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東風  作者: 都の辰巳
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荒海 其の三

「なにが許婚だ!どいつもこいつも、雁首揃えて何をやってた!この役立たずどもが!」

その怒鳴り声に、大の荒くれ男が当然来るであろう鉄拳を予想して、首を竦めた。

彼がどれほど怒っているか、長い付き月日の間で嫌というほど知っている。

しかし、聞こえたのは僅かなため息。

「それで、頼んで置いた物は?」

話題が逸れた事に男達はほっと胸を撫で下ろす。

「揃ってます。」

応えたのは他の男達とは様子が違う、細身の身奇麗な人物。

出で立ちは役者といっても通る美丈夫。


「明日、此処を経つ。できれば今夜連れ出したかったが、あの騒ぎでは船に辿り着けそうになかったからな。」

「逃げ出すとは、思い切ったことをしたもんですね。その後の様子はどうでした?」

「教えた通り、迷子だと云っていた。それで一様納まったようだ。

警備がきつくなった気配もなくて、一安心だ。」

「怒ったのでしょうね、迷子と云わされて。」

「ああ、まったく。記憶はないくせに、変なとこに拘って。あいつの方向音痴は天性の才能なんだろうな。」

「明日のためにも、少し休んでくださいよ。準備にあと数時間は掛かる予定ですから。」

「余計な世話だ。」

「肝心な時に何かあれば、この一ヶ月の苦労を全て無にするだけでなく、またあの子を危険に晒すことになるんですよ。」

「痛いところを衝くな。」

「準備が全て整ったら、起こして差し上げますから。」

「わかった、頼む。」


部屋へ向かう途中で、リュウを振り返った。

「あいつの髪が、また短くなっていた。」

聞いたとたん、リュウの顔が気色ばむ。

「切られたんですか!」

「いや、自分で切ったんだろう。」

ザンの足がある部屋の前で止まった。

「どうしたんです?」

「ああ、いや・・・」

窓辺に置かれた梅の鉢に、リュウも気づく。

最後の花が散り、朱の花弁だけが名残となっていた。

「今年は花付きが良いと、咲くのを楽しみにしていたのに。」

出るとはなしに、ため息が洩れた。


近づいたと思うと、蜃気楼のように手の届かない所へ遠のいている。

次々に売っては買われ、見つけては又見失う。

この2ヶ月は、その繰り返しだった。

「さあ、見つけたんですから。取り戻すんです。」

「当然だ。」



「付けられてますよ。」

行きかう人でごった返す街の通りを歩きながら、リュウが困ったように告げてくる。

「わかってる。」

ザンも当にそれには気づいていた。

「どうにかしなくていいんですか?なんでしたら、あたしが行きましょうか。」

「先に行ってくれ、すぐに追いつく。」

「時間はまだあります。なるべく穏便に。」

「それはあっちの出方による。」

「またそんな言い方をする。」

「行ってくれ、片付けて来る。」

そういい残し、蒼龍と別れた。

その後姿を見送って、彼は小さく息を吐く。

ただで済むはずがない。


慌てたように足を早めたその姿を確かめ、

ザンは背後から近づき腕を掴むと、細い路地へと相手を連れ込んだ。

「なんのつもりだ、あこや。宿で待てと云っただろう。どうして、おれの云う事が聞けない!」

幼子を叱り付けるように怒鳴った。

「どうしていつも、私だけ置いていくの?」

「こんな所をうろついていれば、誰かの目に留まる。噂になればあって間に、広がるんだ。

邦から遠いといっても気を緩めるな。」

「この人たちの意識に、白銀の鬼はいない。

それにこの通り髪は見えないように結い上げたし、傘で顔も隠れてる。」

「この国全部の人間の意識を探ったのか?船で出入りする連中もいるぞ、山を越えてやってくる者もいる。

そういう連中全部を探ったか?

そうじゃないだろう、声を選別したはずだ。父親や兄の声を聞かなかったように。」

「あの人達の話は、もうしないはずよ。」

「ただの例えで目くじらをたてるなよ、安全ではないと云いたいだけだ。」

「危険とは限らない。」

話は平行線のままだ。リュウは時間は有ると言っていたが、とてもそれでは間に合わない。


「お前がどうのという前に、店に来るのは荒くればかりで何が起こるか分かったもんじゃない。だから、宿に居ろと云ってるんだ。」

「今夜だけは私も行く、今夜だけでいいのよ。」

「だめだ、帰れ。」

「声も出さなければ、姿も見せない。貴方の足で舞い問いにならないようにする。」

歩き出そうとする彼女の腕を掴み、押し留めた。

「自分の立場を弁えろ、決めるのはお前じゃない。」

「約束が違うわ、ザン。貴方は私に自由をくれると云った。なのに、宿から出るなという。

これでは邦に居た時と何も変わらない。」

「どう思おうとお前の勝手だ。だが、おれの船に乗っている限りは、おれの命令に従ってもらう。

おれが戻れと云ったら戻るんだ。」


痛みと憎しみの篭もった目が、ザンに据えられた。

云い過ぎたとは思った。

だが、もう遅い。

「わかりました、宿へ帰ります。」

「送ってやる。戻る気になったのに迷子では困るからな。」

「やめて、ザン。その通りに出れば宿の看板が見える。迷子になるような距離じゃない。」

「待て、あこや。」と着物の端を掴んだ。

「お前の方向音痴は才能だ。これまで街へ出て、迷わなかった験しがないだろう。

宿ですら、一度で部屋へ戻れたことがないじゃないか。」

「手を離して。」

「だめだ、お前が宿へ入るのを見届けるまでは安心出来ない。」

「私を誰かに取られるかも知れないから?私の力を知れば、みんな欲しがるのでしょ。いっそ高値で売ってしまえば?」

「子供みたいに駄々を捏ねるな。」

「貴方はお父様たちと同じ、私を守る為といって本当は盗まれないようにカギをかけるのだもの。

それとも高値になるよう待っているのかしら?」

「いいかげんにしておけ。」

「腹が立った?それは図星だったからかしら。」


「お前を売る気など、これっぱかしもない。お前もそれは承知しているだろうに。」

応えたあこやの目は、反抗心に輝いている。

「他の人達は違う。」

これほど冷たいあこやの声は聞いたことがなかった。

「どういう意味だ?」

「全員があなたと同じ考えではないということよ。私を売れば甲板掃除ともおさらば出来る。

それどころか自分の船だって持てるでしょう。一生遊んで暮らすことも夢ではなくなる。」

「そんな奴らじゃない。」

「それが本音なのね。あなたにとって仲間は彼らだけ、私を信じてさえくれない。

はっきり云えばいいのよ、私は厄介なよそ者のお荷物だって。」

声は静かだったが、今にも泣き出しそうでもあった。

「それなら云うが、お前があの船に馴染もうとしたことがあるのか?」

「私を見る目はいつも同じ、嫌悪と畏れ。とても近づけやしない。どうやって、馴染めというの。」

「あいつらは古い船乗りなんだ。船に女が乗っていると不吉だと本気で信じてる。

それはどうしようもない、体に染み付いて消せないもんなんだ。」


「それなら、今すぐ私を放り出して。」

「そんなことができる筈ないだろう。」

半ば、ザンはこの争いに嫌気が差してきた。

話はいつも堂々巡り。

生まれが生まれだけに、あこやは自分が折れるということをしない。

その上、言動も行動も感情的で子供じみてくる。

「出来ないのではなくて、しないだけでしょう。タダ飯食いをいつまでも置いておくあなたに、みんな反感を持ち始めてるのよ。

反乱が起きる前に私を降ろせば、あなたもほっと出来るでしょうに。」

「それができりゃあ、せーせーするさ。こうしてお前の屁理屈を聞くために、時間を無駄にしなくても良くなるしな。

他人の頭の中に土足で踏み込んで、こっちの迷惑もお構いなしに、何でもかんでも穿り返してくれるからな。

楽しいことも考えられやしない。」

「彼らの考えていることなど、私は見たくも無ければ知りたくも無い。どうせ陸に上がれば呑んだくれることと、場末の女の不潔な寝床に潜り込むことしか考えていないじゃないの。あなただって、あの赤毛の人の所へ行きたいくせに。」


「おれ達は人様に胸を張って褒められるような人生は送っていないが、

他人の生活を覗き見て非難するお前は、あいつ等以下だ。」

平手打ちでも食らったように、あこやがたじろいだ。

憎まれ口が返ってくるものと思っていた。

しかし・・・

「私は邦を出るべきではなかった。」

後悔が聞き取れた。

今更、とザンは腹立たしくなる。

「勝手にしろ!迷子になっても知らないからな。」

「迷子になったら、他の誰かが拾ってくれる。私を欲しがる人なら大勢いるから。」

それを機に、彼はあこやに背を向けた。




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