体験入学 弐
体験入学編最後
ちょっと推敲する時間が無いので、また後で直すかもです。
――ネイルSIDE――
「ひ、非常に皆さん優秀ですねっ! 続いての授業は銀食器の取り扱いです……これについては学校長先生が専門ですのでっ」
なぜかレベッカ先生の額に汗が……今日はむしろ涼しい方だと思うのですが。
そんなレベッカ先生に促され、前に出てくるセバスチャン学校長。
「ほっほ、では、私が……おほん。使用人を持つ程裕福な方々ともなれば、食器も高価な物……一般には銀食器ですな……を所持しています。当然、メイドや執事としても銀食器を扱うことが多くなるはずです。今回はその取り扱いについてです」
ふむ、今のところシノ様の食器はすべて漆塗りか、陶磁器ですが……今後銀食器を扱うこともあるかもしれませんね。
「銀食器とは、単に美しさを目的としているものではないのですが……さて、その辺りをお分かりの方はおりますかな?」
「は、先生!執事を目指す者としては基本の知識ですよ?」
私達の前にずいっ、と体を割り込ませて学校長の質問に答えようとする銀髪少年。
「答えは毒物の早期発見です! 当然、高貴な貴族に使える者としては、主へ毒物を盛られるのを見過ごしには出来ませんからね!」
「うむ、さすがブルーム家じゃ……だが、それだけでは答えの半分じゃ。確かに銀はヒ素や硫黄に反応して色が変わるが、すべての毒に反応する訳ではないしの」
「……他に何があると」
「ふむ、分かる者はおらんかな?」
「ヴァト、分かりますか?」
私は一応、神楽家の執事であるヴァトに聞いてみた。
「んー……多分だけど……腐食の抑制、かな」
何気なくつぶやいたヴァトの言葉に、学校長が反応する。
「ほ、ほう? そう思った理由は何じゃな?」
「確か台所の水壺も裕福なところは銀を使うだろ?表に出ない所なのに……水を腐らせない為かなと思ってさ。それに、以前親父に銀器は物を腐らせない効果があるって聞いたことがあったし」
「……うむ、正解じゃ。腐食を遅らせ、消毒の効果もあることから食中毒を防ぐと言われておるの」
「くっ……」
ヴァトの正解に悔しそうに唇をかみしめる銀髪少年。
自分も半分は正解なんですから、そんなに興奮しないでも、と思うのですが。
「ちなみに銀器の手入れに関しては、基本、柔らかい布で拭くだけじゃ。麻などでは傷つくからイカンぞ?細かい装飾の隙間はブラシでは無く、未使用の絵筆に専用の研磨剤を含ませて刷くと良い」
「……拭くだけですか?」
「拭くだけじゃ。ただし、銀器は使わなければすぐに黒ずむ。普段からこまめに拭くのがコツじゃな」
私の素人丸出しの質問に答えてくれる学校長。
「で、どうじゃな?今回の講義で二人とも新しいスキルを覚えたかの?」
学校長の言葉にカードを確認する一同。
「……あ!覚えました!先生!」
「うーん、俺は新しいスキルは覚えてねぇなぁ」
銀髪少年は新しいスキルを覚えたようですが、ヴァトはダメだったみたいです。
「そ、そうか、覚えたか……覚えたのか」
「ふふふ、やはり銀器ともなると名門ブルーム家の執事候補である僕位ではないと覚えられないという事だよ!」
なにやら慌てている学校長とヴァトに勝ち誇っている銀髪少年。
「ち、いいなぁ……それで一体どんなスキルを覚えたんだ?」
「ふふん、本来ならわざわざひけらかす物でも無いのだが、聞きたいというのなら教えてあげよう。今回私が覚えたのは『銀製品習熟』!執事であればこれ以上に重要なスキルは無いはずだ!」
「ああ、なるほど……持っているヤツか」
「はい?」
きょとんとしてヴァトに聞き返す銀髪少年。
「……いや、だから『銀製品習熟』は固有スキルでもう持ってるから、今回あらためて習得できなかったんだな、と」
「……な、なに!? 貴様みたいな浮浪児の子供がすでに『銀製品習熟』を持っているだと!? しかも固有スキルで? 嘘をつけ! クラス『執事見習い』レベル4の僕でさえまだ持っていなかったというのに!」
銀髪少年が両拳を握ってヴァトに向かってわめき散らしています。
うーん、名門とは思えない取り乱し方ですね。
「ふ、ふむ……そ、そちらの君のカードを見せて頂いてよろしいかな?」
学校長も疑問に思ったのか、ヴァトの同意を得てギルドカードを確認しています。
「……これは……『紅蓮の執事』 レベル12とは……い、いやはや驚いた。レアクラスの上にその年ですでにレベル12かね……」
ざわ……
学校長が洩らした言葉に一同がざわめきます。
「……おい、あれって噂じゃ無かったのか?」
「カグラ邸の使用人はすべてレアクラス持ちって話だろ?」
「いや、そんなのあり得るのかよ……」
「てことは、あの獣人や女児二人も……?」
なにやら私達まで注目されているようです。
もう、学校長先生も少しは考えて下さらなくては……
「み、皆さん、落ち着いて。銀食器の取り扱いについてはこれで終わりです。次の授業に移る前に30分ほど休憩を取りますよ……飲み物や軽食など持ってきている方は、摂って貰いながら休憩して貰って結構です」
レベッカ先生が手を打ち鳴らしてその場を納めます。
ふむ、休憩ですか。ちょうど良く畳もありますし、持ってきた冷緑茶でも頂きますか。
シノ様から頂いた『圧縮腰袋』から水筒とお茶菓子と器を取り出して並べて……
「ヴァト、ローリナ、メイディン、休憩だそうですから、お茶にしましょう」
「お、待ってました!最近ネイル姉も腕上げたからなぁ、お茶菓子楽しみだよ」
「今日は水ようかんね?」
「栗入りと抹茶入り……美味しそう……」
シノ様に習った和菓子はヴァト達にも最近、好評なのです。
「……おい、今、茶道具どこから出した?」
「分からない……あんな小さな袋に入る量じゃ無いよね……」
「でも、美味しそう、ね」
「喉渇いたしなぁ……」
……何か周りの使用人さん達から無言の圧力が感じられるので一応、誘ってみます。
「……まだ作り置きがありますから、よろしければ皆さんもお召し上がりになりますか?」
「頂きますっ!」
真っ先に答えたのは15~16歳ほどの黒髪のメイドさんでした。
彼女は栗ようかんを一気にほおばり、一瞬目を見開いた後、冷緑茶で流し込んでいます。
そして一拍おいて。
「……美味しい! 美味しいわ!! 濃厚な甘さと、ほっくりした栗が絶妙のバランスで混じり合い、わずかに残ったしつこさも、苦いながらもさっぱりした飲み物が高度な後味に昇華している!! まさに至高の甘味のハーモニーっ!!」
右手を握りしめ、感涙にむせぶ黒髪メイドさん。
「そ、そんなに?」
「おい、タントーナ家のクゥイが絶賛するって事は……」
「あの『食いメイド』クゥイか!」
「私もっ!」
「あ、きたねぇ、抜け駆け!」
「俺も……旨っ!」
「なんて贅沢な……これほど大量の砂糖をたかが茶菓子に使うとは」
……畳の上が戦場になってしまいました。
まあ、気に入って頂けたようで何よりです。
――レベッカSIDE――
私達は『職員室』と手書きのプレートを提げた小部屋に逃げるように戻ってきました。
「どうしましょう、予想外ですわ、あんなに優秀な生徒が集まるなんて……」
「うむ……確かに優秀すぎるの」
「こんな短期間に覚えられては……彼らは体験入学中に私達が教えられるすべてのスキルを習得してしまう。そうなったら私達が初級程度のスキルしか教えられないことがばれてしまいますわ」
「むしろ中級以上のスキルも我々が教えられれば……本当に学校を経営しても良いのだがね……優秀なあの子達はいい宣伝になるだろうにの」
「……そうはいっても、貴方、せいぜい召使までの経験しか無いのでしょう?」
「……お主こそ、王宮のメイド長どころか中流貴族のハウスメイドだったんだろう?」
「…………」
「…………」
「まあ、少々強引だが、授業を少々早めに打ち切って、ぼろが出ないうちに入学金を取れるだけ取って消えるしかなかろうの」
「それしかありませんわね」
まじめにスキルを覚えようと集まってきた使用人達には申し訳ないですが……こちらも生活がありますので。
――ネイルSIDE――
使用人の皆さんとお茶にしていると、先生方が戻ってきました。
どうやら休憩は終わりのようですね。
「三人とも、片付けるのを手伝って下さいな」
「おう」
「「はーい」」
ヴァト達にも手伝わせて戦場となった畳の上を綺麗にします。
……と言っても片付けるのは端からそれぞれが持っている『圧縮腰袋』に放り込むだけですから、後はさっと畳の上を清めて終わりです。
「はふぅ……ごちそうさまでした……」
先ほどクゥイと呼ばれていたメイドさんが軽くトリップしたようになりながらお礼を言ってきました。
「カグラ様の所の使用人の皆さんでしたね? 後日きっとそのお菓子の作り方習いに行きますからっ!」
「……主の許可があれば。それの作り方を元々教わったのは私の主からですから」
「カグラ様……さすが創造者……お菓子まで奇跡レベルとは……侮れません」
……やたらお菓子に執着するこの方、後々シノ様にご迷惑をおかけすることにならなければ良いのですが。
「こほん、皆さんお待たせしました……では、次の授業に入りましょう……次の授業は、屋敷の緑の管理についてです」
いけません、クゥイさんにかまけている間に授業が始まってしまいました。
この授業はレベッカ先生のようですね。
しっかりと身につけてお屋敷の管理に還元しなくては。
「……ですので、お屋敷で扱う緑に関しては大きく分けて3種類あります。邸内の装飾としての植物、庭を飾る……いわゆるガーデンとしての植物、そして作物としての植物です。この内、作物としては……」
授業の内容は、講義を受けた後に生花の花瓶への生け方や、生けた花の長持ちのさせ方等を実際にやってみる、という内容で、この授業でメイディンが植物の生長を促すスキル『緑の指』を習得。
「だからして、馬に与える飼料としては主に乾草、栄養状態に応じて大麦やフスマを与えることになるの……かといって栄養豊富なフスマや大麦はやり過ぎても病気になる可能性が……」
続いて行われた学校長の授業は屋敷で扱う馬の管理。
馬車への接続方法や飼育法、馬小屋の管理など。
……確かに必要な技能ですが、学校長先生がわざわざ教えるほどのものなのでしょうか……?
それはともかくとして、この授業ではローリナが、操る馬の速度を20%向上させる『襲歩強化』を習得しました。
……しかし、授業が進む度に先生方の顔色が悪くなっているのはなぜでしょう?
やはり私達以外ほとんどスキルを習得出来ていないので、ご自分を責めているのでしょうか?
――レベッカSIDE――
なんてこと。『緑の指』も『襲歩強化』もあっさり覚えるなんて……
執事やメイドとして多少畑違いのスキルなら時間がかかるだろうと思ったのに。
「セバス、もう教える内容が無いわ……他の子達には習得できなかった授業の復習ということでごまかせるけど」
「うむ……うかつじゃったの……カグラ家の使用人があれほどレベルが高かったとは……そのせいでスキルの習得条件をクリアしてしまっておる」
「こうなったらあの子達だけ、別の難題を押しつけて他の生徒達と引き離しましょう……そしてその間に他の者達から入学金を……」
レベルが高いとはいえ、戦闘専門クラスでも無い彼女たちには少しつらいかもしれないけれど……単純そうだから上手く誘導できるでしょう。
――ネイルSIDE――
「カグラ家の使用人の皆様の優秀さには驚かされました……ここは他の皆さんとは別に特別授業を受けてみませんか?」
そのレベッカ先生の言葉に、銀髪少年が凄い目つきでこちらを睨んできます。
「先生、特別授業というと……?」
「執事もメイドも含めて、すべての使用人の一番大切な素質とは何でしょう?……それは忠誠です。主に対しての絶対の忠誠、それがあって初めて主から真の信頼を向けられるのです」
確かにその通りです。
ですが、事、忠誠に関しては私は誰にも負けるつもりはありません。
「……あるいはその身を持って主に迫った危険に対処しなければならないこともあるでしょう……魔獣が怖いからといって主を一生屋敷に押し込めている訳には参りません……だからこそ使用人には身をもって主を守れるだけの強さが必要となるのです!」
「つまりの、我らに君たちの強さを見せて欲しい、という事じゃ。幸い……と言っていいものか、ここから一時間ほどの森にはBクラスの魔獣、殺人熊が生息しておる……奴らは縄張りから滅多に出てこないが、逆に縄張りに入った者には敏感に反応して襲いかかる……その討伐が特別授業じゃ!」
恐ろしいほどの緊張に包まれる教室内。
やがて、少しずつ、ざわめきが大きくなっていきます。
「……そんな無茶な」
「Bクラス魔獣なんて領主が冒険者ギルドに依頼するレベルだろう?」
「くっ……俺はまだ真の執事魂を手にしていないのか……」
「メイドに魔獣討伐なんて何の関係が……でも、それが真の使用人への条件だというの……?」
「死を覚悟していけという事だよ……自らの主への忠誠を示す為に……」
私達以外の使用人達は一様にうなだれてしまっています。
自分たちがとても主の為にそこまで危険を冒せない、と思い知ったのでしょう。
甘いです。羊羹の30倍位甘いです。
私のシノ様への愛……もとい、忠誠はその位では消えないのです!
「……お任せ下さい、熊の一匹位、何の事はありません……シノ様の為ならば!……行きますよ、ヴァト、ローリナ、メイディン」
「あいよ」
「「はーい」」
一瞬の躊躇も見せず教会を出て行く私達を先生方や使用人の皆様があっけにとられて見ていました。
「まさかここまで躊躇い無く行くとはの」
「……どうせ近くの街道をうろうろして時間を潰してから『見つかりませんでしたー』って帰ってくるわ」
「……だといいがの」
「それよりも今の内に残った者達に……キャンペーン中で入学金は金貨一枚先払いがお得って説得しなきゃ」
※
「倒してきましたっ!!」
「「「なにぃぃぃぃーーっっ!?」」」
往復ちょうど一時間で私達は教会に戻ってきました。
討伐証明部位の『殺人熊の毛皮』を担いで戻ってきた私達を、先生方と使用人の皆様の驚愕の視線が出迎えます。
……ああ、そうですね、四人とも返り血でひどい格好です。それは驚きますね。
時間もまだありましたし、身だしなみを整えてくるべきでした。
「いや……片道だけで1時間かかるはずじゃが……」
「途中で馬を借りたので」
さらにローリナの鳥獣会話で熊を倒すまで馬には森の入り口で待っていて貰ったので帰りも同等のスピードで帰ってこれました。
「……それにしても本当に殺人熊を狩ってきたというのか」
学校長先生の疑念の入った言葉に証拠の『殺人熊の毛皮』を差し出します。
「どうぞ、証拠の毛皮です」
「結構つらかったけどな」
「「さすがBランク魔獣でした」」
まじまじと私の渡した毛皮を見つめる校長先生。
「……本物じゃ、この縞の入った赤毛……」
「貴女たち一体……」
先生方のその驚き様は……そんなに元奴隷や浮浪児が特別授業をクリアした事が意外なのでしょうか。
「では、これで特別授業は……合格ですか……?」
「う、うむ」
「よかった……これでまたシノ様により一層ご奉仕できます……そういえば、この特別授業では何かスキルが習得できるのですか?」
今までの授業は何かしらスキルが習得できましたが……
「う、む……それがの……」
「? まあ、カードを見れば分かりますね」
煮え切らない学校長先生の態度にしびれを切らして勝手に自分のカードを確認してみます。
……むう、スキルは増えていないようです……あら?
「これは!」
ギルドカードをよく確認した私は、一箇所だけ以前と違う所を見つけました。
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称号
マナの申し子
真のメイド
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私のシノ様への愛と忠誠が……このような形で認められるとは!
「先生!ありがとうございました!!このような称号、幾万のスキルに勝ります……」
いけません、泣きそうです。
「う、む、いや、私もまさかこんな称号がもらえるとは……あ、いや、何でも無いぞ」
学校長先生は照れくさいのかとぼけています。
偶然でこんな称号がもらえる訳無いのに。
「真のメイドだって……?」
「……これほど過酷な試練を乗り越えねば真の使用人への道は開けないのか……」
「ダメよ、私には出来ないわ」
「ここは上級者向けの学校だったんだよ……そうに違いない……そうだと言ってくれ……」
「俺、もっと優しい初心者向けの学校探すよ」
「俺も」
「私も……」
他家の使用人さん達がぞろぞろと帰って行きます。
……こんな優秀な先生の居る学校を辞めるなんて。
「あ、あっ、ちょっとまって……入学金……まだ……」
ふらふらと他家の使用人さんの方へ行こうとしていたレベッカ先生を引き留め、その両手を握って感謝の言葉を伝えます。
「先生方はすばらしいです!まさか無料の体験入学でこのような称号をいただけるとは」
「うん、スキルも結構覚えたしね」
「ヴァト兄は……所持スキルとかぶっちゃったけど……」
「……うん、まあ、悲しくなるからそれを言うな」
ヴァト達も喜んでいるようですし、最高の休日でしたね。
「あ、あのちょっと放して……カグラ家の方……」
「無駄じゃよ、もう他の者達は帰ってしもうた……ここはこの四人だけでも入学金を」
「このようなすばらしい授業を無料で体験させて下さるとは感謝してもしきれません……手元不如意につき、本入学できないのが残念です……あら?」
私のその言葉を聞いた途端、先生方は倒れてしまわれました。
どうされたのでしょう?
※
その後、倒れたレベッカ達を心配したネイル達が使用人ギルドに連絡を取った所、3年も前に使用人ギルドを追放となっており、詐欺師として手配されていた者達である事が判明、騎士団に引き渡される事となった。
だが、その事実を知らされなかったネイル達は、今も恩師として二人を敬愛している……らしい。
今回、話の中に出てくる銀についてのウンチクは銀イオンがバクテリアに効くとか、その辺から創造したもので、現実の知識とは多少違っているかもしれません。
まあ、お話の中限定の知識という事でご了承を。