3
「灰い……ろ?」
目を覚ました瞬間、まず耳に聞こえたのは雨の音だった。
重い目蓋をうっすらと開けると、そこには薄汚れた灰色が一面にあった。
ぼんやりとする意識の中で、コーデリア・アルベニスはゆっくりと周囲に目を向けた。
辺りに人の気配はなかった。意識がはっきりとするにつれ、目に見えるのが壁だと分かる。
どこに目を向けても同じ灰色の壁が広がっていた。一瞬、箱の中にいるのだろうかと錯覚するほど虚無な壁だ。
僅かに手足に力を込めると鈍く動く。痛みは無い。ゆっくりと体を起こした。
よほど長い時間同じ体勢で寝ていたのか、体が物凄く重くて硬かった。
痛いのを我慢して筋肉を伸ばすようにゆっくりと起き上がる。
と、それに合わせて僅かに下から弾力を感じた。同時に何かが軋む様に鈍くギギっという何かの音が聞こえてくる。その事でベッドに寝かされているのだと分かった。
何とか体を起こすと、体には毛布がかけられていた。
かつては真っ白だったのだろう。少し古くさく黄ばんでおり、手でどけると埃臭い匂いが鼻をついた。
コーデリアはふうっと一息つけると、改めて顔を上げて周りを見回した。
すると、少し顔を動かしただけで体に急激な痛みが襲った。まるで、体が自分の物では無いようだ。
動かすたびにギシギシと音が鳴りそうなほど体が痛い。頭を動かせば途端にこめかみ辺りにツンとした激痛が走った。
目をつぶり我慢してなんとか痛みをやりすごす。
暫くして、やっと痛みが引いてからコーデリアはゆっくりと目を開けた。そして、今度は慎重に視線だけをなるべく動かして部屋の中を見渡す。
部屋の中はとても薄暗かった。
壁はやはり鉄筋コンクリートなのだろう。打ちっぱなしのままの壁がむき出しになっている。
寝ているベッドは骨組みとマットレスがあるだけの簡素な物だった。その他には、テーブルと椅子があるだけだ。
よく見ると、ベッドの向い側には灰色の壁の中に酷く汚れた四角く茶色の部分がある。その中央下辺りに円い取っ手のような物が見えた。恐らく部屋の扉なのだろう。
そして、その横の方にはこれまた汚れているが窓があった。うっすらと外の様子が見える。
窓には細かに何かがぶつかっているのが見えた。音から察するにやはり雨が降っていたようだった。
その時、コーデリアはふいにそこではっと我に返った。
「ここは……どこ?」
無性に外を確認したくて急いでベッドから下りようとした。
「いっつ!」
だが、動かした瞬間に再び全身に激痛が走った。
目を瞑り、両手を力の限り握り締めてなんとか痛みに耐える。
額に脂汗が浮かんできたが、徐々にジンジンとした痛みが遠のいていく。
それを待って、コーデリアは再び瞳を開いて、ゆっくりと床に足を付けた。
つま先に刺す様な冷たさが襲い、思わずひゃっと足を引っ込める。だが、すぐに足を再びつけて立ち上がるために力をいれた。
体が物凄く重く感じた。今まで感じたことの無いほど、体が重い。
なんとか立ち上がるが、一瞬よろりとふらつく。それでも、なんとかベッドの枠に手を付いて持ち直し、窓へと一歩踏み出した。
近づくと窓に自分の姿が映った。
腰まである金髪、瞳は青よりも濃い群青色。着ているのは白いワンピース。
その姿に少し違和感を感じつつも、映った自身の姿から目を逸らして、外を見た。
外は薄暗い雨雲が広がっていた。
ここは建物の上階らしい。空が近く遠くまで良く見渡せた。
いったい今は昼なのか夜なのか。どちらとも判断が付かない。ただ雨雲がかかって薄暗く、色が無い。いや、全て灰色に見えた。
雨は見たこともない鉛色をしているように見える。
そして、その雨が降り注いでいるのは一面に広がる廃墟の街であった。
ボロボロに崩れた大小さまざまなビルが一応等間隔に並んでいるのだろう。
この部屋のある建物の直ぐ下に見える道もボロボロで、誰一人として歩いている者はいない。死んでいるように静かでシトシトと雨が降っているだけだ。
ふいに、ここに自分以外の生き物がいないように感じた。
そう思った瞬間、急に体中を寒気が駆け抜けた。
少しでも、人の気配が無いものかと廃ビルを目で追って遠くへと視線を向ける。と、景色の奥に一直線広がる少し高い壁が聳え立っているのが見えた。
奥のほうで周りのビルよりも一段階高い壁が左右にずっと広がっている。その上にはうっすらと何か屋根のような物が見えた。
少し判り難いが僅かに光沢しているようだ。かなり巨大な物のようで左右を見ても端が見当たらない。
いったいどこまで続いているのだろうと、コーデリアは窓に顔を押し付けて外を覗き込んだ。
「起きたか」
「!?」
突然、後ろから聞こえた声に、コーデリアは息を呑んで振り向いた