たてがみの魔物
もっと地味にやるハズが、どんどん派手になっていく・・・
更に1日半歩いたところで、別の野営跡を見つけた。
アンナたちのパーティーの最後の野営地だろう。
魔物たちの群れが移動した痕跡を追ってると、自然にたどり着いたのだ。
残された数人分の荷物は、魔物たちに噛み裂かれ、踏み潰され、泥にまみれていた。
アンナの荷物もあるハズだが、区別のしようもない。
オレはしばし瞑目すると、炎の魔法を唱えた。
アンナたちの荷物が発火し、やがて勢いよく燃え始める。
当初は、ここで目的の魔物を待ち構えることも考えたが、あまりに生々しい殺戮の痕跡の中でメシが食えるほど、オレの精神はタフではない。
アンナを愛していたかと問われると、正直なところ、否と答えるだろう。
ただ1度、肌を交わしただけの相手だ。
お互いのことは、何も知らないに等しい。
だが、もう数日付き合えば、確実に愛するようになったろうという確信がある。
アンナは、いいオンナだったのだ。
ロクでもない人生を送ってきたであろうに、まだ純なところを残した、いいオンナだった。
そんなオンナの死につながる場所で、オレは平静でいられない。
頭部を失ったアンナの身体を埋葬した時にも流れなかった涙が、オレの頬を濡らしていた。
「アンナ、一緒に旅はしてやれなくてゴメンな・・・」
不意に、強い魔法力を感じた。
空気を切り裂く音とともに。
ヒュン!
慌てて地面に身を伏せると、その頭上を鞭のような何かが走り抜けた。
胆を冷やしながら、背中に負った盾を左手に装着する。
どうやら、もともとの予定通り、この場所が決戦地となるらしい。
望むところだ!
オレの魔法感知の範囲内にゾロゾロと魔物たちが踏み込んでくる。
それも一方からだけじゃなく、オレを取り囲むように全ての方向から。
魔物に本当に意思や思考力がないのか、考察し直さねばならない。
明らかに、この森の魔物たちは、人間を狩る術を心得ている。
オレは右手に魔法結晶を1つ持つと、適当な方向に走り始めた。とりあえず囲みを破らないと、全方位からの攻撃に押し潰されるのが目に見えている。
右手に魔法結晶で強化したリボルバーの魔法を起動させると、前方の魔物たちに連射する。
「バンっ!・・・バンっ!・・・バンっ!」
今更ながら、間の抜けた発動ワードだ。もっとカッコいいのを考えるんだった。
惜しげもなく6発の銃弾を撃ち終えると、魔物たちの作る壁にポッカリと穴ができた。そこを全速力で駆け抜ける。
そのまま5分を駆け続けると、オレは足を止めた。
背後を振り返り、再度、右手に魔法結晶を握り込み、リボルバーを起動させる。
オレが走ってきた跡を、魔物たちが遅れてやってきた。
一体、何匹いるのか。真っ白い影が川のように連なっている。
「まずは、炎からだ」
次の瞬間、魔物たちの作る川を切り裂いて、紅蓮の炎が吹き上がった。
走りながら地面に撒いた5個の魔法結晶を基点に、炎の魔法を発動させたのだ。
魔法結晶を使った炎は、さきほど荷物を焼いたものとは比べ物にならない熱量で、魔物たちを呑み込んだ。
10匹を越える魔物が、一瞬にして姿を消す。
しかし、恐怖心も自己防衛本能も持たない魔物たちは、炎に身を焼かれながら、行進を止めない。
正面からリボルバーを乱射する。
1発の銃弾が3~4匹の魔物の身体を貫く。
狙い通りだ。オレは、ほくそ笑んだ。
リボルバーを6発撃ち尽くすと、また魔物と距離を取るために走る。
魔法結晶をポロポロと落としながら。
これで、群れの大半を一掃できるだろう。
オレは振り返ると、再度、炎の魔法を唱えた。
轟音とともに、しつこくオレを追って来ていた残りの魔物たちが、まとめて吹き飛ぶ。
「よしっ!」
うまく行き過ぎて、思わず声が出た。
ガッツポーズでもしたい気分だ。
吹き寄せてくる熱風に耐えながら、オレはまだ動きを止めない魔物をリボルバーで狙撃していく。
炎に焼かれて動きが鈍くなっていた魔物が、銃弾を受けて、その身を散らす。
作戦通りの展開に、浮かれていたのかも知れない。
炎を切り裂いて飛来した何かを、オレは避け切ることが出来なかった。
いや。
確かに、とっさに盾で防いだハズなのだ。
が、盾に衝撃を感じると同時に、オレの右足は激しく血しぶいていた。
やばい。
右足に力が入らなくなり、オレは大きく姿勢を崩した。
太ももを深く傷つけられたようだ。
一番最初に受けた攻撃と同じものか?
オレは、攻撃が飛んできたと思しき方向にリボルバーを向けた。残弾は3発。
しかし、オレが魔法を感知できる範囲内には、魔物は存在しない。そんな遠距離から攻撃してくる魔物がいるというのか。
ヒュン!
また風切音。
正面からは来ない。
頭上で何か動いた気がして、迷わず横に飛んだ。
上方から伸びてきた何かが、グサリと地面に突き立つ。
瞬間的に見えたのは、いくつもの節に分かれた鞭状の物が、巻き戻されるように上方へ消えていく光景。
慌ててリボルバーを撃つが当たらない。
残弾2発。
しかし、上空から?
まさか、本体は飛んでるとか言うまいな。
ヒュン!
次は真正面から来た。
盾で受け止める。
金属音とともに弾かれた何かが、足元の土をえぐる。
さっきは、弾かれて軌道を変えた先にオレの足があったということか。
ヒュン!
右から来た。
しかも、大木の向こう側から。
くっ。どんだけ伸びるんだよっ!?
前方にダイビングして、必死にかわす。
さっき上方から来たのも、山なりに飛ばして来たっていうことなのだろう。
つか、絶対この魔物、知能があるだろっ!
やばい、やばい。
このままじゃジリ貧だ。
なんとか距離をつめないと、いつまでも避け切れないぞ。
魔法結晶は、残り3個。うち1個は、2センチ大のだ。
なんとかヤツを視認できる所まで近づいて、2センチの魔法結晶で確実に仕留めなきゃ。
ヒュン!
今度は、正面から。
横ざまに飛んでかわす。
ヤツの武器が通り過ぎる。
はっきり、視えた。
リボルバーの残り2発を撃ち込む。
チュイーン!!
弾かれた。
うそ!?
シヴァとやった大物の皮膚も貫通したっていうのに。
あの時より成長したヤツなのか。
アンナのパーティーを喰らい、オレが残した魔法結晶を取り込んだ個体なのかも知れない。
そして、アンナの頭部も、だ。
オレは、こいつが、あの時のたてがみ持ちだと確信した。
ならば、倒さねばならない。
ヒュン!
左から来た。
しかも、軌道が低い。
思いっきり盾をぶつけて、攻撃をそらす。
ベビータイプのように、盾をぶつけても輪郭が揺るぐ素振りもないのが悔しい。
右足の感覚がない。
治癒魔法をかけるが、まるで効果が感じられない。
ヒュン!
また、上方から。
ほとんど右足の利かない状態じゃ、盾で受けるしかない。
魔法結晶製の盾じゃなきゃ、とっくに死んでるところだ。
でも、ヤツは、どうしてこんなに正確におれを狙えるんだ?魔物には、目も耳もないっていうのに。
ヒュン!
左から。
左足だけで前方に飛ぶ。
あ。
閃いた。
魔法結晶を取り出す。
これまでは魔法結晶を攻撃用にしか考えてなかったけど。
右足の傷口に押し当てる。
治癒魔法にだって使えるハズじゃないか。
魔法結晶が砕け散る。
ヒュン!
上方から。
オレは、ヤツの武器が地面に届く前に、全力疾走に移っていた。
どうして、今までこのやり方を思いつかなかったんだ。
オレの右足は、一瞬で治っていた。
走りながら、また魔法結晶を取り出す。
頭上に投げると、スタングレネードを発動する。
上空で、強烈な光と音が炸裂した。
まるで雷のように。
目も耳もない魔物には、光も音も効果がないことは分かっている。
ヒュン!
しかし、聞こえた風切音は遠かった。
まるで見当違いの方向だ。
魔物は、魔法力を感知して獲物の位置を知る。
オレの魔法感知と同じこと。
頭上で魔法結晶で増幅した魔法を発動させたことで、ヤツには一時的にオレが感知できなくなったのだ。
現に、オレの魔法感知も役に立たなくなっている。
効果は、ほんの数秒だろう。
しかし、それで十分。
オレの目の前に、シヴァと倒した大物より更にデカい魔物が現れた。
見た目は、まるで四つ足の恐竜だ。
大きさも外見も大きく変わっているが、見間違うことのないたてがみが、ヤツの首に生えている。
さすがに目の前まで来たら、オレの位置が分かったらしい。
オレに向けて、サメのような口をバクリと開く。
その口腔から鞭のような物が走る。
さっきからオレを襲っていたのは、ヤツの舌だったのか。
オレのピストルを真似た右手の人差し指から、一条の光がその舌を貫いた。
「レーザーガン」
あまりに安易な発想だったかも知れない。
魔法で銃弾を作るより、魔法力そのものを攻撃手段にした方が、魔物には効果があるんじゃないか。
シヴァと一緒に戦ったときに得た発想だ。
2センチ大の魔法結晶を代償とした魔法の光は、すさまじい光量でヤツの舌を灼き切った。
そして、そのままヤツの頭部に突き刺さる。
右手に引きちぎれそうな圧力がかかっていた。
銃身代わりの人差し指の肉が裂けていくのが分かる。
人差し指だけじゃない。右手のあちこちから血が噴出している。
それでも、耐えた。
ヤツを倒すためなら、どんな代償でも捧げると決めたのだ。
レーザーガンの光がヤツの頭部を断ち割り、首のたてがみが燃え上がった。
オレの右手の中で魔法結晶が砕け散ると同時に、ヤツの身体がゆっくりと輪郭を崩し始める。
アンナ、やったよ・・・。