第2幕
6
コロッセオの周囲は木々で囲まれた森となっている。
敷地内に森林を設けている目的は、建前上、景観保護のためとなっているが、実際は、コロッセオ内の音が必要以上に漏れ出さないための工夫という意味合いが強い。
騒音対策というわけだ。
今でこそテイスティングは魔法界きってのエンターテイメントとしての地位を築き上げたが、ウエストフォード学院設立当初は、他の授業と変わらない単なる一授業でしかなかった(明らかに他の授業と違うのは、学院生の歓声や各種衝撃音といった“騒音”の存在である。)。
そのため、テイスティングの際の“音”は、度々ウエストフォードの住民との間で問題を引き起こした。
その騒音軽減のために、設けられたのがこの森というわけだ。
しかし、テイスティングがエンターテイメント化された現在では、その“音”もウエストフォードを彩る大事な要素の一つとなっており、もはやこの“音”は“騒音”ではなくなったとも言える。
そのため、内外から、森を伐採し、その場所をもっと有効活用すべきだとの声も根強い。
なにせ、この森はコロッセオの周囲を囲んでおり、学院敷地全体の4分の1を占めているのである。
こうした声が出るのも無理もないことだろう。
ただ、先日も大々的にウエストフォードの街で抗議デモが行われたことで記憶にも新しいように、度々この森を残そうという環境活動家のデモは後を絶たない。
そうしたせめぎ合いの元に、結局、未だこの森は旧来のまま、この地に残っているというわけだ。
学院生がこの森に立ち入ることはそう多くはない。
そもそも基本的に授業で使うことはなく、何より学院敷地内東側のエリアに位置する授業棟や寮などからは距離があることから、あえてここまで来ることはしないためだ。
したがって、この森で学院生を見かけるとすれば、この森の管理を担っている森番の学院生か相当な変わり者かのどちらかと見てまず間違いはない。
森番と言ったが、学院生の中には、この森の管理を任されている者たちがいる。
原則として立候補制であるが、近年はあまり人気がないため(余計な手間が増えるだけなので皆やりたがらない。)、教員が頼みやすそうだと感じた一部の生徒が、度重なる説得の上、半ば強制的に立候補させられているというのが現状だ。
森番の主な仕事は、木々の管理や森に住む野生動物の管理である。
ウエストフォードが街として開発されていった今、この森は野生動物の住処としてはそう悪くない場所であり、現在、森には多くの野生動物が生息してしまっている。
森の場所は街にも近いため、おいそれと野放しにしておくこともできず、森番が管理しているというわけだ。
遠くで2人組の影が森の中に入っていくところが見えた。
すぐに私もその後を追って、森へと入る。
森はさすが騒音対策の意味合いが強いだけあって、木々が密度濃く生い茂っており、昼間だというにも関わらず、静かな暗闇が広がっていた。
ところどころ、木々の間を縫って差し込む光が、かろうじて周囲の様子を教えてくれている。
静寂の中、森にある音はコロッセオから響いてくる音だけだった。
私が森に入って、数秒の後、一際大きな歓声が森に響いた。
どうやら、先ほどの試合が終わったらしい。
試合の結果も気にはなったが、今はまず2人組の行方を知る必要があったため、私は懸命に周囲の状況に目を凝らす。
しかし、2人組の気配はまるで感じられなかった。
一旦、森での捜索を諦めて出ようとしたとき、どこからか音が聞こえた。
それは、これまで唯一聞こえていたコロッセオからの“音”とは違う、心地よい、それでいて、優美な“音色”だった。
私は、音色を便りに、その主を探る。
すると、暗闇の中差し込んだ一筋の光の下に、一人、優雅に佇んでいるのが見えた。
後ろ姿ゆえに顔は見えなかったが、ピンク色で少しウエーブのかかった長い髪が光に照らされ、艶やかに輝いている。
手に持っている楽器は二胡だろうか。
服装がアイリーン寮の制服であることから、おそらく学院生であろうことが窺える。
「あら?」
私の気配に気づいたのか、ふいに彼女は演奏をやめ、こちらへ顔を向けた。
「こんなところに人がいるなんて珍しいわね♪」
彼女がゆったりとした艶やかな口調で話しかけてくる。
どこか独特な雰囲気を持った女性だ。「森番」といった雰囲気ではない。
おそらく「相当な変わり者」の方だろう。
「申し訳ない。演奏の邪魔をしてしまったようですね。」
私はまず演奏を中断させたことを詫びる。
「いいのよ、ふふふ♪」
彼女はいたずらな笑みを浮かべた。
「人を探していまして・・・この森に入ったように見えたのですが。誰か見かけませんでしたか?」
私は彼女に2人組の行方に関して聞いた。
「ごめんなさい。見ていないわ。」
彼女が申し訳なさそうに答える。
「そうですか。では、他を探してみます。」
長居をしている場合ではない。
こうしているうちに2人組はどんどん遠くへ行ってしまうだろう。
私は彼女がなぜこんな所にいるのだろうと疑問に感じながらも、早々に立ち去ろうとした。
「ねぇ?」
すると、立ち去ろうとする私を彼女が呼び止めた。
「?」
私は振り返る。
「ラズベル=クレールよ♪」
「?」
なんのことだかさっぱりわからなかった。
「私の名前♪」
「はぁ。」
「覚えておいて、あなたとは近いうちにまた会う気がするの♪」
突然名前を告げられた時にどう反応するべきなのか正解を私は持ち合わせてはいなかった(それは今なお答えを見出せてはいない。)。
自分の名前も告げるべきなのかどうか一瞬悩んでは見たが、今はそれよりも2人組を探すことが先決だったので、とりあえず作り笑顔だけは浮かべ、その場を後にすることにした。
森から市街へ出て、2人組の姿を探してみたが、結局その日、2人組は見つからなかった。
7
一度ホテルの部屋へと戻った後、その晩、再びウエストフォード学院を訪れた。
しかし、先ほど足を運んだコロッセオのある西側ではなく、今度は東側である。
ウエストフォード学院敷地には中央に大きな道が一本走っている。
この道を挟んで西側が、日中に訪れたコロッセオや森などが存在するエリアとなっているが、その反対の東側は、主に授業棟や寮棟などで構成されている(授業棟には図書館や学食なども併設されている。)。
普段、学院生が多くの時間を過ごすのは、この東側のエリアであるが、全寮制を採用しているウエストフォード学院においても夜の時間帯にこの授業棟への立ち入ることは、図書館などの例外を除き許されていない(図書館も夜の時間帯の貸出等窓口業務は行われていない。)。
したがって、すでに夜9時をまわろうかというこの時間においては、基本的に授業棟内に、学院生の姿はない。
今晩、この授業棟に足を運んだ理由は他でもない。
ウエストフォードへついたら、その晩、まずウエストフォード学院校長を訪ねるようアルフレッドより指示を受けていたためだ。
校長には今晩私が訪問する旨は、すでにアルフレッドより連絡がいっている。
授業棟に入り、3階の奥まったところにある校長室の扉をノックする。
すると、中から入室を許可する声が聞こえた。
校長室の中に入ると、部屋中央に置かれた机を前にして、厳格そうな一人の女性が座っていた。
見た目の歳の頃は、45歳前後といったところであろうか。
いかにも古き時代の魔法使いを思わせる黒のローブを身に纏っている。
かけている丸眼鏡がいかにもといった感じで、厳格な雰囲気を助長させていることは言うまでもない。
そう、現ウエストフォード学院校長レイ=キュラーズその人である。
レイは、部屋へ入ってきた私の顔を一目見るや、それまでのその厳格なイメージとは裏腹に、表情を少し崩し、顔に笑みを浮かべた。
「久しぶりですね。ギテンくん。」
「ご無沙汰しております。先生。」
私は直接レイに師事したことはない。
しかし、イーストンカレッジ時代に、レイにも何度か会ったことがあった。
「もう5年になりますか。あなたが事故を起こす前ですからね。」
レイは懐かしそうに言った。
「その節はご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。」
私は当時を思い返し、謝罪の意を伝えた。
当時、私が起こした事故はバリスタ業界にちょっとした話題を提供してしまっていた。
その後処理に何人かのバリスタ業界の要人が奔走してくれたが、レイもそのうちの一人であった。
今もなお私がバリスタ資格を剥奪されずに済んでいるのは、その後処理が功を奏したために他ならない。
「いえ、謝ることではありません。もうすぎたことです。それに失敗をすることによって、人はまた成長するのですから。きっとあなたはいずれあの時以上になって戻ってくるものだと信じていますよ。」
レイは優しくそう微笑んだ。
「先生、本日こちらへお伺いさせていただきましたのは、他でもありません。お聞き及びのことかとは思うのですが、今回のオーバードーズ事件に関する調査任務に携わることとなりまして、その件で伺わせていただきました次第でございます。」
私は話を本題に移した。
「ええ。もちろんアルフレッドから話は聞いています。あの人は本当にいつも突然話をもってきますから困ったものです。まぁ、今はそんなことを言っている場合ではありませんね。今回の件は、我々としても看過しがたいものです。何せこのウエストフォードの地を中心に起きているのですから。いずれにせよ、あなたが着任してくれたということで私も少しは安心しているのですよ。」
レイとアルフレッドは、モカデミア必修在学年度時代からの腐れ縁だ。
レイはウエストフォード学院の出身で、アルフレッドはイーストンカレッジの出身であることから、所属が同じというわけではないのであるが、何かと当時は交流があったらしい(そもそもウエストフォード学院は女子限定、対して、イーストンカレッジが男子限定であるため、他の2校と比べて、この2校は交流する機会が多めではある。)。
「ご期待に沿えるよう尽力致します。ただ、あまり期待されては困ります。ご存知のように私はかつての私とは似て非なる者です。」
私はレイの大きな期待に応えられそうになく、不安を口にした。
「それはもちろんあなたにかつてのような魔力がないことは重々承知していますよ。ちなみに今はどのグレードまで耐えられますか?」
「グレード4までです。なんとかキャパシティを上げられるよう努力はしてみたのですが、グレード5から先はやはり無理でした。」
私はレイに正直に話した。
先にも述べたように、魔法珈琲によって覚醒状態に移行できるのは、グレード5以上の魔法珈琲を飲用した場合だ。
グレード4までは覚醒状態に移行しないため、一般人でも飲むことが許されている。
魔力の大半を失った私は、高グレードの覚醒効果に耐えうるキャパシティを確保できなくなっていた。
そのため、何度も試してはみたものの、グレード5以上の魔法珈琲に身体が耐えることができず、覚醒状態に移行することができないというのが現状だった(グレード5のため負担はさほど大きくないものの、飲むと軽いオーバードーズ状態に陥ってしまっていた。)。
バリスタであることの最も大きな意義がこの覚醒状態に移行することができるということなのであれば、もはや私はバリスタではないのだろう。
せっかく残してもらったバリスタの資格も今は特例によりかろうじて剥奪されずに済んでいるお飾りに過ぎない。
「そうですか。」
レイは残念そうに答えた。
「はい。」
私はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「まぁ、ただ、そのことについては残念ではありますが、今回の任務においては、そこはさほど重要ではありませんからね。やはりあなたが着任してくれて私は一安心です。」
レイは微笑みながら再度私への期待を口にした。
「おっしゃっている意味がよくわかりませんが・・・」
今回の事件はオーバードーズ案件である。
危険も多く、交戦状態に陥ることも当然に予想されていた。
にもかかわらず、今やバリスタとすら言えない人間に対して、なおも大きな期待を寄せる意味が全くわからなかった。
「あなたは確かにかつてバリスタ界において、“期待の新人”ではありました。当時を知る者で当時のあなたへの期待の声を疑う者は魔法界にはいないでしょう。そして、その声の多くがあなたのバリスタとしての力やセンスに寄せられていたこともまた事実です。ただ、私などにしてみれば、正直当時のあなたのバリスタとしての力など、新人の中で少し頭一つ出ているかなといった程度であって、そんなに騒ぎ立てるほどのことではありませんでしたよ。」
レイは続ける。
「でも、私やアルフレッドはあなたに多くの者たちと変わらぬ大きさの期待をかけていました。ある意味、他の者たち以上の期待だったかもしれません。あなたのバリスタとしての力ではなく、あなたの人間としてのある才能ゆえにです。今日こうして久しぶりに会って、あなたの顔を見て、その部分は今もなお、少しも変わらないと確信しましたよ。むしろ失敗してより強くなったようにすら感じます。だから、心配する必要はありません。もう一度言いましょう。私は、今のあなたを見て、あなたで安心したと言っているんです。」
「そうですか・・・。」
レイはおろかアルフレッドからもそんなことを言われたことはなかった。
ただ、レイの言葉にありがたさを感じながらも、内心、どこか理解できていない自分がいた。
「そうです。あなたはあなたが今できることをしてもらえればそれで構いません。」
「承知しました。尽力致します。」
そこまで言われてなおその期待を否定することは私にはできなかった。
私はこの場はその期待を受け入れることにした。
「話が脱線してしまいましたね。では、本題に入りましょう。まずはなんの話からはじめましょうか?」
レイが話を戻す。
「はい。本任務に関わる人員の件からお話しさせていただければと思います。本事件におきましては、相手は違法珈琲を所持している可能性が高いと考えられます。そこで、今回、あらかじめ本任務を遂行する上でのパートナーを用意していただきたい旨をお伝えしていたと思うのですが。」
私は、今回の任務を遂行する上で、アルフレッドに2つの要望を出していた。
1つは、ウエストフォードに滞在する上での肩書きや職の用意だ。
事件解決までにどれくらいの時間を要するかはわからなかったが、最低でも2週間〜1ヶ月程度の時間は必要だとは考えていた。
しかし、その間、なんら無職のままこの街に滞在するのは、いささか不自然すぎる。
そのため、この地に留まっていて怪しくなく、かつ、スムーズに調査を行えるような肩書きや職を提供してほしいとお願いしていたのだ。
そして、もう1つは、パートナーの用意だ。
オーバードーズ案件の場合、相手方は当然に違法珈琲を保有している可能性が高く、そうなると必然的にオーバードーズ状態に陥った者と交戦状態に陥る可能性が高くなる。
こうなった場合、周囲への被害を最小限に抑えつつ、オーバードーズ状態に陥った者を屈服させるためには、今の自分だけでは不可能であり、どうしても高い能力を持ったバリスタの存在が不可欠であった。
「もちろん、その点はご心配なく。全てアルフレッドの要望通りに用意をしておきました。」
「ありがとうございます。」
レイの言葉を聞いて、私は安心した。
「パートナーの話は明日することにして、まずは職ですね。」
そう言ってレイは机の引き出しから、一枚の書類を取り出してきた。
「あの、これは・・・?」
ちらっと見えた書類の文字に戸惑いを隠せず、私は自分の目を疑った。
だが、その文字が間違いではないことはすぐに明らかになった。
「え〜、ギテン=デケム殿。貴殿を明日より本校の臨時講師に任命いたします。」
8
翌朝、日曜日ではあったものの、特別にウエストフォード学院必修在学年度生を集めた朝の集会が開かれ、私が臨時講師として就任することが発表された。
昨晩、ホテルの部屋へ帰り、電話にて散々アルフレッドに抗議をしたのは言うまでもない。
臨時講師などをやっていたら、とてもじゃないが調査などできない、別の肩書きを用意してくれと。
しかし、アルフレッドは笑いながら、こう言うだけだった。
「まあまあ、僕を信じなさい。それで全て上手くいくから。」
笑いながらそう言うアルフレッドの言葉に信じられる部分など欠片ほどもなかった。
「週明けより臨時で講師を務めていただきます。ギテン=デケム先生です。デケム先生には1年生のテイスティング実践を担当してもらいます。では、デケム先生、一言ご挨拶を。」
「ギテン=デケムです。臨時ではありますが、お世話になります。よろしくお願いします。」
会場から拍手が起こる。
「では、今日の集会はこれで終わりです。解散。」
集会は終わり、学院生たちはそれぞれに去っていった。
集会が終わった後、レイに呼び止められた。
パートナーの件で、この後、校長室へ来てほしいとのことであった。
校長室へ行くと、昨晩と同じようにレイは机を前にして椅子に座っていた。
そして、入ってくる私を見るなり、椅子に座るよう促した。
それに応じ、椅子に座った。
「ギテンくん、いや、今はもうデケム先生ですね。臨時講師就任おめでとう。」
レイが微笑みながら私にお祝いの言葉を述べてくる。
「教師などという柄ではないのですが、先生と呼ばれるのは嫌な気はしないものですね。」
私は今、服装も教員用のローブを身につけている。
自分の格好を眺めながら、私は照れ臭そうにそう言った。
「いえいえ、似合っていますよ。本当に我が校で教鞭をとってもらいたいくらいです。さて、では早速本題に入りましょうか。パートナーの件ですが・・・。」
そう言って、レイは机の引き出しから一通の封筒を取り出し、私に渡した。
「開けてもよろしいでしょうか?」
私は封筒を開けても良いかレイに尋ねた。
レイはどうぞと手で開封を促した。
中を開けて見ると、何枚か書類が入っていた。
それぞれに学院生の顔写真とプロフィールのようなものが書いてある。
いわば履歴書のようなものだ。
数えて見ると、全部で9名分入っていた。
レイは私にパートナーの書類ではなく、間違って授業の書類でも渡したのだろうか。
なんの書類かわからず、レイに尋ねる。
「あの・・・これは一体?」
「一体もなにも、本件の任務に従事するパートナーのプロフィールです。あなたには全員の特徴を把握しておく必要がありますからね。」
レイはなにを今さらと言った表情で私を見てくる。
「いや、ですが、これ全て学院生ではないのでしょうか?」
私は恐る恐るレイに尋ねる。
「その通りです。何か問題でも?」
私は空いた口が塞がらなかった。
「危険すぎます!オーバードーズ案件ですよ。違法珈琲飲用者と交戦状態に陥る可能性があります。とてもモカデミア必修在籍年度生の手に負える案件ではありません。百歩譲って、もし仮にチームに一人でも熟練のバリスタがいればとは思いますが、今回、彼女たち以外には私しかいないのです。いざという時彼女たちの安全を保証できません。お願いします。パートナー再考してはいただけないでしょうか?」
私は必死に訴えた。
「おっしゃる意味はわかります。しかし、決定事項です。今回、パートナー選考において彼女たちを選んだのには理由があります。それを今お教えすることはできませんが、一つだけ確かなことは、なんの考えもなしに彼女たちを選んだわけではないということです。」
「ですが!」
「もう一度言います。決定事項です。大丈夫ですよ。自信を持ってください。あなたがいれば大丈夫です。少なくとも我々はそう判断したのです。」
結局、その後も食い下がっては見たものの、決定が覆ることはなかった。
このまま話しても何かが変わることは期待できなかった。
それはアルフレッドに抗議しても同じことだろう。
とりあえず臨時講師用に与えられた自室に戻ることにした。
自室に入り、椅子に深く座り、目を閉じ、気持ちを整理することにした。
どれだけ考えても何を根拠にそんなに期待されているのか検討もつかなかった。
できることなら、この任務を今からでも辞退したいところだった。
しかし、「半身」が関与している可能性が高い以上、いかなる状況でも私はこの任務を辞退するわけにはいかないということだけは確かであった。
辞退はできない。
現状も変わらない。
ならば、私に残された道は、覚悟を決め、現状を受け入れ、与えられた状況の中で任務を遂行するということだけだった。
覚悟は決まった。やるしかない。
しかし、不安はなお押し寄せてくる。
いてもたってもいられず、なにかないかと考えていたところ、私はレイから渡された書類の入った封筒の存在を思い出した。
私は、少しでも不安を和らげる助けになればと再び封筒の中の書類に目を通すことにした。
エリカ=バックストロム(フランシスカ寮)
フウ=アルマ(フランシスカ寮)
ミミ=ユングステット(フランシスカ寮)
ミオ=ブライトマン(アイリーン寮)
アンジェ=ガガーリナ(アイリーン寮)
ラズベル=クレール(アイリーン寮)
カトレア=ローズ(エリザベート寮)
リリー=オルコット(エリザベート寮)
マリー=オルコット(エリザベート寮)
書類には、それぞれ彼女たちの特徴や数値、覚醒状態などについての情報が書かれていた。
しかし、そんなものはあくまで紙上の話に過ぎないと思った。
そもそも特別数値が良いというわけでもなかった。
ただ一つこの書類からも確かなことは、彼女たちが紛れもなく、未だモカデミア必修在学年度生であるという事実であり、しかも、まだ1年生であるという事実であった。
不安を和らげられればという私の願いも虚しく、書類に目を通し終わった後、むしろ不安は増す一方だった。




