第4幕
11
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・。」
「先生、大丈夫?」
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・(きついな、これ)。」
「ほらほら、おいてっちゃうよ〜。」
私は今、ウエストフォードの街を走っている。
あらかじめお伝えしておくが、私に早朝から走るといった趣味はない。
別にトレーニング自体が嫌いなわけではないのだが、それとこれとは別問題だ。
今はまだ朝の5時30分。
普段であれば当然まだ寝ているこの時間に、柄にもなくランニングなどに興じているのは、今まさに私の前を元気に走っているこの学院生の日課に付き合わされているせいである。
ミオ=ブライトマン。
アイリーン寮に所属する彼女は、アイリーン寮所属者の典型とも言った整ったスタイルを有する。
今年の1年生の中で、特に美しいと表立って称されるのはアンジェ=ガガーリナであるが、ミオも容姿の上では引けを取らない(実際、ミオは本人が全く感知していないが、学院内外に多くの隠れファンが存在する。)。
そして、その彼女の朝の日課こそがこのランニングなのである。
ミオ自身、本当は、特に走ることが好きというわけではないらしい。
ただ、一度健康のために始めてからというもの、やめるタイミングを見失い、やめるにやめられなくなってしまったとのことだ。
付き合わされる方としては迷惑な話だ(好きじゃないのなら、今日くらいやめてほしいと思ったが、言うタイミングを逸してしまった私にも問題はある。)。
ウエストフォードの街を一周するという恐ろしく長いコースを想像する度に心は何度となく折れかけたものの、ちょうど半周したところで、ようやくミオが足を止めてくれた。
「先生、ちょっとそこで休憩するよ。」
ミオはそう言って、息を切らしながら膝に手をつく私をその場に留め、近くのワゴンに寄っていった。
「おじさん、牛乳2つ!」
「おっ、ミオちゃん!2本だね。ちょっと待ってな。」
このワゴンで牛乳を買って飲むこともミオの毎日のルーティンなのだろう。
ワゴンの店員が牛乳を取り出し、ミオはお金を払ってそれを受け取った。
「まいどあり!」
購入した牛乳を2本持ち、ミオがこちらへやってくる。
「はい、先生。」
そう言って、ミオは私に1本牛乳をくれた。
ミオは、ギルダスというウエストアイランド北東部の街の出身だ。
あまり大きな街ではないのであるが、多くの伝統工芸の工房が軒を連ねる職工の街として有名で、ミオの実家も例に漏れず、工房を営んでいる。
ミオ=ブライトマンを形容する上で、決して欠かすことのできないものがある。
それはミオが日頃常に持ち歩いているやかんである。
勘違いしてもらっては困るが、魔法界においても、日頃、すでにやかんでお湯を沸かす習慣はない。
やかんに対するイメージや認識は人間界のそれと変わりはしないのだ。
にもかかわらず、年頃の娘が、常日頃からあたかもバッグを持つかのように持ち歩いているのである。
その姿は、滑稽以外のなにものでもないだろう。
ミオ自身もそれは自覚しており、あまり持ち歩くのを好んではいないのであるが、ミオの実家の工房が今なお主力商品として扱っているものこそ、何を隠そうこのやかんであり、実家の宣伝も兼ねて、常に持ち歩いている(ミオの名誉のために言っておくが、品質は間違いない逸品である。)。
ミオは一気に牛乳を飲み干すと、プハーと大きく息を吐いた後、私の方に顔を向けた。
「ごめんね、先生。こんな朝早くから付き合わせちゃって。」
ミオが軽く申し訳ないといった感じで私に謝罪してきた。
私は内心勘弁してほしいと思ってはいたが、それはミオには見せず、全然問題ないとミオに告げた。
「で、話ってなんだっけ?」
ミオが話を振ってくれたので、この休憩時間を使って、本題に入ることにした。
「今回の任務を前に、皆さんの能力を少しでも把握しておきたいと思いまして。」
「うんうん、そうだったね。なんでも聞いて。」
ミオが明るく返す。
「ブライトマンさんの覚醒スキルですが、これかなり珍しくないですか?」
「うん。そうみたい。」
ミオが頷く。
バリスタは、自ら選んで覚醒スキルを持つことはできない。
覚醒スキルは生まれ持ってのものであり(後天的に意図せず変化することはある。)、バリスタとなった後、高グレードの魔法珈琲を飲んでみて初めて自身の覚醒スキルを知ることになる。
覚醒スキルの形は千差万別で、基本的には2つとして同じものは存在しない。
しかし、同じではないものの、似たような系統のものは存在する。
例えば、ミミの「レシピブック」のように、珈琲ストック系は細かな仕様こそ違いはするものの、他にも似たような覚醒スキルを持つものは比較的多く見かける。
だが、ミオの覚醒スキル「魔龍帝の卵」はそういった類のものではない。
同タイプの前例がほぼないに等しいのだ。
「実際どんな感じなんですか?」
「う〜ん、たぶん見せた方が早い気もするんだけど、今日珈琲持ってないからな〜。一応説明するとね・・・」
ミオの説明によるとこうだ。
ミオが覚醒状態になると、当然服装なども変化するのであるが、最大の特徴は、大きなやかんが現れることだ。
やかんにはミオの魔力を蓄積する作用があって、ミオは覚醒と同時にやかんに魔力の注入を始める。
やかんはミオの魔力を無尽蔵に蓄積するのであるが、ミオが魔力の注入をやめ、蓋を開けると、中から注入された魔力に応じたドラゴンが出現するというものだ(ミオはこれを「やかんどらごん」と名付けている。)。
「えっ?それって最高でどのくらいまで強くなるんですか?」
私は無尽蔵と言われたので、限界値はどこまでか疑問に思った。
すると、ミオは苦笑いを浮かべながら答えた。
「それが・・・やったことないんだよね、ははは。無尽蔵とは言ったものの、そんな気がするってだけで。だから本当のところはよくわからない。一応、ある程度やれるところまで試してはみたけどね。」
「ちなみに今のところ最高はどこまで?」
「うーんと、魔力注入時間1分くらいだったかなぁ?」
「で、出てきたドラゴンの強さは?」
「実際、戦わせたわけじゃないから、あくまでその時周りに言われただけなんだけど、カイザーワイバーンに匹敵する力はあるって。」
ミオは笑って答えた。
「(カイザーワイバーン・・・そんなバカな・・・)。」
私にはにわかに信じ難かった。
それが事実であれば、ミオは、潜在的にこの魔法界において、最強の魔法生物を生み出せる可能性があると言うことになる。
魔法界には人間界と決定的に異なる特徴がいくつかある。
その一つが魔法生物の存在だ。
魔法界はそもそも人間界にいた魔法使い族が次元の狭間に作り出した世界だ。
つまり、厳密に言えば、人工世界ということになる。
そのため、理論上、魔法界に存在するものは生物を含めて全て人間の理解の範疇を超えるものではない。
実際に魔法界に存在する人間以外の生物は人間界から魔法使い族が持ち込んだものが大半を占める。
ところが、創造主たる魔法使い族の意図しなかった例外が生じてしまった。
魔法使い族が魔法界に移住してきた際に、すでに人間の理解を超えた先客が存在していたのである(最近の研究における有力説は、世界創造の際に、他の世界、つまり異世界の要素が混在してしまったとするものである。)。
それを我々は魔法生物と呼んでいる。
魔法生物と一言で言っても、種類は多岐にわたる。
魔法界創造後約400年が経とうとしている現在においても、全ての魔法生物の把握には至っていない。
ドラゴン種というのは、現在我々が把握している魔法生物の生態系の中で、頂点に君臨する種族だ。
そして、先ほど話に出たカイザーワイバーンはその中でも最高クラスの力を有している。並みのバリスタでは束になっても太刀打ちできないレベルだ。
ミオが1分間魔力を溜めることでカイザーワイバーンクラスのドラゴンを生み出せ、その上、さらに溜め続けることで、より強いドラゴンを生み出すことができるとすれば、ミオの覚醒スキルは恐ろしい力を有していることになる。
「先生、なんか曖昧でごめんね。」
ミオは笑いながら、申し訳なさそうにそう言った。
「(すごいな。)」
正直ここまで会ってきた4人は、資料だけを見ていたときの想定をはるかに超えていた。
レイが私になにを期待しているかは未だ定かではないが、1年だと言って甘く見ることのできない者たちを集めていることだけは確かなようだった。
ミミの優秀さは4つのモカデミアを合わせてもトップクラスであるだろうし、リリーとマリーに至ってはハーフエルフである。
その潜在魔力において、2人に敵うものなど魔法使い族には存在しない。
極めつけはミオの極めて稀な、それでいて強力な覚醒スキルである。
彼女たちは、確かにまだ経験もスキルの熟練も足らないが、それを補ってあまりある才能の持ち主たちであることは認めざるを得なかった。
「先生?大丈夫?」
一瞬意識が上の空になっていたようだ。
ミオが心配して声をかけてくる。
「ああ、大丈夫です。すみません。考え事をしてました。」
私はミオに問題ない旨を伝える。
「もういい時間だし、そろそろ戻ろっか。」
「そうですね。そうしましょう。あっ!?」
「ん?どうかした?」
「いえ、なんでも・・・」
「そう。」
私は、すっかりミオの覚醒スキルのすごさに興奮して忘れていたが、この後、またここまで来た道のりに匹敵する距離を走って帰ることを思い出し、絶句した。
「ほら、行こ!」
さっさと走り始めるミオを眺めながら、この後に待ち受ける、足に溜まりに溜まった乳酸との戦いを想像し、確かに心が折れる音が聞こえた。
隠れてタクシーに乗り込むことも考えたが、さすがに気が引けてやめた。
12
朝の疲れは昼過ぎになっても一向に抜けなかったが、放課後、5人目の学院生に会いにいくことになっていたので、ウエストフォードの街に出た。
学院の外へと出た理由は、指定された場所がカフェアイリーンであったからである。
その学院生は、火曜日の放課後は、カフェ勤務となっていたので、その合間に来て欲しいとのことだった。
カフェアイリーンは3番ストリートにあり、ウエストフォードへ着いた日に入ったカフェフランシスカの並びに位置している。
アイリーンのオジロジカをモチーフにした寮章の看板が目印だ。
カフェアイリーンに入ると、入り口に人だかりが出来ていた。
大盛況だ。
しかし、今回、カフェ利用のために来たわけではない。
そのため、おとなしく行列に並ぶ必要はなく、さっさとお目当ての人を探そうと、その人だかりをかき分けて中に入ろうとした。
しかし、人をかき分けて進んで見ると、どうやら彼らはただお店に入ろうと待っているというわけではないようだった。
並んでいるというよりは、誰かを取り囲んでいるのである。
私は嫌な予感がしたので、その人だかりの中心まで進んでみる。
すると、私の予感は的中してしまった。
なにを隠そうその人だかりの中心にいた人物こそ、私の訪問相手、アンジェ=ガガーリナその人である。
「すみません、皆さん、今日はちょっと人と会う約束がありまして・・・」
アンジェが申し訳なさそうに自分を取り囲むお客に声をかける。
「えーーー。アンジェちゃんいなくなっちゃうのー。アンジェちゃんに会いに来たのにー。」
「アンジェちゃんいないなら、帰ろうかなー。」
次々にお客からアンジェへ非難の声が上がる。
「ははは、そんなことおっしゃらずに・・・」
アンジェは困った感じで不平を言うお客をなだめる。
「あの、ガガーリナさん?」
私はようやくアンジェのところまでたどり着き、声をかける。
「ああ、先生、お待ちしてました。」
アンジェは助かったと言った表情で私の方へ寄ってきて、そのまま私を伴って、カウンターの奥へと逃げ込んだ。
背後では不平を言うお客さんを他のアイリーン生たちがなだめる声が聞こえる。
「すごいですね。」
私はアンジェを取り囲む人だかりを見て、率直な感想を述べた。
「ほんとすみません。」
アンジェがため息をつきながら、私に謝罪してくる。
「あの、奥の部屋へどうぞ。」
そう言って、アンジェは私を奥の従業員室へと案内してくれた。
従業員室は簡素な作りで、カフェアイリーンに勤務中のアイリーン生の仕度部屋と言った感じだった。
簡単な机と椅子は用意されており、アンジェが椅子を勧めてくれた。
「どうぞ。」
私はアンジェに従って、椅子に腰をかけた。
「あらためまして、アンジェ=ガガーリナです。アイリーン寮に所属しています。」
アンジェがにっこりと笑いながら自己紹介をした。
アンジェ=ガガーリナ。
19歳。
アイリーン寮に所属している。
長いブロンドの髪がとても綺麗で、何よりも圧倒的に美しいと言う言葉これほど似合う人も珍しい。
嫌味なく、ただただ美しく、アイリーン寮以外の寮に入ることはあり得なかったであろうと言う典型である。
実際、アンジェの人気は凄まじく、カフェアイリーンもアンジェのシフトの際は、連日大行列である。
「噂には聞いてましたけど、すごい人気ですね。」
「お恥ずかしい限りです。カフェの売上が上がるのは嬉しいんですけど、他のお客さんの迷惑になることもあるので、少し困っています。」
アンジェは苦笑いしながら答える。
「でも、今日は先生とアポイントがありましたので助かりました。」
アンジェが微笑んでくる。
おそらくこの屈託のない笑みが他の男性陣を虜にしてやまないのだろうと感じた。
「で、早速ですが、何かお聞きになりたいことはありますか?」
一瞬、私ですら意識をもってかれそうになったところで、アンジェが本題を話し始めてくれたので、我に返ることができた(正直危なかった。心配はないだろうが、アンジェがあの天性の才能を決して悪用しないような人生を歩んで欲しいと今でも心から願っている。)。
私は気を取り直して話を始めた。
聞きたいことの中心はこれまでの4人と同様覚醒スキルの把握がメインだ。
だが、特にアンジェの場合はこれまでの4人とは別の意味でもスキルをよりよく把握しておく必要があった。
「ガガーリナさんの覚醒スキルですが、これはさすがに限定条件ありますよね?」
アンジェの覚醒スキルは、「女王の風格」と言い、大きな枠でいうと、コントロール系などと呼ばれる部類に入るものだ。
アンジェの覚醒時に出現する鞭を利用し、その鞭で攻撃した相手の思考を奪い、自身の支配下に入れるというものである(これは意識の完全コントロールであり、コントロール系の中でもかなり強力な部類に属する。)。
だが、こうした覚醒スキルには限定条件がつきものだ。
それはそうだろう。
攻撃した相手の思考を奪うのである。
1対1の場面においては、無敵とも言えるのだから(不思議なもので世の中運よくチートのようなスキルが手に入るなんてことはあまり起こり得ないようにできているらしい。)。
アンジェは、おっしゃる通りですと頷きながら答えた。
「はい。」
「対象限定ですか?」
こうした部類の覚醒スキルの知り合いを他にも何人か知っているが、その多くは、そもそもスキルの効果が及ぶ対象者がある程度限定されてしまうというものだ。
「うーん、おそらく対象限定ではないのだと思います。」
アンジェが歯切れの悪い感じで答える。
「?」
「曖昧ですね。すみません。説明いたします。それがですね、学院に入学した当初は、女性の方には全く効果がなかったんです。男性の教員の方に協力していただいて、色々試してみた結果、男性の方には効果があったのですが・・・。」
「ふむ。」
対象者の性別が限定されるという対象限定はまぁまぁよくある話だった。
「なので、私もてっきり対象限定なのだとばかり思っていたのですが、その、なんと言いますか、ある時から女性にも効果が出だしまして・・・。」
アンジェは言葉を濁しながら説明を続ける。
確かに、スキル効果の対象者の範囲が拡大するということはない話ではない。
それは、そもそもスキルの効果が相手に及ばなかった理由が、スキル自体に限定条件が付いていたわけではなく、実は使用者の意識の問題であったという場合だ。
これはいわゆるスキルの対象限定には当たらない。
「それは何かきっかけが?」
「その・・・まぁ、きっかけはあるにはあるんですが・・・。」
一応対象者の範囲が拡がった経緯をアンジェから聞いてはおきたかったが(それを知っておくと今後効果対象者の範囲が突発的に変化した際に対応しやすいためだ。)、アンジェはあまり話したくなさそうだったので、ここではそれ以上は聞かないでおくことにした。
「わかりました。では、対象限定としてはないとなると、限定はどこに?」
「部位限定です。これは確かです。」
「部位はどこですか?」
「頭です。頭に鞭を当てなくては効果がありません。」
アンジェに別れを告げ、私は学院の方へ向かって歩いた。
アンジェはカフェの仕事に戻っていった。
「(頭か・・・。難易度高いな・・・。でも・・・。)」
今回の任務において、アンジェがメンバーとして加わっているのは、もちろん他のメンバー同様、その優秀さゆえであるが、他のメンバーとは異なるもう一つの理由がある。
すなわち、対オーバードーザー対策という意味合いだ。
アンジェが一撃与えれば、力量の差は関係なく、即オーバードーザーの暴走行為を抑え込むことができる。
被害も最小限だ。
つまり、今回の任務ではアンジェがいてくれるがゆえに、オーバードーザーと交戦状態に陥った際の基本的な立ち振る舞いとして、皆でサポートしながらアンジェに一撃を入れさせるという比較的勝ち方の明確な形を採用することができる。
資料に目を通した際にそこまでは想定していたため、アンジェの覚醒スキルの限定条件を細かく知っておく必要があった。
最も心配していたのは対象限定の問題であるが、どうやらその部分は問題なさそうだ(アンジェの意識の問題なので、絶対とは言い切れないが。)。
問題は「頭」の部位限定であるが、これは想定していた部位限定の中では最も難易度の高い部類だろう。
暴走している者の頭に一撃を入れるのは並大抵のことではないからだ。
初日の資料に目を通しただけの私であれば、迷うことなく不可能であると断じていたレベルだ。
だが、今は少し違った。
ここまで5人と会ってきて、彼女たちなら不可能ではないかもしれないと感じ始めている自分がいた。
「(頭か・・・。難易度高いな・・・。でも・・・彼女たちなら不可能ではないか。)」
残り4人。
初日とは異なり、微かな希望が胸に宿っていることを実感していた。
13
翌朝、私はエリカ=バックストロムのトレーニングに付き合っていた。
エリカは、毎朝欠かさずトレーニングをしていた。
エリカは、実際会ってみても、私が初日に途中まで観戦した校内戦で得ていたイメージ通り、バトル野郎といった感じで、さっぱりした気の良い性格だった。
「ねぇ、先生。」
エリカが今日のメニューを一通りこなし、一息ついたあと、私に話しかけてきた。
「ん?」
私はエリカの方へ顔を向ける。
「私はどうすればもっと強くなれると思いますか?」
エリカは真剣な面持ちで私に聞いてきた。
エリカの悩みはよく理解できた。
エリカは、校内戦の成績も含めて申し分ないほど優秀ではある(もっとも座学に関してはあまり褒められたものではない。)。
実際、この粒揃いの1年生の中で、カトレアに次いで2番目の戦績である。
だが、少なくとも目の前の好敵手であるカトレアにすら何度やっても勝てないというのもまた事実であり、今のままトレーニングを続けて本当に自分が強くなれるのかと疑問に感じ始めるのは至極当然だった。
現に、トレーニングの最中も真面目に黙々と取り組む中にどこか迷いが見て取れた。
「そうですねぇ。ちなみにトレーニング内容はいつもこんな感じですか?フィジカル重視の。」
エリカのトレーニング内容は基本的にはフィジカル系を意識した筋トレや有酸素運動系のトレーニングが主だった。
「はい。」
エリカは頷く。
今日のトレーニング内容を見た限り、エリカのトレーニングは決して間違っていない。
基礎魔力はテイスティングにおいても火力を上げるという意味で極めて重要であり、エリカのように純粋に魔力値の大きさがそのまま強さに反映されるような覚醒スキルの持ち主にとって、強くなるために避けては通れないものだ。
何より、結局、こうした地道な努力を怠らない者が最終的には強くなるということもまた事実である。
「今コーヒーを持っていますか?」
私はエリカにコーヒーの有無を聞いた。
「はい、あります。昨日の授業の残りが。」
エリカが突然のことにキョトンとしてこちらを見てくる。
「じゃあ、それを飲んで覚醒してみてもらえますか?」
「わかりました。」
そう言ってエリカは少し戸惑いながらもタンブラーをあけ、コーヒーを口にした。
エリカの姿がみるみる覚醒状態に変化する。
「では、今出せる最高の火力まで魔力を放出してみてください。」
「えっ!?はい。」
驚いた様子ではあったものの、エリカは両腕に魔力を込め始めた。
みるみるうちにエリカの両腕の炎が大きく燃え上がる。
「(うん、思った通りよく鍛えられてはいる。ここまでにするのは相当努力しただろうな。でも・・・)」
「ああ、もう無理!」
10秒くらい経過したところで、エリカが両腕に纏っていた炎がパッと消えてしまった。
エリカは息を切らしながら、その場に座り込む。
「はぁはぁ。どうですか?」
「よく鍛えてますね。バックストロムさんのトレーニングは決して間違ってはいない何よりの証拠です。ただ、今のまま続けるだけではこれ以上大きな伸びは期待できないかなというのが率直な印象です。」
私は思ったことを包み隠さず述べた。
「でもどうすれば・・・。」
エリカは落ち込んだように小さくうずくまる。
その時、私のポケットの中でほんの少し何かが動く感じがした。
誰にも気づかれないほどの小さな動きだったが、確かにその動きを私は感じた。
「(わかってるよ。この子は可能性がある。やらせてはみるよ。でもそこから先はこの子次第だから。今からあまり期待はするな。)」
私は心の中でポケットの中のそれに向けて語りかけた。
「バックストロムさん、私の言う通りにやってみる気はありますか?あなたがやる気さえあれば、今より強くなれると思いますよ。」
私が、うなだれながらため息をつくエリカにそう声をかけると、エリカは顔をあげ、瞳を輝かせながら言った。
「はい!強くなれるならなんでもやります!」
「あまり簡単ではありませんよ。」
「問題ありません!今より強くなれる可能性が少しでもあるのであれば!」
「わかりました。では・・・」
私の次の言葉をエリカは固唾を飲んで待った。
「まずは、もう一度覚醒してください。その後、先ほどの最大火力の状態から2割くらい落とした80%くらいの力でキープしてもらえますか?」
「はい。」
そう言ってエリカは再び覚醒し、魔力を言われた通り、80%くらいの状態で保つ。
「できました。ここからどうすればいいでしょうか?」
「では、その状態で、3分間キープしてください。」
「えっ?そんなことでいいんですか?」
エリカが拍子抜けしたように言う。
「言うのは簡単ですが、そんな簡単なことではないですよ。おそらく今のバックストロムさんでは1分も保たないかと。」
「でも、このくらいの力なら・・・あれ?」
始めは安定して楽々と魔力を放出していたエリカだったが、次第に安定感を失っていった。
そのうち、1分ほど経過するかという時に、ついに炎は消え、エリカはその場に座り込んでしまった。
「どうでしたか?言った通りだったでしょ?」
エリカが息を切らしながらこちらを見る。
「騙されたと思って、まずは80%で安定して3分間保てるようにしてください。まずはそこからです。」
「はぁはぁ。わかりました。やってみます。」
「がんばってください。そもそも1日や2日でできるようになるものではありません。できるようになったら言ってください。」
その時、チャイムが鳴った。そろそろ授業開始の時間だ。
「そろそろ時間ですね。」
エリカの方を見たが、エリカはまだ動けないようで、私に先に行ってくださいと促した。
私はエリカを置いて先にその場を立ち去ることにした。
自室へと帰る道中、私はポケットからペンダントを出して眺めた。
先ほど動いたように感じた張本人だ。
しかし、今は動く気配はない。
だが、心なしかペンダントについた宝石がいつもより少し輝いているように見えた。まるで嬉しさを表現するかのように。




