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第3幕



翌朝、私は図書館への道を歩いていた。


昨晩、結局、任務への不安が拭い去られることはなかったが、こみ上げる不安に一旦蓋をし、今は明日からの授業に集中しようと考えていた。


レイから電話があったのはちょうどその矢先である。


私が不安になっているのを察したのであろうか。


実際に教鞭をとりはじめるのはもう1週後からにするので、まずは1週間、学院に慣れるようにとのことだった。


1週間自由な時間を与えられたのは嬉しいことではあったが、すぐにはやることも見つからなかった。


考え抜いた挙句、とりあえずこの1週間を使って9人に個別に会いに行くことに決め、レイに9人にアポイントを取って欲しいとお願いした(もうこの9人とやるしかない以上、9人をよりよく知っておくことは重要だ)。


レイが調整をしてくれた結果、9人にそれぞれ時間を作ってもらえることとなった。


そして、早速、私はその最初の1人に会うために、ウエストフォード学院図書館に向かっている。


ウエストフォード学院図書館は、その蔵書数が4つのモカデミアの中で最も多いことで知られている。


各モカデミアにおける図書館の蔵書は各モカデミアの魔法珈琲研究における貴重な財産であり、門外不出とされている文献も数多く存在する。


古い文献など、ここにしかない書物も多いことから、ウエストフォード学院固有の蔵書を求め、ウエストフォード学院を選択する者も少なくない。


10年程前までは、モカデミア間での研究交流の一環として各モカデミアは他のモカデミア所属のバリスタによる図書館の利用を比較的広く認めていた。


知識は人類共有財産であるべきであると。


そのため、ここウエストフォード学院図書館でも他のモカデミア所属のバリスタの姿がよく見られたらしい。


しかし、10年程前に起きたクルス=コーラル事件を境に、他のモカデミア生の図書館利用許可は厳格化、その後、全てを禁止されたわけではないものの、その頻度は著しく減少した。


特に事件の舞台となったウエストフォード学院は、二度と同様の事件が起きないよう、厳しい措置を下し、結果、現在、このウエストフォード学院図書館を利用している者のほぼ9割9分は、ウエストフォード学院関係者となっている。


図書館に入ると、すぐ右手に受付窓口があった。


私は受付窓口にいる学院生に尋ねる。


「すみません。」


私が声をかけると、窓口の学院生が作業を止め、顔を上げた。


「ユングステットさんはいますか?今日ここへ来るように言われたのですが・・・」


私はミミとアポイントのある旨を告げ、ミミを呼び出してもらった。


「えーっと、ユングステットさんは・・・あっ、いたいた。ユングステットさ〜ん。」


窓口の学院生は、棚の整理からちょうど戻ってきた長い黒髪で眼鏡をかけている学院生の姿を見つけ、こちらへ来るよう手招きをしながら、ささやくような声で彼女を呼んだ。


「はい、なにか?」


呼ばれた学院生は、こちらへ近づいてきながら、窓口の学院生の呼びかけに応じる。


「先生が呼んでるよ。ほら、昨日の新任の先生。」


そう言われて黒髪眼鏡の学院生がこちらに顔を向ける。


「ああ、デケム先生。お待たせしてしまって申し訳ありません。初めまして、ミミ=ユングステットです。」


ミミ=ユングステット。


年齢は21歳。


事前に渡されていた資料によれば、成績は同期内でトップクラス。


特に筆記等の座学に関しては、同期では現状一番であり、その上、まだ1年生ながら、魔法珈琲に関する知識に関しては、他学年の生徒にも引けを取らないとのことである。


資料に目を通した際、今回の任務において、最も頼りになりそうに感じていたのはこのミミだった。


それは、単に成績が優秀だという点から導き出されたものではない。


ミミのバリスタとしての資質を感じ取ってのことだ。


ミミのバリスタとしての資質を述べる上で特筆すべき点は、成績優秀であるという点ではない。


真に特筆すべき点は、ミミのパーソナリティとミミの覚醒スキルとの相性がとても良いという点だ。


資料によれば、ミミの覚醒状態時のスキルは、「大いなる知識の集約(通称「レシピブック」)」と名付けられており、覚醒状態時に出現する本に一度でも記録した魔法珈琲の効果を、その時その魔法珈琲を飲んでいなくても得ることができるというものだ。


勘違いしてはならないのは、このスキルは、一度に多くの魔法珈琲を摂取するといったように重覚醒の効果を得られるわけではない。


一度に得られている魔法珈琲の効果はあくまで1つのため、どちらかというと相手に合わせて、魔法珈琲を変えられるという類のものだ。


別に何回も魔法珈琲を飲み直せば良いのではとの指摘を受けそうだが、ことはそう単純ではない。


調合した魔法珈琲を持ち歩くにはその分タンブラーが必要となるし、一度覚醒状態に移行した後は、その効果が終わるまで次の魔法珈琲を飲むことはできない(重覚醒を意図しているなら話は別なのであるが。)。


つまり、相手の状況に合わせて、使用する魔法珈琲を変更することができることはテイスティングにおいて、大きなアドバンテージになり得る。


しかし、それはあくまでそれだけ多くの魔法珈琲を調合し、作り出したことがあるという前提があってこその話だ。


バリスタといえども、誰しもが魔法珈琲に関する知識に精通しているというわけではない。


少し大げさではあるが、中には生涯たった数種類の魔法珈琲しか調合したことのないバリスタもいるのだ。


そういった意味でミミの覚醒スキルはミミ=ユングステットという魔法珈琲の知識に長けている者にとって、とても相性の良いものであると言える(スキルは自分で選べるものではなく、生まれついてのものであるため、パーソナリティと覚醒スキルの相性の良さはそれだけでバリスタとしての才能と言える。)。


「初めまして。ギテン=デケムです。」


私もミミに挨拶する。


「校長より話は伺っています。もちろん任務のことも同様です。」


ミミは私にそう言いながら、受付窓口裏の司書室に私を案内する。


そして、部屋に入った後、私に司書室内の椅子に座るよう促し、ミミはお茶を入れて持ってきてくれた。


「どうぞ。」


「ありがとう。」


私の感謝の言葉に、ミミは笑顔で応え、自身も机を挟んで向かいの席に座る。


「で、私にお話があるとのことでしたが・・・」


ミミが私に今日の来意について尋ねる。


「いえ、大した話ではないのです。今回の任務にあたって、皆さんのパーソナリティを把握しておく必要があると思いまして。そこでやはり皆さんと会って話をしておく必要があるだろうと。それで校長先生にお願いした次第です。」


私は、今回、時間を作ってもらった経緯を簡単に説明した。


「そうでしたか。」


ミミは理解しましたといった感じで頷く。


「ユングステットさんのデータ等はすでにいただいて拝見させていただきました。“レシピブック”良いですね。あなたにピッタリだ。」


私の言葉に、ミミは謙遜する姿勢を見せながらも、自らの覚醒スキルを褒められ、まんざらでもない様子だった。


「ちなみに、9グレードはすでにいくつか作れたりしますか?」


9グレードコーヒーというのは、1からある魔法珈琲のグレードの中で、最高位に属するものだ。


基本的に魔法珈琲のグレードは、数字が上がるにつれて、より高い覚醒効果を有するのであるが、9グレードコーヒーだけは、それまでの8グレードまでとは大きく異なる特徴を有しており、単純に最も効果の高いカテゴリーの魔法珈琲というわけにはいかないものとなっている。


9グレードコーヒーとそれ以外の魔法珈琲を分けるもの、それは端的に言えば「異世界の住人」と呼ばれる存在の有無だ(極端な話をしてしまうと、「異世界の住人」の存在が有る魔法珈琲はその時点で覚醒効果の良し悪しに関わらず9グレードコーヒーに分類されることになる。)。


魔法界と人間界、これは異なる次元に存在しているが、時間軸は基本的に変わらない。


この存在する次元は異なるものの、時間軸は同じという世界を、仮に「異世界」という名で定義するのであれば、魔法界にとって人間界は「異世界」であり、人間界にとって魔法界は「異世界」となる。


このように同じ時間軸ではあるものの、異なる次元に存在する世界は、人間界と魔法界の2つだけではないことが確認されている。


未だその全容は解明されてはいないものの、確実にいくつかの他の異世界が存在するのである。


古くから魔法界と人間界以外にも世界があるとは考えられてきた。


しかし、確証はなかった。その存在を証明したのが、他ならない9グレードコーヒーの発見である。


9グレードコーヒーは、その調合過程で特殊なレシピを採用することにより、飲用すると、覚醒効果を得られると同時に、異世界の住人の力を召喚することができる(例えば、9グレードコーヒーとしてすでに多くのバリスタにその名を知られているウエポンシリーズに関して言えば、召喚できる異世界の住人はそれぞれ何らかの強力な魔法武器を有しており、飲用することでその武器を使用することができる。)。


すなわち、9グレードコーヒーは異世界の住人の力を閉じ込めた、より正確に言うならば、異世界の住人と「対話」できるコーヒーなのである。


当初、偶然の産物によって生まれた9グレードコーヒーではあるが、このコーヒーにより魔法使い族は異世界の住人と初めて対話し、結果、異世界の存在が証明されたと言うわけである。


現在、9グレードコーヒーのレシピとして確立しているものの数はそう多くはない。


そもそも発見されているもの自体数えられる程度であるが、有名なウエポンシリーズのように、調合難易度は高いものの、そのレシピ自体はすでに多くのバリスタの知るところとなっているものもあれば、レシピすら一般には公開されていないものもある(ウエポンシリーズのように召喚対象の異世界の住人を種族単位で括っており、同種族であれば誰が召喚されても同じだということから、一度に複数の召喚要請に応えられるものもあるが(同じランチャーを飲んでも今日はランチャー種族のAさんが召喚されたけども、昨日はBさんだったと言うことがあるらしいが、これは我々には到底見分けがつかない。)、これは極めて例外なパターンであり、基本的には召喚される異世界の住人とレシピ保持者の1対1の契約によって成り立っている。故に公開されたところで他の者がコーヒーに効果を得ることはそもそもできないという側面もある。)。


ミミの覚醒スキルの場合、もちろん8グレードまでの魔法珈琲であっても有用なことは言うまでもないが、真価を発揮するのはやはり9グレードコーヒーのレシピをいくつか有している時であろう。


例えば、ウエポンシリーズをいくつか有していれば、相手の覚醒スキルに合わせて、有効な魔法武器を用意することができる。


「はい。ウエポンシリーズだけではありますが・・・。」


ミミは、私なんてまだまだですと言った様子で私に答えた。


しかし、ミミのこの反応は謙遜以外のなにものでもない。


実際、この学院に入ってからまだ1年と経っていないバリスタが、すでに9グレードコーヒーの調合ができるというのは、そうそうあることではないのだ。


この時点ですでに一つでも9グレードコーヒーを調合したことがあるという事実は、それだけで、ミミがとてつもなく優秀であるということを物語っている。


私はミミの優秀さをあらためて確信した。


「素晴らしいですね。ちなみにウエポンシリーズの何ですか?使い勝手の良い感じだと、ダガーあたりですか?それともカノンとか?」


私の問いかけに、ミミは少し戸惑いを見せながらも、恥ずかしそうに答えた。


「いえ、全部です・・・。」


ミミが小声で答える。


「えっ!?」


私があまりの衝撃にもう一度聞き返す。


「だから、全部です。ウエポンシリーズだけですが、すでに全て調合したことがあります。」


私は驚きを隠せなかった。


まだ1年生の、駆け出しのバリスタがすでに9グレードコーヒーを10種類近く調合したことがあるなど、前代未聞だった。


ミミが恥ずかしそうに答えたのも頷ける。


おそらく、ミミが毎回このことを誰かに話す度に、それを聞いた相手が、それが事実であるとの認識を強めていくにつれて、軽く引いてしまうことは、容易に想像がつくからだ。


「すごい・・・。」


私は、ただただ脱帽してしまった。


「その・・・昔からこの図書館に通っていまして・・・。なんと言いますか、両親の仕事柄、ここで待つことが多かったのです。そのうち、本に、特に魔法珈琲に関するものに興味を持ちまして、読んでいたら、その、いつのまにか・・・。」


ミミはもうすでにバリスタになる前から、長い年月をかけて、魔法珈琲の勉強を続けてきたのである。


それでは確かに他の1年生と比べることなど到底できないだろう。


最もここまで出来るのは熟練のバリスタであっても一握りだとは思うが。


「いやいや、全く恥ずかしがることではないです。むしろ誇るべきところです。」


「ありがとうございます。そういってもらえるとありがたいです。」


ミミはまだ少し恥ずかしそうに私に感謝の意を述べた。


その後、しばらく話をした後、時計を見ると、すでに午前の授業の時間開始10分前だった。


「ああ、もうそろそろ午前の授業の時間ですね。」


私はミミに時間を告げた。


「本当ですね。もうこんな時間。私、今日、午前の時間帯はカフェ勤務なので、急がなくてはなりません。」


そう言って、ミミは急いで支度を始める。


「すみません、先生、ではもう行きます。続きはまた任務のブリーフィングでお願いします。」


私はミミに早く行くように促し、ミミは足早に司書室を後にした。



10



その日の日中はウエストフォードの街を散策することにした。


私が受け持つ授業は月曜午後にもあり、来週からの授業のために見学することも考えたが、それよりも5年ぶりに訪れたこの街をあらためてよく把握しておくことを優先した。


午後の授業の時間も終わり、私は次のパートナーとのアポイントのため、ウエストフォード学院エリザベート寮談話室に併設された中庭に足を運んだ。


エリザベート寮の談話室は、エリザベート寮のカラーである赤を基調とし、中世ヨーロッパの貴族の館を思わせるような作りになっている。


普段はエリザベート生以外はたとえ教員といえども立ち入り禁止であるが、中庭に入るには談話室を経由する必要があり、今回は特別に許可を取って、中を通らせてもらった。


中庭に入ると、そこにはいくつかティースペースがあり、そのうちの一つに人影があった。


近づくと、すでにそこには2人のエリザベート寮生が座っていた。


「遅くなってしまい申し訳ない。ギテン=デケムです。」


私が挨拶すると、2人のうちの片方が立ち上がって自分たちを紹介してくれた。


「いえいえ、全然問題ありません。申し遅れました。私はマリー=オルコットと申します。そして、こちらが姉の・・・。」


「リリー。よろしく。」


リリー=オルコットとマリー=オルコット。


年齢は、どちらも17歳。


双子の姉妹で、どちらもエリザベート寮に所属している。


2人とも銀色に輝く髪が特徴的で、リリーの方は長めで、他方、マリーの方は肩には至らない程度のショートボブだ。


「校長先生よりお話は伺っております。なにかご質問等があったら、おっしゃっていただければ。」


マリーが笑顔で話しながら話を回してくれた。


ここまで見た印象においても、すでに妹のマリーの方がしっかりしているといった印象を受ける。


他方で、姉のリリーは終始どこか上の空で、正直なところ何を考えているのかはよくわからない。


不思議ちゃんといった感じだ。


「ありがとうございます。では、早速話をはじめましょうか。」


私は、事前に彼女たちの資料に目を通していた際、彼女たち二人に関しては、少し気になる点があった。


前にも述べたように、資料において、彼女たち9人の数値に特に優れたものがあるわけではなかった。


先ほど手放しで褒めたミミであっても、数値の上ではそう際立った特徴があるわけではない。


これは9人の共通するところではある。ただ、実は1点だけおかしな点があったのだ。


それは、リリーとマリーの双子のキャパシティランクである。


キャパシティランクは前にも述べたように、魔法珈琲の受容可能限界を表す指標である。


キャパシティランクの大小は生来のもので、生涯を通して、その上限が上がることは基本的にはない。


通常バリスタは共通してこの欄にAと記載されている。


キャパシティランクはA以上ないとそもそもバリスタ試験受験資格が得られないが、他方で、キャパシティランクなど、A以上あれば、それ以上を測定する必要はないため、最高ランクはAとして設定されている。


そのために、バリスタは基本的に皆Aなのだ。


ところが、リリーとマリーのキャパシティランク欄のみ、「測定不能」とされているのである。バリスタ資格を有している以上、確実にAランクは超えているはずである。


それにも関わらず、Aと記載がないというのは通常あり得ない。


ある例外を除いては。


「で、なんですが・・・単刀直入に聞きます。2人はハーフエルフですね?」


この質問にこれまで終始笑顔だったマリーの表情に一瞬にして私に対する明らかな警戒心が浮かぶのが目に取れた。


人間族と魔法使い族の違いが、魔力の有無ということは前に述べた。


そして、魔法使い族の魔力というものは、それ自体は大したものではないということもすでに述べた通りだ。


しかし、例外はある。


例外的に生まれ持って、魔力が異常に高い場合が存在するのだ。


そう魔法珈琲を飲まずとも覚醒時と同等の魔力を有している人々が。


魔法界ではその高魔力保有者を魔法使い族とは区別し、エルフ族と呼んでいる(くれぐれも言っておくが、生物学的構造が人間族や魔法使い族と異なるわけではない。あくまで生来の魔力値が極めて高いと言うだけだ。)。


これは何も差別的な意味で区別しているわけではない。


エルフ族には魔法使い族とは区別しなければならない理由がある。


すなわち、エルフ族は、極めて高い魔力を有している反面、生まれつき抵抗力が弱く、ごく限られた地域以外では生活ができないのである。


そして、同じ理由から、エルフ族は、魔法使い族や人間族と共生ができない。


そのため、エルフ族は、人里離れた隠れ里にエルフ族だけで、ひっそりと暮らしている(その場所はエルフ族の安全を保護するために一般には公表されていない。)。


リリーとマリーの資料に記載されていたように、キャパシティランクが「測定不能」、つまり、Aランク以下ではないにも関わらず、測定ができないほど、高いキャパシティ有するのは、魔法使い族ではあり得ない。


しかし、先述のように、エルフ族であれば、今この場で普通に生活するのは困難だ。


つまり、エルフ族ではない。


となると、残された選択肢はその両方の特徴を理論的には有している可能性がある存在、すなわちハーフエルフということになる。


「仮に私たちがハーフエルフであったというのであれば、なんだと言うんですか?」


警戒心をあらわにしながら、マリーは私に聞き返してきた。


マリーのこの反応は無理もない。


ハーフエルフというのは、極めて稀有な存在だからだ(私自身も実際に会ったのはリリーとマリーが初めてである。)。


それゆえに、好奇の目で見られることも少なくない。


マリーの反応を見る限り、これまでの人生において、ハーフエルフであることが原因で、不愉快な思いをしたこともあったであろうことは想像に難くない。


とはいえ、エルフ族は高魔力保有者であるという以外、大きな身体的特徴があるわけではない(人間界の本を読んだことがあるが、耳が長かったりするわけではない。)。


そのため、そうそう普段の生活の中で、気づかれることはないのであるが、ただ、ほんの些細な点ではあるものの、エルフ族特有の身体的特徴が一つだけあるにはある。


それが、紅の瞳だ。


魔法使い族の子でありながら、突然変異でエルフ族の特徴を発現した子の場合も、この紅の瞳によってエルフ族であることを決定づける。


ハーフエルフであるリリーとマリーにはそれぞれ片方の瞳がエルフ族特有の紅の瞳となっていた。これこそリリーとマリーがハーフエルフであるということを立証する何よりの証拠だ。


「オルコットさん、そう警戒をしないでください。私はあなた方を好奇の目で見るようなことはしませんよ。」


私はマリーの不安を察し、なだめたが、マリーの警戒心は一向に収まる気配を見せなかった。


実は、私には彼女たちにまだ伝えていないことがあった。


それは、今日私が彼女たちの姿を一目見た瞬間に、すでに彼女たちがハーフエルフであることを確信していたということである。


私が彼女たちにハーフエルフであるかと問いかけたのはあくまで確認のために過ぎない。


なぜわかったか。


それは彼女たちの瞳を確認したからではない。


彼女たちから確かにその面影を感じ取っていたからだ。


「大丈夫。信じてください。そんなことをしたら、シルビアさんに怒られてしまいます。」


私は笑いながら言った。


突然私の口から出た名前にマリーは驚きを隠せないようだった。


「お母さんを知ってるんですか!?」


ハーフエルフはエルフ族と魔法使い族が結ばれなければ生まれることはない。


しかし、エルフ族は魔法使い族と共生することはできない。


だが、実際にハーフエルフは存在しているのである。


では、どのようにすればエルフ族と魔法使い族は結ばれ得るのだろう。


エルフ族がその里の中に魔法使い族を受け入れることはない。


その一人を受け入れたことでエルフ族全体が全滅してしまう可能性があるためだ。


そうなれば答えは一つ。


カップルのうち、エルフ族の方が自らの身体を犠牲にし、里を出て、魔法使い族とともに生きることを決意した場合である。


かつて私がイーストンカレッジ在籍時代に一人のエルフ族の女性と仕事をする機会があった。


その人こそ、リリーとマリーの母親、シルビア=オルコットに他ならない(当時、シルビアからファミリーネームは聞いていなかったため、オルコットであることは初めて知った。)。


シルビアは正真正銘エルフ族ではあるものの、魔法使い族との結婚を選び、里を離れたとのことだった。


身体的に辛くないわけはなく、その身体は複数の病魔に蝕まれてはいたものの、2人の子供にも恵まれ、幸せだと笑顔で語っていた。


明るい人で、折に触れ、私に家族の話をしてくれたことを鮮明に覚えている(衰弱はしていたものの、当時はまだ元気ではあった。笑いながら突然血を吐いていたのを元気というかは定かではないが。本人は血を吐いた後も平気平気と笑い飛ばしていた。)。


私は当時を思い出し、2人に話をした。


「はい、知っています。昔お世話になったことがありまして。お2人を一目見た時に気づきましたよ。気づかないかもしれませんが、そっくりです。」


突然の思いもよらぬ母の話に、先ほどまでとは打って変わり、場は一気に和やかなムードに包まれていた。


いつのまにかマリーの私に対する警戒心もなくなっていた。


「お母さんは今もお元気ですか?」


少し話をした後、聞いてみた。


もう仕事をしたのは、かれこれ7年くらい前ではあったが、私としても、その後シルビアの様子がどうなっているのかというのは、ずっと気にはなっていた。


「元気ですよ。ただ、今はもう外には出られません。ずっと家でベッドの上で過ごしています。」


マリーは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げて笑顔を作り、そう答えた。


「そうですか。」


私はシルビアの状態を知り、少しいたたまれない気持ちになった。


予想はしていたが、実際に聞くとこみ上げるものがあった。


「すみません。暗い感じになってしまいましたね。ははは。」


和やかな雰囲気が一転、場の空気が沈むのを感じたのか、マリーが話題を変えようとした。


だが、あまり効果はなかった。


私もシルビアを知っているだけに何を言っても嘘のように思えてしまい、適切な次の言葉が浮かんではこなかった。


「・・・」


重苦しい空気が場を包んでいた。


だが、そんな空気を変えたのは、これまでほとんど口を開かなかったリリーだった。


「先生、ママの話をもっと教えて。」


リリーの口は普段あまり多くを語らない。


だが、それは決して無関心なのではなく、もしかしたらリリーこそ誰よりも場の空気を大事にしているのかもしれない。


リリーの選び抜かれた一言は一瞬で場の空気を変える大きな力を持っていた。


「もちろんです。」


リリーのおかげで、再び、その場には笑顔が戻っていた。


結局、2人との話はそのほとんどの時間をシルビアの話に使ってしまったが、2人に少し心を開いてもらえたように感じることができたのが、何よりの収穫だっただろう。


細かな話はまたの機会にすればよい。


いつのまにか日も暮れてしまっていたので、2人に別れを告げ、今日はもう自室へと戻ることにした。


まず初日は3人。


残りはあと6人。


私は昨日の夜よりも少し不安が和らぐのを感じながら静かに帰路についた。


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