序章
蒼枝と申します。
長編を書くのは初めてです。
つたない文ですがご観想いただければ幸いです。
かるい百合展開、暴力シーン、残虐な展開があるかもしれません。
苦手な方はご注意を。
「…武藤陣内殿とお見受けする」
真っ昼間、町はずれの街道で典型的な忍者装束に身を包んだ細身の女が、浪人風で総髪の男に問いかけた。
「忍びか…。さては越後屋に雇われたか。いかにも拙者が武藤陣内じゃ」
「潔いことだ。用件も分かっているようだな…その命、頂戴する」
女は身をすっと屈めると、逆手に短刀を構え浪人に向かって疾走した。
「簡単にくれてやる訳にはいかんな!」
抜き打ちに放った浪人の刀が女の短刀を迎撃する。
鋼同士の激突に、街道に甲高い金属音が響くかと思われたが、
かしっ…
響いたのは何とも迫力のない軽い音だった…
『えー、これで午後の部の殺陣実演は終了となりま~す』
忍者屋敷の中にある女性用控え室で休憩していた私の耳に、そんな放送が流れてきた。
「これにて本日のお仕事終了、と」
終業時間を確認して、私は頭巾と鉢金を外してロッカーのフックに引っかけた。
現実的に考えれば、昼間っから真っ黒い忍者服を着るなどあり得ないし、武士相手に真っ正面から名乗りを上げて戦いを挑むなど忍びの風上にも置けない(?)所行である。
だがこれが観光地のイベントとなれば話は別だ。
新潟県の上越市と糸魚川市の間くらいにこの小さな村…というか観光地はあった。
過疎に過疎が進んだあげく廃村一歩手前になったこの村は、若者と観光客を呼び込む手段として村を忍者村として再開発したのだ。
まあ、忍者を観光に、というのも由来が無いではない。
ここら辺はかの上杉謙信侯のお膝元。軒猿という謙信侯お抱えの諜報集団がいたと言われているあたりなのだ。
で、高校卒業後、新潟市で仕事を探していた私こと、神楽紫乃(21)は、2年前故郷が忍者村へと再開発されたとの知らせを受け、内定しかけていた仕事先を蹴って故郷へと帰ってきたのだ。
まあ、うら若き乙女がなんで忍者村!?と思うかもしれないが、何の娯楽もなかったこの村では、じいちゃんと見た再放送の水戸黄門や必殺仕事人などの時代劇が唯一と言っていい私の娯楽だったのだ。
三つ子の魂百まで、の言葉通り、その後も順調に時代劇オタクへの道を進んだ私にとっては渡りに船な職場だったという訳。
「神楽さん、先上がるね~」
「あ、お疲れ様~」
先ほど私と殺陣を演じた甲斐さんというバイトの人がドア越しに声をかけて行く。
わざわざ女子が着替えている(かもしれない)ところまで来て声をかけていくとか、ちょっとどうかなと思うけど、まあ、この村は若い娘が極端に少ないからある程度仕方ない。
私程度の容姿でもけっこうもてるのだ…多少大目に見ている。
「それよりもっ…と」
私はロッカーの中からスマートフォンを取り出すとアプリを起動する。
『戦国の野望オンライン』
戦国時代をモデルにした架空の日本が舞台のネットゲームである。
最近出たこのスマートフォン版は今まで私がプレイしていたパソコン版のアカウントとキャラクターを引き継いで使えるのですでに私のレベルはかなり高い。
忍者LV85、陰陽師LV76、鍛冶師LV60、薬師LV77
1アカウントで作れるキャラクターは4体、そのすべてがマスターレベルといわれる50を過ぎている。
装備も自キャラに鍛冶師がいるので不自由はしてない。
たぶん一対一なら「信長」や「家康」クラスのボスとだって勝てるはず。
取り巻きがうっとうしいから現実には無理っぽいけど。
「さてと、今日はどの子にしようかな~♪」
どのキャラを選んでもすべて名前は統一して神楽紫乃と本名を使っているのは、古風な名前なので、意外と世界観に合っているのではと思っているから。
「クノイチちゃん君に決めた!」
スマートフォンの画面に映ったクノイチの姿をタッチしようとして…
そのまま私の指は画面に吸い込まれた。