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白いワンピースだと思っていた大きめな白いブラウス。いや、よくよく見れば男物のワイシャツのようだった。
恐らく、ディザの物なのかコーデリアの膝丈位の長さまである。かなり着古した感じのものなのか、今更ながら若干タバコの匂いがする。
「あの、この服は?」
「それは俺のシャツだ。お前が着てたのは雨に濡れたから脱がした。毒素に感染してる恐れがあったからな」
「毒素? 感染?」
脱がしたという単語が少し気にかかったが、それよりも気になる単語が出てきた。
コーデリアが少し動揺して聞き返すと、ディザは僅かに目を見張り納得するように鼻から息を吐き出した。
「ほお、本当に記憶喪失のようだな」
そう呟くなり、ディザはじっとコーデリアを見つめてきた。
その目は先ほどと同じで観察するような無感情な瞳だった。
その目に見られると何故だが緊張してくる。まるで、何もかも見透かされている気分になるのだ。
あまりにもじっと見つめてくるため、徐々に気まずくなってくる。居心地が悪くなり出し、身動きすると、ディザはふいに顔を横に向けた。
どうしたのかと、同じように視線を横に向けるとそこには窓があった。
外は相変わらず雨が降っている。
「お前、あの雨が、なんで鉛色なのか。分からないんだな」
「えっ? う、うん」
確かに気にはなっていたが、理由はまったく分からない。正直に頷くとディザは無表情のまま、淡々と説明を始めた。
「この鉛色の雨は60年前に起きた事故の後遺症だ」
「事故の、後遺症?」
困惑した声で聞くとディザは静かに頷いた。
「化学兵器が開発途中で爆発したらしい。その事故で散布された物質が地球全体を死滅状態にし、この鉛色の雨が降り始めた。大抵の人間はこの雨に触れるとすぐに毒素に感染する。高熱を出して三日間苦しんだ上に死んじまう」
「死ぬ!? 死ぬって雨に濡れただけで!?」
「これは、唯の雨じゃない。言い換えれば毒が雨上になって空から降ってきてるようなもんだ。雨が肌に当たれば毒素は上皮から体内へと浸透する」
淡々と質問に答えてくれるディザの声を聞きつつ、コーデリアは顔から血の気が引くのを感じていた。
「あ、あの。私も外で倒れてたんだよね? さっき濡れてたって言ってたし。私、感染してるの?」
ディザはビルの隙間で拾ったといっていた。濡れていたという事は雨の振る中倒れていたに違いない。つまり、雨の毒素に感染している可能性もあるのではないだろうか。
コーデリアは慌てて今の自分の体の状態を調べた。
相変わらず体中の傷は痛むが起き上がったほどでもない。今の所熱は無いようだが、もしかしたらこれから出るのだろうか。
動揺した顔で自身の顔や腕に手を当てていると、ディザはふうっと溜息をついて首を横に振った。
「安心しろ。お前を拾って数日経ったが、見たところ感染していない。あれは即効性の毒だからな。雨に濡れて一時間も立てば感染した証拠に痣が体中に現れるはずだ」
「痣?」
「ああ、薄紫色にな」
そう言われ、慌てて自分の手や足に目を見やる。大部分が包帯が巻かれているが少なくとも見えるところには痣はない。
とりあえず、コーデリアはほっと胸を撫で下ろした。
だが、何故感染しなかったのだろうか。
顔に出ていたのか、ディザが言った。
「お前を見つけた時に大きな白い布で体が覆われていた。恐らくそれで雨から肌を守っていたんだろう。見たところ何の変哲もない化学繊維のようだったが、雨を防ぐ繊維物質は始めて見た」
「え? どうゆう事? もしかして、外に人がいないのは・・・・・・」
「ああ、そうだ。お前を覆っていた布や服みたいに雨を防ぐ物はここにはないからな。あれは特殊な素材でできているんだろう。お前、あの布の事も」
「わかりません」
「だろうな・・・・・・」
ディザは嘆息すると顎に手をあててまた、何かを考えているように言った。
なんだか何も分からないのが申し訳なくなってきて、コーデリアは話を続けた。
「あれ? でもなんでディザは外にいたの? 私を拾ったって事は雨が降っていたんでしょう? それに今も濡れてる、よね?」
雨の中コーデリアを拾ったという事はそういう事だ。
それに今も彼は濡れている。
外を歩いていたのは確実で、だが、そろそろ一時間は経つ頃なのに、今のディザを見る限り感染しているようには見えなかった。
疑問の眼差しでディザを見ていると、彼は少し目を見開いて関心したようにコーデリアを見ていた。
そして、相変わらずの無表情な顔をして一言。
「お前、意外に賢いな」
そう言って目も口も動かさないまま、少し感心したように頷いた。
(な、なに?)
思わずポカンと見つめる。だが、直ぐにディザが言った事にはっと我に帰った。
「て、ちょっと意外ってどういうこと! 馬鹿にしないで!」
「ああ、すまんすまん」
そう言いながら、どうでもよさそうに手を振った。
本当に人を馬鹿にしているのか、はたまた本当にどうでもいいのか。本当に純粋に感心していたのか、ディザの態度ではどちらともつかなかった。
(何? ナンだろう、物凄くむかつく)
言い知れぬ苛立ちが沸々とこみ上げてきていたが、ディザはそんな事もお構いなしに話を続けた。
「俺の体は生まれつき毒が効かない。他に見た事がないから特異な体質なんだろう」
「そ、そうなの」
少しイライラしていたコーデリアは、素直に返ってきたディザの答えに慌てて頷いた。
(簡単に言ってるけど、そういうものなの?)
何故か、素直に納得できない答えにコーデリアは顔を顰めた。
ディザを見れば、話は終わったとばかりにビンに残っていた飲みかけの酒をぐいっと煽りはじめた。そして、飲み終えてテーブルに置くと改めてコーデリアに視線を向けた。
「しかし、本当に何も覚えてないんだな」
「う、ん」
ディザの言葉に、コーデリアは素直に頷くしかない。
本当に、本当に何も覚えていない。ディザと会話をしている内に何か思い出せないかと思っていたが、やはり何も浮かんではこなかった。
(私、これからどうなるのだろう)
胸に、また不安が広がっていく。
と、俯いているとディザは面倒くさそうに言った。
「どちらにしても俺には関係ない。傷が治ったらここを出ていけ」
「えっ?」
コーデリアは思わず大きな声を出して顔を上げ、ディザを凝視した。