パワーレベリング(1)
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
…ところで、タイトルに偽りアリです。
正確にはパワーレベリングの準備ですね。戦闘までは行きません。
翌日、私はネイルを連れてギルドへと赴いた。
ネイルのレベル上げにちょうどいい討伐系の依頼を探す為である。
「あ、シノさん…昨日はありがとうございました」
ギルドに入った私たちに気がついて声をかけてきたのはゴーバック一行の治療術師、キュアリーだった。
「こんにちは。あなた達も依頼探し?」
「あ、いえ…ゴーバックさん達はまだ休んでます…私は…昨日の戦闘で私だけ明らかに実力不足というか…ゴーバックさん達の力になれなかったというか…それで…」
「レベルアップの為に一人で出来る依頼を探してたのね」
「…はい。あの、シノさん達は?」
「同じく依頼探し。ネイルをレベル15まで上げちゃおうと思って」
「え?」
「せっかく奴隷から解放したのに、ギルドのクラスではいまだに「奴隷」の名が残ったままだって言うから…だったらクラスチェンジしちゃえって思って」
「解放?あ、そういえば隷属の首輪が外れてますね…良かったですね、ネイルさん」
「どうも」
私の後ろから顔だけ出して答えるネイル。
奴隷時代のトラウマのせいで軽い対人恐怖症の気があるのかも。
「でも…そんなに簡単にレベルって上がるものでは無いですよね」
「まあ…普通ならね」
「‥‥」
なんか急に考え込んじゃったな。キュアリーちゃん。
それはともかく、ちょうどいい依頼があるか掲示板を見てみますか。
「あの。普通じゃない手段がある、のですか?」
「ちょっとスパルタだけどね…あ、これなんかいいかも」
『ランクC 魔獣の素材採集
最近、西の森に魔獣が増えつつあるのでこの機会に素材を確保しておきたい。
対象 ブレードマンティスの鎌(5組以上)
ホーンドウルフの角(5本以上)
報酬金貨3枚 質、量によって追加報酬あり』
「…ランクCですよ?」
「そうね」
「ネイルちゃんまだFランクのレベル1ですよね」
「そうよ?」
「む、無茶ですよっ!!Cランクって言ったら昨日のスケイルヴァイパーと同レベル帯ですよ!?シノさんは大丈夫でも…」
「問題ありません」
「…て、ネイルちゃんっ!?」
「シノ様が大丈夫と言えば大丈夫なのです…それに…シノ様が私に死ね、と仰るのならば即座に死んで見せましょう」
「…シノさんの奴隷ではなくなったんですよね?」
「ええ。奴隷契約は解消されました。しかし…」
ぽっと頬を染めるネイル。
「あんなことやこんなことをされては…もはや契約などとは関係なく私の魂は未来永劫シノ様の下僕です」
「なに?!何されたの!?何で頬染めてるのーー!!?」
人聞きの悪い。ちょっとネコミミや尻尾をネイルの意識が飛ぶまで愛でただけだというのに。
「まあ、とにかく。ネイルの安全を確保しつつ経験を積ませる事は可能だということよ。ちょっと準備がいるけどね」
「‥‥‥‥あの」
意を決したようにこちらを見上げるキュアリーちゃん。
「今回の依頼…私もご一緒させてはいただけませんか」
どうしようか。二人同時に守るのは難しいかな…ステータス次第か。
「うーん、ステータス、見せてくれる?私の方はちょっと理由があってカードを見せられないんだけど」
「はい、かまいません!」
カードを起動し渡してくるキュアリー。カードの色はパステルピンクだ。
氏名 キュアリー・トーレット 性別女 年齢15歳
総合レベル13 ギルドランクD
クラスレベル『治療術師』13
ステータス
HP 255
MP 263
STR 10
VIT 10
DEX 11
SPD 9
INT 15
MID 16
称号
無し
固有スキル
治療効果+5%
属性補正
光+5%
祝福
医療神フェイタス
「ふむ。技能とか魔法とか何持っているの?」
「あ、それはですね、ここをこうして…」
キュアリーちゃんがギルドカードの画面を横にスライドさせると別の画面が出てきた。
…そんな機能もあったんだ。スマートフォンみたい。
スキルスロット 2
セットスキル 【治療術初級】【治療範囲拡大】
習得技能 治療術初級(キュアライトウーンズ、キュアポイズン)、治療術中級(シールド、レジストスリープ、ライト)、治療範囲拡大
「ネイル、スキルスロットって普通、どのくらい持っているものなの?」
「総合レベルが1の時点で一個、それ以降レベルが10上がるごとに一個ずつ増えていきます。最大で40レベル時の五個ですね。50レベルに達した者達のさらに極一部がスロット六個になると言われていますが…」
…とすると「戦オン」仕様でスロット10個、スロット付きアクセサリー装備でさらに+2個、合計12個のスロットを持つ私はますますチートだな。
もっともこっちのスキルスロットは【治療術初級】(キュアライトウーンズ、キュアポイズン)みたいにいくつかの技能がまとめてセットできる場合があるみたいだから、一概にどちらが優れているとは言えないけども。
「…広域回復が出来るというのは好都合ね、いいわ、一緒に行きましょうか」
「あっ、ありがとうございます!!」
両手を組んできらきらした瞳で私を見上げてくるキュアリー。
ネイルが子猫ならキュアリーは仔犬か…全力でしっぽを振る幻影が見える。
「じゃあ、とりあえず手始めに装備を整えましょうか…近くに製造と販売、両方手掛けている武具屋はある?」
「はい、えーと、ポルテの武具店が一番近いでしょうか」
私は先ほどの依頼を窓口にて受けると、キュアリーの案内でポルテの武具店に向かった。
「いらっしゃい、何が必要だ?」
店主のポルテは小柄ながらもがっしりとした壮年の男だった。
「ネイルはどんな系統の装備ができるの?」
「雑役奴隷のクラスは下級職ですので、布製防具と小型武器が精々ですね」
「布製か…あまりいいのは無いね」
「悪いな、どちらかというと金属加工製品が主力なんでな」
店主のポルテがボソッとつぶやく。
「あ、ごめんなさい…そんな意味で言ったのではないのだけど」
しかし実際ここにはネイルが装備出来る防具はあまりいいのはない。
私は『所持品欄』を開いて手持ちの布製防具を探す。
「ん、こんなもんかな…」
店主から見えないよう体の影に隠してそれを取り出す。
『絹の袖無し忍服』
レベル制限無し
防御力35
術防御10
生命力付与120
それを出すところを見たキュアリーが目を白黒させている。
「え、今どこから…」
「店主、試着室みたいなものはある?」
「おう、そっちの突き当たりのドアだ」
「ありがとう、使わせてもらうわ」
私は二人を引っ張って試着室へと入った。
武器を振り回す必要性からか、日本の衣料店みたいな半畳サイズの試着室ではなく、八畳サイズの石畳の部屋だった。
「とりあえずネイル、私のお古で悪いけどこれを着てみて?」
先ほど取り出した絹の袖無し忍服をネイルに渡す。
「…これは…絹ですか!こ、こ、こんな豪華な布地で戦うんですか?」
「お古だって言ったでしょ?気にしないの」
「は、はい…ありがたくお借りいたします」
おずおずと着替え出すネイル。ぼろ布の様な服を脱ぐと出てきたのは、一糸まとわぬ玉の様なお肌。
あ、いかん、下着はまだ買ってやってなかった。いや、わざとじゃないですよ?
「ごめんね、下着はまた後で買おうね」
「いえ、そんな…凄いです、この服…肌触りが凄く優しいのに丈夫で動きやすいです」
感激しながら体のあちこちをさわさわとさわって確かめるネイル。
「でしょ~下手な革鎧以上の防御力があるからね…ふっふっふっ、それに、それだけじゃないのだよ。自分のステータス確認してごらん?」
「?はい…‥‥‥‥‥!!HPが120も上がってます!」
「うん、生命力付与してあるからね。これでちょっとやそっと攻撃がかすっても大丈夫」
「‥‥‥‥‥‥‥付与武具!?凄い、魔法の防具ですね!」
やたらとテンションが上がるキュアリー
「魔法武具といえば冒険者の憧れ。一つの目標ですよね…いいなぁ、ネイルちゃん」
「…パーティ組んでいる間だけで良かったら貸しましょうか?」
「え、私にも貸していただけるんですか!?てゆうかそんなに魔法の武具持ってらっしゃるんですか…」
期待に瞳を輝かせるキュアリー
「えーと、回復職ならちょうどいいのが確か…」
所持品欄を開いてそれを取り出す。
『年賀の巫女服』
レベル制限 5レベル以上
防御力40
術防御15
詠唱短縮(回復呪文限定)
『戦オン』で正月イベントをクリアした記念に取得できるネタ防具で、忍者だろうが鍛冶屋だろうがこれを着た途端、巫女ルックになってしまうという二次効果がある。
防御力はそれほどでもないこの防具だが、詠唱短縮(回復呪文限定)が有能すぎて、一時期回復技能を使える職がすべて巫女ルックになってしまい非常にややこしかった。
「やっ、やっぱり何にも無いところから道具が…」
「うん、まあ、そーゆーマジックアイテムがあるんだよ。そゆことにしといて…とりあえず、これを着てステータス確認してみて」
「は、はい…」
頭上に?マークを張り付かせながら着替えるキュアリー。
うん、彼女の肌もすべすべしてて眼福ですね。
「朱と白で可愛い服ですね…あ…なにこれ!?」
ギルドカードのステータスを確認したキュアリーが思わず声を上げる。
「こ、固有スキルに 詠唱短縮(回復呪文限定)って付いているんですけど…」
「うん、回復呪文限定で詠唱時間が半分になるね」
「すっ!すごい!凄いですシノさんっ!!そんな効果を持つ魔法武具なんて、少なくとも一般に流通なんかしてませんよ!?」
「うん、だから内緒にしてね。いろいろ面倒な事になるから」
「は、はいっ!」
「じゃあ次は、武器、かな」
着替えを終えた二人を伴ってポルテの所に戻る。
「店主、すまないが次は炉を使わせてくれないか?」
「炉?何するんでぇ」
「いや、この子の為に得物を自分で作ってやりたくてね」
「…同業者には見えねぇがな」
「まあ、昔の話だけどね…すぐ終わるからこれで頼むよ」
ポルテの手に銀貨を一枚握らせる。
「ふん、一時間だけならな」
「ありがとう、感謝するよ」
にっこり笑いかけてやったらポルテは真っ赤になっていた…以外と純情なのか。
さて、これからの肝は…まだ試してない固有スキル、キャラクターチェンジだ。
私は鍛冶場の炉の前に行くとネイルとキュアリーの二人を下がらせる。
「ちょっとこれから変わった事をするから…危険だといけないので離れていてね」
「「はい」」
技能画面を開き固有スキル、『キャラクターチェンジ』を実行。
ウィンドウにキャラクター選択画面が現れる。
『鍛冶師LV60』を選択、タッチすると…
私の姿は一瞬でポニーテールからショートカットになり、忍者の格好から前掛けをかけた職人っぽい格好になった。
…うん、どうやら記憶や感情、パーソナリティは各キャラ共通で保存される様だ…良かった。
ステータスを確認すると
氏名シノ・カグラ 性別女 年齢21歳
総合レベル60 ギルドランクD
クラスレベル『鍛冶師』60
ステータス
HP2180
MP測定不能
STR 18
VIT 18
DEX 18
SPD 12
INT 12
MID 13
称号
世界の天秤
天下の名工
固有スキル
キャラクターチェンジ
マナ解放
マナ譲渡
属性補正
炎+50%
土+20%
風-10%
祝福
名も無き世界の管理者
うん、こっちも異常なし。これなら良いのを作ってやれるかな。
「し、シノ様…」
ネイルの声が震えている。やっぱり驚いたかな。
「ショートカットも素敵です…」
「つっこみスルー!?気にするところそこ!?」
うん、まあ、代わりに君がつっこんでくれたから良いよ。キュアリー
「まあ、いろいろ私は特殊でね…服装を変えると鍛冶職も出来るんだ、位に思ってて」
「え、という事は、シノ様が手ずから武器を作られるのですか?」
「そゆこと」
不思議そうなネイル。以前見た私のステータスにはサブクラスにも鍛冶師が無かったからね。
…とりあえず技能セットを『生産用』に変えて…と。
【器用度上昇】【業物確率上昇】【小型武器作成】【刀刃武器作成】【防具作成】【所持限界重量上昇】【神通力付与】【身体能力付与】【付与率上昇】【再鍛錬】
ネイルのレベルが1だから、レベル制限で作れる武器は最底辺になってしまう…それを腕で賄おうというのだ。
「素材は…上位素材の『上玉鋼』と『白炭』で…火種を『カグツチの神火』を使って、と『小型武器作成』実行と」
素材を所持品欄から取り出しぽいぽいと炉の中にくべる…普通はこんな下位武器に使う素材ではないんだが、可愛いネイルの為です。お姉さんは奮発します。
一瞬でとろけて出てきた鋼を『鬼神の鎚』で二、三回叩くと…あっという間に刃物の形に。
「よく知らないけど…普通、こんなに簡単に出来る物じゃないよね…刃物って」
「シノ様ですから」
さらに『再鍛錬』で攻撃力を上げて…おお、再鍛錬が3回も出来た…仕上げに付与を。
「ネイルは光属性持ってたよね」
「はい」
「なら光属性の金剛石を使うか」
直径3センチほどの金剛石の原石を握りしめると私の拳は淡い光を放ち始める。
「え、金剛石って金剛石!?し、シノ様っいくら何でも私にはもったいないですっ!」
「はっはっは、もう遅いですよ」
その光を得物に押し当て念じるとすうっ…と光がそのまま染みこんでいく。
「完成っ!」
出来たのは…
「包丁?」
「…包丁ですね」
「はっはっは、ただの包丁ではありません、これこそ…武器にも使える超出刃包丁『紫乃壱式』です!」
茎には燦然と輝く『紫乃』の文字。うむ。会心の作です。
これに大量にストックしてある漆塗りの柄を取り付けてネイルに渡す。
『闇薙の包丁・紫乃壱式』
レベル制限 無し
種族制限 獣人のみ
攻撃力65
魔法攻撃力0
技能『光弾』使用可
特殊能力 魔力消費による攻撃力上昇15%
水系魔獣に対する特効1.5倍
「あ、あの…この包丁、凄い魔力を感じるんですが…」
「一応、単純なダメージだけでも…そうだね、昨日ゴーバックが使ってた大剣並にはあるし、魔力を込めれば+15%ダメージが底上げされる。あ、あと水系魔獣には特効があるね。ついでに覚えて無くても光弾が打てる」
「「‥‥‥‥‥‥」」
「あ、あれ?物足りなかった?でもレベル1だとこの辺りが限界で…」
「何ですか、そのむちゃくちゃな機能…下手すれば古代宝剣クラスです」
呆然とするキュアリー。
「シノ様、これ…を、私に?」
受け取った包丁を胸に抱いて泣き出しそうな表情をしているネイル。
「うん、まあ…形が包丁ってのがなんだけど…気に入ってくれると嬉しい」
「……」
「ネイル?」
「大事に、します」
「うん」
「大事にします、ありがとうございますシノ様…」
目尻に涙を滲ませたネイルの笑顔に私は思わず抱きしめようとしたのだが…超出刃包丁ごと抱きしめることになってしまうと気付き、かろうじて自重した。
正月休みの間に書き進めたらいいなぁ、と思っています。