ネイル・サヴァン視点
すみません、パワーレベリンク編の前にこれを入れておかないとどうにも都合が悪かったので、急遽入れました。次こそはパワーレベリング…
森が燃えていた。
私の故郷、サヴァンの森。
私は森の中に小さな集落を作って住んでいた獣人族の一人、ネイル。サヴァンの森のネイルだからネイル・サヴァンだ。
それがある日、気がつけば村も森も燃えていた。
周りからは仲間達の怒号や悲鳴が聞こえている。
果実の採集から戻ってきた私がその光景に呆然としていると、後ろから下卑た男の声が聞こえた。
「まだ餓鬼だが…まぁ、いいか」
途端、私は頭に強い衝撃を感じて、意識を失った。
それが奴隷狩りに来た人間どもの仕業だったと分かったのは、檻に詰められ、馬車で運ばれて行く途中だった。
「獣人の奴隷なんて何に使うんだよ…魔獣との相の子なんざ誰も抱きたがらねぇだろう」
「戦闘奴隷さ。隷属の首輪があれば忠実で屈強な奴隷のいっちょあがりだからな…」
「後は護衛に使ってもいいし、戦の盾として使い捨ててもいい。王都でも需要は多いな」
「ふん…いずれにせよ凶暴な獣人の村一つ皆殺しにしたんだ、報酬は弾んでもらわねぇと割に合わんな」
その後もじっと御者席の男達の話に耳を澄ませていると、この奴隷狩りが人間の世界でも違法な行為であり、奴隷の出所を隠す為、捕らわれた者達以外は皆殺しにされた事が分かった。
その話を聞いて以後、私は何度も脱走しようとしたが「隷属の首輪」のせいでことごとくが失敗に終わった。
「隷属の首輪」は主の一言で強く首を締め付ける魔法と位置探査の魔法が掛かっている。
異様に広いその魔法の効果範囲のせいで一度も成功しなかったのだ。
脱走する度に私の体には鞭の傷が増えていき、食事は家畜の餌に劣るモノになった。3回目からは焼き印を押された。
「淫売奴隷」「豚獣人」「食肉用」その体を千切られるような痛みと、日々衰えていく体力に私は段々と反抗する意識を刈り取られて行き…
最後には主人の足下で残飯を手を使わずに貪る、そんな奴隷の生活を受け入れてしまっていた。
そんなある日、主人の荷馬車の御者をして森を進んでいた私は…一瞬にして右腕を食いちぎられていた。
そこにいるはずのない強力な魔獣「スケイルヴァイパー」の集団にぶち当たったのだ。
「きゃああああああああっ!!」
久しく出していなかった痛みによる絶叫が森の中に響いた。
そして、そのおかげで私は生涯の真の主人に、出会った。
「冗談…人間が素手でスケイルヴァイパーを切り裂く…?」
私達の一行の危機に駆けつけたその人は、つややかな黒い髪をポニーテールにして、だぶついた黒い上着とズボンという出で立ちの極めて美しい女性だった。
武器の一つも持っておらず、防具らしい防具もない。しかしスケイルヴァイパー相手に見せたその働きはとても人間とは思えなかった。
私はその美しい、まるで舞のような動きに目を奪われていたが、やがて血を流しすぎたのか、意識を失った。
目を覚ました私に待っていたのは怒濤の急展開だった。
助けてくれたあの人が私を欲しているという。
私はあの人への報酬として譲渡される事になった。
「よろしい、これで譲渡手続きは完了した。ネイルは煮るなり焼くなり好きにしていいですぞ」
「そんなんしないわよ。愛でるに決まっているじゃない。こんなっ…ふわっふわな尻尾なのよ!?耳なんかもふもふよ!?これを愛でないでどうするの!?」
変わった人だ。
獣人は魔獣との合いの子と呼ばれ、人間からは忌み嫌われていると思っていたが…
その獣人であり…しかも隻腕である私を、この人は愛でるという。
獣人の誇りである耳と尻尾を褒められたのは少し嬉しかった。
「神楽紫乃…こちらの読み方だとシノ・カグラかな。『クノイチ』よ。レベルは内緒」
新しい主人はシノ様、というらしい。クノイチというクラスも聞いた事が無いが、あの戦闘の様子からしてかなり高レベルなのだろう。
それに、新しいご主人様は人を驚かせるのが趣味に違いない。
部位欠損を再生させるような超高価な魔法薬を奴隷に使わせるなんて!
おかげで私の右腕はあっさり復活した。それどころか焼き印の痕も跡形もない。むしろ以前より調子がよい。
おまけに魔力量がとんでもない事になっている気がする。
薬の効果というよりむしろ…ご主人様に抱きしめられた時に感じたあの不思議な多幸感…あれのせいのような。
私はその不思議な多幸感に酔っていたのだろう。でなければあんな恥ずかしい台詞…
「わたし、一生ご主人様に尽くします!たとえ奴隷契約が切れても、生涯この身はご主人様の物です…」
ぎゃー思い出しただけで死ねるっ!しかもあの時ご主人様の靴にキスなんかしちゃったりして!!
それからの私は、新しい主人の寵を得ようと必死で媚びを売った。
もうすでに私は心の奥まで奴隷であったのだろう。絶対的な強者であるご主人様の庇護を失うまいとその様は見苦しいほどだった。
だが、結果からしてそれは余計な心配であったと言える。
ご主人様の非常識さとお人好しぶりはそれほどまでに突き抜けていた。
奴隷を風呂に入れる為500クラムもするスイートルームを取るとか、ましてや一緒に入浴し奴隷の髪を洗うとか…あべこべではないか。
そして…食事の時。
奴隷は床で残飯を食うもの、と、食卓への同席をご遠慮申し上げると、とんでもない事をやりだした。
堅くて四角いマット、足の短いテーブル、クッション、そして見た事もないご馳走の数々。
これらをご主人様…シノ様は『空中から取り出して見せた』のだ!
無から有を作り出すなどいくらシノ様が別の大陸から来たといってもあり得るのか?それはもはや神の領域ではないのか…
しかしそんな疑問も一時の事だった。恐る恐る手をつけたそのご馳走のあまりの美味しさに、気が付けば貪るように食べていた。
食後、少ししてシノ様は私を奴隷の身分から解放すると言い出された。
思わず「私を捨てないでください!」なんて馬鹿な女の台詞を吐いてしまった…
ダメです。もう私はかなりシノ様にやられてしまった様です。
シノ様と離れて自由を得るより、シノ様に飼われる奴隷でいたい、と、そう思うまでに。
結局、シノ様は私の奴隷、という立場が気に入らないだけで、私と離れたい訳ではない事が分かり、奴隷の身分から解放していただいた後、改めて従者として側に置いていただける事になりました。
その後、公的な身分としての奴隷は平民になりましたが、ギルドでのクラスとしては雑益奴隷のままだという事が分かったシノ様は「ならクラスチェンジしてメイドになっちゃえばいいのよね…うふふふふふネコミミメイドきたぁぁぁぁ!」と何かよく分からないポイントにツボがあった様で私のレベルアップ計画というものを練っているようです。
シノ様にはいろいろ驚かされっぱなしですが、この日最大の驚きはギルドカードの交換をした時でした。
シノ様にカードを示す為、情報を開示状態にすると、以前と明らかに違っていたのです。
氏名ネイル・サヴァン 性別女 年齢14歳
総合レベル1 ギルドランクF
クラスレベル『雑益奴隷』1
ステータス
HP 25
MP 800
STR 14
VIT 15
DEX 12
SPD 15
INT 10
MID 9
称号
マナの申し子
固有スキル
部分獣化
属性補正
闇+10%
光+10%
祝福
神楽紫乃
…MP800って何でしょう。祝福欄にシノ様の名前があるって言う事はその効果なのでしようか。
そもそもシノ様は『祝福を与える側』の存在という事なのですか!?
「へー、すごいじゃない!MP800とか、かなり多いんじゃないの?」
「あ、あれ…いえ、前は10位しか無かったはず…称号マナの申し子?属性も闇+10が増えて…祝福欄にシノ様のお名前が!?」
「あ、あはは…何でだろーねぇ…」
シノ様はごまかし方はあまりうまくないようです。目が泳いでおられます。
しかし次に他言無用と見せていただいたシノ様のカードの方はもっととんでもなかったのです。
氏名シノ・カグラ 性別女 年齢21歳
総合レベル85 ギルドランクD
クラスレベル『クノイチ』85
ステータス
HP2500
MP測定不能
STR 17
VIT 15
DEX 18
SPD 18
INT 13
MID 18
称号
世界の天秤
クノイチマスター
固有スキル
キャラクターチェンジ
マナ解放
マナ譲渡
属性補正
闇+50%
炎+20%
光-10%
祝福
名も無き世界の管理者
「れ…レベル85…?レベルの限界値って50のはずじゃ…MP測定不能!?それにこのステータス…限界値の18が三つも…ほかも軒並み平均以上で…ぞ、属性補正+50なんて伝説にも無いはずです!!」
おまけに固有スキルを三つも持っていて、『世界の天秤』とか、いかにも凄そうな称号があったり。
…本気で精霊か神様の一柱なんじゃないかと思えてきました。
そしてシノ様はその私の疑念に気が付いたのか、ご自分の秘密を打ち明けてくださいました。
異世界から世界同士の接触事故で来訪した事。
その際、マナの通り道としてこちらの世界に固定されてしまった事。
自分が好意を持って抱きしめてしまった為に、私に祝福という形で影響が出た事。
正直、一般の人間からこんな事を聞かされれば頭を疑うところですが、シノ様の非常識な能力を知っている私としては、むしろ納得という所です。
ちら、とシノ様の様子を見てみると、親に怒られるのを待つ子供みたいな目でこっちを見てきます。
正直、従者にあるまじき事ですが…可愛い、と思ってしまいました。
この微妙な空気を動かそうとつい、
「さすが私のご主人様です」
と偉そうな口を叩いてしまいました。
ですが、なぜかその私の言葉に感極まったシノ様にベットに押し倒されました。
や、別に嫌ではないんですがっ!一応花も恥じらう乙女としてですね、初めての方が女性とか…
「はむっ」
「あうんっ!」
耳?耳ですか?
「さわさわさわ」
「ひうっ」
しっぽも?
「もふもふさわさわ…」
「あっ、あぁっ!シノ様、そこ…敏感なんですぅ…」
同時ぃぃぃーーー!!
と、いうかですね、肝心の場所はまったく触れてくれないのに、耳と尻尾だけでもう訳が分からない位乱れてしまいました。
さすが私のご主人様。こっちの方も達人級なのですね…テクニシャン…
等と思いつつ私の意識は優しい闇に溶けていきました。