お庭のダンジョン・完結編
やっと長い一編が終わりました…
これも皆様の応援のおかげです。
長い隠し階段を降りながら私はダンさんに聞いてみた。
「そういえば、わざわざこんなことしなくても……さっきみたいに魔法陣のある床を削ってしまえばいいんじゃないの?」
「……まあ、一時的には有効だろうな。だがダンジョン丸ごと取り壊すのでもない限り、しばらくしたら自動的に修復される……多くのダンジョンが遙かな古代からその機能を失わずに残っているのは龍穴からマナを汲み上げて自己修復する為なんだ」
「そりゃまた厄介な事で」
マナ……マナ、ねぇ……ん? マナ?
そういえば私って地球から流れてくるマナの出口なんだっけ?
今までマナは枯渇に近い状況だったんだよね?
で、ダンジョンはマナの流れを吸い上げて動いている訳で……
さらに魔獣はマナを元にした魔力を扱えるから魔獣たり得る訳で……
……もしかして強い魔獣が本来棲息してない地域に出たり、今この時期に合わせてダンジョンの問題が見つかったのって……
『ぴろりろりん』
「ひうっ!?」
「ど、どうしましたシノさんっ!」
「い、いえ、何でもないです……ちょっと足が滑って」
「それならいいんですが……お気をつけて」
「え、ええ……」
適当にディーンさんの追求をごまかして目の前に浮かぶスマフォのメール画面に目をやる。
……やっぱりか、例の『世界の管理者』からのチャット風味メールだ。
『ピンポーン、正解です』
あれ? ……もしかして声に出さなくても、考えただけで伝わるの?
『はい、他の方の目もあるでしょうから考えるだけで結構ですよ』
……やっぱり伝わっているのか……で、このタイミングで連絡をよこすって事は……
『まあ、補足というか……ほぼカグラさんの考えた通りなんですけどね』
普通より強い魔獣の出現も、ダンジョンの活性化も私のせいって事!?
『いえいえ、カグラさんが巻き込まれなかったとしても、どっちみちマナを流さなければいけなかったんですし、気にする必要はありません』
それでも……実際に魔獣の被害がでてるし……
『相対的にはそうでもありませんよ? マナの恩恵を受けるのは魔獣だけじゃありませんし……人間などの魔力を持つ種族の成長も著しく早くなっているはずです……例えばネイルちゃんとかね』
ネイルの成長速度って異常なのか……
『そうですね、具体的にはあなたとパーティを組んでいる人間は1.5倍ほどの成長力を見せているみたいですね……同じ街に住んでいるだけでも10%ほどはアップしているようです……ゆくゆくは世界全体にマナがまんべんなく広がれば元通りのバランスに落ち着くと思います』
ふむ……経験値+50%って感じなのかな。
『基本的にはあなたには何の責任もありません……どうしても気になるなら、時たまギルドの魔物退治でも受けてあげれば十分だと思いますよ』
うん……ありがと。
「お、地下三階に着いたみたいだぜ」
おっと、話し込んでいるうちに着いちゃったみたいだ。
『あら……では、今回はこれて失礼しますね』
うん、じゃあね。
「……うん?何にも無いな……通路も扉もない」
階段を下りた先は、ただ広い大広間になっていて特に魔獣も見当たらない……ディーンさんが疑問に思うのも当然だろう。
「いや、大広間の真ん中になんか祭壇みたいな物があるぜ? 怪しいことこの上ないな」
ダンさんの指し示す方には確かに石造りのリンゴ箱ほどの物がある。
祭壇等も見えなくはない。
「調べてみましょう……その前に準備をしっかりね」
「だな。どん詰まりってことは罠なり守護者なりあっておかしくない」
「……そういえばネイル、MPは大丈夫?」
「先ほどの戦闘で7割程使ってしまいましたが、いけます」
「ふむ……こっちおいで、ネイル」
出来るだけ万全にしておきたいし……もしかしたら。
「はい?」
私は手元に呼んだネイルをそっと抱きしめる。
「し、しししししシノ様っ!他の方もいらっしゃいますしっ!」
「だまって……固有スキル『マナ譲渡』……実行」
途端に私の体からあふれる光……それが徐々にネイルに染み込んでいく。
「あ……ああ……」
顔を紅潮させてふるふると震えるネイル。
「……どう?」
「は、い……なんかふわふわします……んっ……」
「ああ、いや、MPはどう?」
「MP?……あ……え?……回復してます……最大値まで」
呆然とした顔で魔力の残量を確認するネイル。
うん、間違いない……今まで効果の分からなかった『マナ譲渡』ってMP回復の効果があるのか。
「あ……? 抱きしめただけでMP回復って何の冗談だ」
「うーん、どうだろう?抱きしめる必要あるのかな……えいっ」
ダンさんにも『マナ譲渡』を使ってみる。ただし今度は手を握るだけにしてみた。
「おい、何の真似……お、おぉ?」
「どぉ? MP回復した?」
「……こりゃ確かに……回復してるな」
「ふむ、手を握るだけでもOKと……じゃ、次ディーンさん」
「はっはいっ!……お願いしますっ!」
顔を赤くして手を差し出すディーンさん。
「あ、いやごめんね、手を握らないでも出来ないか試したいから……」
「あ、そう、ですか」
みるみる意気消沈するディーンさん…ごめんね。
右手をディーンさんの方に向けてスキルを発動させてみる。
「てぃ!……どう?」
「うーん、変わらないみたいです」
「そっか、やっぱりどこか触れないとダメみたいね……じゃあ、改めて、握手」
「は、はいっ!」
あっさり復活するディーンさん。
「えいっ!……どう?」
「お、おおおぉぉぉぉぉ…………!! 凄いです!シノさんっ! 貴女の愛を感じます!!」
「う、うん……愛とかはともかく、上手くいったみたいね」
「はいっ! 万端です! 今なら悪魔だろうが一刀両断に出来そうですよ!」
……なんかMP以上におかしなものを注入してしまっただろうか?
ディーンさんのハイテンションぶりが半端ない。
「……しかし、こんな事をしてシノさんの方のMPは大丈夫なんですか?」
「あ、大丈夫、まったく減ってないから」
「え?」
「あー……詳しくは言えないけども、MPいくら使っても減らない特異体質みたいなものなの」
「えっ? えっ?」
「……それって特異体質で済むようなもんなのか?」
疑問符だらけのディーンさんとダンさん。気持ちは分かる。
「お二方……シノ様は私など比べものにならない位の規格外なのです。ということで納得しておいて下さい」
「いや、それで納得できるか……?」
「……私は納得しました……シノさんはやっぱり天の御使いだったのですね……あの天地に二つと無い白皙の美貌! 広い心! そして過去の英雄とも遜色のない技量! 何より今のこの奇跡!! 私は今こそ自分の使命を自覚しました! シノさんの剣となって悪を打ち倒……!!」
「落ち着けバカ」
ガゴン! と盛大な音を立ててダンさんの拳がディーンさんの後頭部を強打する。
「……(声にならない)!!」
「……悪かったな、騒がしくて。とりあえず準備はどうだ?」
「私は大丈夫です」
私は……後はとりあえずボス専用スキルセットに変更するかな。
【回避術極意】【変わり身】【神卸】【結界全体化】【破界の一撃】【命奪斬】
【多重結界】【迎撃刀術】【迎撃手裏剣術】【二刀流】【斬鉄二連撃】【千刃】
うん、こんなもんか。
後は――
「これ、皆さん一粒ずつ持っててくださいね」
所持品欄から取り出したのは虹色に輝く丸薬。
「……これは?」
「回天丹、と言いましてSTR、VIT、DEX、SPD、INT、MIDを約1時間倍加させます」
「……そんな薬聞いたこともないが」
「ええ、私が作った物ですから」
あっけにとられるディーンさんとダンさん。
「……いや、もう驚くのも疲れたが……その、」
「副作用のことでしたら心配ありません。以前にもシノ様の薬は使わせていただきましたが、効果抜群、副作用無し、の大変すばらしいものでした」
「うん、ただ、今度のコレは以前ネイル達に使ったものと違って材料が手に入りにくいの。あくまで保険として持ってて……あ、でも、この先強敵が出現するようなことがあれば、遠慮無く使っていいから」
「分かった、ありがたく受け取ろう」
「シノさんの手作り……………」
なんかディーンさんは薬の効果とは別の所に感激しているみたいですが。
「うん、準備はこんなもんかな? じゃあダンさん、あの祭壇モドキ、調べてもらっていいです?」
「ああ、了解だ」
祭壇の前にしゃがみ込んでいろいろ調べているダンさん……あちこち叩いたりさすったり工具のようなものを隙間に差し込んだり。
「ふむ、制御装置ってのは……これか?」
「何? なんか分かったの?」
「ああ…これを見な」
祭壇もどきの上面部分はフタになっていたようだ。
今はそのフタ部分が外されて中身が見えている。
「これ……何? 街の模型?」
祭壇もどきの中に安置されていたのは色こそ付いていないものの、精密な街の模型だった。
「ああ、間違いなくサザンの街の模型だな……で、だ、ここが姐さんが買った土地だな」
ダンさんが指差した辺りにチェスの駒のようなものが置かれている。
「おそらくその駒が転送魔法陣と連動しているんだろう」
「じゃあ、これを外せば……」
「ああ、だがここで外すと俺たちも帰れなくなるぞ」
「ああ、そっか……どうしよう」
一応外へは森側の出口から出れるけど、どのくらい街から離れているか分からないし。
「こいつは単体の魔道具みたいだから、街の模型ごと持って行って向こうで駒を外せばいい」
「なるほど……よく考えたらそうでもなきゃドーワナも不便だもんね」
「ああ、そういう事だ」
そう言いながらダンさんが模型に手をかけたその時。
ダンさんの手は急に何かに弾かれた。
「痛っ!!……やっちまったか?」
ダンさんが自分の手を弾いた物の正体を見ようと目をやると、祭壇もどきは光り輝く結界に覆われていた。
「くそ!トラップか?」
結界に呼応するように広間の中央に出現する魔法陣。
だがそれは地下二階の時のように多数の魔物を召喚するものではなく――
「なんだこいつ……」
「魔力が…溢れて物理的な圧力を持っている……?」
「シノ様っ!お気を付け下さい!こいつは……」
青銅の肌と大きな二本の巻き角
ワニのような尻尾
巨大な蝙蝠の翼
口から溢れる乱ぐい歯
3メートル近い巨体
そして可視化されるほど濃密な魔力……
言われなくても分かる。
こいつの名は――悪魔――
「みんなっ!渡した薬飲んで!」
私は思わずそう叫んでいた。
こいつは強い……おそらく単純なレベルでは私の方が高いだろうが、種族特性では人間より遙かに上だ。
私は大丈夫でも彼らに被害が出る可能性がある。
いや、油断すれば私でも一対一では危ないかもしれない。
「ぐ……グレーターデーモン……Sクラスだと?」
「だ、大丈夫…私が…まも…」
「し、シノ様ぁ……」
皆の様子がおかしい……魔力に当てられたのか。
「くっ……『多重結界』『結界全体化』!」
まず私が一撃を加えて――状況を動かさなければ。
「『斬鉄二連撃』!」
高く飛び上がり、上空から防御無視の一撃を――
ガギンッ!
「ち、結界か!」
私のものと同様――いや、それ以上に多重化された結界を張っているのか!
私の攻撃に気を取られたグレーターデーモンがその太い腕を私に振り下ろしてくるが、これを回避。
動きそのものはそれほど早くない。
ならば強引に攻めるより、まずは結界を潰さないと。
結界を破る効果のあるスキル『破界の一撃』を叩き込む隙さえあれば――
『う゛ぉぉぉぉぉぉぉふぅぅぅぅぅ!!』
グレーターデーモンはなかなか攻撃の当たらない私に苛ついたのか、滅茶苦茶に攻撃を仕掛けてくる。
両手のかぎ爪、太い尻尾の一撃、口内から放たれるまるでレーザーのようなブレス。
一撃一撃のスピードが遅くても、その攻撃範囲は広くなかなか懐に飛び込めない。
多少の被弾を覚悟で一撃を加えようとしたその時、ヤツの背中が炎を上げた。
「シノ様っ!!」
「ネイル! ナイス!」
ネイルのファイヤーボールがグレーターデーモンの背中にヒットしたのだ。
ヤツは魔法耐性も高いらしく、たいしたダメージにはなっていないようだが、その一瞬、気を取られただけで十分だった。
「『破界の一撃』!」
私の右手の『波切りの小太刀』がヤツの複数層の結界を易々と貫いていく。
パァンッ!
何かが破裂したような音が広間に響く……グレーターデーモンの結界が消滅したのだ。
「イヴィル・ブレイカァァァァァッッ!!」
ディーンさんの雄叫びとともに聖別されたロングソードが対魔スキルを発動、グレーターデーモンの青銅の肌を浅く切り裂く。
「済まないっ! シノさん……私ともあろう者が萎縮して呆けていた……これからを見ててくれ!」
よかった、ディーンさんも復活したみたいだ。
「『必中』『弱点看破』……くらえ!」
ダンさんのクロスボウがスキルによって強化され、放たれたその一矢はグレーターデーモンの胸に深く突き刺さった。
『う゛ぁぁぁぁぉぉぉぉおぅぅぅぅぅ!!』
怒りの咆哮を上げるグレーターデーモン。
「……姐さん、効いたぜ、あの薬……すげえな、Sクラスと渡り合えてらぁ」
よし、これで全員復活!後はたたみ込むだけ!
と、私がヤツの懐に飛び込もうとした時――ヤツの口腔が今までに無く大きく開かれた。
これは今までのブレスじゃない――?
『ぐふおぉぉぉぉぉぉうぅぅぅ!!』
今までのレーザータイプじゃなく、広域に広がる超高熱のガス――
それらを私達はまともに受けてしまったのだ。
多重結界は魔法攻撃やブレスは防げない……3割近く体力を持って行かれてしまった。
ましてやネイル達はもうほとんど体力は残って無いだろう。
しかし、グレーターデーモンもブレスの後は多少の硬直があるのが今までのパターンから分かっている。
ならば――これで決める!
「『神卸』」
神卸は八百万の神々の力を借りて身体能力を劇的に向上させる技能だ。
「さらに止めの……『千刃』! で! どぉだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私の体が魔力だけでなく霊気に包まれ……私の両手から繰り出される数十回の斬撃は……
グレーターデーモンの体を千々に切り裂き、その動きを止めた。
「ふう……何とかなったか……ネイル、みんなの治療してあげ……ヴァトくん!?」
私の視界には短剣を持って動かなくなったグレーターデーモンへ近づくヴァトラの姿が見えた。
「俺だって……役に立つ……やれるんだぁぁぁぁぁっ!!」
「だめぇぇぇっ!」
当然のごとくヴァトラの一撃はグレーターデーモンの硬い皮膚に弾かれ――
次の瞬間、わずかに残っていたグレーターデーモンの命がその太い腕をヴァトラに向かって振り下ろさせた。
「ギャンッ!」
「あぅっ!!」
「うぉあっ!」
結果的に言えば、ヴァトラはかすり傷だけで済んだ。
グレーターデーモンの一撃が当たる直前に『忍犬・銀牙』の召喚符が発動し私と共にヴァトラの盾となったのだ。
だが、その結果、私の胸はグレーターデーモンのかぎ爪によって大きく切り裂かれ、誰の目から見ても致命傷を負っていた。
「シノ様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「し、シノさんっ!うわぁぁぁぁっ!!」
だが、次の瞬間。
「まったく……しつこい男は嫌われるよ?」
私はグレーターデーモンの背後から『斬鉄二連撃』でヤツの首を落とし、今度こそとどめを刺してやった……。
その証拠にグレーターデーモンは光となって消え、ひときわ大きな魔石が残った。
「え?ええ?シノさんっ!?じゃ、こっちのシノさんは?」
「シノ様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は泣きながらしがみついてきたネイルをあやしながら(耳と尻尾をもふりながら)説明してやった。
「ふふ、そっちの私は本当に私かな?よっく見てみなさい」
「え……あ、これ!人形!?木の人形だ!」
「ふふふ、神楽流忍法『変わり身』……」
思わず忍者屋敷で働いていた頃を思い出して、格好付けて説明してしまったが……
スキルの性能で言うと「HPの半分を超えるダメージを受けたとき、一回だけ任意にそのダメージを無かったことに出来る」という風になる。
ボス戦に当たって嫌な予感がした私は念のためこれをスキルセットに入れていたのだ。
「ところでヴァト君? 私は大人しく待っててって言わなかったかな? 危ないからって?」
「あ……いや……その」
脂汗を流すヴァト君。
「帰ったらお仕置きね♪精神的にクルようなヤツ」
「当然ですね……私のシノ様……あ、いえ、「私の主人のシノ様」を危険にさらしたその罪、万死に値します」
「ね、ネイル姉……本音が漏れ出て……ひっ!」
氷よりも冷たいネイルの視線におびえるヴァト君。
「まぁ、少年、今回は素直に怒られとけ」
「仕方ないな。それが責任と言うものだ」
迷宮の中にはヴァトラの味方はいないようだった。




