始まりの冬
麗らかな…シリーズの、麗と博之の出会いからお付き合いが始まるまでのお話です。
香り付けに春太郎もちょこっと出てきます。
「麗、こっちこっち〜!」
親友が私を呼ぶ声が聞こえる。周りを見渡すが、なかなか見つけられない。
「八重山、久しぶり。みんなあっちだぜ?」
「ふ…冬田くん?」
ポン、と肩を叩かれ振り向くと、そこには高校生の頃、私がずっと片思いをしていた冬田くんがいた…。
***
『女子高校生』という言葉に憧れていた私は、自分もそれになれることが嬉しくて仕方がなかった。
小説、漫画、ドラマなんかに登場する彼女達は皆輝いている。
私も、沢山の友人と出会い、恋もして、楽しいだけではなく、思い悩んだり、苦しんだりする事もあるだろうけど、それを乗り越えていって青春を謳歌するのだ。
期待に胸を膨らませて入学した高校。
中学時代の友人達は皆違う学校に進学した。近くの女子高に進学した子は数人いるが、私と同じ中学校から同じ高校に入学した子はいない。同じ市内とは言え、私の住んでいる町からはあまりアクセスが良くない。ここに進学するなら、もっと近くに似たようなレベルの高校があるので皆そちらに進学するのだ。
友人はおろか知り合いさえいなかった私に、1番はじめに声をかけてくれたのが冬田くんだった。
高校1年の4月、同じクラスで隣の席。私が落としたハンカチを拾ってくれたのがきっかけ。
1年間、クラス委員を一緒にやった。
友人に押し付けられた彼と、ジャンケンで負けた私。
そこそこ仲は良かったけれど、ただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。
彼には、中学生の頃から付き合っている彼女がいた。1学年上ですごく目立つ可愛い人だった。イケてる女子高生、まさにそんな感じ。
地味な私なんて絶対に相手にされるわけがない。
だから、彼への恋心はずっと隠して過ごした。知っているのは、クラスメイトで親友の貴子だけ。
貴子は、明るく活発、背が高くて面倒見が良く、そして美人。
高校に入ってから出来た友人なのに、まるで幼い頃から知っているかのように感じられる程、私と貴子は気が合った。
2年生になると、クラスが変わってしまい、冬田くんも、貴子も違うクラス。
3年生の時、2人と同じクラスになった時は、飛び上がるほど嬉しかった。
3年3組。
それは私にとって特別なクラスだった。
小中高、12年間の中で1番思い入れがある。
担任の結城先生は、お茶目で可愛らしい姉御肌の先生。みんなが『姐さん』と慕っていた。
団結力のあるクラスで、体育祭も学祭も、合唱コンクールも皆が一丸となって…先生も生徒に混じって思いっきり楽しんでいた。
楽しいことだけじゃなくて、トラブルもたくさんあったけど、それをみんなで乗り越えていった。…青春、そんな言葉がよく似合うクラスだった。
冬田くんはいつもクラスの中心にいた。口数は多くは無いけれど、たまにすごく面白いこと言うし、何か決めるとき、彼の意見はすごく筋が通っていて説得力があった。皆が思わず唸ってしまうくらい非の打ち所がなかった。
もう1人、クラスの中心にいたのは浅井くん。
彼は冬田くんとは逆のタイプ。理論的な冬田くんに対して、浅井くんはフィーリングで生きているというか、思い立ったら即行動するタイプ。
底なしに明るくて、裏表がない。天真爛漫という言葉は彼の為にあるのではないかと思ってしまう程。優しいし…気遣いが出来ないわけじゃないんだけど…デリカシーに欠けるのが玉に瑕。すごく良い人なんだけど…。ムードメーカーなのか、ムードクラッシャーなのか良くわからない不思議な人なのだ。
結構顔だってカッコいいし、テニス部で運動も出来るし…2年生にはファンクラブ的なものがあるという噂を聞いた事がある。
冬田くんの役割は、暴走しがちな浅井くんを止めること。冬田くんの他にも、彼らと仲の良い山内くんや岡崎くん、それから貴子や私も時々それに協力した。
冬田くんと一緒にいられるだけで、話が出来るだけで嬉しかった。浅井くんには感謝だ。
「冬田くん、2ヶ月位前に先輩と別れたらしいよ。」
夏休み始まってすぐ、塾の夏期講習で貴子がそう教えてくれた。それを聞いた時、嬉しくて、思わず目を輝かせてしまった。
私は大学には進学しないので、皆に比べて時間に余裕があった。だから土日は結婚式場でバイトをした。とはいえ、それなりに勉強しなけれ色々と支障が出てしまうので、平日午前は一応塾の夏期講習へ通った。
そんな感じで夏休みはあっという間に過ぎていく。
クラスメイト達は大学進学する子が殆ど。皆忙しい。なかなか集まって遊ぶ事が出来ない。
1度クラスみんなで集まって花火はしたけれど、冬田くんは予定が合わず参加していなかった。会えたら、告白はしないまでも、頑張ろうかなと思っていたのに…。
「麗、明後日塾の後にさ、一緒に康介の家で勉強しようよ。冬田くんもいるって!」
夏休み終盤。貴子からの嬉しい誘い。貴子が康介と呼ぶのはクラスメイトの山内くん。貴子と山内くんは親同士が従兄弟で仲が良い。
貴子と山内くんと岡崎くんは数学が得意な冬田くん、英語が得意な浅井くんに勉強を教わるのだという。
冬田くんに勉強を教えてもらえるなんて、願ったり叶ったりだ。
翌々日、塾が終わった私と貴子は軽くお昼を済ませて人数分のアイスクリームを買って山内くんの家にお邪魔した。
「八重山、この問題間違ってる。ほら、ここ。」
私は自力で終わらせた数学の宿題を持って行って、冬田くんに間違っている問題が無いかチェックしてもらっていた。間違った問題はすごく丁寧に教えてくれる。教えるのもすごく上手だ。私が書き込んでいる時にプリントを覗き込むので、顔がすごく近い。時々ふわっと爽やかな香りがする。冬田くんの匂い…ドキドキする。心臓の音が聞こえたらどうしよう…そんなことばかり考えてしまった。
2時間程勉強すると、ちょうどオヤツの時間。皆でアイスクリームを食べながら休憩した。
「え?博之新しい彼女が出来たのか?」
「あぁ、一昨日告白されたんだ…。中学の同級生。幼稚園も小学校も一緒だったから、幼馴染みっちゃ幼馴染みだな。」
「いいなぁ…モテる奴は。今度紹介してくれよ?」
山内くんと岡崎くんが冬田くんを囲んで話をしていた。
冬田くんに出来た新しい彼女…幼馴染みに告白されて一昨日から付き合い始めたらしい。
ショックだった。
それを気付かれないように、私は必死で取り繕った。
「八重山ぁ、英語なら俺に任せろ!」
「ありがとう。でも今日は英語の道具持ってきてないの。ごめんね。」
休憩後、浅井くんに声をかけてもらったけど、私は嘘をついた。英語の道具は持っているけれど、私は誰とも話したくなかった。1人で黙々と宿題の小論文を書いていた。
本当は帰ってしまいたかったけれど、今帰ったらあまりに不自然すぎる。
浅井くんに嘘をついたのが申し訳なくて、ただでさえ苦しいのに余計苦しくなってしまったけれど、その時の私にはそうする他思いつかなかった…。
そんな私に気付いた貴子が気を利かせてくれたので、私と貴子は予定よりも随分早く山内くんの家を出た。
私は泣いた。
貴子は何も言わずそばにいてくれた。
冬田くんは髪が長いほうが好きだって聞いていたから、2年かけて伸ばしていた髪。私は新学期になる前、それをばっさり切った。
そして、冬田くんへの恋心は心の奥底にしまい込んだ。
そしてまた、クラスメイトとして彼と接して毎日を楽しく過ごし、高校を卒業した。
***
あれから2年以上経った。
なのに私は今も彼の事が好きなのかもしれない。
でも、私には彼氏がいる。喧嘩中だけど…。
だから、そんな事を考えたらいけないんだ…。
今日は成人式。スーツを着て、ネクタイを締めた彼はすごく恰好良かった。
彼の後をついていくと、すぐに私を呼んだ親友、貴子と合流出来た。他にも、山内くんや岡崎くん、当時のクラスメイト達が数人集まっていた。
「麗、振袖すごく似合う!!綺麗だよ〜!!」
「貴子も可愛い!!いいなぁ…背が高いと大きな柄の振袖が似合って…羨ましいよ。」
「八重山、一緒に写真撮ろうぜ?」
皆と写真を撮った。どさくさに紛れて、冬田くんともツーショットで撮ってもらった。
皆とメールアドレスを交換したように、冬田くんともメアドを交換した。
***
成人式の2週間後、私は彼氏と別れた。
仲直りしよう、やり直そうと何度も話し合ったものの、喧嘩の原因についてお互い歩み寄れない部分がどうしてもあって、結局別れる事になってしまった。
冬田くんとアドレス交換したものの私がメールを送ることも、彼からメールが来ることも無かった。
「あれ?八重山?良かったらここ座るか?」
「冬田くん…?ありがとう。」
2月のある日、学校の帰りに1人立ち寄ったコーヒーショップ。ラテを注文して受け取り、席を探していたのだが、店内が混み合っていてなかなか見つからない。
そんな時、たまたま1人で店内に居合わせた冬田くん。私を見兼ねて声をかけてくれた。
嬉しかった。ドキドキした。ときめいてしまった…。
やっぱり私は彼のことが今も好きらしい。
「最近、どうなの?もうすぐ専門学校卒業だよな?」
「うん。今卒業に向けて色々頑張ってるよ。レポートとか…。就職も一応内定もらったし。」
「あの…彼氏とかいるのか?」
「え…この間別れたばっかり。性格の不一致と言うか…喧嘩したんだけど、お互いどうしても許せない部分があって…別れる事になった。」
「そっか。」
「冬田くんは…?」
「ほら、高3の時の彼女と…今も一応続いてるけど…うまくいってない。」
私はそれから、メールや電話で彼から恋愛の相談を受けるようになっていた。
彼が彼女と上手くいくようにアドバイスするのはすごく苦しかった。でも、そんな形でも彼と話せるのが嬉しくて、でも辛くて、だからと言って自分の気持ちを伝える事も出来ず、1ヶ月程が過ぎていった。
『俺…八重山が好きかも…。』
「え?……………ううん、聞かなかった事にする。」
『八重山は…俺の事、どう思ってる…?』
「………言えない。冬田くんには彼女がいるもん。」
電話でそんな会話をした数日後、私は冬田くんに呼び出され、告白された。
「彼女は…?」
「好きな人が出来たから…って。ちゃんと別れた。」
「……ごめん、少し考えさせて。」
私は貴子に相談した。
私も彼と付き合いたい。冬田くんのことが好きだから。大好きだから。彼から彼女の事で相談を受けるうち、彼への気持ちはどんどん大きくなっていくばかりだった。
でも、私のせいで、彼女は冬田くんと別れる事になってしまったのは間違いない。
そう考えると、自分の気持ちを伝えるのがいけないことのような気がして、すぐに返事をする事が出来なかった。
「麗、自分の気持ちに素直になった方が良いと思うよ。もう冬田くんが彼女と別れた事には変わらないんだからさ…。」
貴子の後押しもあって、私は自分の気持ちを素直に彼に伝える事にした。
「実は…ずっと冬田くんの事が好きだった。一緒にクラス委員してた時から…。成人式で再会して、まだ好きだって気付いた…。でも、冬田くんには彼女がいたから言えなかった…。彼女に申し訳なくて、後ろめたくて、告白された時、すぐに返事出来なくて…ごめんなさい。
私も冬田くんのことが好きです。付き合って下さい。」
始まりは冬。
自分の気持ちを素直に伝えられた春の日、私と冬田くんのお付き合いが始まった…。