?おお、これはこれはデケム先生ではありませんか。お噂はかねがね。ご挨拶が遅れてしまいましたね、マキシミリアン=ルーベルです。」
そう言ってマキシミリアンは私に近寄ってきて握手を求めてくる。
「どうも。」
私は先ほどのやり取りが気にくわなかったが、とりあえず握手には応じた。
「お見苦しいところをお見せしてしまったようですね。いえ、出来の悪い娘を持つと苦労をしますよ。」
マキシミリアンはわざとらしい笑みを浮かべながら、私にそう弁解した。
「あのような言い方はあまり感心しませんが。」
私がそう言うと、マキシミリアンは少し不愉快そうな顔をして私に言った。
「他人が口を出さないでもらいたいものですね。私が自分の娘に何を言おうが、私の勝手です。今日のところは失礼しますよ。ほら、行くぞ!」
「はい。」
そう言って、マキシミリアンはエレナを連れて、エレナとともに去っていった。
「気に食わないって表情だね、先生。」
横にいたミオが私の表情を見てそう言った。
「やっぱりそう見えますか。でも、ブライトマンさんの顔もそう見えますよ。」
私がミオの表情を見てそう言うと、ミオは一言返してきた。
「うん、虫唾が走るね。」
ミオの横顔は怒りに満ちていた。




