ネイルとお泊まり
前話くらいから意識的に行間を空けるようにしてます。読み難いとの声が多数あれば元に戻すかもです。
「お待ちください!」
踵を返して帰ろうとした私に受付のお姉さんが声をかける。
「まだギルドカードをお返ししてませんわ」
…すっかり忘れていた。もうネイルとの甘い一夜にしか気が向いてなかった。
「今回のスケイルヴァイパー討伐でポイントが一気にDランクに到達しましたわね。おめでとうございます」
「え?二階級一気に?そんなに一気に上がるもんなの?」
「ええ、本来なら一匹であろうとCランクのパーティ…たとえばそちらのゴーバック様とかのご一行が討伐に向かうべきレベルの魔獣です。それをお一人で、しかも5匹も倒されたとあっては…Fランクに留めておく方が無理ですわ」
「まあ、実際シノ殿がFランクなんて言ったら俺たちの立つ瀬がないし、新人どもの依頼を横取りするようなもんだしな…素直に受けておいたらいいんじゃねぇか?」
なるほど…そういう理由もあるのか。
「分かりました、ありがたくお受けします」
「受けられる依頼は自分のランク+1~-2までだぜ。シノ殿のDランクならCからFまでってこった」
「補足説明ありがとうございます」
ゴーバック、説明役を奪われた受付のお姉さんが睨んでるぞ。
「まあ、細々としたことはまた明日依頼を探す時にでも聞くよ…とりあえずゆっくりお風呂にでもつかって休みたい」
「ん?浴場付きの宿屋か?そりゃあ…ちょっとお高いところしかないぞ。ここら辺なら…」
ギルド直営の宿に泊まるゴーバック一行と別れて、私はゴーバックから紹介されたその、「ちょっとお高い宿」にネイルをつれて向かった。
「浴場が使えないってどういうこと?」
明らかにネイルの方を見て大浴場の使用を渋ってきた従業員に私は詰問した。
「いや、その…奴隷も一緒となると衛生面から嫌がるお客様もいらっしゃいまして…」
「ほう…私のネイルが汚いとでも…?」
「い、いや、その…」
実際、服はともかく清涼丹を飲ませた時点で、病気どころかフケの一片まで綺麗になっているのだが、そこまでは分からないか。
「あ、あの、シノ様、私でしたらお気になさらず…」
「いやよ。私が、この手で!ネイルの爪から毛並みまでぴっかぴっかに磨き上げたいの!」
「で、でしたら…その、妥協案というか」
「ん?」
「少しお高いですが、スイートルームであれば…共同浴場ではなく、室内に浴槽がありますので」
誰にも邪魔されず二人っきりのバスタイム。
「仕方ないわね。それで手を打つわ」
即答だった。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながらネイルの髪にブラシを通す。
「髪も栄養状態が悪かった割に艶々ねぇ…ほら出来た。可愛いわよ」
甘いバスタイムも終わり、私は脱衣所に設置された銅鏡の前でネイルの髪をいじっていた。
ちなみにネイルは着やせするタイプでした。背が低めの割にメリハリの効いたボディで…いろいろ暴発しそうになるのを押さえるのにいっぱいいっぱいでした。
ちなみに一泊500クラム。それだけの元は取りましたよ!
「あ、ありがとうございます。でもっ!シノ様こそお綺麗で…」
「ふふ、ありがと」
別にネイルの言葉は主人に対するお世辞ではない。
この世界に来て初めて鏡を見て分かったのだが、私の容姿は元の私の面影はあるものの、だいぶ美化されていたのだ。
これもゲームキャラクターである『神楽紫乃』がリアルの私に影響した、ということなのだろう。
「そろそろ、お食事も部屋に用意されている頃だからごはんにしよっか」
「はい」
この世界に来て初めてのまともな食事である。いやが上にも期待は盛り上がったのだが。
「なによコレ」
確かに値段だけのことはある。食べきれないほどの豪華な食事がテーブルの上に並べられている…私の分だけが。
ネイルの分はというと、テーブルの下にトレイが置かれ、食べかけのパンとスープと焼き魚が置かれている。
明らかに残飯だ。しかもスプーンもフォークもない…手づかみで食べろとでも言うのか。
そしてその前に、ネイルが直接床に座っている。
「すごい、白いパンです…お魚もあるなんて」
しかし、そんな待遇にネイルは心から感激しているように見える。今までどれほど劣悪な環境だったんだ。
「ネイル、そんな冷たい床に座ることはないわ。一緒にテーブルで食べましょう?」
「そ、そんな…奴隷がご主人様と一緒のテーブルでなんて恐れ多いです」
「ふーん、そう…どうしても?」
「は、はい」
「…なら」
所持品欄を展開、『畳』を選択。これはゲーム内で個人の屋敷を持った際に屋敷の内装をカスタマイズするアイテムの一つだ。
「設置場所選択…設置×6…ついでにちゃぶ台…設置×1…座布団も…設置×2、と」
あっという間に冷たい石の床に6畳の簡易和室スペースが出来た。
「え?これは…どこから!?」
「んー、食事の後にね」
さらに所持品欄から食料アイテムを選択。「戦オン」は日本各地の名物が食料アイテムとして登場するので種類がとても豊富だ。
「月見うどん、へぎそば、笹団子、あんころもち、おけさ柿、蛤の酒蒸し、おやき、ほうとう、ちゃんちゃん焼き、南高梅のおにぎり、鶏の水炊き…」
どんどん取り出してちゃぶ台に並べる。
「…見たこともないご馳走です。シノ様のお国の…?」
「そゆこと。さ、一緒にたべよっか」
「え、でっでも」
「私の国では床に敷いた畳の上に直接座って生活するんだよ?もちろん食事もね」
結果…はじめは恐る恐る食べていたネイルも次第にその速度は速くなっていき…最後は泣きながらかき込んでいました。
大丈夫、ゆっくり食べていいんだよ。
食後1時間ほどして。私はネイルと今後のことについて話し合うことにしました。
「まず当面の目的は…土地を買う事と、ネイルを奴隷の立場から解放する事です」
「し…シノ様っ!わ、私何か粗相しましたでしょうか!?す、捨てないで、ください…」
涙目で見上げないでくださいネイルさん。思わず襲いそうになります。
「馬鹿ね、捨てるわけないじゃないの…「私の」ネイルが奴隷なんて呼ばれて蔑まれるのに我慢がならないだけよ。それに…「奴隷でなくなってもシノ様のモノですっ」て熱い告白をくれたのは誰でしたっけ?」
「あ、あぅ…」
真っ赤になって黙ってしまうネイル。可愛い。
「土地は…ね、家を建てる為。土地さえあれば建物の方は当てがあるからなんとでもなるわ」
当て、というのは戦オン内で持てるマイホーム「屋敷」システムだ。
身分と多額の金銭が必要であるが、もちろんこれを私は所有していた。
後はこれを設置するだけの広くて利便性の高い土地があれば、あっという間にマイホームの完成である。
「そうね…貴族の屋敷を建てられる位の土地って…町中だとどの位するのかしら」
「想像もつかないですけど…100000クラムじゃ足りないと思います」
「そう、じゃあ余裕を持って300000クラム…金貨30枚ってところかしらね…目標金額は」
Cランク魔獣で一体銀貨50枚だから、そこまで無理な金額じゃないわね。
「で、問題は奴隷身分からの解放ですが。どうなの?これって主人である私が自由にしていいよって言ったら奴隷じゃなくなるの?」
「公的な身分としての奴隷ならその通りです。昼間にやったみたいにこの『隷属の首輪』にシノ様が触れながら契約神プロミス様に解放を約束すれば…」
「ふんふん。こんな感じ?『契約神プロミスに申し上げる。クノイチ、シノ・カグラ所有の奴隷ネイルは主である私の意志により対価無くその身分を解放する』」
おお、ネイルの首輪が光ってるよ。何となくそれっぽい事言っただけなのに成立するんだ…
「はい、これで私の公的な身分は奴隷から平民になりました…ありがとうございます、シノ様…でも…」
「ん?なあに?」
「奴隷でなくなっても、私、シノ様にお仕えしたいんです。今度は私の意志で…『奴隷』ではなくて『従者』にしていただけませんか?」
「そうね、それでネイルがいいのなら…」
「ありがとうございます、シノ様…」
こちらこそ、だよ。
異世界に一人で飛ばされて心細いところに、すぐにこんなに慕ってくれる子が出来るなんて…幸運といっていいよね?
「あ、そういえば…さっきから「公的な身分」としての奴隷って言ってたけど…どういう意味?」
「ええと、私は冒険者ギルドに『クラス雑益奴隷』として登録されていますので、そちらはそのままなんです」
「え゛」
「でも、そちらはそんなに不利益がある訳でも…」
「だめっそっちも何とかする!」
「と仰っても…クラスチェンジするにはクラスレベルが15以上必要ですし」
「クラスチェンジすると…何になれるの?」
「ええと、たしか『メイド』か『従者』…」
「それだ!」
ネコミミメイドさんきたぁぁぁぁ!!
「明日から資金稼ぎを兼ねてネイルの急速レベルアップ作戦…作戦名『パワーレベリング』を発動しますっ!」
「は、はいっ!」
「ついては…参考の為にネイルのステータス見せてもらってもいい?私も見せるから」
「はい、もちろんです!えーと…どうぞ」
ネイルのギルドカードはその体毛と同じ純白だった。そこに表示された内容は…
氏名ネイル・サヴァン 性別女 年齢14歳
総合レベル1 ギルドランクF
クラスレベル『雑益奴隷』1
ステータス
HP 25
MP 800
STR 14
VIT 15
DEX 12
SPD 15
INT 10
MID 9
称号
マナの申し子
固有スキル
部分獣化
属性補正
闇+10%
光+10%
祝福
神楽紫乃
「へー、すごいじゃない!MP800とか、かなり多いんじゃないの?」
「あ、あれ…いえ、前は10位しか無かったはず…称号マナの申し子?属性も闇+10が増えて…祝福欄にシノ様のお名前が!?」
「あ、あはは…何でだろーねぇ…」
あれか…ハグでマナ大量に与えちゃったせいか。ここまでくると誤魔化すのも無理が…ある程度話さなくちゃかな。
「じゃあ、次は私ね」
すべての情報を開示状態にして、カードをネイルに渡す。
「れ…レベル85…?レベルの限界値って50のはずじゃ…MP測定不能!?それにこのステータス…限界値の18が三つも…ほかも軒並み平均以上で…ぞ、属性補正+50なんて伝説にも無いはずです!!」
私は、異界からきた事、二つの世界のマナの橋渡しとして存在している事を話さなければならなかった。
たとえそれが原因でネイルに恐れられ去って行かれる事になっても。
だがすべてを聞き終えたネイルは屈託のない笑顔でこう言った。
「さすが私のご主人様です」
私は思わずネイルをベッドに引き倒して…思う存分ネコミミと尻尾をモフり倒した…
「あっ、あぁっ!シノ様、そこ…敏感なんですぅ…」
途中からネイルの声がやたら色っぽくなって息も絶え絶えという風だったが、あえて無視した。
次回はパワーレベリングのお話かな。
ネットゲームなどでレベルの高いプレイヤーが低レベルプレイヤーを連れて強敵の沸く所で一気にレベルアップさせることを言います。たぶん。