椿
手入れの行き届いた屋敷の庭に、女が立っていた。早春の装いである。
「今年も咲いたのね」
と、女は庭の一角を見ながら苦々しげにいった。
「そう毛嫌いするもんじゃないよ」
縁側の姉にもそれが聞こえたのだろう。穏やかだが、たしなめるような口調であった。
女は威厳を失わない程度に微笑みを返した。
「あの株を植えたのって、美紀子さんだったかしら。あてつけがましいったら」
「そんなはず無いでしょう。単に椿が好きだったってだけのことよ。それに、美紀子さんがそんな迷信を知っていたとは思えないよ」
「ふん。そうかしら。あの女の性根の悪さを、お姉様はご存知ないからそんな風におっしゃるんだわ。お父様が亡くなられたのだって、もしかしたらと私は思っているんですのよ」
すっと、姉の目が細くなる。
「滅多なことを言うものじゃないよ」
「あら。お姉様。わたくし迷信のことを言っているのよ? 何をそんな怖い顔、なさってるの」
「絵津子……姉をからかうものじゃありません」
「わかっていますわ。お姉様。もちろんね。増上寺家から籍を抜いた方の話ですものね。もう、これっきりにいたしますわ」
軽やかに笑う絵津子の後ろで椿の花が、ボトリと首から落ちて庭に転がった。
2009年3月発行の『言葉の断片集③』より転載。
一瞬に特化した作品。




