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ディザナンに連れられコーデリアがテーブルの席に座ると、次第に心は落ち着きをとりもどしていった。
それでも、自分から何かをする事もできず、ただ呆然とすることしかできない。
その間に、ディザナンはテーブルに置いてあった紙袋から食べ物を取り出し始めていた。
中から出てきたのは、パンが二つに、チーズの塊が二つ。あとは、さっきディザナンが飲んでいた緑のビンと透明なビンに入った牛乳である。
ディザナンは無言でパンとチーズをコーデリアの前に置いた。
「食え」
それだけ言うと、自身は飲みかけだったビンを飲み干して、パンに噛り付いた。
無表情のままひたすらパンを食べ時々、チーズを齧った。それを新しく開けたビンの中身を飲みながら胃に流し込んでいく。
その様子をじっと眺めていたコーデリアは、目の前に置かれたパンとチーズを見た。
すると、こんな状況だというのに急にお腹がすいてきた。
自然にごくりと喉がなる。
コーデリアは無意識の内に机の上に手を伸ばし口に運んだ。
パンは固くて、正直、とても食べられたものではなかった。味気は何も無く、ほのかに小麦の香りがするような気がするだけだ。チーズも臭みが酷い。両方を口に入れ、どうにかこうにか牛乳で流しいれて飲み込んだ。
正直、美味しくは、無い。だが
ぐうううううううううう
「・・・・・・」
次を要求するようにお腹の大きな音が響き渡った。
「……」
ちらりと顔を上げディザナンの様子を伺うと彼はまったく気にした様子も無く、紙袋から封筒を取り出して開封しながら食べ続けていた。
恐らく聞えてはいるはずだが、あえて気づかないふりをしてくれているのだろうか。
そのどちらでも恥ずかしいなと思い頬が赤くなり、コーデリアは主張を示したお腹を摩った。
(背に腹は変えられない、か)
胃に食べ物が入ったせいか、急に先ほど以上の空腹感が襲ってきた。
コーデリアは無我夢中でパンとチーズに噛り付いた。
けして、美味しくはないが、次から次へと口に運んだ。
あまりにも慌てて飲み込んだせいで喉に詰まりそうになると、いつの間にか視線を向けていたディザナンが無言で牛乳を差し出してくれた。
見た目の粗野で怖そうなイメージとは違い、案外気がつくのか。
一生懸命食べている間、ディザナンはこちらを気にしつつも黙って酒を飲んでいた。時折、パンとチーズを一口食べながらだが。
コーデリアは一通り食べ終わると、最後にぐいっと一口牛乳を飲み干した。
「落ち着いたか」
ほっと息をついて顔をあげると、待っていたのか、ディザナンは見計らったように声をかけてきた。
「は、はい・・・・・・」
ずっと食べている姿を見られている事が急に恥ずかしくなる。またもや、頬が赤くなるのが分った。
と、コーデリアの様子に気がついていないのか、ディザナンは早速質問を再開してきた。
「さっきの続きだが、何か思い出せたか」
「えっと・・・・・・、全然です」
コーデリアは幾分冷静になった頭で即答し首を横に振った。
お腹は一杯になったが、やはり頭は空っぽのままだ。いや、真っ白と言ったほうが適切かもしれない。
ディザナンはある程度予想していたようでただ頷いただけだった。
「じゃあ、何を覚えている」
「覚えているのは・・・・・・名前と、ここで起きた時からの記憶だけ、です」
覚えている事を頭に思い浮かべてみる。
何故か、自分の名前はすんなりと出てくる。が、ここで初めて灰色の天井を見る以前の記憶はやはりない。
思い出そうとしても、ぼんやりとした映像すら浮かんでこないのだ。
「そうか」
これも予想していたのか、ディザナンは納得するように小さく頷いただけであった。
そんな、目の前の男の反応を見てから、コーデリアは今度は自分から声をかけた。
「あの。えっと、グルック、さん?」
「ディザでいい」
「えっ?」
何を言われたのか分からなくて声を上げると、ディザは顎に手を当てて何かを考えるような仕草をしながら、視線だけでちらりとコーデリアに向けてきた。
「俺の名前だ。ディザでいい。皆、そう呼んでいる。それと、無理に敬語を使わなくてもいい」
「あっ、その、はい。じゃなくて、うん。わかった」
突然の申し出にコーデリアは思わず大人しく返事をしてしまった。
コーデリアの返答に納得したのか、ディザは直ぐにまた視線を外して思考の世界へと戻っていく。
そのまま放って置かれそうな雰囲気に、慌てて声を上げた。
「あっ、じゃなくて! じゃあ、ディザ。ここは何処なの? そして、なんで私はここにいるの?」
若干たどたどしいタメ口になってしまったが、ディザは気にした様子もなく、また顔を上げて答えてくれた
「ここは俺の家。お前は俺の仕事帰りにビルの隙間に倒れていたから拾ってきた。それに、服だ」
「服?」
そう言われてコーデリアは自分の着ている服を見た。