異界に建つは武家屋敷
第2部開始、でしょうか。
打ち上げを終えてその日の夜。
私は定宿の一室でヴァト君の変装を解除してあげた。
ヴァト君の体の線が細いながらもしっかりとした少年の体に戻っていく。
うむ。ロリーも良いがショタも良いですな。
私は鑑賞する分には両方いけるようです。
なんかこっちの世界に来てから欲望に歯止めがかからなくなっているのは気のせいか。
「ふぃ~やっと落ち着いた……」
「で、ヴァト君、お願いがあるんだけど」
「ん? 何さシノさん」
怪訝そうなヴァト君。まあ、こんな目に遭わされた後だからね。
「ヴァト君ってサザンの浮浪児達に顔は広い?」
「ああ、まぁな……そこそこ、かな」
「ふーん……アルバイトがあるって言ったら何人くらい集まるかな?」
「……女装ウェイトレスじゃ金が良くっても……」
ジト目で私を見るヴァト君。誤解ですよ。
「違う違う。普通の肉体労働……土地の地ならしを手伝って貰おうかとね」
「ああ、そうか……でも何で俺たちに?業者に頼んだ方が早くねぇか?」
「んー……あの廃屋、ヴァト君達だけじゃなくて他の浮浪児達も使ってたでしょ?」
「まぁなぁ……常に住んでたのは俺たち3人だけだったけど……一種俺たちのアジトみたいになってたからな」
「それなら一種の先住権みたいなものがある訳よね……いくら不法占拠といってもそれなりに筋を通した方が今後のトラブルが少ないかと思ってね」
「せんじゅうけん……ってのはよく分からねぇが……つまり、立ち退き代替わりに割の良い仕事をあてがおうって事か?」
「まぁ、身もふたも無い言い方だとそういう事ね」
「んー……そうだな、肉体労働で割の良い仕事なら10人って所かな……」
「あ、女の子や小さい子でも炊き出しの手伝いもあるから何人かはOKよ」
「じゃあ、それも含めて15人ってとこだ」
「OK、一日4時間で日当銀貨2枚、炊き出しの手伝いだけなら銀貨1枚でどうかな?」
「……あ、ああ、十分すぎると思うぜ?……ていうか相場の何倍だよ」
「ふふ、立ち退き料込みだしね」
「んじゃ、明日の朝にでも話しをしてくるよ」
「ん、お願いね」
「……ところでシノさん」
「なぁに?」
「……なんで俺の前で服脱いでんのさ……」
「お休みの支度。ネイルとはいっつも下着一枚で一緒のベッドで寝てるからね」
「んな情報いらねぇっ!!」
「……何だったら一緒に寝る?三人で」
「……襲うぞっ!……てか、ネイル姉に寝首をかかれそうだから止めとく……」
真っ赤になったり真っ青になったり、ヴァト君の表情がくるくる変わる。楽しい。
「あら残念。それじゃ、また明日ね」
「ああ、お休み、シノさん」
ドアを開けて廊下へ出て行くヴァト君。
しかしあの格好で自室まで戻るつもりかな……まだアンミラ制服着たままなのに。
『うわ!?わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!あ、いえ、違うんですこれは…趣味とかじゃ無くてっ!忘れてたっていうかっ!ああっ!衛士呼ばないでぇぇぇぇぇっ!!』
廊下からヴァト君の絶叫が聞こえて来るまで、そんなに時間は掛からなかった……合掌。
※
1日目
「……という訳で今日は樹木の伐採から始めます」
翌日のお昼過ぎ、例の土地の廃屋前に子供達が集まっていた。
小学校低学年~中学生位の少年少女が十五人。ヴァト君達を含めれば十八人かな。
「よー、ヴァトラ、ほんとに銀貨2枚もくれるのか? フカシこいてんじゃねぇだろうな?」
「ていうか、道具も無しに、ちょっとした林みたいなここを整地するって……出来る訳無いじゃない」
「うっかり口車に乗って来ちゃったけど……お貴族様の約束なんて当てにならないよ?」
わいわいがやがや。
いかにも「人生諦観してます」みたいな目に力の無い子供達が騒いでおります。
少し落ち着け。キミタチ。
「はーい、静粛に~」
ぱんぱんっ、と手を打ち鳴らして注目を集める。
「大丈夫よ、木を切り倒すのと運ぶのは別の者がやります……あなたたちには、まずは切り倒した木の枝打ちをお願いしたいの。道具はこちらで貸し出すから」
「ん……まあ、それなら出来なくも」
「それから、賃金は本当よ?ほら、ちゃんと銀貨に両替して持ってきてます……あ、後、私は貴族ではないからね」
大きな麻袋を所持品欄から取り出して地面に下ろす。
それの口を大きく開いて、中を子供達に見せてやる。
「……すげぇ……口まで全部銀貨か?」
「ね? ちゃんとこれだけ大量の銀貨を用意したって事は、払うつもりがあるからよ?」
「う、うん……」
「納得してくれたところで――」
私は手近の電柱ほどの太さの木に歩み寄って岩切の小太刀を抜き放った。
「それじゃあここら辺から――行きましょうか」
右手を軽く、一閃。
ぴっ……と一瞬遅れて木の幹に真横に線が走り……
ずっ……ずずぅぅぅぅん……!!
重い音を立てて十五メートルはあろうかという異界の木はゆっくりと倒れていった。
その切り株はまるでヤスリをかけて漆で仕上げたかのようになめらかだ。
「はい、じゃあね、この木から枝打ち始めて貰おうかな?枝は適当な長さにまとめてこの縄で縛ってね」
雑貨屋で買ってきた縄束を十巻ほど地面に置く……ふと、さっきまで五月蠅いほどだった子供達の私語がいつの間にかぴたりと止んでいるのに気が付いた。
子供達は信じられないものを見たかのように、倒れた木の方を凝視して固まってしまっていた。
「あー……おまえ等、朝方言い忘れたけど」
にやにやとイタズラ気な笑みのヴァト君。
「シノの姐さんはランクBの冒険者だからな?」
「「「ええええ!!??」」」
「だからこれくらい朝飯前だ。ほら、道具を渡すからさっさと始めな」
私があらかじめ用意しておいた、片刃鋸+5を配るヴァト君。
特に魔力や特殊能力は無いが、子供でも楽に扱えるよう切れ味に特化した良質な鋸だ。
「じゃあ、私は太めの木を切るからネイルは細めの木をお願いね」
「承りました」
ネイルも闇薙の包丁を振るってばっさばっさと細めの立木を切り倒していく。
そのあまりの早さに慌てて仕事を始める子供達。
横倒しになった木から鋸で枝を綺麗に切り落としていく。
「……おい、なんだこの鋸、まるでパンを切るみたいにあっさり切れるぞ?」
「うん、これならどんどん切れるな……なんか楽しくなってきた」
木はあっという間に丸裸になり、子供達は次の木へと散っていく。
そんな作業が順調に続いて……幾度かの休憩を挟んで約4時間後。
敷地内はすっかり見通しが良くなっていた。
「うん、木についてはこんなもんかな?柴もたくさん集まったね……柴については敷地の隅に積み上げて置くから燃料用に持って帰るなり好きに使って良いわ」
「いいの?柴で賃金に変えるつもりじゃ……?」
不安気に確認してくる十二歳くらいの女の子。
「そんな事はしないわよ?……そうね、そんなに不安なら先に賃金払っちゃいましょうか……ネイルー?」
「はい、じゃあこっちに一列に並んでくださーい。今日の分を払いますよー」
わっ、と一気に集まってくる子供達。
「はいはい、一列にね……押さないで」
「すげぇ!ほんとに銀貨だぜ!」
「パンがいっぱい買えるね!」
「ミルクや果物もな!」
うわ……現代日本で育った私としては何だろう、いたたまれないわ。
「貰った子もまだ帰らないでね? 食事を用意しているから」
そろそろ炊き出しの準備も出来ている頃だけど。
「シノ様~ご飯の準備できましたぁ~」
「いっぱい……作った……」
そうこうしている内にローリナとメイディンを中心とした炊事班が湯気の立つ大鍋を数人掛かりで運んできた。
「ご苦労様、ローリナ、メイディン……美味しそうに出来たね」
「えへへ~」
「会心の……出来」
二人をぎゅっと抱きしめて労をねぎらってから、炊事班の子達にも賃金を渡し食事にする事にした。
作って貰ったのは雑炊。
本当はコシヒカリ系の米があればおにぎりにしたかったんだけど、インディカ米系のお米しか市場に流通してなかったので雑炊を作ってもらった。
ニンジン、葉物野菜、椎茸、タマネギ、鶏肉を具沢山に入れてダシで煮込んで塩胡椒で味を調え、玉子で閉じるシンプルなもの。
最も生米から作ったからリゾットっぽいかも。
みんなにお椀とさじを渡して大鍋の前に並んでもらい、炊事班の子達によそってもらうよう指示する。
「うわ……なんだこれ……米か?」
「米って野菜だろ?こんな食べ方始めて聞いた」
「……でも良い匂いだよ……」
「うう、我慢できねぇ!ねぇ!食べて良いの?」
こっちでは米は野菜扱いなのか。
「どうぞ、みんなで頂きましょうか……頂きます」
手を合わせての食事前の「頂きます」に不思議そうな視線を向ける子供達。
「私の故郷ではね、食事となってくれたすべての命と、食事や食材の作り手すべてに感謝して、食前にこのような儀式をする風習があるの」
「ふうん……じゃあ、頂きます!」
「「「いただきまーす」」」
良い子達だ、異国の風習にわざわざ合わせてくれるとは。
「なんだこれ!すげぇ美味い!!」
「塩に……胡椒に玉子!?お肉もこんなに入ってる……」
「体、暖まるね……」
「美味しい……」
好評で何より。
「みんな、明日以降も仕事はあるからまた今日と同じ時間に来てくれる?」
「いくいく!絶対来るよ!」
「賃金は破格、俺等でも出来る、夕食付き……廃材の持ち帰りは自由……美味しすぎる」
「ごはん美味しいしね」
よし、明日以降も労働力は確保できそうで何よりだ。
※
2日目
2日目の仕事は整地。
昨日あちこちにほっぽり出されていた丸太は綺麗に一カ所に集められている。
昨夜、陰陽師にキャラクターチェンジし『鬼神・後鬼』を召喚、丸太を一カ所に集めてもらったのだ。
ついでに切り株を全部引き抜いてもらったので、あちこち穴ぼこだらけになっている。
今日の仕事はこの穴を埋めて馴らすことだ。
昨日の前例からきちんと賃金を払って貰えると分かった子供達は初めから張り切って仕事をしてくれた。
「うぉぉぉ!!俺のスコップ+5が唸るぜ!」
「何の!僕の一輪車+4の運搬力にはかなうまい!!」
いや、まあ……遊び半分でも仕事が進めば良いんだ……うん。
今日の炊き出しは焼きたてパンと肉入りシチューでした。
※
3日目
昨夜の内に陰陽師で下草を綺麗さっぱり焼き尽くしておいたので、ついでに敷地の一部を土壌改良して花壇や畑を作ることに。
これに喜んだのがメイディン。
元々草花が好きだったようで、嬉々として花壇や畑作りの指揮を執る。
「お花は凄い……ですよ?水とお日様だけで生きていけます……」
「メイディンは凄いんですよ!捨てられていた果物の種とか拾ってきて育てたりしちゃうんです!」
ふむ、屋敷が出来た暁には庭園を任せてみようかな。
ちなみに今日の炊き出しはベーコンピラフに豚汁(豚かどうか分からないけど)……美味しかった。
夜になってからダイダラボッチを召喚し、廃屋を解体しておいてもらうことに。
※
4日目
今日は大工仕事が中心。
まずは廃屋の残骸の処理かな。
一昨日、切り株を抜いた後の穴を埋める為に敷地の隅から土を掘り出して使ったのだが、その土採取跡の穴へ廃屋の残骸を集めて埋める事に。
……それでも小山のようになってしまったが。
後は屋敷以外で必要な家畜小屋とか物置とか細々した建物の建築……建築って言う程たいした出来では無いけど。
そうして出来上がった家畜小屋や鶏小屋に山羊2頭とクック鳥(見た目はまんま鶏だった)の雌鳥5羽を買ってきて放してやる。
これには今度はローリナが食いついた。
「シノ様!この子達飼うの!?ねっ、ねっ、この子達のお世話、私がやりたい!てゆうかやる!」
「シノ様……ローリナ、昔から妙に動物や鳥に好かれる……任せて安心」
「んー、じゃあ、カグラ邸の生き物係に任じます!」
「わーい!シノ様大好き~♪」
炊き出しは初日と同様雑炊。ただし今回は鮭(?)雑炊だった。鮭(?)旨ー。
※
5日目
今日は子供達はいない。屋敷をぽん、と置くだけだからだ。
そんなとこ見せる訳に行かないし。
昨夜の時点で子供達に支払った賃金は総計ちょうど金貨一枚分使った計算だけど、商工ギルドから水蜘蛛・改の追加の売上金、金貨65枚が届いた。
なので、現在の所持金は約金貨134枚。
「さーて、いよいよ屋敷を建てるわよ」
「……いや、建てるわよって……職人も来てないでしょ?さすがにあいつ等に屋敷を建てさせる事は出来ないし」
「心配ご無用……ヴァト君、そこらにいると危ないから下がってね」
「あ、ああ」
ヴァト君は怪訝そうだけど指示には素直に従う。
いろいろ規格外な所をここ数日で見せちゃったからな……私なら何かやってもおかしくない、と思っているのかも。
「それでは……と」
所持品欄を開き屋敷アイテムから『武家屋敷・高級』を選ぶ。
「設置場所を設定……角度を決めて……よし設置」
途端に音も無く空き地に現れる武家屋敷。
最高級ランクの物だから無駄にでかい。
実際に見るとそう実感してしまう。
これはやはり維持管理に人手がいる……ヴァト君達を雇えたのは僥倖だったかも。
「な、なんだよ、これ!」
「なにって……私達の住む屋敷よ?」
「い、いや違うよ、どっから出したのかって」
「何を今更。ヴァト君、私が東屋出したのも見てたでしょ?」
ヴァト君と話しながら、前庭に飛び石を設置。
さらに屋敷内には畳と障子と襖と……家財道具もそれぞれ一通り設置。
「いや……だって大きさが違うじゃん!」
「んー……大きさがどうだろうと一軒は一軒でしょ?」
「いや、だってよ……」
「もう、屋敷の大きさでビビるんじゃないの。貴方はこれからカグラ邸の筆頭執事になるんだからね?」
と言っても男手は一人しか無いから、必然的に筆頭なんだけども。
「え、筆頭……? 執事?……そ、そうか~うん、細かいこと気にしてちゃ大物らしくねぇよなっ!」
「さすがシノ様……」
「うん……的確にヴァト兄を使っている……」
「ふふ……とりあえず部屋はいっぱいあるから、皆で誰がどこの部屋を使うか決めようか?」
「「「はいっ!」」」
※
そしてこの日、ファリーアスに初めての和風建築物、『武家屋敷』が誕生したのであった。
次は浮浪児三人組のギルド職が決まる……かな?
この話の中にも匂わせる箇所がありますが。