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Stand Alone Stories

第5657第ビデオの悪夢

「パンに合う靴ってなんだろう」そう言い残してあいつは一人どこかへ行った。俺は静かに下駄箱から靴を出す。どういうことか聞かせてもらいたいな。曖昧なままじゃあいけないということなのだろうか。それは知ってる。道徳的観念の欠片のような断篇である。俺が問うてもお前はただうすらぼんやりと印象の希薄な味のしないカルピスのような存在感で微笑をたたえた。そんなんじゃお前、わかんないだろうが。言いたいことがあったら言え。わからないやつだ。ということはだぞ、ということは。

「これが浮気だって言いたいのか、そこだったか言いたげなことは」俺はお前の顔を眺めながらそう言ったが、お前はまだにたにたと味のしないコーヒーのようなドブのような下卑た微笑をたたえているだけだった。

「俺とお前はなにもなかったし、俺とあいつもなにもなかった」

「カウントしている。お前はあいつを女としてカウントするようにしている。つまり同情でなければお前があいつに向けている感情がどういう種類のものか、どうか、簡単なものじゃないか」

「俺はあいつを女として見ている。そういうならば俺がしている事が浮気だってお前はそう言いたいんだ」

あいつは俺の前に水着姿で現れた。

「そういうのどこで買うの」俺が問うたら内緒とのお返事、俺も笑うしかなかった、だってあいつも笑ってたから。そのあいつがさっき俺に言ったのだ。

「パンに合う靴ってなんだろう」って。そりゃあいったいなんだろう。俺は靴をはきかえて階段を昇る。教室に行かなきゃならないからだ。実際そういうものらしくさきほど俺がいたのは修学旅行先の露天風呂で、あいつが水着になってた事をぼんやり思い出していたところだったが、隣のあいつは俺の学ランを羽織ながらなにやら呟いているだけだったのである。名前は智尋だが男なので呼ぶときはちひろだったりする。俺がちひろを女扱いするとお前は妬くんだろう。だから事実無根ないがしろにして嫉妬が言わせる、浮気をしている、君は。お前は階段を昇る俺の後ろを離れず付いてきているが、教室に入った俺の目には先日合宿で見たような顔の面々が机を散らかしながら談笑する光景であって、教室はだいたいこういう状態が常なので気にすることではなかったが「パンに合う靴ってなんだろう」の一言は相変わらず俺の耳を離れない。フと見やると教室の連中の靴はスニーカーなのである。俺は普通そうだろうかよくわからなくなっていたが、さきほど上ってきた階段はどこにもないのに靴はたしかにはきかえたのを思い出したが、やはりパンに合う靴が思い浮かばない。だんだん気分が悪くなってきた。

「おはよう、あっおはようございます」ただおはようと言えば良かったが咄嗟に言い直した。なぜか怖かったからだ、目の前にいる連中は同級生だが意思薄弱な俺は媚びを売るようにすでに無駄な言い直しを挨拶に対して取り繕うはめになった。誰も俺に挨拶を返さない。俺は自分の席につく。何か荷物を持ってきていただろうかそれもわからない。唐突に目の前には國分君が現れた。さっきからそこらを彷徨いていたのは目について目障りだったが、周りにも何人かクラスメイトが倒れており、やはり國分君がやったことなのであった。ビンタを執拗に俺の前の席の與田君に続けている國分君が「第5657第ビデオォッッッんおっおおほぉお第ビデオォ第5657第ビデオォ」と唐突に目の前に現れた國分君が何やら叫びながら意味は全くわからないがつまり俺は殴られて床に這いつくばったあたりで何を言っているか聞き取ったかたちだったので、まず殴られた理由が知りたかった。けど國分君が自分の顔を叩きながら、口からは鮮血と第5657第ビデオの言葉を吐き出し続けているが、すでにここは教室では無かったのである。相変わらずの教室の風景だった。だから俺は國分君が自分の顔を殴っているのをやめさせようと思って彼を止めようと近づいた。気付かなかったけど気付いたときには羽交い締めにされているのは俺で、それはさきほど教室の入り口のところでたむろしていた他のクラスの連中なので、まったく失礼なことをする奴等なのだった。

「やめなよ、國分君」

「第5657第ビデオォ」「第5657第ビデオォ」 次第に全員がそれを口ずさんでいるのがわかりかけてきた。俺は身動きがとれないまま國分君に胸ぐらをつかまれ、無理やりにヘッドフォンをさせられる。装着させられる。頭がきりきりと痛む。ちひろの水着姿は、華奢なボディラインをピッチリ包み込む競泳水着だったが所々に切れ目が入り肌色が見えていた。これが教室の光景なのだろうか。ヘッドフォンからはダミ声で第5657第ビデオとリズミカルに喀叫するダサいラップがラップする。國分君が俺の顔にタブレット端末を押し付ける。逃げられるわけはなく俺は鼻を骨折したと思って涙が出てほほを伝うのを感じるだけで精一杯だったので、タブレット端末の画面が第5657第ビデオを再生しているのだと理解するのに時間が必要だった。ダサいラップが頭の中に響き続けるが目の前の映像は頭のおかしなやつが暴れているだけのものにしか見えない。國分君はすでに顔を潰し終えて床で寝ている。寝ても覚めても顔が潰れていては分からないが、目の前のタブレット端末を持っているのは相変わらず國分君がたっているのである。第5657第ビデオというのはアーティストのミュージッククリップPVなのだと俺は結論付けたがこの状況に説明は付かず苛立ちは加速しついには俺は自分の顔を殴り続けるしかなかった。

「第5657第ビデオォァァァァッッッんおがっはなかしはなやはなやたふなかあぬたあかさやなやはたまなはゃたけなやにたかにやなっおおほぉおァァァァあ゛ぁあばべさなやさひさはさふは゛ばは゛ふはばは゛は゛あああああばびはは゜゛は゛は゛は゛ぁっァァァハ」第5657第ビデオ〜第5657第ビデオ〜第5657第ビデオ〜

薄れ行く意識の第5657第ビデオは続いている間俺を支配している感覚だった。このままではまずいと瞬間悟った俺は一切を振りほどき叫んだ、危険が迫っている。

「フアアアアアアアアアアッッッ」

現実に帰りついた。

全てが夢だったのが救いだったが、こんな夢を見たあげく記憶にこびりついて離れない。紛れない悪夢である。仕方なく面白くもない夢落ちで片付けるしかない話であるが、悪夢の体験をここまではっきり記憶している恐怖を書き残して起きたい衝動に駈られてしまった。

第5657第ビデオ、まだ頭のなかでリズミカルに喀叫が残響している。

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