異界のドラッグストア(3)
月光の正体判明
――今は亡きコンパ○ルに捧ぐ。
……はて。
これは一体どういう状況なのか?
日が昇り、三人を起こそうと馬車の中に踏み行った私はローリナの側に奇妙なものを見つけた。
大きさはウサギ程度。
長い耳を持ち、黄色いふさふさの毛に覆われている小動物。
そして何よりの特徴はその額の赤い宝石。
その小動物がローリナに寄り添って幸せそうにすぴすぴと寝息を立てている。
結界石と私の『万象看破』と『気配察知』をくぐり抜けてここに居る事自体が信じられないが……こいつ、なんか見た事あるぞ。
主に落ちゲーのマスコットキャラ的な感じで。
「ね……ねぇ、ローリナ……? 起きて?」
「むふん……?……あ、シノ様ーおはようございます~」
私の問いかけに目を覚ますローリナ。
「う、うん、おはよう……で、その、それは……?」
無意識なのかローリナが抱きしめていた小動物を指さし問いかける。
「ん……それって……?」
ローリナの視線が私の指の指し示す方向――自分の胸元に落ちる。
そこには、つぶらな瞳をローリナに向ける愛らしい小動物の姿。
「君……だれ?」
「かーーー」
その小動物は気の抜けるような声でそう、鳴いた。
※
「……こんな魔獣……幻獣でしょうか?見た事ありません」
「だなぁ、俺も聞いた事ないよ」
「ふわふわーもこもこーふわふわーもこもこー♪」
「かーー♪」
全員が起きたところでこの小動物の正体を聞いてみるが、やはり分からなかった。
魔獣に関しては一番造詣が深いローリナが分からなかったのだから当然かもしれないが。
愛嬌のある風貌をしたその小動物は、人の言葉をどうやら理解しているらしく……こちらの言う事をよく聞き、大人しい。
更にローリナとよほど気が合ってしまったのか、一刻たりとも離れようとしない事もあって、なし崩しにローリナ預かりと言う事で決着してしまった。
「まあ、後でギルドにでも問い合わせてみるかな……アレだとしたら危険は無いだろうけど」
「え、シノ様はこの動物に心当たりが?」
「うーん、偶然外見が似ているだけかもしれないし、断言できないけどね」
しかし、本当にアレだとしたら……
「……本当ならローリナにはここで先に帰って貰って、私達は『千里の翼』で帰る予定だったんだけど……ついて来て貰った方が良いかもしれない」
「え?もちろん私はついて行くよ?ここで先に帰すつもりだったのー?」
「まあ、ね。BランクはともかくAランクの鬼熊まで居るという話だし、安全策をとってね。でも、それが本当にアレなら……熊胆の発見に役立つかも……ん?」
ローリナと話している最中、スキル『気配察知』に反応が。
方角は……サザンの方向。人が3人、かな。
対象に向けて『万象看破』を発動する。
人族 レベル26 男性 軽戦士系 敵対行動中立 固体名コズール・イーネス
人族 レベル25 男性 重戦士系 敵対行動中立 固体名ヤーバン・コヴン
人族 レベル29 女性 魔術師系 敵対行動中立 固体名マジョーア・ネゴー
いまだ消しゴムサイズ位にしか見えない彼らの詳細が目の前に浮かぶ透明なスクリーンに表示される。
……凄いな、名前まで分かるのか。一体どういう原理なんだ。
更に文字だけでなく、彼らの外見まで拡大表示されるおまけ付き。
うーん、合成技能だけあって高機能だなー……と、あれ?
その三人組の一人に見覚えがある……確かあいつは……
「どうしたのシノ様」
急に黙って明後日の方を睨みだした私を心配したのか、ローリナが声をかけてくる。
「ん、大丈夫、なんでも無いよ……ところで、ローリナは一緒に行くとして、その子をどうするつもり?」
遠くに見えた三人が気になったが、とりあえずローリナとの会話に戻る。
「……連れて行きたいの。だめ?」
「連れて行くのはいいけど……万が一の為に『調教術・初級』で契約するなりしたほうが良いんじゃない?」
「そっか、だよね!せっかく覚えたんだし!」
ローリナは腕に抱えていた小動物を目の前に差し上げると、その瞳をのぞき込むようにしてスキルを発動した。
「ねえ、君、名前教えてくれる?一緒に行こうよ?」
「かー、かかー」
「そう、カールヴィントね……よろしく、ローリナよ」
「かーー!!」
……なんかどういうやりとりが合ったのかは分からないが無事契約できたようだ。
そんなやりとりをしている内に、さっきの三人組がこちらに気が付いたのか、街道を外れて近付いてきた。
「おや、珍しいねぇ……こんな所に女子供がいるなんてねぇ」
声をかけてきたのは三人組の一人、一番レベルが高かった金髪の女性だ。
ローブの下は全身黒レザーのぴっちりとした防具を着込んでいてエロい事この上ない。
どうやらこの女性がチームリーダーらしく、後方に細身の軽戦士と厳つい重戦士の二人を従えている。
「あんたらもあの噂を聞きつけて来たのかい?でも残念だね、カーバンクルは私達が貰うよ?」
「かー……バンクル?」
その言葉を聞いて私は思わずローリナの胸に抱かれている小動物に目を向ける。
正直、ここまで符号が合うと神様のおふざけなんじゃないかと思う。
コンパイ○さんに謝りなさい。
「なんだ知らねぇのか? 創造者ともあろう者がだらしねぇなぁ」
下卑た笑みを浮かべる茶髪で細身の戦士……あー、見覚えあると思ったら……
「あー、食堂で彫像やってた人か」
「誰が彫像かっ!てか、今思い出したのかよ!」
以前、その態度につい頭に来て『影縛り・改』で2時間ほど食堂で彫像の刑に処してやった男だ。
「ふん、まあいいさ、こっちはカーバンクル探しでそれどころじゃねぇんだ」
「ほう、そのカーバンクルってのは一体?」
「ふふん、聞きたいか?カーバンクルってのは伝説の魔獣でな、その額の宝石を得ると幸運がドンドコと舞い込んでくるんだとよ」
「幸運ねぇ?」
「おや、信じてないね?実際にカーバンクルストーンを手に入れた人の体験談もここにあるんだよ?」
ローブの下から『季刊ハッピーサザン』と表紙に書かれた雑誌を取り出す女性。
「ほら、ここに……『カーバンクルの宝石のお陰で彼が出来ました!』『宝くじで金貨100枚が!』『不治の病から生還しました!』『10日で10キロのダイエットに成功!』『彼女が三人も出来てウハウハです!』」
どう見てもインチキ広告にしか見えませんが。
私の視線に懐疑的なものを感じたのか、聞いても居ないのに言い訳を始める女性。
「まあ、あんたの疑うのも分かるさ、こんな本にうかつに応募したって送られてくるのは偽物のカーバンクルストーンだ。そんなのは分かってる」
「……ならいっそ自分たちでカーバンクルをひっ捕まえて額の宝石をえぐり出したらええんやと思ってな」
三人組の最後のごつい戦士がさらっと怖い事を舌に載せる。
「そんな時にクァクダ山の麓でカーバンクルを見かけたって言う情報があってねぇ……山狩りに行く所なのさ……何しろヤツは全身真っ黄色で長い耳を持つっていうからね、山中では目立つは」
「マジョーアの姉御」
「なんだい、話を途中で切るんじゃ無いよコズール」
「いや……その、アレ……」
ローリナの腕の中のカールヴィントを指差す茶髪戦士。
「……黄色いね」
「耳も長いですな」
「額の赤い宝石もありますなぁ」
「……………」
「「「カーバンクルだぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」」」
あ、やっぱり?
「ななななななんでおまえ等がそれをっ!!」
「バカだね、そんな事言っている場合じゃないだろコズール!」
「そ、そうだな! おいおまえら! そいつを寄越せ!」
「バカ、交渉が先だよ! おほん、という事でね? 今までの話はもちろんジョークさ。カーバンクルの宝石なんかに何の力も無いとも……で、だね、そんな役立たずを持っていてもしょうが無いだろ? あたしが銀貨1枚で買い取ろうじゃないか、どうだい?」
……交渉しようって気、無いよね?
「だめーーーーーーっ!! カールヴィント……カール君はもう私のお友達だもん! 殺させないんだからっ!」
「……と、まあ、ウチのお姫様が仰っているのでね? 今回は遠慮してくれる?」
「くう……遠慮も何も、幻と言われたカーバンクルだ。次の機会がある訳無いだろう……こうなったら!」
女性……マジョーアって言ったっけ、その気配が剣呑な物に変わる。
「コズール! ヤーバン! やーっておしまい!!」
「「おおぅ!」」
ちょっと待て、ア○ホラサッサーじゃないのか。そこは。
「おりゃあぁぁ!!」
コズールと呼ばれた軽戦士が私に向かってくる。
剣はまだ鞘の内だ。
「りゃ!」
私を間合いに捕らえたと同時に抜刀、その勢いを利用して斬撃を繰り出す……いわゆる抜刀術だ。
意外と鋭い……というかこっちの世界にもあるんだな、抜刀術。
そのコズールの抜刀術の初動を見切り、一歩前に出て抜き手を押さえてやる。
それだけでコズールの片刃の長刀は勢いを削がれ、私の体に届く前に止まった。
「な……!おまえ生産職じゃ無かったのか!?何で俺の抜刀を止められる!!」
どうやらこの男、本家三悪のセコポジションより大分腕は立つらしい……『万象看破』によればレベル26だし当然か。
でも、言ってみればそこまでだ。
「何で止められるかって? 力が足りない、技術が足りない、早さが足りない……何よりもレベルが足りないわね」
この世界でレベルは基礎能力値に大きく補正をかける。
私とコズールとでは約三倍のレベル差があるのだ。当然の結果というものだった。
私はコズールの抜き手を得物の柄と共に強く握りしめ逆関節にねじり上げる。
「いで!いででででてっ!!おっ折れるってっ!!」
「……いや、折れるも何も、そっちは殺そうとしてきたんだし自業自得というか」
コズールの得物をそのまま奪い取ると、草原にぽいっと放る。
軽く放ったはずの片刃刀は、大きく弧を描いて遙か彼方へと飛んでいった。
「あーーーーっ!!俺の鬼切り(複製)がっ! まだローン済んでないのに!」
「まあ後でゆっくり探してね……てぃっ!」
ねじり上げた腕をそのまま固定して、コズールの首筋に手刀を落とす。
「きゅう……」
あっけなく気を失うコズール。
「シノ様、こちらも問題ありません」
ネイルの声に目をやると、すでにもう一人の戦士――ヤーバンはネイル達三人に叩き伏せられていた。
「ん、おみごと」
後は――
「ええい、役に立たない奴らだね!……まあいいさ、魔法を組み上げる時間稼ぎ位にはなった……くらいなっ!」
マジョーアがその両手に巨大な炎の魔法を形成している。
それが直撃すれば私はともかくローリナなどは一瞬で命を奪われるだろう。
それほどに強力な物だと分かる。
――通常ならば。
マジョーアの魔法が放たれる直前、一瞬早く私のスキルが発動していた。
「『結界全体化』『積層結界』」
私やネイル達だけで無く、リュミエールやカールヴィント、馬車まで全体化の範囲に取り込む。
直後、私達を巨大な火の玉が直撃したが、轟音を残してむなしく結界の表面に火の花を散らしただけに終わった。
「な、なんだい!?私の魔法を完全に無効化するなんて……あんた達何者だい!! ……生産職や女子供が何でっ……くっ!覚えておいで!」
「うん、忘れないと思う……面白いから」
まさしく典型的なやられ役。今時珍しい。
「くっ! 戦闘離脱!」
マジョーアが懐から出した白い玉を地面に叩き付けると辺りは一瞬で真っ白な煙に覆われた。
逃げる為の煙幕代わりかと思っていたら、数秒で煙はすぐに晴れ……しかしそこにもう三人の姿は無かった。
「こんな短時間にどこへ……」
「シノ様、アレは一種の魔道具です。おそらく近場へ転移したのでしょう」
ネイルがマジョーアが使った白い玉について説明してくれる。
「んー、近場にね……じゃあまたカールヴィントを狙ってやってくるかもね……こりゃますますローリナを一人で帰せないな……しょうが無い、みんなで鬼熊狩りに行こうか」
「承知しました」
「へへ、心配すんなよシノさん、ローリナは俺が守るからさ」
「シノ様、守ってね?」
「……いや、だから俺がね……」
「シノ様~ごろごろ」
「ローリナ、一人だけはずるいです」
……などとふざけていた頃。
逃げ出したと思われていた三人は意外と近くの茂みに隠れていた。
(マジョーア姉御、奴ら鬼熊を狩るとか言ってますよ)
(命が惜しくない馬鹿なんだろうさ……しかし奴らの強さはなんなんだい!?非常識だよ)
(しかしそれなら……奴らの後を着いて行って鬼熊戦で弱ったところを叩けばどうですかい)
(コズール!さすがだね流石だね天才だね!)
(よっ!天才コズやん!)
私は『気配察知』で奴らが近くに隠れているのを察知していたが、わざわざ隠れているヤツを引っ張り出していたぶる趣味は無いので、とりあえず無視する事にした。
今はそれよりも熊胆の入手が先決なのだ。
ちょっと悪のりしすぎた感のある回でした。
不快に思われた方がいたら済みません。
そしてまだ熊が出ない。(泣)




