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悪徳貴族と服従の杖

作者: くものす

 床には赤地に金色の刺繍が万遍なく施された絨毯が敷かれ、壁には服を着た豚が描かれた巨大な絵が飾られている。配置された調度品のほとんどが金色という悪趣味な部屋で、2人の男が話している。

 1人は壁に飾られている豚の絵にそっくりな太った男である。金色のソファーに尊大な姿勢で腰かけたその男は、絨毯と同じような赤と金の豪華な服を着て、顔以外の肌が見えないほど装飾品を身につけている。この屋敷の主人であるこの男は、領民に重税を課し自分は贅沢な暮らしをする悪徳貴族だ。先代の死によって彼が領主の役目を引き継いだ途端に領地は荒れ始めたが、本人はまったく気にしていない。

 貴族と向き合っているもう1人の男は、貴族の男とは対照的に痩せた体にシンプルながら品の良い服を纏い、装飾品も必要最低限である。例え王族との謁見に出ても問題なさそうな姿だが、この部屋では彼の方が浮いてしまっている。彼は貴族の父親の代から懇意にしている商人である。


 「旦那様こちらが例の杖でございます」


 商人の男がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、2人の間にあるテーブルの上に置かれている、どこにでもありそうな20㎝くらいの木の棒を指して言う。すると貴族はその脂ぎった手で杖を手に取り、様々な角度から眺める。


 「これが以前話していた服従の杖とやらか……普通の木の棒にしか見えんな。本当に強力な力を秘めておるのか?」


 「そのような見た目をしていますが、その杖が様々な魔物を使役することができる強力な魔道具であることは間違いございません」


 この杖は、遺跡の探索などを生業とするトレジャーハンターから、商人が買い取ったガラクタの中にたまたま・・・・紛れ込んでいたものだ。そのことを知っている貴族にこれ以上不信感を持たれては、買って貰えないと焦ったのか、商人は冷や汗をぬぐいながら片手で持てるサイズの檻を机の上に置く。檻の中では目が赤く、角の生えたネズミのような生き物が暴れている。クレイラットと呼ばれる小型の魔物だ。


 「ご自身の目で効果をお確かめになりたいかと思いまして、こちらにクレイラットを用意させて頂きました。その杖の先端――先が細くなっている方を対象に向け、【キヒクェフィブヒィ】と唱えると、対象を使役することができます」


 「貴様はわしの邸宅にそのような小汚い魔物を持ち込めば、どうなるか分かっていない訳ではあるまい。相当の自信があるようだな……今、謝れば許してやらんこともないぞ?」


 貴族の言うとおり、もしこれで杖が偽物だったりすれば、いくら先代から懇意にしている商人といえど、生きては帰れないだろう。しかし、当然、商人は偽物など持ってきていないため、絶対の自信がある。最後のチャンスを与えたつもりでいる貴族は、しかし、それでも動じない商人を一瞥すると、クレイラットに杖を向けた。


 「キヒクェフィブヒィ」


 商人は、なかなか様になっているな、と思いつつ檻の中のクレイラットの様子をみる。特に外見的な変化は見られない。しかし、先程まで暴れまわっていたのが嘘のようにおとなしくなっている。そのことを確認すると商人は口を開いた。


 「何か命令して頂けますか?」


 「む……では、その場で3回、回れ」


 すると、檻の中のクレイラットは自らの尾を追い掛けるように3周回る。


 「ふむ、なかなか面白いではないか。では、檻から抜け出してみよ」


 貴族にも商人にも分かりきっていることだが、檻から抜け出せるわけがない。抜け出せてしまっては檻の意味がない。しかし、クレイラットは頭を檻の隙間にねじ込むと体をよじって檻の外に出ようとする。頭が檻の外に出て首の当たりに差し掛かると、いよいよ進まなくなった。しかし、それでも檻から抜け出そうと激しく暴れる。そしてついにはボキリという嫌な音がして、クレイラットは動かなくなってしまった。

 その様子をニヤニヤしながら眺めていた貴族が口を開いた。


 「気に入ったぞ、いくらだ」


 「金貨10枚と言いたいところですが、旦那様には日頃から懇意にして頂いております。金貨8枚でいかがでしょうか?」


 「いいだろう」


 貴族は部屋の外で待機していた執事を呼びつけると、金貨を持って来させた。


 「金貨8枚、確かに頂きました。今後ともお引き立てのほど、お願い致します」


 商談がうまくいった商人は笑みを浮かべながら、檻を回収して立ち上がり出口に向かう。

 ドアに手をかけた商人はふと振り返って、貴族に向き直る。


 「どうした? まだ何かあるのか」


 「いえ、旦那様なら大丈夫かとは思いますが、その杖、決して人には使わないでください。不幸なことが起こりますので」


 「なに、心配するな、そのようなことはせぬ。要件がそれだけなら、もう帰ってよいぞ」


 その言葉を聞いて安心したのか、していないのか呆然としている執事に一言「よろしくたのむ」と言ってと商人は帰っていった。貴族は部屋から出ていく商人を見送りながら、そうえいば商人の紹介で今の執事を雇ったなどという、どうでもいいことを思い出していた。

 

______________


 商人が帰ると貴族はすぐさま出掛ける準備をして、数十人の私兵となぜかついてきた執事を引き連れ近くの森にやってきた。杖の力をもっと試してみたくなったのだ。

 森の中で適当な広さの空き地を見つけると、貴族は引き連れてきた私兵達に向かって指示を出す。


 「半分はここに残りわしを守れ! もう半分は魔物を探してこの空き地まで連れてこい!」


 指示を聞くと、執事が私兵達を2班に分け1つは貴族を警護に当たらせる。もう1つの班はさらに数人づつのグループに分けて魔物探しに向かわせる。装飾過多な金色の鎧を纏った私兵が、バラバラと魔物探しに向かったのを見届けた執事に上機嫌な貴族が声をかける。


 「お前は来る必要ないと言った筈だが……余程この杖に興味があるのだな。そうならそうと素直に言えばいいものを」


 執事は、つい先程も碌な指示を出せなかった人が……と内心ため息を吐きつつ笑顔で返答する。


 「旦那様は私がいないと何もできませんからね」


 「……今、なんと申した」


 執事の発言に驚いた私兵たちが固唾を飲んで見守る中、ついつい思っていたことを口に出してしまったことに気がついた執事は、慌てて取り繕う。


 「いえ、私もその杖には大変興味があります、と申し上げました」


 「そうであろう、そうであろう」


 どうやら、最初の発言は本当に聞こえていなかったらしく、貴族は上機嫌なままで、執事の首も胴体と離れ離れにならずに済んだ。

 そうこうしていると、ガシャガシャと耳障りな音が聞こえてきた。空き地で待機していた一行が音のする方に目を向けると、木々の合間から光を反射する金の鎧がチラチラと見え隠れしている。どうやら、魔物探しに出かけた私兵がこちらに向かって走っているようだ。その背後には私兵を追い掛ける2匹のゴブリンの姿も見える。


 「どうやら、ゴブリンが来るようです」


 主人がゴブリンの存在に気が付いていないかもしれないと思った執事は一応報告する。

 

 「見えておるわ! 最初の獲物としては悪くないな」


 そう言ってニヤニヤ笑いながら、杖を撫で回す。

 話している間にもガシャガシャという音は大きくなり、私兵が空き地に飛び込むと一拍遅れてゴブリンも空き地に飛び込んでくる。

 空き地に飛び込んだゴブリンは、自分たちが人間の集団の中に飛び込んでしまったことに気付き、戸惑っている。その隙を突き普段では考えらえない素早さでゴブリンに杖を向け、呪文を唱える貴族。


 「キヒクェフィブヒィ!」


 すると1匹のゴブリンの目が虚ろになり、武器を持つ手をだらりと下げた。


 「どうやら同時に術をかけることはできないようだな」


 「そのようですね……ところで術が効かなかった方のゴブリンはどういたしますか?」


 「ふむ……隣のゴブリンの首を刎ねよ」


 少し考えた後、貴族がゴブリンに命令するとゴブリンはおもむろに錆びついた剣を振り上げ、隣のゴブリンの首に叩きつけた。杖の支配下に置かれなかったゴブリンは、まさか仲間から攻撃されるとは思っていなかったのか、防御する間もなくまとも斬撃を受ける。

 首は切断されなかったものの、致命的なダメージを負って倒れるゴブリン。しかし、杖の支配下にあるゴブリンは命令を果たそうと死んだ仲間の首にさらに剣を叩きつける。

 その場に居た私兵の多くがその光景から目をそらす中、再度ガシャガシャと耳障りな音が空き地に近づいてくる。先程とは別の衛兵が広場に飛び込んでくると同時に空から舞い降りてきたのは、翼が生えた狼だった。

 

 「む……あれはなんだ?」


 貴族が執事に問いかけると、執事は笑顔で返答する。


 「あれはです」


 「話に聞く狼とはずいぶん違うようだが?」


 「最近の狼はあんなものです」


 「ふむ……まあよい。あの狼を攻撃せよ」


 周りの衛兵たちが戸惑う中、執事の適当な返答に納得した貴族はゴブリンに命令する。

 命令をを聞いたゴブリンは武器を振り上げ、翼の生えた狼に襲い掛かるが攻撃は避けられ、鋭い爪によるカウンターで脇腹を抉られて倒れる。


 「狼とは魔物ではなくただの動物だと聞くが、なかなかに強いではないか」


 そう言った貴族は翼の生えた狼に杖を向け呪文を唱える。


 「キヒクェフィブヒィ!」


 杖の支配下に置かれた翼の生えた狼は、ゴブリンと同じように目が虚ろになりその場に座り込んでしまった。

 それを見た執事が口を開く。


 「魔物だけでなく動物にも効果があるということは、人間にも効果があるのかもしれません」


 「なに! そうか、ぐふふふ」


 執事の言葉を聞いた瞬間、貴族の頭に真っ先に浮かんだのはこの国の若き女王の顔である。歴代の王妃の中でも最も美しく、賢いと言われる彼女は若くして夫を亡くしてからは、息子が成人するまでという期限付きで女王としてこの国を治めているのだ。

 貴族は前々から女王を我が物にしたいと思っていたのだ。それをこの杖があれば実現できる、それどころかあわよくばこの国さえ手に入れることができるかも知れない。そう考えた貴族は執事に指示を出す。


 「すぐに帰って王都へ向かうぞ! 女王に謁見を申し入れろ! それと、その狼は始末しておけ」


______________


 王城にある私室で彼女はため息をついた。これから貴族のような豚――ではなく豚のような貴族と会わなければならないのだ。23歳にして女王という国を背負う立場にある彼女は、これから会う貴族のことが苦手だった。何故なら会うたびに自分をいやらしい目で見つめているからだ。例え以前から予定されていた面会だったとしても、できるだけその貴族とは会いたくないのだ。

 女王は気を紛らわすかのように、室内にいる男に話しかける。

 

 「それで、首尾はどうなのですか?」


 「彼がこのタイミングで謁見を希望したということは、想定通りということでしょう。あちらからも問題ないと報告を受けているので、謁見の間には近衛兵を待機させておいた方がいいでしょう」


 「彼の領地の人々には長いこと苦労させてしまいましたが、それも今日限りとなるでしょう」


 そこでドアがノックされ、女王が返事をすると近衛隊隊長が入ってくる。


 「陛下、そろそろ謁見の時間です」


______________


 その頃、女王よりも早く謁見の間に来ていた貴族はぐふふ、ぐふふ、と気味悪く笑い、周囲の近衛兵から気持ち悪がられていた。頭の中は女王のことで一杯で、謁見の間にいる近衛兵が普段よりも多いことにも気付いていないようだ。もっとも、普段から女王に避けられている彼は謁見の間に入った経験も少ないため、冷静でも気付かなかったかもしれない。

 玉座の後方にある王族専用の扉が開き女王が謁見の間に入ると、壁際に並んだ近衛兵は背筋を伸ばし微動だにしない。一方、貴族も気味の悪い笑い声は上げなくなったものの、その顔にはニヤニヤとした笑みが張り付いている。

 玉座に座った女王は跪いている貴族を見下ろす。自身よりも豪華な衣装に身を包んだ貴族を見て、一瞬眉をひそめたが、すぐに元の表情に戻し口を開いた。


 「わたくしに見せたいものがあると伺いましたが?」


 「はい、実は近頃ある魔道具を手に入れまして、その魔道具の術を受けたものが治める国には千年の繁栄が約束されるとか。祖国思いの私としましては、ぜひ陛下に、この神の祝福ともいうべき術を受けていただきたいと思い、参上致しました」


 などと言って貴族が取り出したものは服従の杖である。


 「そのような棒切れに、貴方の言うような力が秘められているとは思えませんが……いったいどこでそれを手に入れたのですか?」


 「はぃ……それは、ですね……ええと、あぁ、そうです、しょうに――ではなく、トレジャーハンターから買い取ったガラクタの中に紛れ込んでいたのです!」

 

 女王を騙すために魔道具の設定はしっかり考えてきたのに、出所についてはまったく考えていなかった貴族は冷や汗をかきながら説明する。


 「ふふ、そうですか。では、その杖は近衛兵に渡しておいてください、後日改めて使わせていただきます」


 女王が笑ったのを見て怪しまれずに済んだと安心したのも束の間、予想外の展開にこのままでは女王をものにできないと慌てる貴族。杖を受け取ろうと近づいてきた近衛兵を無視して女王を説得しようとする。


 「ぃぇ……その、是非とも陛下が祝福を受ける瞬間立会い……じゃなくて、私に陛下に祝福の術をかける大役を任せて頂きたい! ええ! それに! 陛下がこの祝福をの杖に出会われたこの時に祝福を受けるべきなのです! はい」


 「えぇと……貴方の熱意は伝わりました。まあ、いいでしょう」


 「使用を認めて頂けるんですね! では、失礼します。ぐふふ」


 平静を装っているが、気味の悪い笑みを隠し切れない貴族は立ち上がり、杖を女王に向けた。


 「キヒクェフィブヒィ!」


 貴族の雄たけびが謁見の間に響き渡る。

 ついに、夢にまで見た女王を手に入れた! 最早この国は自分のものだ! そう思うと、貴族はついに笑いを隠し切れなくなった。


 「ふはははははははははははははははははははははははh「いつまで笑っているのですか?」……え?」


 「いつまで笑っているのですか、と訊いたのです」


 玉座に座る女王はゴブリンや翼の生えた狼の時のように目が虚ろになったり、脱力するといった徴候は見られない、それどころか普通に話している。


 「何故だ! 何故術がかからない!? キヒクェフィブヒィ!」


 「無駄ですよ、その術は魔物にしか効果はありません」


 「っ! な、何のことでしょうか?」


 「近衛兵! その者を捕らえなさい」


 慌てて取り繕おうとする貴族を無視して女王が近衛兵に命令すると、まるで、こうなることが分かっていたかのように、即座に近衛兵が貴族の周りを取り囲み縛り付ける。


 「陛下! 私はこのような仕打ちを受ける謂れはありません!」


 「この期に及んでまだ白を切るつもりですかっ! 貴方はその杖を用いてわたくしに服従の呪いをかけ、国を私物化しようとした、反逆罪の現行犯です」


 女王を杖を指さしながらそう告げるとさらに、王族専用の入り口から2人の男を招き入れて続けた


 「そうでなくてもあなたには、領民に対する暴行、強姦、不当な搾取行為など様々な容疑がかかっています。もっとも、その程度の容疑では、貴族に対して爵位の剥奪、及び領地の没収という処置をとることはできないので、見逃していましたが。それに、この2人の証言も加わればあなたは有罪を免れないでしょう」


 「貴様らっ! 裏切ったな!」


 女王の隣には、貴族に杖を売った商人と貴族の執事が立っていた。


 「いいえ、彼らは裏切ってなどいません。最初から貴方の味方ではなかったのです……連れていきなさい」


 女王が命令すると貴族の周囲を取り囲む近衛兵達は、未だに女王の許しを請おうとしている貴族を引きずるようにして、謁見の間を出ていく。


 「人に使えば、不幸が起こると忠告したはずです」


 商人の言葉は貴族には届かなかった。

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