普通戦隊 イッパンジャー ブルー編
この小説は、以前公開した「普通戦隊 イッパンジャー」の続編です。
どうしてこんなことになった。
1週間前と同じことを考えながら、俺は目の前にいる男のことを見つめていた。
某国立大学法学部の3年生だという彼は、同性の俺から見てもルックスはかなりいいと思う。韓流スターの誰かに似ているような、しゅっと整った顔。学歴のことも含め、かなりモテそう。というのが、彼に対する俺の第一印象だった。
そんな彼は今、俺の前で熱く、かなり熱く、語っている。
「へえ~んしい~ん!…これは変身するためのキーワードだから、変更は不可能だ。だが、このままではありきたり、そのうえ率直すぎる。へえ~んしい~ん!という掛け声の前に、独自の決め台詞、もしくは決めポーズをいれるべきではなかろうか」
さっきから彼は、こんな感じのことを熱く、とても熱く、語っている。傍にいる虎猫は満足そうにうんうんと頷き、にやりと笑った。
「流石、わいが選び出したブルーや。冷静沈着、理路整然。そして、レンジャーに対する想いは熱い。我ながら素晴らしい人選!!そう思わんか?レッド」
俺は虎猫を睨みつける。俺の部屋の窓ガラスが割れっぱなしになっているのも、俺がイッパンジャーをやることになったのも、目の前にいる男の話を聞く羽目になってしまっているのも、すべてこいつのせいだからだ。
「ようレッド、久しぶりー!」
インターホンが鳴ったのでドアを開けると、聞き覚えのある声が足元から聞こえた。恐る恐る下を見ると、例の虎猫がこちらを見上げてニヤニヤしながら座っている。その姿を見た途端、俺の身体がさあっと冷たくなった。
一般人から選ばれた戦隊、イッパンジャー。そのレッドとして選ばれてから、1週間が経っていた。特に怪獣が襲ってくることもなかったので、俺はチェンジケータイを机の引出しにしまいこみ、普通の大学生としての日々を過ごしていた。正直、もうちょっとしたらチェンジケータイは捨ててしまおうと思っていた。その矢先に
「ブルー連れてきたで!!」
これだ。顔をあげると、見知らぬ男と目があった。男は俺の顔を見て、ふっと鼻で笑った。気がする。
「なるほど、君がレッドか。僕は、ブルーだ」
彼は至極真面目にそう言った。整った顔で、至極真面目にそう言った。俺は眼を見開いて、そいつのことをじろじろと見る。なんだこいつ。なんだこいつ。
「お邪魔するでー」
俺が困惑しているその隙に、虎猫は俺の足もとをするりとくぐりぬけて部屋の中へと入っていった。
「ちょっまっ…!!」
「なんや?エロ本でも読んどったんかいな」
猫はふふんと笑うと、つけっぱなしだったテレビを見た。
「あ、ビデオの方やったか。失礼」
エロいビデオを見ていたことを、これほど後悔したことがあっただろうか。
仕方なく、ブルーと名乗る男も部屋にあげる。さっさとテレビを消して、
「なあなあ、なんで窓ガラスに段ボールを張り付けてるん?」
この猫を追い出したい。
「…お前が割ったからだろ」
「修理すればいいやん」
割ったお前が修理しろよ。俺がそう突っ込む前に、ブルーが口を開いた。
「今日は同じレンジャーとして、相談したいことがある」
俺はブルーの方を見て、頷いた。彼は先ほどからずっと真面目な顔をしている。俺も、誰かに相談したいと思っていた。
どうやったら、イッパンジャーを辞めることができるんだろうって。
「お前は、自分の必殺技を考えたか」
俺が相談しようと思っていた事のはるか斜め上を、ブルーの台詞が通り過ぎた。
「…はい?」
「必殺技だよ。お前のエフェクトは雷なんだろう?それに合う、必殺技だ」
ひっさつわざ、の意味をまず頭で考える。そして頭に浮かんだのは
「しょーりゅーけん、とかそういうの?」
「真面目に返事をしてくれないか」
「…すみません」
思わず謝る。それを見ていた虎猫が笑った。
「やっぱりレッドはアホやなあ」
お前に言われたくない。
「虎猫、君がこの馬鹿を選び出したんだろう?」
お前にも言われたくない。
それから2時間。その男は真面目な顔のままイッパンジャーについて語り続けた。歴代の戦隊ものと比較して、スーツがどうのこうの。決め台詞はあーだこーだ。情熱的に語る男を見ながら、俺は確信していた。
こいつ、戦隊マニアだ。
だからイッパンジャーをやろうとしてるんだ、そうに違いない。じゃなきゃ普通、イッパンジャーなんてやらないし、こんなに熱く語らない。
「イッパンジャーは、もっと『かっこいいレンジャー』を目指すべきだ。そのためにも決め台詞とポーズがいる。お前も真剣に考えろ」
どうあがいても格好悪いであろうこの戦隊を、どうやって格好良くしろと。
俺はため息をつくと、投げやりに言った。
「…いや、俺が考えても格好良くなりそうにない。お前が考えてくれよ」
「賢明な判断だな」
そう言われてしまうと、妙に悔しかった。
まさかの怪獣出現は、それから2日後だった。インターホンが鳴ったので、俺はきちんとテレビを消してから、ドアを開けた。
「怪獣が出た。出動するでー!!」
そこにはわくわくした顔の虎猫と、
「…。」
無言ではあるがわくわくした顔のブルーの姿があった。俺がため息をつくのを見て、虎猫が首をかしげた。
「なんや、またビデオ見てる途中やったか?」
確かにそれもあるけど。
「そこまでだ!メンストゥアー!!」
どこかで見たことあるような黄色い電気ネズミに向かって、ブルーが大きな声を出す。俺はそれを聞いて、首をかしげた。
「…メンストゥアー?」
「化け物のことだ。そんなことも知らないのか」
呆れた顔でそう言われて、俺は10秒考えて、『メンストゥアー』は『モンスター』なのだと気付いた。要するにブルーは、英語の発音がとってもよろしかった。いや、ていうか、その発音は正しいのか?
「お前たちの好きにはさせない!!我ら、正義と愛と勇気と強さと優しさとまごころの象徴!!」
色々詰め込んだなあと思っている俺の目の前で、ブルーは右手をあげると、左手を腰に添えて叫んだ。
「普通戦隊、イッパンジャー!!!」
それからぼそっと、「決まった…!」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。ブルーは不意に俺の方を見ると、
「なにしてる、お前もポーズをとれ」
「…はい」
確かに決め台詞や決めポーズのことを丸投げしたのは俺だけど、こんなふうになるなんて思ってもなかったよ、ちくしょう。
俺は右手を高く上げて、左手を腰に添えた。それを見たブルーが、叫ぶ。
「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」
それを宣言するために右手あげてんのかよ、これ。
叫び終わるとブルーはチェンジケータイの通話ボタンを押してから、両手を高く上げて…いわゆるバンザイのポーズをした。後でグチグチ言われないよう、俺もそれに倣う。バンザイのポーズのまま、ブルーは左足をスーッと前に出し、それから膝を曲げた。
「へえ~んしい~ん!!」
どこからどう見ても、あのキャラメルみたいなお菓子の箱に描かれているおじさんのポーズだ。泣きたい。誰だよイッパンジャーを格好良くするとかほざいた奴は。
変身が終わると、ブルーはすかさず「武器をください!」と叫んだ。出てきたのはやはり金属バットだ。ブルーは明らかにやる気のない俺の方を振り返ると、
「必殺技は考えてきたか?」
…ヘルメットで顔は見えないが、ものすごく真剣な顔で言ったんだろう。そして俺はヘルメットの中で、ぽかんと口を開けていた。
ここまできて、そこにこだわるか。
「…考えてねえよ」
「不真面目だな。いい。今回は俺一人でやる」
そう言うと、ブルーは黄色いネズミのモンスター
「覚悟しろ!メンストゥアー!!」
…メンストゥアーに向かって走り出した。
「ほんま、あっつい男やなあ」
すぐそばで何もかも見ていた虎猫が、感心したような声で言う。
「レッドも見習いや?」
どこら辺を?
黄色いネズミをひたすら金属バットで殴打しているブルーを見ながら、俺は猫に尋ねた。
「そういや、あいつのバットのエフェクトって何なの?」
それを聞いた猫がこちらを見上げて、にやりと笑う。
「爆発、や」
その時だった。
「リア充爆発しろおおおおおおおおお!!!!」
ひときわ大きなブルーの叫び声と、爆発する金属バット。白旗をあげて退散していく、黄色いネズミ。勝ち誇ったような、ブルーのガッツポーズ。
それを遠目に見ながら、俺は固く決意する。
あいつに変な必殺技を考えられる前に、自分でもっとマシなのを考えださねば。
「やー!見事な戦いっぷりやったで、ブルー!!」
猫の嬉しそうな声に、ブルーが素直に頷く。「よかったな」と小声で呟いた俺に
「お前もやる気ださんかい!!」
猫パンチが直撃した。戦ってもいないのに、またもや俺のヘルメットに傷がついた。
ヘルメットの傷を気にしている俺に、
「んじゃ、また他のメンバーを見つけたら戻ってくるわ!」
「次までに、必殺技を考えろ」
そう言い残して、虎猫とブルーは颯爽と走り去っていく。
ちなみに。今回の熱い戦いを見ていた人は、やっぱり誰もいなかった。