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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
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第十一話 『ミネルヴァ強襲(後編)』 その4

 問いかけされる三つの言葉に対し、ミネルヴァは物凄い嫌そうな顔を浮かべてそれ以上しゃべるのを拒否しようとする。

 だが、自分に向けられる尋常ではない無言のプレッシャーに対し、長く沈黙し続けることはできなかった。


「だから~、玉藻は、連夜が思い描く『理想の女性』そのものだったから・・って、あ~、言いたくない。もうこれ以上ほんとにしゃべりたくない。しゃべりたくないな~、でも、もう口に出しちゃったからしゃべっちゃうけどさぁ。玉藻自身はね、ほんとにいい奴よ。私が自慢する人生最大最強の大親友。いざというとき安心して背中を任せられるのはあいつだけ。だけどね、困ったことに何から何まで連夜の好みにマッチしているのよ。玉藻と初めて会ったとき、すぐにわかったわ。もし、連夜をこの子に会わせたら絶対に、連夜は恋に落ちる、この子のことが好きで好きでたまらなくなるって。最初はね、気のせいかな、気にし過ぎかな、何馬鹿なこと考えているんだろって・・そう思ってた。でもさ、友達になって玉藻のことを知れば知るほど、やばい、これは危険だ、いや、絶対にダメだって確信するようになっていった。顔が、とか、性格がとか、なんて他の女の子達に感じていた一部だけのことじゃない。全てが、連夜の好みだったのよ。ずっとあの子の側にいて、あの子の理想になることを目指していた私にはよ~くわかる、わかりすぎるくらいわかったわ」


「それって小学校のときの話しよね?」


「ええ、私とミネルヴァが出会ったのは小学校四年生の時よ」


「そんなときから、すでに情報封鎖していたの、この『人』?」


「当たり前でしょ、すぐに決断したわよ。絶対に知られないようにしようって。玉藻のことを連夜には知られないようにしよう、そして、玉藻自身にも連夜の存在を知られないようにしようって。ほんとにあの頃は焦ったわ。私と玉藻は大概一緒に行動していたから、あの子に知られそうになったり、あるいは玉藻に知られそうになったり、何度もニアミスを繰り返したこともある」


「ええっ!? で、でも、私一度も連夜くんらしい子の気配を感じたことなかったと思うんだけど。私が忘れてるだけなのかなぁ? 連夜くんに出会っていたら絶対私自身が恋に落ちていたはずだもん」


「玉藻さん自身が記憶に残ってないって仰っているなら相当ですわね。リーダーがそれだけ徹底して、玉藻さんに連夜くんのこと気付かせなかったってことですわね」


「そこまでやる? いや、リーダーならやるか。やるわよねぇ。この『人』なら」


「やるわよ、やってやったわよ。期間としては私が連夜を『男』として自覚した小学校五年生から六年生までの二年間だけだったけどね。幸いそのあと、私達は全寮制の中学校に行ったし、そのあとあの子は中学に入ると隣都市の『通転核』に引っ越したから、ニアミスする可能性がほとんどなくなったんだけどさ。まあ、大変だったわ」


「「「鬼か、あんたは」」」


「それでも、中学を卒業し、高校生になり、徐々に大人の姿に成長していく玉藻の姿を見たとき、私は自分の考えが間違ってなかったことを改めて実感したわ。なぜなら」


「「「なぜなら」」」





「玉藻は、連夜が大好きな『巨乳』だったからよ!! それも腹が立つくらい形のいい!!」





「「「・・」」」


 完全にやけくそ、しかも悔し涙で物凄く目をうるうるさせたミネルヴァは、片手にもったワインボトルを再びイッキ飲みしながら言い放つ。

 それと同時に、聞いていた三人はある一つの方向に一斉に視線を向けた。

 ミネルヴァが座る場所、その背後から数歩先の壁際。

 彼女達の話声が十分に聞こえる場所。

 三者三様のいろいろな感情の入り混じった視線がその場所へと向けられる。

 その視線の先にいた年若いウェイターは、物凄く恥ずかしそうに、そしていたたまれない様子で身をよじる。


「・・ボス」


「・・ボス」


「・・連夜くん」


「え、何、この羞恥プレイ」


「大きな胸だけじゃないわ。あのくびれた腰もそうだし、若干大きめのお尻もそうよ!! どれもこれも連夜がむしゃぶりつきそうな体つきなのよ!!」


「・・ボス」


「・・ボス」


「・・連夜くん」


「ちょ、ま、何いってるの、み~ちゃん!?」


「玉藻に出会ったら最後、連夜は玉砕覚悟で向かっていくに違いないわ。例え蹴り殺されようと、野獣となってあの体を押し倒そうとしたはず!! それくらい玉藻は連夜にとって『性』の対象たる姿になっていたのよ!!」


「・・ボス(苦笑)」


「・・ボス(半笑)」


「・・連夜くん(赤)・・私はいつでもいいよ(桃)」


「誰か、あの『人』を止めてっ!! それが駄目なら誰か、今すぐ僕を殺してっ!! 誰かぁっ!!」


 ミネルヴァの言葉は、とんでもないところに飛び火して甚大な被害をもたらしていた。

 そのあともしばらくミネルヴァの無自覚な非人道的言葉攻撃は続き、彼女の背後という絶好のポジションを保持しているにも関わらず、少年はいいように滅多打ちにされ続けた。

 勿論、ミネルヴァ本人は全然そんなことに気がつくわけもない。

 結局、容赦ない言葉の暴力を存分にくらった被害者の少年は、最終的に床の上に倒れ伏して動かなくなっていた。

 床のカーペットの上にはうっすらと涙でできた池のあとが。


「ひ、ひどい、ひどいよみ~ちゃん。いったい僕を、なんだと思っているのさ」


「・・ボス(ドマ)」


「・・ボス(オツ)」


「・・連夜くんがどんな性的嗜好の持ち主でも、私は大好きよ(朱)」


「いや、違うから、絶対違うから」

  

 そんな少年の姿を三人は、面白そうに見つめたり、気の毒そうに見つめたり、やたら嬉しそうに見つめたりと三者三様で生温かく観察していたが、とりあえず、ミネルヴァがまた話を続けようとしていたので、再び意識をそちらへと戻す。



「一応ね、私だって多少は自分の容姿に自信を持ってはいたのよ。玉藻ほど大きくないけど胸だってちゃんとあるし、腰のくびれなら玉藻に負けていない、お尻の引き締まり具合なら玉藻以上だって自負してる。でも、それは連夜の好みには合致しない。悔しいけれどしていないのよ!! でも、玉藻は違う。玉藻は全てが合致している。連夜には絶対に会わせられない、会わせるわけにはいかない、少なくとも連夜の心ががっつり私に傾いた状態にでもなっていなければ無理よ」


「いや、あのね、リーダー。たまちゃんが連夜くんの『理想の女性』像そのものだってことはわかったけどさ、だからってたまちゃん自身が連夜くんになびくとは限らないじゃん」


 呆れたような表情で呟くリビュエーに、クレオも深く頷きを返す。


「そうですわ。そもそも玉藻さんって、中学時代に想い人を失ってから全く恋愛に興味を持たなくなって、どんな男性からのアプローチにもなびかなかったじゃないですか。中学時代、高校時代、そして、今の大学生活でも数え切れないくらいのいろいろな男性達が果敢にアプローチを繰り返してきましたけど、全て一撃で一蹴。私が知る限りでは、ごくわずかの短期間も恋人を持ったことないですわよね」


「そんなたまちゃんの前に連夜くんがポッと姿を現したからって、すぐにどうこうなるわけないと思うんだけど」


「そうね、そうならないかもしれない。そうならない可能性も確かにあるわ。クレオやリビュエーの言うとおりだと思う。玉藻は中学、高校、大学と、特定の相手は一人も作らなかった、『恋人』も『愛人』も『婚約者』もね。ただの一人も作らなかった、ずっとずっと一人。私から見てもそういう相手には全然興味ないみたい。でもね、逆に突然その主義が変わる可能性だってあるのよ。いや、むしろその可能性のほうが高いかもしれない。こればっかりは蓋をあけてみないとわからない。二人を引き合わせて、私の都合のいいほうに転ぶか、それとも全く逆の方向に転ぶかは流石の私でも読み切れないのよ。私の都合のいいほうに転んでくれれば、そりゃ願ったりかなったりよ。私もこれ以上親友を裏切り続けずにすむし、連夜も私のモノにできる可能性がぐっと高まる。でもね、もし私の予想が外れたら? ううん、外れるどころか、私の予想をはるかに下回る最悪の事態に陥ったら? そんな可能性がある大博打はうちたくないのよ。それだったら、ひた隠しに隠しとおすほうがマシよ。だって、そうでしょ? 大親友に私の大事な『人』を奪われるなんて、そんな最悪な事態、もしそんなことになって受け止めきれると思う?」


 話の途中から半泣きになり、最後には完全に全泣きになってしまったミネルヴァ。

 しまいにはグラスを握りしめたままテーブルに突っ伏して、盛大に号泣状態。

 すでに自体はミネルヴァの予想をはるかに下回り、彼女にとっては最悪中の最悪、どん底というところまで来ていることを、テーブルを囲む三人はよ~く知っていたので、流石に咄嗟に言葉をかけることができず、思わず目線だけで声をかける役割を押しつけ合う。

 しばらくの間、無言の戦いが続き、結局三人の中で一番物わかりのいい『人』物は声をかけることになった。


「でもね、リーダー。いつまでも隠しとおすわけにはいきませんわよ。よくまあ、十年近くも隠しとおせたとは思いますけど、そろそろ限界でしょ? 流石にこのままってわけにはいかないでしょ。どうするんですか?」


 肩にかけていたポシェットから白い洗いたてのハンカチを取り出して、そっとミネルヴァの涙を拭いてやるクレオ。

 ミネルヴァはしばらく素直に、クレオの優しい手に身を任せていたが、やがて、涙を引っ込めてきっと表情を引き締める。

 そして、ゆっくりと言葉を絞り出し始めた。

 何かの決意のようなものを身にまといながら。


「来年、連夜は十八歳になる」


「ええ、早いですね。連夜くんもいよいよ大人の仲間入りですわ」


「精神年齢だけなら、もう十分大人だけどね」


「っていうか、私達の誰よりも大人だと思うわよ」


「ともかく、あの子は十八歳になり、大人の男性として社会的にも認められることになる。結婚だってできるようになる。だから、だからそのときに」


 大きく一つ深呼吸。

 そして、それをゆっくりと吐き出したあと、ミネルヴァは本日最大のスーパー巨大爆弾発言をテーブルに向けて投下した。





「そのときに、私は連夜の初めての『女』になる」





『・・え?』


 ミネルヴァの言葉が聞こえる範囲にありその言葉の意味を理解した者達は一斉にその体を硬直させた。

 まるで時間そのものが凍結したと錯覚するほどの静寂がその場を支配する。

 彼女と、その周囲にいる者達はしきりに口を動かし何かを発しようとするのだが、すぐにそれは言葉にはならない。

 それは、口にした本人もそうだったし、聞いた者達もそうだった。

 中にはモノも言わずに立ち上がり、無言で拳を振るおうとしていた者もいたし、いち早くそれに気がついてそれを止めようとする者もいた。


(連夜くん、お願いだから離して!! やっぱりこいつだけは、この馬鹿だけは、この超ど級ハレンチ害悪生物だけは今すぐ殺しておかなきゃ!!)


(落ち着いてください、玉藻さん!! まだ、全部話聞いてませんから、最後まで聞いてからにしましょう、ね、ね!!)


 もういい加減気がついてもいいようなものだが、酔いが回って完全に向こうの世界の住人と化しているミネルヴァは、自分のツレの人数が倍になっていることに全然気がついておらず、焦点の合わない視線を虚空へ向け、なんだか妙に感慨深い表情で一人思考の海の中を漂っていた。


「いつの日か。いつの日にかって思ってた。でもさ、いざとなったらやっぱり駄目でなかなか踏み込めなくてさ。やっぱり、どれだけ覚悟を決めたって自分の中でもどうしても割り切れない部分があるんだ。あの子の『女』になりたいけど、そうすることで今の立場を失うのも怖いんだよね。それでずっとずっと誤魔化してきた。他の『男』に体を許して、自分の心を試してみたりね。だけど、結局誰にも本気になれなかった。やっぱり、私が本気で好きなのは連夜だけなんだよね。それがわかったから、わかってしまったから、私はあの子に自分の想いをぶつけてみようと思う」


 焦点はいまだにあってはいない。

 やはり自分の世界に入ったまま、こちらには戻ってきてはいない。

 しかし、静かに語るミネルヴァのその瞳には、これまでにないほど澄み切った真摯な光が宿っていた。

 恐らくその気持ちは紛れもなく本心。

 本当に連夜のことを想って呟いているとわかる。


「ミネルヴァ、あんたそこまで連夜くんのことを」


 流石の玉藻も、そんなミネルヴァの姿を見て振り上げていた拳を下ろす。

 同じ男を想うが故に、痛いほどミネルヴァが抱えている切なさがよくわかるから。

 横で同じように聞いていたクレオとリビュエーもまた、玉藻と同じように何とも言えない複雑な表情を浮かべてミネルヴァを見つめる。

 最初の一言こそとんでもない内容だったが、あとの説明を聞いてみると、どうやら最後のラインを踏み越える前にちゃんと段階を踏んで判断を下すらしい。

 そう、判断したので、二人はほと胸を撫で下ろし、そして、玉藻は拳を一旦おさめた。




 ・・のだったが。





「連夜くんの十八歳の誕生日に告白ってことです・・か」


「うん、そのときに、私のありったけの想いを打ち明けようと想う。そして、連夜が受け入れてくれたそのときは、私の全てを連夜にあげる。連夜の全てを私がもらう」


 まるで初めて恋をした乙女のような表情で頬を染めたミネルヴァは、恥ずかしそうにしながらも虚空のある一点を見つめてはっきりと断言してみせた。

 恐らく、そこには連夜の姿が映っているのだろう。

 本当に幸せそうな笑顔。


 しかし、その場にいる者達はそれが叶わぬ夢であることを熟知している。

 例えミネルヴァが口にしたことを実行に移したとしても、それが間違いなく無残に壊れて散る結果になることも。


 だからすぐには誰も口にはできなかった。

 ミネルヴァが口にしていない事態が発生した場合どうするのかを。

 あまりにも残酷な問いかけを。


 しばし、なんともいえない沈黙が流れたが、やがてそれは、メンバーの中で一番早く心の整理をつけることができた西域半人半蛇(ラミア)族の女性の口から紡ぎだされることになった。


「受け入れられなかったそのときは?」


「連夜に受け入れられなかったとき?」


「ええ、彼の答えが『是』ではなく。『否』であった場合は」


「そんなの決まってるわよ」


 その問いかけに対し、ミネルヴァは実に晴れやかな堂々とした態度で間髪いれずに言い切ったのだった。 

 




「連夜が私を受け入れてくれなかったそのときは、私の全てを連夜に渡す。連夜の全てを私が奪う。それだけのことよ」


「・・えっ、えええっ!? む、無理矢理!?」

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