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朝のホームルームになって、担任の男性教師は明日の課外授業のことを軽く説明した後、いつものような弁論モードに入った。
彼はいつも、ホームルームで偉そうなことを弁舌するんだ。
タメになるような含蓄のある言葉を吐いて、それで生徒の心を掴もうっていう狙いがあるんだろうな。
ウチの担任は、いつもキツネの面で顔を隠しているんだ。それで頭の上には木の葉を乗せている。
何かあったら、すぐに呪文を唱えて、煙に包まれて消えてしまうんだ。
そのキツネは、今日は読書の大切さに関して色々と喋った。
内容は全く頭に入ってこなかったけど、どうせ大したことは言っていないだろう。
それに、他の生徒も真剣に聞いている奴なんて、たぶん一人もいない。みんな適当に聞き流していて、キツネが自己満足に浸っているだけだ。
自分に酔いしれながら語ったキツネの、今日の決め台詞は、
「人生で大切なことは、全て書物の中に記されている」
という言葉だった。
それを言った直後、ちょっとニヤけた表情がこぼれたけど、自分としてはバッチリ決まったと感じたんだろうね。
大根役者の三文芝居に付き合わされる、こっちの身にもなってほしいもんだよ。
大体さ、人生で大切なことは書物の中に記されているとして、だから何なのかって思うんだよね。そうだとして、だから本を読むべきだという論法は、成立しないよ。
そりゃあ人生に大切なことは本に記されているかもしれないけど、映画にも描かれているだろうし、毎日の暮らしの中で発見することもあるだろう。
だから、読書をしなきゃ見つからないわけじゃないと思うんだ。
別に僕は、読書が嫌いなわけじゃないよ。むしろ、同級生の中では読書家に入る部類だと思う。図書室にも足繁く通って、色んな本を読んでいるからね。
でも、そんな僕だけど、キツネの主張には賛同しないね。
僕は、人生で大切なことを得るために本を読んでいるわけじゃないし、読書によって人生で大切なことを教わったという印象も無い。
むしろ、
「そんな気持ちになるのは変じゃないか」
とか、
「その主張は納得いかないな」
とか、そういう風に首をかしげることもあるしね。
僕にとって読書っていうのは、ただの暇潰しに過ぎない。他にやることが無いから、本を読んでいるだけなんだ。
書物なんて、他に暇潰しの道具があったら、別に無くたって困らない。その程度の物だ。
それを、さも価値の高い物のように言われても、相手にしていられないね。
それにさ、キツネは悦に入っているみたいだけど、あいつの言う言葉は、全て借り物なんだよね。
今回の言葉は、どこかで聞いたことがあるなあと思ったんだけど、確かテレビ番組でタレントが同じことを言っていたよ。
キツネは今回だけじゃなく、ある時は映画から、ある時は書物から、あらゆる所から名言を引っ張り出して、それを引用しているんだ。
別に引用するのは、悪いことじゃないよ。だけどキツネは、
「この言葉は、ある人が言った名言で」
とか、そういうことを説明しないんだよね。まるで自分の言葉であるかのように、それを使うんだ。
ただ、どうやらキツネは、名言を言おうとして書物を調べたり、そういうことをしているわけじゃないみたいだ。
たまたま自分が読んだ本や、自分が見た番組の言葉に引き付けられて、それを拝借しているってことらしい。
ようするに、ものすごく影響されやすいんだ。信念ってものが無くて、すぐに流されてしまうんだ。
良く言えば柔軟性があるってことになるのかもしれないけど、それは良く言いすぎだろうね。
他人の意見に影響されやすいから、キツネは1ヶ月前と全く逆の意見を、平気で口にすることもある。
昨日のホームルームで
「過去を振り返るより、未来だけを見て歩いていけ」
みたいなことを語っていたけど、確か数週間前には
「時には立ち止まって、人生を振り返ることも必要だ」
って語っていたからね。
ホントに適当なんだよ。だから真剣に聞いていたら、生き方がグチャグチャになってしまうのさ。
大体さ、あいつは借り物の言葉で偉そうに説教しているけど、中身が全く伴っていないんだからね。
口先だけで魅了しようなんて、生徒を甘く見すぎているよ。行動の伴わない教師なんて、誰が付いて行こうと思うもんか。
キツネはクニがイジメを受けていることなんて、とっくに知っているはずなんだ。だけど、知らないフリをしている。だからイジメは続いているんだ。
そんな奴の言うことなんて、真面目に聞いていられないよ。
きっとキツネは、面倒なことに巻き込まれたくないんだろう。だからイジメから目を背けているんだろう。
でも、それを非難するつもりはないんだ。学校の先生なんて、そんなものだからね。
最初から期待していないから、落胆もしない。
どうせキツネに出来ることなんて、化けることと、消えることぐらいだもんね。