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描く未来

作者: にわか雨
掲載日:2013/04/28

 

 

坂本真綾『Ask.』を聴いて、そのまま文章に起こしたものです。

イメージが違う、と思われた方は見なかったことにしてください。

 

左手が、あなたの肩を叩こうと宙に浮いていた。

目のまえにいるのに、とても遠くに感じているわたし。

机に座って地図を眺めているあなた。

真剣な表情で、椅子に深く座り込んで大きな目を輝かせている。

右の利き手には誕生日に買ってあげた万年筆があって、忙しく動き回っている。


じぶんの意思が左手を落とした。

邪魔してはいけない。

いたずらっこなのじぶんと葛藤し、わたしは食事用の丸椅子に腰を下ろした。

やさしい目をしているあなたが見える、わたしの定位置。

ほかに何をすることもなく、じぃっと見ているだけ。

しあわせだ。

沈黙に浸っているこの時間が好き。

あなたがいっしょうけんめいに夢を描いている、いっしょうけんめいな時間だから。

たとえ、あなたが、わたしから離れていく準備をしているとしても。


「きみはどうおもう?」

そういって、ながい旅に出る計画をわたしに見せてきた。

いくらわたしが止めても聞かなかっただけあって、抜け目なくびっしりと字で埋められていた。


好きあって一緒になったわたしに、残酷さが横ぎったのはいつだっただろうか。

物書きをめざしていたあなたは、行きたい場所があるとわたしに言った。

普段はやさしげなあなたが、真剣におねがいしてきた。

いくらか怯んでしまったわたしは、いやだ、と返すことはできなかった。

どんな言い分であなたを引きとめようとしても、首は横に振られる。

それどころか、あなたはうれしそうに話してくる。

言葉の限界が悔しかった。

あなたの夢は、かんたんに心をうごかしたのに。

わたしの言葉は、あなたに届かなかった。


「いいとおもう。」

でまかせしか、口からはでなかった。

おだやかに口ずさんだあなたの言葉が、心に刺さったまま離れない。

気持ちを隠せるほどいい女じゃない。

あなたは知ってか知らずか、微笑んできた。


巡る先々で、あなたはたくさんの人と出会うのだろう。

巡る先々で、あなたはたくさんの不幸に出会うだろう。

巡る先々で、あなたはたくさんの経験をするのだろう。

巡る先々で、あなたはたくさんの挨拶を交わすのだろう。


そしてその隣に、わたしはいない。


苦しいことも、誇らしいこともあなたが選んで、進んでいくと決めたこと。

その強さをわたしは知っている。

そのそばにいると、誓った。

わたしはそれを、よろこばなければいけない。

あなたが正しいと思うことを選んでくれて、うれしい。

うれしい。

うれしい。


言い聞かせる。


丸椅子から立ち上がると、視界が潤んでいた。

机に座ったあなたが、霞んでみえた。

はやくまちがったものを流すため、あなたに背を向ける。

こんなもの、すべて水に流そう。


思えば、いつだって、そうだ。

あなたが何か尋ねるときは、答えがすでにそこにあるの。

なのになにも教えてくれない。

あなたの見ている未来については、教えてくれない。


蛇口をひねろうとするわたしの肩に、ふと、乗るものがあった。

わたしがさっき落としたはずの左手が、肩に乗っていた。

あなたの左手だった。

その先には、あなたがいた。

微笑んでいた。

照れくさそうに、笑っていた。


「いっしょに、きてくれるかい。」


ほら。

やっぱり、いつだって、いまだってそうだった。

あなたがなにか尋ねるときは、答えがすでにそこにあるの。


わたしが、泣きやんだら。


あなたが思う未来のことを聞かせて。



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