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西暦2262年
その日も、いつもどおりに鉛色の雨が灰色の大地に降り注いでいた。
いつもどおりに仕事を終えて、ディザナン・グルックは灰色の廃墟の中を一人歩いていた。
黒髪が濡れるまま、首元から足首まである真っ黒なコートを着たその姿は、まるで群からはぐれた狼が廃墟の中を歩き回っているようだ。
俯いた顔を覆い隠す前髪からは、漆黒の瞳がどこを見るでもなく虚空を見据えていた。
その瞳に映る廃屋のビルが立ち並ぶ町並みは、昼だと言うのに誰一人としていなかった。あたりには自分の足音と雨が打ちつける音だけが響いている。
この雨が降り続いているかぎり、人を含めた生き物は隠れるように息を潜める。
だが、誰もいないように見えるこの状況でも、耳には雨の音と足音の他に、そこら中から人間の生きる『音』が聞こえた。
何としてでも生きようとする『音』。
絶望の中静かに死に絶えていく『音』。
何もかも諦めて気力すら薄れている『音』。
心音とも呼吸音とも違うその『音』は、人それぞれの『音』を奏でる。
聞えてくる『音』はいつも同じような感じだった。
だが、この日は違った。
ふいに、ぼんやりと道の先を見ていたディザナンの耳にどこからか聞き覚えのある、でも聞こえないはずの『音』が聞こえてきた。
誘われるように自然と目が真横の路地へ流れた。
目に映ったのは真っ暗な崩れかけのビルとビルとの間の狭い路地だ。
誰かが投げ捨てたビン。何が入ってるかわからない大小さまざまなビニールや紙袋。薄汚れた白骨。とにかく訳のわからないゴミが散乱しているいつもの光景がそこに広がっている。
ただ、その日はいつもと違うモノがその中に混じっていた。
まるで一枚の絵のように見えた。
灰色の世界の中でそれだけが真っ白に光り輝いている。
足は、無意識にそれに近づいた。
まるで死んだように動かない。でも、何故か生き生きとした生命力を感じた。
確実的に『音』はそこから響いている。
それから目が離せなかった。
いや、外す事ができない。
まるで、それが必然であるかのように手はそれへと向かっていく。
いつもの日常の中。
いつもと変わらない風景の中。
鉛色の雨の中で、ディザナン・グルックは真っ白な天使を拾ったのだった。