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<4>

 ホントに、つまらないことで時間を潰してしまった。こういうのを時間の浪費って言うんだろう。

 そういうことを言い出したら、そもそも学校に来ていること、授業を受けていること、教師や他の生徒と一緒にいることが全て、時間の浪費ではあるんだけどさ。

 それにしても、愚かな失敗をやらかしてしまったよ。僕の人生に学歴が不要だからって、白紙の答案はマズかったよな。

 テストはちゃんと受けて、偏差値のいい高校に入学することだけを拒否して、それで職人になればいいだけなのに。

 もう二度と、あんなバカな真似はしないよ。

 あまり問題を起こしていたら、職人になるという将来設計には、むしろマイナスになるかもしれないし。


 伝統を引き継ぐ職人なんて、稼ぎは少ないかもしれないけど、それは別にいいんだ。生活できる程度の金さえあれば、それで充分だ。

 僕はお金を稼ぐことには、何の興味も沸かないんだよね。金持ちになりたいとは、これっぽっちも思わないんだ。

 金持ちなんて、ロクなもんじゃないよ。生まれついての金持ちは違うのかもしれないけど、成金はダメだね。性格が歪んでる奴とか、やたらと偉そうな奴とか、とにかく嫌な奴ばかりだと思うんだよね。

 偏見かもしれないけど、そんなイメージがあるんだ。


 そのイメージを僕に強く植え付けたのは、安岡って野郎だ。

 安岡は一流大学を出て会社を興し、大きく成長させた実業家で、だから成金ってことになる。

 あいつは頭の上に豆電球が付いていて、昼でもピカピカと光らせているんだ。両方の耳に装着した単四電池で、それを光らせている。

 まだ安岡は30代前半で、いわゆる青年実業家って奴だ。良く考えると30代なのに青年ってのは妙なんだけど、でも世間的には、そういうことになってるんだよな。

 っていうか安岡は青年か大人かっていうことじゃなくて、分類するならクソ畜生になるんだけどさ。


 安岡は、いつもブランド物に身を包んで、高級外車を乗り回している。

 でも、そんなのは別にいいんだ。高い酒を飲もうが、大きな家に住もうが、自分が稼いで金を使っているんだから自由だ。

 問題は、奴の心にある。安岡って奴は、明らかに庶民を見下しているんだよ。いつも偉そうなんだ。

 そして、何でも金で解決しようとする。だから評判も悪い。評判だけじゃなくて、実際に奴がしでかした悪行を知っているんだ。


 安岡は最近まで、ユキさんと付き合っていた。

 ユキさんはウチの近所に住んでいる女子大生だ。背中からハスとアジサイとユリの花が何十本も飛び出していて、それが後光のような形になっている。

 清楚で聡明で、もちろん欠点もあるんだろうけれど、僕にとっては一部の曇りも無いように見える。

 ユキさんが安岡との交際を始めたのは1年ほど前で、その時から僕は嫌な予感がしていたんだ。ユキさんと安岡は、釣り合いが取れていないような気がしたからね。

 何がどうって具体的には言えないけど、雰囲気で伝わるモノってあるんだよ。


 それに、その頃から安岡が金持ちを鼻に掛けているような態度は見られたし、嫌な奴だという印象は受けたからね。

 そんな奴とユキさんが付き合うなんて、どう考えても納得いかなかった。ユキさんには、もっとふさわしい相手がいるんじゃないかって思ったんだ。

 だけどユキさんは安岡の恋人になって楽しそうだったし、本人が満足しているなら、他人がとやかく言うことじゃない。

 特に僕なんかは、ただ近所に住んでいる中学生というだけの存在だから、何を言う資格も無い。


 だから、僕は自分の予感が外れてくれることを期待した。安岡が意外に優しくて性格のいい奴だったら全て丸く収まるんだから、そうであればいいなあと思った。

 でも、そんな淡い期待は、あっさりと打ち砕かれたんだ。

 安岡はやっぱり嫌な奴だったし、ユキさんと奴の関係は終わりを迎えた。

 永遠に続く関係の方が珍しくて、男女関係が壊れることなんて良くある。だから、ユキさんと安岡が別れることになっても、それは別に悪い結果じゃない。

 ユキさんにとっては悲しいかもしれないけど、僕からすると歓迎すべきことだ。

 たぶん僕だけじゃなくて、ユキさんの両親も喜んだんじゃないかな。娘の交際に、賛成していなかったみたいだからね。両親も、安岡が嫌な奴だって分かっていたんだろう。

 いや、両親に限らず、ユキさんを除けば、彼女の周囲の面々は、みんな安岡を嫌っていたと思うな。


 ユキさんの方から愛想を尽かして別れるのが理想だったけど、別れを切り出したのは安岡だった。

 だけど悪いのは安岡なんだよ。だって、他の女と二股を掛けていたんだ。っていうか、そっちが本命で、ユキさんとは軽い遊びのつもりで付き合っていただけだった。

 それで、そのことをユキさんが責めたら、

 「めんどくさい奴とは付き合えない」

 って彼女を捨てたんだ。

 ようするに、酷い言い方だけど、ユキさんは弄ばれたってわけだ。


 それだけじゃなくて、安岡って奴は、女と別れる時の行動が最低なんだ。

 いきなり百万円を出して、

 「手切れ金だ」

 と言って無造作に渡したらしいんだ。

 「これだけあれば充分だろ。もうキッパリと別れてくれ。今後は赤の他人だからな」

 って、そう言い放ったらしいんだ。


 まず二股の時点で問題はあるけど、それは置いておくとしても、いきなりお金で解決しようってのが腹立たしいじゃないか。

 お金じゃなくて、まずはユキさんを傷付けたことを謝るべきなんだよ。陳腐な表現かもしれないけど、大事なのはお金じゃなくて誠意なんだよ。

 まあ遊び感覚でユキさんと付き合っていたんだから、その時点で誠意なんて無いんだけどさ。

 後から聞いたけど、安岡ってのは絶対に謝罪の言葉を口にしないらしい。仮に自分が悪いと思っていても、謝ったら負けだから絶対に謝らないっていう哲学を持っているらしい。

 彼はアメリカ留学していたみたいだけど、そういうのもアメリカ流なのかね。だとしたら、アメリカを憎むよ、僕は。


 ユキさんは安岡にベタ惚れだったから、冷たい仕打ちを受けて、すごくショックを受けたみたいだった。聞いた話だと、その日はずっと泣いていたらしい。

 安岡みたいな奴と別れて良かったと、僕なんかは思うけど、本人にしてみれば、そうは考えられないんだよね。

 その後もユキさんは安岡のことを引きずっていて、何度か会いに行ったらしい。でも、冷たく追い払われて、また落ち込むってことを繰り返している。

 ユキさんが安岡みたいな奴に固執するなんて、歯痒いったらありゃしないよ。どうして、あんな奴への未練を断ち切れないんだろうか。早く忘れて、以前のように明るくなってほしいのに。


 僕はユキさんのファンだから、ユキさんが悲しそうにしていると、こっちまで暗くなってしまうんだよね。

 だけど、僕がユキさんにしてあげられることなんて、何も無い。

 例えば、

 「安岡のことなんて忘れようよ」

 と励ましたとしても、神経を逆撫でするだけだろう。

 そういう時、どんな風に声を掛ければいいのか、僕には全く思い付かない。そして声を掛ける以外に、何をすればいいのかも分からない。

 失恋した女性を元気付けるには、まだまだ人生経験が不足しているんだ。


 そもそも僕は、恋愛感情というものが分かっていないんだ。今まで、特定の女性を本気で好きになったことも無いしね。

 中学校にも見た目がキレイだと思う子がいないわけじゃないけど、じゃあ彼女と親しくなりたいかっていうと、そういう気持ちは沸いてこないんだよね。キレイだって思うのと、恋愛感情は、全く別のものだ。

 大体さ、同年代の女ってのは、ほとんどがロクな奴じゃないんだ。あいつらは何かと言えば、すぐに「カワイイ」って口にするだろ。僕は、あれが大嫌いなんだ。

 小動物を見たり、何かのマスコットキャラクターを見たり、そういう時に言うだけなら特に気にならないよ。でも、例えばグロテスクな生物とか、何の飾り気も無い文房具とか、どう考えたって可愛くない対象を見ても、あいつらは「カワイイ」って言うんだ。

 この前なんか、牛糞の作り物を見て「カワイイ」って言った同級生もいた。バカじゃないのかと呆れたね。


 あいつらの言う「カワイイ」は漢字でもなく平仮名でもなく、カタカナで「カワイイ」なんだ。ニュアンスとしては、そういうモノなんだ。本気で可愛いなんて思ってやしないんだ。ボキャブラリーが貧困で、上手い表現が見つからないから、なんでもかんでも「カワイイ」で済ませてしまうんだ。

 それと、もう一つは、「カワイイ」と言っている自分が可愛いんだってことを、アピールしたいんだろう。

 だけど残念ながら、そう言ってる時の女子は、いつにも増してゲスい奴らに見えるんだけどね。


 後は、「ウケる」っていう言葉も、やたらと使いたがる。こちらも「カワイイ」と同じで、なんでもかんでも「ウケる」「ちょーウケる」とか言いやがる。

 そんなに面白がっていなくても、口だけは「ウケる」って言ったりするんだ。

 そもそも、あいつらは面白いかどうかっていう基準で判断するようなことじゃない時でも「ウケる」と言ったりする。

 クラスの女子連中が連続強盗事件のニュースに対して「ちょーウケるんですけど」って言ってた時には、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったね。

 そんな奴らに恋愛感情を持てるはずなんか無いんだよ。恋愛感情という以前に、あいつらには生きる価値が無いからね。


 同級生に恋愛感情が沸かないとしても、ユキさんはどうなんだって思うかもしれないけど、それも違うね。

 そこにあるのは、ファンとしての感情だ。例えばテレビでアイドルを見て「いいなあ」と思うとか、そういうのと同じ感情なんだ。

 僕はアイドルや女性歌手に夢中になったことは無いけど、ユキさんへの気持ちが恋愛感情じゃないってことぐらいは分かる。

 だって、ユキさんの幸せは願うけど、自分が付き合いたいとは思わないからね。


 恋愛感情を分かっていないと言うよりも、信じていないと言った方がいいのかもしれないな。

 僕は、愛ってのは基本的に無償であるべきだと思っているんだ。つまり、見返りを求めず、相手に全てを捧げるってことだ。

 だけど男女の付き合いを見ていると、浮気に嫉妬したり、プレゼントのお返しを望んだり、そういうことが良くある。それって、無償の精神からは外れていると思うんだ。

 だからって、無償の愛を捧げられて、それを何とも思わない奴には、無償の愛を受ける資格なんて無いと思うけどね。

 つまり安岡みたいな奴には、無償の愛を捧げる価値が無いってことだ。


 無償の愛を捧げる価値のある二人が、互いに愛を捧げ合うのが理想じゃないかって思うんだけど、そんなのは難しいだろうな。それに、そんな男女は、少なくとも僕の周囲には見当たらないよ。

 それを考えると、恋愛ってモノを信じる気になれないんだ。ユキさんと安岡の一件があって、ますます恋愛への不信感は強くなったし。

 今までで唯一、理想の恋愛の形じゃないかって思えたカップルがいるんだけど、それはゲイのカップルだった。その二人は、互いのことを思いやっていて、ホントに魅力的だなあと思わせてくれた。

 ひょっとすると、男女の関係よりも同性愛の方が、僕の理想に近いのかもしれない。

 だけど僕はゲイじゃないから、そうなると僕が恋愛を信じられるようになるのは、しばらく先になりそうだ。もしくは、ゲイに目覚めるのを待つしかないのかもね。

 だからって、積極的にゲイになりたいとは思わないけど。


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