異界のドラッグストア(1)
軽めの百合表現あり。苦手な方は注意を。
「ふぅ……こんなものかなぁ」
この一週間の内六日はお庭のダンジョンに籠もって手近な技能から合成・進化の為の技能ポイント稼ぎをしてきたのだけど……これが意外と楽しく、ハマッてしまったのだ。
とりあえず『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』はゴブリンの宝箱の開閉でポイントを稼ぎ、大量の敵が沸く地下二階で各種戦闘系のスキルのポイントを貯めて進化・合成を確かめてみました。
結果、
・ポイントが溜まっていても進化できる物と出来ない物がある。
・ポイントが溜まっていても合成出来る組み合わせと出来ない組み合わせがある。
・進化や合成をしても元々の技能は消えずに残る。
・ポイントはランクの高い敵ほど多く取得できる。
という事が判明。
いくらでも遠慮無く進化・合成が試せるので興が乗っちゃったのですな。
で、今回、進化や合成の組み合わせで発見したのは……
進化
『宝箱罠調査』→『罠調査』(宝箱以外にも適用)
『宝箱罠解除』→『罠解除』(宝箱以外にも適用)
『多重結界』→『積層結界』(術+物理に対応した結界)
『神卸』→『神卸・久遠』(常時発動の神卸。ただし効果は五割程度)
合成
『罠調査』+『気配察知』=『万象看破』(調査、発見系総合技能)
『回避術極意』+『反撃術極意』=『流水』(回避・反撃の両特性)
『挑発』+『反撃術極意』=『捨身の一撃』(攻撃力三〇%アップ+防御力三〇%ダウン)
『幻惑』+『抜刀術』+『二刀流』=『変位抜刀十字斬り』(必中の二連撃)
『幻惑』+『挑発』=『狂化』
等々。
他にも同系統のスキルより弱体化したスキルや使い道の無いスキルもいくつか出来たけども省略。
今回発見した組み合わせの中でも特に『万象看破』や『流水』、『神卸・久遠』等の使える技能を覚えられたのは大きい。
常時セットスキルの候補としておこうと思う。
で、残りの一日はというと……ポルテさんの所へ一日弟子入りしてきました。
と言っても日用品や食器の作り方をレクチャーして貰っただけなんだけれども。
元々戦オンは日本の戦国時代をモデルとした物なので、武器はともかく、西洋風の日用品のレシピは少ないのだ。
しかし、何の因果か当家の従者はメイドや執事などブリティッシュ溢れるクラスばかり。
彼らの特性に合わせた武器を用意する為にも、西洋風の日用品のレシピは必須な訳です。
「シノ様、この一週間のお勤め、お疲れ様でした」
私が居間で習得したスキルやレシピの整理をしていると、ネイルがお茶を出してくれた。
お茶請けはおかきだ。
……しかし、『お勤めご苦労様』って……渡世人か私は。
「ありがとう、ネイル達も大変だったみたいね?メイド、執事学校へ体験入学してたって?」
「はい、幸い、良い先生に恵まれまして、体験入学中に多くのスキルを教えて頂きました……レベルも上がりましたし」
整理すると……
ネイルが総合レベルが22から23へ、『ルミナスメイド』のクラスがレベル17へアップ。
技能伝承によって『邸宅管理・清掃』を習得。
クラスのレベルアップによって『聖撃』を習得。
ヴァトは総合レベルが12→14へ、『紅蓮の執事』のクラスがレベル14へアップ。
クラスのレベルアップによって『酒精火炎』を習得。
ローリナは総合レベルが12→14へ、『高位調教師』のクラスがレベル14へアップ。
技能伝承によって『邸宅管理・清掃』『襲歩強化』を習得。
メイディンは総合レベルが12→14へ、『園丁の巫女』のクラスがレベル14へアップ。
技能伝承によって『邸宅管理・清掃』『緑の指』を習得。
これだけの成長を私が居ない間に果たしていたのだ。
頼もしいけど……なんというか、少し寂しい。
君たち、もう少しおねーさんを頼ってくれて良いんだよっ!
……と、思わず言ってしまいたい。
少し過保護かなあ。
「そ、それで、ですね……」
ネイルがなにやら赤い顔をして、言い出しにくそうにこちらをちらちらと見ている。
「じ、実は技能だけで無く称号も頂いたのですけど……」
「へえ、凄いじゃない、なんて称号?」
「あの……真のメイドって称号を……」
「え? 凄いね~……メイドになってからいくらも経っていないのにそんな称号を?」
うーん、ネイルは実はメイドの才能を持って生まれてきたのか。
生まれながらのメイド。……なんかイメージが暗いな。
「ハイ! これもシノ様のお陰です!」
「え?いや、今回は私は何も……」
「いえ……シノ様のことを思って試練に挑んだお陰だと思うのです……でなければ私ごとき未熟者が……」
恥ずかしそうに両手を頬に当てて顔を背けるネイル。
尻尾が体の影からぴこぴこと動いて畳をぱたぱたと叩く。
ああ、もう、可愛いな!
「ネイル……ご褒美」
「え?」
「ご褒美上げる。いらっしゃい」
両手を広げてネイルをハグに誘う。
「は、いえ、その……そんなつもりではっ」
「……ご褒美いらない?」
「で、では……失礼します」
おずおずと私の腕の中に身を預けるネイル。
それから約一時間。
存分にイチャつき、ネイル分を補給いたしました。
これはもう、ネイルのというより私へのご褒美だなぁ。
はぁ……癒される。
※
「シノさん、入っていいかい?」
ネイルとのイチャイチャの余韻を味わっていた所に、障子越しに無粋なヴァト君の声。
私は少し乱れたネイルのメイド服を整えてやってから返答する。
むー、下らない用事だったらどうするか。
「……どうぞ」
「ん。おじゃまー」
「……何の用?」
「んー、その前に」
「なによ」
ヴァト君は私とネイルを交互に見やって口ごもる。
あ、ネイルの首筋にキスマークが。
「あー……あのさ……シノさんってレズの人?」
お仕置き決定。
シュリン、と涼やかな音を立てて波切りの小太刀を鞘から抜き放つ。
「短い付き合いだったわね、ヴァト君」
「わぁぁぁっ!! まて! まって! 違うんだって!」
「問答無用」
抜き打ちにした小太刀は光の筋を残してヴァト君の首筋へと――
「ローリナとメイディンの事が……心配だったんだよ!!」
ぴたっ
ヴァト君の首筋数ミリ手前で止まる刃……というか、元々止めるつもりだったけども。
「……なんだ、ならそう言いなさい。気持ちは分かるけど、聴き方にデリカシー無さ過ぎよ」
なんかばつが悪くて言い方がぶっきらぼうになってしまったけど……気持ちは分かる。
一つ屋根の下で保護者兼主が特殊な性癖だと知ったら、妹分の事を心配するのは当然だろう。
や、私は特殊な性癖ではありませんけどね!?
ちょっと百合っ気があるかもだけど……普通に男の人が恋愛対象よ!?
ネイルとだって、ちゅーまでだしっ!
「悪かったよ……けど問答無用過ぎだろ……」
「……なにか?」
再び切られる鯉口。
「イエ、ナンデモアリマセン」
「あ、それと質問の答えだけど……私はレズビアンじゃ無いわよ?男嫌いでもないし……ただ、可愛いのが好きなだけ」
「かわいけりゃ男女関係ないって事か……」
「……そうとも言うわね」
「うわぁ、まったく安心できねぇ」
「子供に無理矢理ってのはしないわよ!?流石に!」
「……まあ、とりあえず信用しとく。腐っても主だしな」
「失礼な……腐女子方面はまだ手を出してないわ」
「……よく意味は分からないけど一瞬悪寒が」
「まあ、向こうの専門用語だしね……あ、それより本題は何よ」
「ん……それがさ」
言いよどむヴァト君
「その……頼む! シノさん、あいつ等を助けてやってくれないか?」
※
私の屋敷の客間には布団が四組敷かれ、四人の子供達が横たわっていた。
一見、それぞれ足や腕に軽い切り傷を負っているだけに見える。
だが、怪我の周囲は触ってみるとまるで石のように堅くなっているのだ。
彼らはこの屋敷の建設の時に手伝って貰った浮浪児達でストリー、ドレン、フロウ、トーチルと言ったはずだ……確か。
「ディバイン・クックにやられたんだ……こいつ等」
「ディバイン・クック?クック鳥の仲間か何か?」
「シノさん、博識なのに変な所で常識無いな……?」
「悪かったわね、常識無くて。こっちへは別の大陸から来たばかりなの」
自分で言ってて、そういえばそんな設定だった、と思いだした。
「ディバイン・クックってのはダガーのような長いくちばしを持った鳥で、くちばし以外は一見真っ白いクック鳥にそっくりだ……ただ」
「ただ?」
「ディバイン・クックは神の使い、神鳥として保護されている……いくつか理由はあるんだが、その一つはそのくちばしに傷つけられた者は『神罰』の状態異常になるってことだ」
「『神罰』……? 鳥が神罰を与えるの?」
「んー、一説にはくちばしに神代文字のような模様があって、その為に攻撃時に擬似的に神術のようなものが発動するんだろうって言われてる……基本的にクック鳥だから子供にも狩られる位弱いんだけど、『神罰』の危険性からCランク認定されてる」
「……何でまたそんなやっかいなお鳥様とやりあったのよ?」
「金になるからさ」
私の疑問に答えたのは布団に寝ていたストリー君だった。
「ヴァトが言った、ディバイン・クックが保護されている理由の一つが、希少性とその肉の効果だ……簡単に言えば、強力な催淫効果がある……貴族で不能のエロじじいに金で頼まれたんだよ」
あー……要するにバイア○ラですか。
それに加えて保護されている事もあって、おおっぴらに入手できないからストリー君達のような浮浪児達に金で調達させている訳だ。
「ただ、今回は……滅多に見つからないディバイン・クックが三羽もいて……いつもならスリングで遠くから倒せるのに」
「倒しきる前に反撃された、と」
私の指摘にうつむくストリー君。
「シノさんがネイル姉の腕を丸ごと一本再生させたって聞いて……もしかしてシノさんなら治せるかもって思ったんだ」
それでヴァト君が四人をここへ連れてきた訳だ。
「ふむ……神罰ってそもそもどんな状態異常なの?」
「幾種類かありますが……ディバイン・クックの場合は傷口から徐々に石化するというものです……およそ体全体の三割が犯されるか、心臓や頭部が石化すると通常は……命を落とします」
私の疑問に答えてくれたのはネイルだった。
淡々と言われた「命を落とす」と言う言葉に胸がきゅっと痛む。
「このくらいの子供なら猶予は一月、といった所だと思います」
「子供でも一月の猶予があるの? その間に解呪なり解石すればいい訳よね? とてもCランクの脅威があるとは思えないけど……」
「神罰による石化は魔術、治療術による解呪や解石が効かないのです……高位神官の手による『免罪』でないと……そして、普通、禁を破って神鳥を狩ろうとした浮浪児などに神官は『免罪』を施してくれません」
「そもそもこの街には高位神官そのものが居ないしな……居ても頼む費用も無いし」
なるほど。呪いでは無く神の罰だから解呪出来ないし解石出来ないということか。
「無駄だよ……シノさんが……その、色々規格外って事は俺たちもこの前の事で知ったけど……神官じゃ無いんだろ?」
なかば諦めたようにつぶやくストリー君。
確かに私の持っているキャラは神職系が無い。
巫女とか持っていれば即、治せたかもしれないけど……
「まあ、試すだけ試してみましょうか」
技能欄を開いてキャラクターチェンジを実行、薬師を選択……「戦オン」の薬師には薬の効果を強化する職特性があるからだ。
一瞬、私の体を光が覆い、私の外見が切り替わる。
草色の修験僧の様な服に肩下までの黒髪を一つに束ねた姿だ。
初めて私のキャラクターチェンジを見た四人は呆気にとられている。
だが、説明するのも面倒なのでスルーして治療に移る事にした。
「まずは……清涼丹が効くかどうかね」
ネイルにも使った事のあるこの薬は、通常の状態異常なら完全に回復する物なのだが……
一番手前に寝ていた女の子……フロウちゃんにとりあえず飲ませてみる。
「はい、これ飲んでみて……少なくとも体に悪い物では無いから心配しないでね」
「う、うん」
戸惑いながらも、こくん、と素直に錠剤を飲むフロウちゃん。
それをネイルが差し出した番茶で流し込む。
すると一瞬フロウちゃんの傷口――右足が光り輝いたが、すぐに収まってしまった。
石化が治る様子も無い。
「あ、でも……じりじりとした痛みが無くなったよ?」
ふむ、多少の効果はあるらしい……『診察』スキルを使ってみると、石化の進行は一時的に止まっている事が分かった。
「清涼丹では進行を止めるのが精一杯か……」
うーん、根本的に治す手段は無いものか。
「えぇ!?」
「ほ、ほんとか……?」
「進行が止まるって……死ななくてすむのか!?」
ストリー君達は進行が止まったのがよほど予想外だったらしく、なかば呆然としながらも喜んでいるが……
でも、私としては不本意なんですが。
レベル77の薬師として治せない状態異常があるとか許せん。
戦オンの世界だって治せないのはイベント上の病気位だったのに。
……ん? イベント?
あった!あったよ!似たようなイベントが!
『神の怒りに触れ、生きながら死者となっていく村人達を、神の呪いを解く薬を作って救う』って内容だった。たしか。
そのイベントで作った薬は材料集めが大変な割に、使い道としてはイベントに使う位しかなかったので忘れていたのだ。
早速、所持品欄を探って薬を探すと……あった!
ぱっぱらぱっぱっぱ~ぱぱ~
「神仙清涼丹~」
脳内で某青い狸もどき猫の効果音を鳴らしながら錠剤を取り出す。
「フロウちゃん、今度はこれを飲んで」
再びフロウちゃんに薬を渡し、飲んで貰う。
「はい」
今度は戸惑いもせず飲み込むフロウちゃん。
すると……今度はさっきとは比べものにならない光がフロウちゃんからあふれ出し……次の瞬間その光が傷口に向かって収束――そして徐々に消えていく。
「……どう、フロウちゃん?」
「あ……ああ……」
今にも泣きそうなフロウちゃんの声。
「動く……足が動きます!元通りに!!」
途端、響く歓声。いつの間にかローリナやメイディンも来ていて、皆でフロウちゃんの足が治ったのを喜んでいる。
だが――――
「喜ぶのはちょっと待って」
怪訝な顔をして私の方を見る一行。
水を差すのは心苦しいが、言っておかなければならない事がある。
「今使った薬はとても貴重な物で……手持ちが後2錠しか無いの」
その意味を理解し凍り付くストリー君達。
そう、残った三人の内一人には薬が行き渡らないのだ。
一瞬で静まった室内。
その静寂を破ったのはストリー君だった。
「……いいよ、その薬はドレンとトーチルに使ってくれ」
「ストリー!」
「ストリー兄!」
ドレン君とトーチル君の悲鳴に似た声が上がる。
「俺がこいつ等のまとめ役だし、貴族の口車に乗ってディバイン・クック狩りに連れて行ったのも俺だ……シノさん、治療費は何とかするから……こいつ等にその薬を譲ってやってくれ」
「いいんだね?」
「ああ」
うーん、男の子だねぇ。今時珍しい男気溢れる少年だ。
早速ドレン君とトーチル君に薬を飲ませて治療する。
二人はストリー君を気遣って渋っていたけど、無理矢理口の中に押し込んで嚥下させる。
すると、一瞬にしてそれぞれの石化部位が治癒された。
「これで終わりっと……で、治療費を払ってくれるんだっけ?」
「あ、ああ、その……さっきの進行を止める薬をもらえれば、何年かかっても」
「うーん、そうね、そんなに待てないし、治療費は……現物で返して貰おうかな?」
「現物?」
「そう、神仙清涼丹の材料の一部はこの庭や近くの丘や林でも自生しているわ……桂皮12枚、千振4束、竜胆4株……集められる?」
「それって……」
「うん、それだけあれば、後はレアな材料はこちらで集めるから……ヴァト君、このあたりで熊の類が多く住んでいる山ってある?」
「く、熊?」
「そう、出来れば生命力の強い……Bランク以上の熊なら文句ないわね」
「そのランクになるとBランクなら殺人熊とかAランクなら鬼熊とか……動物と言うより魔獣だけど。北西に歩いて5時間くらいの所にあるクァクダ山に多く住み着いている……と思う」
「うん、そのレベルの熊の肝なら十分ね」
イベントで最も苦労したのが『熊胆』集め。
熊系の敵からランダムでしか手に入らず、強い熊の物ほど効力が高い。
そこらの雑魚熊だと製薬自体が失敗してしまう事もあった。
Aランクだという鬼熊なら十分だろう。
「あ、あの、という事は……?」
急な事態の変化について行けないストリー君。
「つまり、あなたも治せるって事よ。材料が揃うまでちょっと待って貰うけどね」
今度こそ子供達の歓声が遠慮無く上がった。
「良かったな!ストリー!」
「あ、ああ、ヴァト、おまえがシノさんに頼んでくれたお陰だ」
……そうだった。それでネイルとの余韻をぶち壊してくれた上に同性愛者疑惑までもたれたんだった。
いや、根に持っている訳じゃ無いですよ。
ただ、友達の危機なんだから人任せでなく手伝ってくれても良いと思うのですよ。
「あー、そうだったわね?元々はヴァト君に頼まれたんだったわ……ねぇ、ヴァト君」
「あ、ああ」
「もちろん責任を持って一緒に熊狩りに行ってくれるのよね?」
ちょっぴり殺気を込めてニッコリ笑ってあげる。
「い、逝かせて頂きます」
青い顔のヴァト君……なんかちょっぴり字が違ったような気がするのは気のせいだよね?
興が乗ってほぼ徹夜してしまった……ねむ。