第十一話 『ミネルヴァ強襲(後編)』 その2
許さない。
絶対に許さないと決めた。
幼き頃、自分の大切な『宝物』を守るために、その存在を絶対に許さないと決めた。
生涯を通して常に『敵』として認識し相対すると決めた。
ミネルヴァの心の中に、そう決定付けた存在が二つ。
ミネルヴァにとってどちらも不倶戴天の『敵』
その内の一つが『犯罪者』だった。
『犯罪者』といってもピンからキリまである。
あるがしかし、ミネルヴァにとってそれは全く関係ない。
どんな軽い犯罪を犯した者であれ、どんな重い犯罪を犯した者であれ、ミネルヴァにとって等しくそれらは、絶対に見逃すことのできない、絶対に許すことのできない、そして、完膚なきまでに叩き潰さなくてはならない『敵』であった。
「それはやっぱり、あの子のことが・・連夜くんのことがあったからですね」
再びテーブルへと戻り、ミネルヴァの話を聞いていたクレオが、なんとも言えない痛々しい表情に顔を歪める。
「まあ、今更隠してもしょうがないから白状するけど、その通りよ」
視線だけを動かしてクレオを見たあと、ミネルヴァは妙に疲れた表情で小さく頷く。
そして、テーブルの上にあった新しいワインボトルを手にすると、器用に口でコルク栓を抜いてまたもやラッパ飲み。
その荒れた様子を見たクレオとリビュエーが渋面を作って苦言を口にするよりも早く、ミネルヴァは眼だけで拒絶の意志を告げしばらくワインを飲み続けた。
しばし流れるなんとも言えない気まずい雰囲気。
顔を見合わせて深い深い溜息を吐きだすクレオとリビュエー。
それでもクレオのほうは気を取り直し、自分達のリーダーが酒を飲み続けているのを止めようとするが、横からリビュエーが無言で手を突き出して更にそれをやめさせる。
友人の行動に抗議の視線を向けるクレオ。
しかし、悲しそうに首を横に振る姿を見て、クレオは何かを悟り、諦めてがっくりと肩を落とすのだった。
やがて、ほとんど中身を飲み干したのか、ワインボトルから口を放したミネルヴァ。
次のボトルに手を出すのではないかとハラハラしている二人の前に、空のボトルを置いたミネルヴァは、次のボトルに手を出すことなく、盛大に酒臭い息を吐きだしながら話の続きを口にし始めた。
「お母さんが『中央庁』のトップに登りつめる前、この都市の犯罪発生率は本当に高かったらしいわ。スリ、万引きなどの軽犯罪を行う単独犯罪者や小さな犯罪集団から、『魔薬』や、『人身』売買を行う大掛かりな大組織まで、本当に様々な犯罪者達がこの都市の暗部に存在していて、跳梁跋扈していたって、お母さんから教えてもらった。その『闇』の潮流にあの子は、連夜は見事に巻き込まれたの。後からお母さんから聞いた話なんだけど、それら『闇』の組織は、当時この『嶺斬泊』だけじゃなく、他所の都市でも公然と奴隷売買目的の為に子供達を誘拐していて、それはもう信じられないくらいの数の子供達が連れ攫われたんだとか。ともかくその大きな流れの中にあの子は無理矢理巻き込まれ流されて、私の、ううん、私達家族の前から姿を消した」
そこまで話した後、ミネルヴァは大きく深いため息を一つ吐き出して息を整える。
目の前に座るクレオとリビュエーのほうに顔を向けたままではあるが、その視線は二人には向いていない。
幼き頃の思い出を見つめているのか、焦点の定まらぬままに虚ろを眺めるばかり。
だから、ミネルヴァは気がつかなかった。
目の前に座る二人の視線が自分と同じようにほんのわずかの間、過去を垣間見ていたことを。
悲しみや喜びが入り混じる複雑な色がその眼に浮かんでいたことを。
ミネルヴァはついに気がつかなかった。
「流れて姿を消して、やがてあの人は私達の前に姿を現したんだけどね」
「当時のことは今思い出しても辛いことのほうが多かったけど、あの『人』が来てからの思い出はどれも大切なものばかり」
「忘れちゃいけないよね」
「忘れちゃいけませんわね」
顔を伏せた二人の口から洩れたかすかな呟き。
様々な想いと共に思わず口から洩れてしまった言葉。
だが・・
「ん? 二人とも何か言った?」
二人が何かを言ったことには気がついたものの、その言葉の意味することまではわからなかったミネルヴァが、きょとんとした表情で二人を交互に見つめる。
「いえいえ。なんでもないですわ」
「そうそう。それよりもリーダー、続き続き、早く話してくださいよ。めちゃくちゃ気になるんですけど」
「そうですわそうですわ。あの子がリーダー達一家の元から姿を消して、そしてそれからどうなったんですの? どうして犯罪者達を『敵』と定めるようになったんですの? 話してくだいませ」
「え、あ、ああ。うん、わかった」
全く同じ動作で慌てて首を横に振って見せる二人の姿をしばし不審そうに見つめたミネルヴァ。
しかし、すぐに興味をなくしてしまって追求することをやめ、再び自分の想いを語り始める。
その様子を見た二人はほ~~っと息をつきながら胸を撫で下ろしたのだった。
「普段はやたらめったら鋭いリーダーだけど、酔っぱらうと途端に単純になるから助かるわよねえ」
「まったくですわ。あの『人』だと・・ボスだとこうはいきませんものね」
「うんうん。どんなときでも聞いてないフリでバッチリ聞いているからねぇ。油断も隙もなくて、下手なこと言えないのよねぇ」
「ほんとリーダーとボスって、コインの表と裏ですよねえ」
「ほんとそうだねぇ。おっと、そろそろ本題っぽいよ」
「リーダーの心の『闇』についてはいろいろ知っているつもりですが、ボスが関わることについてはこれが初めてですよね」
「そうね。さてリーダーって、ほんとはボスのことどう思っているのか」
二人は俯いた状態でそっと頷きあうと、またいつもの表情にもどってミネルヴァのほうへ顔を向けなおす。
その言葉の通り、ミネルヴァはいよいよ自分の中にある『闇』を吐露しようとしていた。
「やがて、あの子は私達の元に帰ってきた。連れ攫われた時に比べれば背格好は大きくなっていたけれど、もどってきたその子供は間違いなくあの子。以前と変わらず地味でぱっとしない子供。どこにでもいる普通の小学生。でも、その中身は全然違ってた。普通の大人でも経験しないような過酷な環境の中を生き抜いてきたあの子は、私をはるかに追い越して、大人に・・そうまるでうちのお父さんやお母さんのような大人に成長していた。姿形こそ私よりもずっとずっと小さな子供。でも、その心は私なんかよりもずっとずっと大人、人の痛みや悲しみや苦しみのわかる大人に。だから、だからこそ」
彼女は彼を、連夜を自分の『宝物』にすると決めたのだ。
あのとき唯一自分の心の痛みや悲しみ、寂しさや苦しさをわかってくれた『人』。
他の家族がいない空っぽの家の中、たった一人自分の側に寄り添って自分を救ってくれたかけがえのない『人』。
そんな彼だったから。
家族の絆以上のものがどうしても欲しかったから。
彼のことを絶対に失わないために、ずっと自分の側に繋ぎとめておくために。
彼女は彼を自分の『宝物』として永久に封じることに決めた。
そのために・・
ミネルヴァは、彼への想いを自分の中で固めると同時に二つの存在を敵として定め、それらの敵を自分と彼の眼前から完全に完璧に排除することを決意する。
一つ目の『敵』は犯罪者達。
過去にあの子を連れ出し、彼に地獄を見せた奴らとそれに連なる者達、そして、これから先の未来において、ミネルヴァから彼を奪う可能性を秘めた唾棄すべき輩共。
そこまでミネルヴァが語ったとき、彼女が纏う雰囲気が徐々に変化を見せ始める。
大酒に酔い、淀み濁っていたミネルヴァの瞳。
その瞳の蔭りが、クレオとリビュエーが見守る中、急速に晴れていく。
そして、変わってそこに宿るのは凄まじいまでの憎悪と憤怒の色。
ミネルヴァの内心に潜む激しい炎が彼女の瞳を通してクレオ達に伝わってくる。
「リーダー、そこまで・・」
「当たり前でしょ!? もう二度と・・もう二度と失うわけにはいかないのよ。いくつもの幸運が重なってあの子は私のところに戻ってきてくれた。でも、それは本当に本当に、奇跡的な偶然がいくつも連続して起こったからだわ。普通では絶対にありえないこと。攫われた子供達を待っているのは、地獄同然の場所での過酷な労働。そして、その果てに行き着くところは孤独な『死』、そして、本物の地獄だけ。誰も・・誰も知らない、知られることのない場所で、家族にも、友達にも会えないまま、冷たい躯に成り果てる」
激情の赴くままにそこまで一気に話し終えたあと、ミネルヴァは不意に顔を伏せた。
そして、しばし流れる沈黙。
急に俯いて黙り込んでしまった自分達のリーダーの姿を見守りながら話が再開させるのをじっと待ち続ける二人。
しかし、いくら待っても話は再開されず、ミネルヴァは俯いたまま微動だにしない。
流石に心配になった二人は、一度顔を見合わせたあと、目の前に座るリーダーに声をかけようとした。
そのとき。
ミネルヴァが不意に顔をあげた。
「「ひ、ひいっ!!」」
正面からミネルヴァの顔をまともに見てしまった二人は、思わず悲鳴をあげて座っていた椅子から立ち上がっていた。
『般若』
まさに伝説の鬼女そのものといった恐ろしい表情を浮かべた何かがそこに存在していた。
「絶対に・・絶対に二度とそんな目にはあわさせない」
まるで奈落の底、地獄の門の奥、冥府の果てから聞こえてくるような暗い暗い情念に満ち満ちた声。
「私はあの日決めたのよ。あの子を少しでも傷つける可能性のある奴らは全て排除してやると。確かにこの都市の犯罪発生率は、あの子が攫われた十数年前に比べれば格段に減少した。それは中央庁のトップに上り詰めたお母さんが、中央庁都市防衛警察を動かしてこの都市の犯罪者達を撲滅にかかったから。それはあの子を奪われて怒りに燃えたお父さんが、北方近隣諸都市の犯罪組織を根こそぎ潰滅させてまわったから。だから、犯罪発生率は格段に減った。確かにそれは事実だわ。でもね、全くなくなったわけではない。潰しても潰しても奴らはゴキブリのように復活して私達の目の前に現れる。次から次へとね。そして、あの子に目をつける。社会的弱者として生まれてしまったあの子に。まるで最初から自分達のものであったかのように、あの子を傷つけようとする」
「り。リーダー、お、落ち着い・・」
「そんなことが許せるものかっ!!」
どんどん怒りの炎を燃え上がらせていくミネルヴァ。
二人は慌ててミネルヴァをなだめようとする。
しかし、その怒りが止められないことを示すかのように、ミネルヴァは二人の目の前で分厚い特殊甲鉄容器でできたビール瓶を紙くずのように握りつぶしてみせた。
「あわわわ、ちょ、リーダー落ち着いてくださいませ」
「これが落ち着いていられるかっ!! あの子は死ぬような思いを幾度もしてやっと自分の家に戻ってきたのよ!? やっとこれから平和に暮らしていける。普通の生活に戻っていける、その権利を取り戻したばかりなのに、なぜ誰も彼もあの子からそれを取り上げようとするの?」
「取り上げようとする?」
「え、ちょっと待ってリーダー。それ、あたし達も初耳なんだけど、ひょっとしてボ・・いやあの子が奴隷組織のところから帰還したあと、何かあったの?」
「ええ、あったわ」
「で、でも、犯罪者達は宿難のおじ様やおば様のお力で激減していたんですよね?」
「犯罪者達はね。でも、その予備軍達があの子を放っておかなかったのよ」
「「予備軍?」」
「犯罪者のレッテルを貼られるまでには至ってはいない者達。ヤクザやマフィアにもなれないチンピラやゴロツキども、彼らの予備軍ともいうべき不良達、そして、その不良の卵ともいうべき幼い悪ガキども。みんながみんな、よってたかってあの子に手を出した。もどってきた当初、あの子がどれだけいじめられていたか知ってる? 一年中、毎日のように殴れら蹴られて傷だらけになっていたわ。あの子は確かに力がない、私達一家の中で一番ひ弱よ。だったら何? 何をしてもいいわけ? ふざけるんじゃないわよ!!」
溢れだす激情のままに女闘士は吠える。
それは怒り
それは悲しみ
そして、それは激しい憎しみ。
あまりにも深い影を作り出すミネルヴァの姿に、クレオとリビュエーは声を失う。
クレオとリビュエーもこれほど深い影を作り出す彼女を見たことがない。
明るいほほ笑みを絶やすことなく、冗談を飛ばしては周りの者達の闇を常に吹き飛ばし続ける光そのもの。
それが普段のミネルヴァだ。
それがクレオ達のリーダーなのだ。
その光は温かく、様々な者達を惹きつけてやまない春の太陽そのもの。
だが、今その太陽は、彼女に敵する者全てを焼き尽くすかのような凶悪な熱を放ち続けている。
「私は決めたのよ。あの日・・あの子を将来自分の伴侶にすると決めたあの日。あの子に敵する全ての者を滅ぼしてやると、あの子を傷つける全ての者を許さないと。そう誓ったの。そして、私はそれを実行に移したわ」
そう、あの日、ミネルヴァにもう一つの顔が生まれたのだ
今まで彼女が持っていた顔。
自分の周囲に集まってくる者達みなを、照らし導く太陽としての光の顔とは別の顔。
彼女の大切な宝物を傷つける者達に容赦なく罰を与える、裁きの光としての顔が。
「あの子を傷つけようと近づいてくる者を全てを、私は粉砕してやった。あの子をいじめていた近所の悪ガキどもも、カツアゲしようとしてきた中学生どもも、使い走りとして利用しようとしていた高校生どもも、あの子に危害を加えようとしていたチンピラどもも、残らず全て、粉砕してやったわ」
「そ、そういえば、リーダーって中学時代も高校時代も、生徒会長やってたときは・・」
「スローガンが『地域犯罪撲滅、学内不良粉砕』でしたわね」
「あ、もう一つ思い出した。リーダーが直々に風紀委員長に任命したたまちゃんに不良集団をいくつもぶっ潰させていたよね、確か」
「あれって、全部、ボス・・いや連夜くんの為でしたのね」
「ちょっとでもあの子を、連夜を傷つけようとする奴は絶対に許せなかった。目につく怪しい奴は全て策に嵌めて完膚なきまでに叩き潰してやったわ。肉体的にも、社会的にもね」
「こえぇぇ。でも、確かにそうだったそうだった。そんなことあったねぇ」
学生時代を思い返したリビュエーは、心当たりのある光景がいくつも浮かび上がるのを確認して、今更ながらに体を震わせる。
そんなリビュエーの姿に、ミネルヴァは『般若』の表情そのままで笑みを浮かべる。
それは壮絶に恐ろしい笑みだった。
「あの子に絶対に手出しさせるわけにはいかなかったからね」
「そっか~。生徒会長としての使命感に燃えてやっていたんだとばかり思っていましたけれど、私情バリバリだったんですのね」
「悪い?」
「いえ、悪くはありませんけど。そういえば、リーダーって、犯罪者専門の『賞金稼ぎ』もやってましたわね」
「学校内外問わず、あの子に危害を加えそうな輩を全てぶちのめす為に、中学入ってすぐに『賞金稼ぎ』の一級免許を取ったわ。学校関係者なら生徒会役員の権限とコネを使ってどうにかできるけど、流石にそれを外れたチンピラどもや本物の犯罪者には生徒会長なんて肩書きはなんの意味も成さないからね」
「それからずっとリーダーの激闘の日々が続いているのね」
「続いている。今でもずっと続いているわ。だって、私がどれだけ不良をぶちのめしても、チンピラどもを駆除しても、奴らはどこからともなく後から後から沸いて出てくる。まあ、だからといって諦めるつもりはない、あの子が笑って暮らしていけるように、あの子が少しでも傷つかずに済むように、これからも悪党どもを地道に踏み潰していくだけ、小さい悪だろうが大きい悪だろうが関係ないわ。なんだか最近私の手をすり抜けて、『祟鴉』とかいう馬鹿が調子こいて暴れているようだけど、いずれ必ずこの手で捕まえてやるわ。そして、二度とフザケタ真似ができないように念入りにボコってやる」
不気味な笑みを浮かべながらミネルヴァはさっき握りつぶしたのとは別のビール瓶を手に取ると、両手で掴んでまるで雑巾を絞るようにベコベコにしてしまうのだった。
先程までと違いその怒り方はどちらかといえば静かであるといえる。
しかし、彼女が纏う影の濃さから、『祟鴉』への怒りが尋常なものではないと悟ってクレオとリビュエーは深い溜息を吐き出した。
「いや、ボコるのはやめたほうがいいと思うわよ。リーダー」
「ほんと、それだけはやめたほうがいいですわ、リーダー」
「「ボコってしまったら絶対後悔するからやめておきなさい」」
事情を知るが故に、二人は心からミネルヴァを心配して言葉を紡いだ。
しかし、事情を知らぬミネルヴァにとって、その言葉は逆効果であった。
『般若』のような恐ろしい表情を二人に向けたミネルヴァは、逆上気味に二人に言い返す。
「なによ、なによ、なんなのよ、あんた達まで!? たまちゃんだけじゃなく、あんた達もあいつの肩を持つの!?」
「いや、肩入れしているのは認めるけど、とりあえず冷静に考えてみてよ、リーダー」
「そうですわ。第一、罪状はなんですか?」
「罪状?」
二人の口から飛び出たのはミネルヴァにとっては完全に予想外だった単語。
その意味するところがすぐには理解できず、ミネルヴァは思わず『般若』の顔から素の表情にもどり、二人のことをきょとんとして見詰め返す。
「いやあのですね。中央庁からあの方に対して正式に追討命令が出てますか?」
「賞金が懸けられているのみたことある?」
「『賞金稼ぎ』の免許保持者に毎月配られる、中央庁認定賞金首犯罪者リストには乗っていましたか?」
「え、えっと、えっとえと」
二人から矢継ぎ早に問い掛けられたミネルヴァ。
普段の彼女なら間髪入れずに全ての問い掛けに対し、素早く自分なりの答えを切り返したはず。
しかし、今日ばかりはそれができず、意味もなくわたわたするばかり。
ミネルヴァは決して頭が悪いわけではない。
いや、むしろこの三人の中どころか、この城砦都市の全住人の中でも屈指の頭脳の持ち主であるといえる。
そんな彼女が答えに完全に窮するというのは本当に珍しいことなのだ。
どんな難問奇問に対しても、ミネルヴァは彼女なりの答えを頭の中で瞬時に導き出し、正解、あるいは正解に近い答えを口にすることができる。
だからこそ、中学、高校、そして、大学と常に主席の成績を維持することができたのだが、今回ばかりはそうはいかない。
それはミネルヴァ自身がちゃんとわかっているから。
今回ばかりは自分の主張が言いがかりに近いことを。
しかし・・
「だ、だけど、あいつは私の友達を辱めた。とても口には出せないような仕打ちを私の友人達に、アポロ達にしてのけた。それを許すことはできない。絶対にできっこないわ」
歯切れは悪いものの、それでもなんとかそれらしい理由に思い至り、それを口にするミネルヴァ。
だが、それを聞いたクレオとリビュエーは、納得するどころか益々渋い顔になっていく。
「友人達って・・アポロ達はリーダーの『友人』じゃなくて」
「『愛人』でしょうに。結局私情なのですわねぇ」
「なっ!?」
あっさりと自分の知られたくない自称『友人』達との後ろ暗い関係を暴露されたミネルヴァは、銅像のように石化して固まってしまう。
そんなミネルヴァの姿を横目でみつつも、クレオとリビュエーは追撃の手を緩めない。
「あいつら外面はいいけど、裏に回ったら結構ひどいことしまくってるじゃない。あいつらが裏で何やってるか、リーダー、全然知らないでしょ?」
「う、裏? ちょっと待って裏ってなによ!?」
「ほんとに何も知らないんですのね、リーダー。一度敵と決めた者のことはとことんまで異様に調べつくす癖に、一旦味方と定めた者のことは全く無頓着なんだから」
「そこがリーダーのいいところではあるけれど、ここまで来ると流石にこのまま流せないよねぇ」
いまだにわけがわからないというミネルヴァの顔を見て盛大に溜息を吐きだす二人。
「いいですか、今から私達がいうことが全て真実だとは言わないですが、できるだけ客観的に話すつもりでいますわ。そのつもりでよ~くお聞きになってくださいね」
「リーダーが可愛がってる『愛人』達、特にアポロや、アダム、アレス達のことだけどさ、いっつも私達の前では『俺の愛は全てミネルヴァに捧げる』とか調子いいこと言ってるじゃない。でもね、リーダーの目の届かないところでどれだけの数の女の子に手を出しているか知ってる? サークルの女の子の半数はあいつらと肉体関係を持ってるし、それ以外のところでも手当たり次第に手を出しているわ」
「しかも、一回か二回関係を持って、飽きたら容赦なく捨ててますのよ。何度、私達がその現場を目撃したことか」
「え、ええええっ!? そ、そんな、私の前ではみんなすごく誠実だよ!?」
「リーダーの前では物凄く猫を被っているし、リーダーの耳には入らないように、あいつら巧みに情報操作しているからよ」
「数える気にもなれませんが彼らにいいように利用されて泣かされた女の子達って、物凄い数になるんですのよ」
「うそうそうそっ!?」
「なにより私達が我慢ならないのは、全員が全員ゴリゴリの選民思想の持ち主ばっかだってこと」
「リーダーの前では決して見せないけれど、いないところでの社会的に弱い立場にある種族の方達に対する接し方といったら、本当に下劣の極み。まともな常識の持ち主ならとても直視できるものじゃないですわ」
「いや、そんなことないってば、この前も介護施設や老人ホームを一緒に回って、一生懸命ボランティア活動してたんだよ?」
「「信じられない気持は当然だと思うけど、私達に言わせれば、あれくらいやられて当然。むしろもっとやられてもいいくらい。と、いうか奴らこそ倒すべき敵だと思う」」
「・・」
静かに睨みあう両者。
お互い信じる者がいて、信じる正義があるが故に、どうしても互いの主張を受け入れることはどうしても不可能であった。