体験入学 壱
体験入学編本編です。
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皆様ありがとうございますーーーー!!<(_ _)>
――ネイルSIDE――
「あれ、ネイル姉、何してるの?」
……恥ずかしい。真のメイドに向けて気合いを入れているところをヴァトに見つかってしまいました。
「ネイル姉、それなーに?」
「……お手紙?」
ああああ、更にはローリナとメイディンまで……
……これは好奇心の強い彼らのこと、誤魔化そうとしてもダメですね。
「……これは『執事、メイド専門学校』の体験入学の案内です……先ほど届いたのですよ」
「へー、そんなのあったんだ……体験入学って事はタダ?」
「面白そうですね♪」
「……何事も体験」
……こうなると思っていました。
いえ、むしろこうなって良かったのでしょう。
メイド、執事としての基本が出来てないのは彼らも同じ事。
私だけで無く、神楽家従者一同のレベルアップが図れればシノ様の為にはそれに越したことはありません。
私が狭量でした。
「このお休みを利用してみんなで行ってみますか?」
「おう!」
「「はい」」
「決まりですね……では、そうですね、『希望者は明日の十時に集合』と書いてあるので、お屋敷を九時に出発しましょうか」
「わかった。楽しみだな!」
「学校なんて初めて」
「……わくわく」
……レジャーか何かと間違えているような気がしますが。
※
翌朝十時少し前、私達は案内に書かれていた町外れの教会に来ていました。
教会と言っても、少し前に管理する人がいなくなり廃屋に近くなっていたはずです。
そこを学校として借り受けたのでしょうか。
「……とりあえず中に入ってみましょうか」
私が教会の扉を押し開くと、中から数人の男女の声が聞こえてきました。
中に居たのはメイド服や執事服を着た方達。
一様に若いのはやはり体験入学に来た方達だからでしょう。
「おや?これはまた……」
その集団の中の銀髪の少年が私を見つけて近寄ってきました。
「これはこれは……カグラ様の所の従者方……でしたか。噂は色々と聞いておりますよ……ええ、いろいろな噂をね」
……言い方は丁寧だけど、表情がすべてを裏切っています。
「まあ、所詮、浮浪児や奴隷獣人をいくら綺麗に着飾ったところで、まともな従者になどなれようはずもない、ということですか。せめてマシにしようと今回の体験入学に送り込んできた、そちらの主様のご苦労が忍ばれますな」
「こっ……この野郎……」
ヴァトが真っ赤になって今にも殴りかからんとしているのを片手で押さえます。
ここで殴りかかったりしたら相手の言い分を認めることになりますから。
……自分にもそう言い聞かせ、私は一呼吸置いて落ち着いてから、その銀髪少年の挑発に乗ってあげました。
「私達が元は奴隷や浮浪児であったことは否定しませんが……他家の者にこのような場で安い挑発をしたり侮辱ともとれる言動をしたりするとは……貴方の一言は主の一言です。その言葉にすべての責任を持ってしゃべっているのですか? 例えば私の主がこの短期間で土地と屋敷を持ち、商工ギルドに深いつながりを持つに至った訳は何か? カグラ家に悪印象を持たれることで己の主にはどのような影響があるのか。その辺りをしっかりと確認していないでしょう? たとえわずかな可能性であろうとも、主の害になりそうな行動は慎むべきではありませんか? それに思い至らないとは……果たして本当にどちらかのお屋敷の従者なのか……疑問ですね」
「なっ……!!」
真っ赤になる銀髪少年。修行が足りませんね。
「ネイル姉、何言ってんだかよくわかんねぇけど……すげぇ……」
「一見自らを貶めるかのような言動から反転して一気呵成のカウンター……ネイル姉、さすがです」
ヴァトとメイディンからお褒めの言葉を頂きました。
ローリナは何があったのかよく分かってないようです。
……しかしよく考えたら、これでは私も銀髪少年と同類です。
主の意向をかさに着て相手を恫喝するなど……ああ、シノ様、申し訳ありません……
後で詳細に報告してお仕置きして貰いましょう。
その時は尻尾だろうと耳だろうと差し出す覚悟です……赤くなどなっていませんよ?ええ、お仕置きですから。
「あー、本日は皆さん、当校の体験入学にようこそおいで下さいました」
不意に聞こえた声にその方を見ると、説教台の所に四十代の男性が立っていて話を始めました。
銀髪少年に気を取られている内にいつの間にか関係者の方が来ていたようです。
「あー、私は当校の学校長、セバスチャン・サーギィ・フリコームです。本日は本来なら月に銀貨五十枚はかかる授業を、一日ではありますが体験して頂こうという趣旨です。そして授業内容に興味を抱いて頂き、より自らの能力を伸ばしていきたいという意欲のある方は、あらためて当校に入学して頂きたい。今ならキャンペーン中で入学金、金貨一枚先払いで半年分の授業料が免除……」
「……校長、まだ金銭の話は早いです」
「おおっと、すまん」
学校長先生の言葉を脇に立つ三十代位の女性が遮ってしまいました。
なにやらお得感溢れる話の途中だったのに……
「えー、では私の話はこれまでにして、まずはこちらのベテランメイド長、レベッカ・オレオ先生から最初の授業をして頂きましょう」
「レベッカです。以前はアイリーザの王宮で勤めておりました。よろしくお願いします」
学校長先生の言葉を遮った女性は王宮のメイド長だったようです。
これは心して授業を受けなければ。
レベッカ先生は茶色の髪に鋭角にとがった眼鏡をした、いかにもインテリ然とした方です。
しかしきっちり出るところは出て引っ込むところは引っ込んで、お堅いメイド長とは思えない色香も発しています。
「はい、まずは五人一組で班を作りましょう。今日の授業はすべて班ごとに受けて頂きます。課題は班で協力して行って下さいね」
四人は私、ヴァト、ローリナ、メイディンで決まりですが……後一人は……
周りの者はさっさと班を作ってしまいました。
余った人も居ないようですし、どうやら五で割り切れない人数だったようです。
班は全部で五つ。私達の班が最後に決まったので五班です。
「それではまずは技能『邸宅管理・清掃』の習得から行います……と言っても今日一日で習得できるようなスキルでは無いのですが……入学後、続きの講習をいたしますから必ず習得できますよ」
お掃除は確かに基本ですね。
「ではまずこちらに移動して下さい……はい、この部屋です」
レベッカ先生に案内されて入った隣の部屋には、二メートル四方位の板が何種類も並べられていました。
「これらの板は現在各地方で使われている代表的な床素材です。これらをそれぞれ適切な方法を持って手入れをしてもらいます」
一別しただけで石造り、板敷き、その他多様な種類が取りそろえてあるようです。
「ふん、こんなの雑益メイドの仕事じゃないか……ブルーム家の執事候補たる僕がやる仕事じゃないね」
不満溢れる愚痴を言っているのは先ほどの銀髪少年のようです。
「所詮体験入学ですから、入学する気が無いのなら、やらなくてもよろしいのでは」
いけません、つい突っかかってしまいました。銀髪少年がこちらを睨んでいます。
「はい、では順番に手入れを行って頂きますね~まずは一班から……」
レベッカ先生の声が聞こえ、私達の中から一組が進み出ます。
彼らが一班なのでしょう。
木製床にはワックスを掛け、石床には掃き掃除の後水で流す……
一班の方は順調に床の手入れをしていっているように見えます。
「うーん、ダメですね。石造りや木製の床は皆さん流石ですが、東方の家屋に使われる床に関しては手入れが不適切です……残念、全部クリアできればスキルを覚えられたのですが」
一班の方は惜しくも不可を貰ったようです。
……しかし、これをクリアできればスキルを覚えられるとは……さすが先生です。『スキル伝承』のスキルを持っているのでしょうか。
その後も次々と他の班が挑戦しますが、皆、苦戦しています。
そうこうしている内に私達以外の四班が終わったようです……
ですが、残念ながら皆レベッカ先生の合格を貰うことは出来なかったみたいです。
レベッカ先生の眼鏡の奥が意地悪く光っているのは気のせいでしょうか。
ともあれ、次は私達の班の番です。
「じゃあ、始めましょうか」
「おっけー、私、モップとバケツ持ってくる」
「……私は箒を」
ローリナとメイディンが用意された清掃道具を取りに行きます。
「えーと、俺は?」
「……とりあえず見ていて下さい。邪魔です」
あ、ヴァトがいじけてしまいました。しょうが無い子ですね。
ヴァトがいじけた他は……雑益奴隷時代に掃除の経験もあるので、各種床を問題なく手入れしていきます。
そして残る最後の床……他の皆さんが手入れを失敗した床です。
「なあ、ネイル姉、これって……」
「「畳ですね」」
そうです、ヴァトやローリナ&メイディンが言うように、最後の床はシノ様の邸宅で見慣れた畳敷の床だったのです。
「あら、タタミを知っているのね……東方の極一部でのみ使われているものなんだけど」
レベッカ先生が意外そうに言います。
「でも手入れの方法まで分かるかしら……」
問題ありません。
「まずはシュロの箒で掃き掃除をし……この箒は室内用の綺麗な物で行います」
さっさっと掃いてちりとりでゴミを集める。
「続いてモップなどは使わず……固く絞った綺麗なぞうきんで畳の目に沿って拭き取ります……なお、タタミは土足で上がる床では無いので、裸足か靴下を着用して清掃を行います」
これで終了。
……あれ?他の生徒達があっけにとられています。
「バカじゃ無いか?床にわざわざ裸足になって上がる?モップを使わない?非効率な……」
例によって他の生徒に聞こえるように言ったのは銀髪少年です。
「いえ、第五班のやり方で正解です……どうやらタタミの扱いに慣れているようだけど、他の生徒に解説してもらえる?」
レベッカ先生のお墨付きに他の生徒の顔色が変わるのがわかります。
銀髪少年は率先して否定した分、より悔しそうです。
「分かりました……畳は単なる床板ではなく、この上に直接座ったり、休んだりする場所でもあるので他の床に比べ、より衛生的に保つ必要があります。もちろん土足など論外です。また、畳の素材はイグサという植物なので過剰に水分を与えると腐る恐れもある為に仕上げは固く絞ったぞうきんで拭き取るのが適切です」
「すばらしい、完璧です!」
全部シノ様の受け売りなので、レベッカ先生の賞賛がこそばゆいです。
「よもやパーフェクトが出るとは思いませんでしたが……どうですか?スキル、覚えたのではありませんか」
その言葉に私達はギルドカードを確認してみました。
「……覚えています」
「あ、わたしもー」
「……わたしも」
「うーん、俺はダメだったみたいだ」
ヴァト以外の三人は『邸宅管理・清掃』を覚えられたようです。
「うーん、そちらの子は執事候補かな?清掃の基礎レベルが足りてないから覚えられなかったみたいね……というか三人も覚えられたのに驚きだわ……このスキルは清掃の効果を三十%アップ、時間効率を二十%アップしてくれるから、お掃除の際に付けていると大変便利よ」
それはすばらしい。また一歩、真のメイドへの道が近づいたように思えます。
ダンジョンで一人、修行を重ねられているシノ様の為にも私もがんばらねば。
――シノSIDE――
私は一人でお庭のダンジョンに潜って、地上一階でひたすら宝箱の開け閉めを繰り返していた。
前回ゴブリンが残した宝箱だ……が、もちろん何も残っていない。自分達で開けて中身を回収した宝箱だから当然だ。
これを自分で鍵をかけてまた外して……と繰り返していると、わずかだが『宝箱罠調査』と『宝箱罠解除』の技能ポイントが増えていくのが分かる。
「あ、技能ポイントレベルアップ」
この技能ポイントを貯めて百になるとスキルの技能ポイントレベルが一上がる。
すると一回、スキルの単独進化かスキル同士の合成が出来るのだ。
最も合成にはもう一方のスキルの技能ポイントレベルも必要なのだが。
「うーん、もう2~3レベル上げとくかなぁ……鍵開けや調査関連のスキルって地味に重要だし」
私は再び宝箱に向かい開け閉めを繰り返す。
「『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』『宝箱罠調査』『宝箱罠解除』……」
……うう、地味ーにつらいなこれ……