序の巻 流星を追って―夕暮れの出来事―
昔々、それこそ”江戸”と呼ばれていた時代。
夕暮れの川原で、正確にはその土手で寝そべっている人影がひとつ。
その人物の装いは、紺色の着物に灰色の袴。当時では平均的な髪型である髷。腰元には刀が差してある。
サムライと呼ばれた人々の格好をしたその人物の名は志士 一筆と言う。
歴史にこそ名を残してはいないが、それなりに有名な剣豪である。
そんな彼は、流れ侍と呼ばれる君主を定めない方式の武士で、この日も夕焼けを眺めながら平和な一日を過ごしていた。
「早いもんじゃのう・・・・・・。神代様が亡くなってから随分と平和になったもんじゃ。」
神代とは一筆が仕えていた大名の名である。
大名 許斐 神代。
彼の治めていた許斐という国は、小さくはあったが、民や家臣たちからの信頼は篤く、神代自身温和で決して威張らない性格であった。
民や家臣のことを一番に考えて行動する。実にいい大名だったそうだ。
しかし、ある日。江戸の将軍が代替わりした際
「我が国に小国などいらなんだ。」
と神代の国を攻め落とし、今の江戸の一部とした。
民を一番に思う神代は犠牲を最小限に抑える為、最初は抵抗したが最後には降参した。
例え、その結果自身の命を奪われることになっても、だ。
神城の娘や妻はその美しさを見初められ、江戸に連行されたが、その後どうなったのかは定かではない。
家臣たちも散り散りになり、一筆も今や流れの身である。
そして、そんな自分たちの平和を奪った男が居るこの都が一筆は憎かった。