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教室で嫌なことは三つある。
その内の一つは、今目の前で猫撫で声で話すこの女教師だ。
名前は佐々木。
俺らの担任で、入学当初から俺によく絡んでくる。
『また喧嘩したの?先生が手当てしてあげようか』
『休んでた分のプリント、職員室まで取りに来てね。待ってるから』
『どうして今日学校に来なかったの?先生、高凪君が居なかったから寂しかったわ』
気持ち悪すぎる。
似たようなことを言って近寄ってくる女は多いが、佐々木ほどしつこく言ってくる女は居ない。
「高凪くん、今日は学校来てくれたのねぇ」
「……」
「あまり来ないから緊張してるのかしら」
フフ、と笑う佐々木に、んなわけねぇだろクソババア、と言いたい気持ちを抑えて俺は教科書に目を落とす。
この授業が終われば放課後だ。
もう少しの間だけ、俺が黙って銅像でいれば良いだけ。
「連れないわね。いいわ、授業を続けましょう」
何故か俺を見つけて授業を中断させた佐々木は、一度唇を尖らせたが気を取り直したように黒板に戻っていった。
終礼まであと30分。
「きりーつ。れーい。ありがとうございましたー」
気のないクラス委員の号令により、今日の授業はすべて終わった。
晴明はいつの間にジャージのズボンを履き、そわそわとしている。
「今日の連絡事項は特にありません。ただし昨日と同じく、例の不審者は捕まっていないのでみんな気をつけて帰ってね~。男の子は女の子を守ってあげてね」
佐々木はそう言ってフフ、と笑うと俺をチラリと見た。
「さようなら」
「先生、さようなら!」
佐々木の、解散の号令に真っ先に反応したのは晴明だった。
荷物をつかんで教室を飛び出していってしまった。
「晴明さんはいつも元気ね」
誰かがポツリと呟いた。
俺達のクラスは三分の二が帰宅部である。
これは学校全体で見ても平均的な人数で、その帰宅部の内何人かは、純粋に部活を楽しむ晴明のような生徒を羨ましがっているのだった。
かくいう俺も、最初は晴明が羨ましくて見ていたのもある。
教師や殆どの生徒は、俺を怖がっているので自粛しているが。
「部長に続いて我らも!」
冗談めかしながら、他の女子バスケ部員も体育館に向かった。
のんびりとした足取りで部活の時間に間に合うのかは疑問だが、真面目にクラブに取り組んでいる方だろう。
俺も自分の空の鞄を持ち、教室をあとにした。
今から行けば、他の部員が来るまでに少し時間がある。
もしかしたら話せるかもしれない。