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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
90/199

第十話 『ミネルヴァ強襲(前編)』 その4

 どれくらいの時間そうしていたのだろうか?


 誰かが自分の体を軽く揺さぶっている。

 誰かが自分の名前を呼んでいる。

 

 触覚と聴覚に間断なく与えられる刺激が、ブラックアウトしていた彼女の意識を夢の世界から現実世界へと浮上させる。


「・・まちゃん、たまちゃんったら、お願いだからいい加減起きてよねぇ!!」


「う、う~~ん」


 何者かの手が自分の腕を掴み、激しいというほどではないが自分の体を揺さぶり続けている。

 そして、はっきり聞き覚えのある声が自分の名前を呼んでいる。

 それらをおぼろげに認識した彼女は、ゆっくりとその眼を開けた。


「やっと、目が覚めた? 大声で呼びかけても揺らしてもなかなか起きないから焦ったわよ」


「り、リビュエー?」


「そうで~す。あなたの大親友、リビュエーちゃんで~す!!」 

 

 視線の先には朗らかな笑顔を浮かべてこちらを見つめている西域半人半蛇(ラミア)族の友人の顔。

 中学時代からの付き合いで、玉藻の数少ない大事な友人の一人。


 そして・・


 徐々にはっきりしてくる記憶とともに、玉藻はにこりと優しい笑顔を浮かべて目の前にいるリビュエーに呼びかける。


「リビュエー」


「ん? な、何、たまちゃん?」


 普段、仏頂面がデフォルトで、どんなときでもほとんど表情を変えない玉藻。

 リビュエー、ミネルヴァ達といったごく一部の特に親しい友人達と一緒にいるときでさえ、『ブスッ』とした表情をなかなか変えようとしない玉藻。

 そんな玉藻が、今まで見たことがないような素晴らしい笑顔で自分を見つめている。


 リビュエーは一瞬、玉藻の白薔薇のように美しい笑顔に魅了されかけた。

 

 が、しかし。


 それと同時に彼女の背中を物凄い悪寒が走り抜ける。


 嫌な予感がする。

 猛烈に嫌な予感がする。

 激烈に嫌な、いや、ヤバイ、ヤバすぎる予感が!!

 

 それを察知してリビュエーが思わず身を引いた次の瞬間、白薔薇の笑顔が、嫉妬に狂う悪鬼羅刹女のそれへと変わった。

 

「死ねやぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ちょっ、きゃああああああああっ!!」


 カンフー映画の主人公のように、寝ていたソファからブレイクダンスの要領で跳ね起きた玉藻は、体全体を凄まじいで回転させ、その勢いそのままの威力を必殺の旋風脚として解き放つ。

 まともに食らえばただでは済まない一撃。

 幸いにもわずかに早く身を引いていたために、玉藻の爪先はリビュエーの首数センチのところで空を斬るにとどまった。

 しかし、武術の超人たる玉藻が放った一撃は、文字通りの旋風を作り出し、そこから生れ出た風圧がリビュエーの体を後方へと吹き飛ばす。

 人間の上半身と大蛇の下半身が、見事に横によじれながら宙を舞うが、大蛇の下半身を器用に操ってちょうど開いていた部屋の扉に巻きつけ、なんとか無難に着地。

 不意打ちにも近い最初の一撃を無傷でやり過ごしたリビュエーは、安堵のため息を吐き出した。

 だが、その息はすぐに冷たいものへと変化する。

 もし、今、ほんのわずかでも反応が遅れていたら。


 再びリビュエーの背中を悪寒が走り、体中から冷や汗が『ぶわっ』と噴出した。


「たまちゃん、ちょっ、まっ、すとっぷ、ストップ!! いやああああああっ!!」


「リビュエー。何も言わず、何も聞かずに今すぐ死んで」


「た、たまちゃん、ひょっとして、マジ? マジでいっちゃったりして・・うっきゃあああああ!!」


「うっふっふ、マジよ、大マジ、『真剣』と書いて『マジ』と読むくらい本気の本気」


 玉藻の家のリビングルームの中央、嗤っているのか怒っているのか俄かには判別しがたい凄まじい形相で仁王立ちした玉藻は、部屋の中の物が壊れるのも構わず、必殺の蹴りを次々と繰り出してリビュエーを追い詰めていく。


「彼は私のものよ。私だけのものなのよ、心も体も、頭の先から足の指の爪先まで私のもの。その心の中は当然のこと、彼の男性の象徴たるアレだって私だけのもの、横に並び立つ権利、後ろを守る権利、彼を引っ張るために前を進む権利、どれもこれも私のもの。それを脅かすものはすべて、『死』あるのみ」


「た、たまちゃん、完全に性格変わってるわよっ!! お願いだから、落ち着いてたまちゃん、いつもの無表情、無感動、無関心のたまちゃんはいったいどこにいったの!?」


「ふっふっふ、これが私の本性よ。いつものアレはむしろ抜け殻。彼を得た今、私は本来の私に戻った。強欲で嫉妬深く、冷酷で情け容赦ない。だけど、心から彼を、彼だけを愛している私。他のものはどうでもいいわ」


「本気やん!! 本気でイッちゃってるやん!!」


 親友の眼に宿る紛れもない狂気の光を確認し、恐怖の悲鳴をあげるリビュエー。


「だから、『許婚』なんていてはいけないのよ。『許婚』なんてものはいらないのよ。彼と私の関係を脅かすものは、すべからく、瞬殺、滅殺、完殺する!! って、チョロチョロ逃げているんじゃないわよ!! 『人』の恋路を邪魔するものは、『(あたし)』に蹴られて地獄に堕ちろおおおおっ!!」


「もうっ、ボスっ!? どこにいるんですかボス!? くっそ~、いったいどこにいったのよ!? あ!! ひょっとして、たまちゃんがこうなるってわかってて放置して私に押しつけたのか、あの『人』!? って、きゃあああっ!! たまちゃん、ほんとにやぁ~めぇ~てぇぇっ!!」 


「え~い、だから、逃げるなっていってんでしょうが!! 大人しく私に蹴られて往生しなさい!!」


 きゃ~きゃ~、わ~わ~と実に騒々しく逃げ回るリビュエーを、狂気の宿る血走った目で必死に追いかけ続ける玉藻。

 しかし、リビュエーは実にフレキシブルに動く蛇の下半身を巧みに使い、部屋の中にあるソファやテレビなどを盾にして玉藻の攻撃をことごとくブロック。

 やがて、いい加減二人の息が切れ始めたころ、リビュエーは今がチャンスとばかりに釈明の言葉を口にする。



「はぁはぁ、たまちゃん、いい加減私の話を聞いてちょうだい。ご、誤解だから!! 誤解なのよ、たまちゃん!!」


「ふぅふぅ、な、何が、ふぅふぅ、誤解だっていうのよ」


「たまちゃんがボス・・いや、あの子から私のことをどう聞いたか知らないけど、絶対たまちゃん誤解してるんだってば!!」


「誤解? あ~ら、それはどうかしら? じゃあ、聞くわ。連夜くんは、あなたが『許婚(いいなずけ)』って言っていたけど、それは嘘なの?」


「い、いや、嘘ではないけど、でもね・・」


「でしょうね。惚気るわけじゃないけど、連夜くんは、そういうことで私に嘘は絶対に言わないわ。多少誤魔化そうとして適当なことを言うときはあるけど、そんなときは絶対に私にわかるように言うの。嘘だって私がすぐに気が付けるようなはっきりした作り話か、あるいは、今話したのは全部作り話だったってすぐに打ち明けてくれる。でも、今回に限っていえばそのどちらでもなかった。つまり、連夜くんが私に言ったことは事実だったってこと」


「そ、それはそうよ、確かに私は一応『許婚』よ、でもね・・って、うっきゃあああっ!! だから、もうちょっと話を聞きなさいって」


「最早、問答無用!!」


「あなたは無用でも、私には必要なのよ!!」


 悲鳴と怒号が飛び交うリビングルームの中を、再び壮絶な追いかけっこが始まる。

 逃げる大蛇に、追う狐。

 いつ果てるとも知れぬ死闘。

 

 そして、その二人の獣の戦いをそっと物陰から見守る一つの影。


 二人の知己であり、この戦いのカギを握るといってもいいその影・・黒髪黒目の少年は、リビングルームの扉の影からそっと中の様子を窺っていたが、やがて、優しいというか、優しすぎるというか、妙に邪悪な光を目に宿した笑みを浮かべてリビングルームに背を向けた。


「玉藻さんもリビュエーさんも、楽しそうだなあ。よし、ここは気を利かせてもうちょっとそっとしておいてあげようっと」


「そんな気の使い方するなあああああっ!!」


 足を忍ばせて部屋から立ち去ろうとしていた連夜の姿をめざとく見つけたリビュエーは、拾ったスリッパをその後頭部めがけて投げつける。


「痛いっ!! 何、するんですか、リビュエーさん?」


「何するんですかじゃねぇわよっ!! なんで物陰から様子を窺ってるのよ!?」


「だってだって、二人ともとっても仲がよさそうで、踏み込んでいくのもどうかなって思って。う~ん、ジェラシー?」


 扉の影からそっと顔だけを出してかわいらしく小首を傾げて見せる連夜。

 しかし、長年の付き合いのあるリビュエーを誤魔化しきることはできなかった。

 なぜなら、すぐにリビュエーは気がついたから。

 困り切ったような、悲しんでいるようなその顔の表情の中で、目が。


 その目が・・



 完全に嗤っていることに。



「ボス、あなたこの状況を楽しんでいるでしょ!? 絶対そうでしょ!?」


「そんなことあるわけないじゃないですか。誰よりも信頼している大事な『許婚』の一大事をおもしろおかしく観戦しているなんて、そんなバカなことが・・あっはっは」


「うそつき~~~~~っ!! 目いっぱい楽しんでいるじゃないのよ、ばかあああああっ!!」


「ば、馬鹿だなんて・・ひどい、ひどすぎる。子供の頃はあんなに仲が良かったのに。一緒にお風呂に入ったり、添い寝してもらったり、そういえば嫌がる僕を抑えつけてお医者さんゴッコしたこともありましたよね」


「なぁんですってええええええっ!? リビュエー、あんた、コロスッ!!」


「うっきゃああああああっ!! ボスのあほおおおおおっ!! 余計なこと言うなああああ!!」


 連夜のとんでもない告白を聞いた玉藻は更に怒りのボルテージをあげて、リビュエーへと襲いかかる。

 そして、それに伴ってその蹴りの一撃はより早く、より重く、より激しくなっていく。


「あか~~ん、もう無理!! 受け切れない避け切れない捌き切れないぃぃぃ!! ボスの馬鹿!! バカバカバカッ!! 死んだら化けて出てやるぅぅっ!!」


「それは無理。化けて出てきても私が地獄に蹴り返すんだから!! ちぇすとおおおおおっ!!」


 誰が見ても芸術的で素晴らしい体術を駆使し、紙一重で避け続けていたリビュエーであったが、流石に部屋の隅っこに追い詰められてはどうすることもできない。

 獲物を仕留めることを確信したメスの肉食獣の表情に獰猛な笑みが浮かぶのを見て、大蛇は己の最後を悟る。

 風を斬る音が聞こえ、自分を斬り裂く刃と化した美しい足が迫るのを感じた。


 今度こそジ・エンド。

 

 だが。


 凶器の迫る気配とほぼ同時に、大蛇は自分の前に誰かが立ちはだかる気配を感じて目を見開いた。


 そこには黒髪黒目の人間族の少年の姿。


 両手を広げ、大蛇に背中を向けて立つ少年は、実に優しい声音で目の前の羅刹女に話しかけた。


「はい、そこまでで~す」


「ちょっ、連夜くん!?」


 悪鬼羅刹と化した狐の一撃は、人間の少年の顔面ギリギリのところでピタッと止まっていた。

 狐が繰り出した蹴りの一撃が巻き起こした風が、少年と大蛇の横を通り過ぎて消える。

 二人の体は強烈な風圧にさらされはしたが、怪我らしい怪我はしなかった。

 だが、もし止まっていなければ、この蹴りが止まることなく少年の顔面にたたきつけられていたとしたら・・

 間違いなく少年の顔面は見るも無残に木端微塵になっていただろう。

 それを正確に悟ったリビュエーの顔はみるみる真っ青に。

 リビュエーはきっと少年も同じような顔色になっているだろうと、のろのろと体を動かして少年の表情を覗き込む。


 しかし・・


 リビュエーのそれとは対照的に少年の表情は動じた様子はなく、むしろにこにこと相手の顔を見つめていた。

 自分の顔面を粉砕していたかもしれない狂気の雌狐の顔を。


「ぼ、ボス、よく平気ですね?」


「なにが?」


「顔面ぐちゃぐちゃにされていたかもしれないですよ!?」


「あ~、そういうこと? ないない。玉藻さんが僕を傷つけるなんて、天地が引っくり返ってもないもの」


「でも、万が一ってことが」


「だから、ありませんて。玉藻さんが僕を知覚してからは、ずっと、僕のほうばかり気にしていらっしゃったもの。僕がいつ飛び出してもどんな状況であっても、今みたいに攻撃を寸止めできるように加減してらっしゃったから、全然怖くなかったですよ」


「いや、むしろ攻撃が激しくなったじゃないですか」


「ううん、あれはね、僕に当てつけるためにわざとです。ね、玉藻さん」


「知らないわよ。連夜くんの馬鹿」


 連夜にそう問いかけられた玉藻は、両腕を組んだ状態でぷいっと顔を背けてしまった。

 リビュエーが視線を向けてみると、口を尖らせた玉藻の表情は真っ赤に染まっており、連夜の言葉が図星であることを無言で語っていた。


「僕が玉藻さんに嘘をつかないように、玉藻さんは僕を傷つけるようなことはしないんです。絶対にね」


「はいはい、だったらさっさと止めてくれればよかったのに」


 目の前で不貞腐れている狐同様に、大蛇もまた同じように唇を突き出して膨れて見せる。

 しかし、少年は涼しい顔で肩をすくめてみせる。


「真実を話すことは簡単だったけど、果たしてそれで二人とも納得してくれたかな?」

 

「少なくともたまちゃんに私とボスが世間一般でいうところの『許婚』の関係じゃないってことを、ボスの口から直接伝えてくれればこんな大騒動にはなってなかったでしょうが」


「い~や、それはどうかな。玉藻さんはことが僕のこととなると異様に鋭いからね。例え、僕とリビュエーさんの間に恋愛感情が全くないと説明していたとしても、かなり親しい間柄であることはすぐに看破されていたと思うよ。そうなったら、今以上に玉藻さんは荒れ狂っていたと思うね」


「恋愛感情はないって説明しているのに、私狙われちゃうわけ?」


 びっくりした表情で不貞腐れている玉藻に視線を向けてみると、益々むすっとした表情になっているのが見えた。

 どうやら連夜が言っていることはあながち的外れなことではなかったらしい。


「多分、僕とリビュエーさんの関係がなんなのか、自分で確かめないことにはいくら説明しても収集がつかなかったと思うんだよね」


「前々から根暗で疑り深そうって思っていたけど、たまちゃんって本当にそういう性格だったのね」


「性格最悪で悪かったわね」


 呆れたように話すリビュエーにぶすっとした表情のままぼそりと呟く玉藻。

 そんな玉藻の様子を優しい表情で見つめていた連夜であったが、やがてリビュエーに視線を向け直すと意味深笑みを浮かべて見せる。


「そういうリビュエーさんだって、『人』のこと言えないでしょ?」


「私が? なんで? 一方的に追いかけられまわされたのよ? 一歩間違えれば殺されていたかもしれないのに、完全に被害者でしょうが」


 連夜の言葉に、物凄く憤慨しているといった様子で怒り声をあげるリビュエー。

 しかし、そんなリビュエーを見ても連夜は全然気圧される様子がなく、むしろ面白そうに彼女を見つめて口を開いた。


「よくいいますよ。ほんと、演技がうまいんだから。きゃ~きゃ~騒いでいた割にはリビュエーさん、玉藻さんの攻撃一撃ももらっていないですよね? 玉藻さんて武術の腕は相当のものがありますよ。少なくともこの都市にいる武術の使い手達で玉藻さんに正面切って戦いを挑んで勝てるのは十人いるかいないかですよ。なのに、リビュエーさんは全部の攻撃を避け切ってみせた。武術の腕前がないにも関わらずね」


「そ、そりゃあ、必死だったから」


「いいえ、それは違いますね。この騒動が起こる前、僕に『許婚』がいたことを知ってショックを受けた玉藻さんはたまらず意識を失ってソファに横になっていました。そのときリビュエーさん、あなたは玉藻さんに『能術』をかけていたでしょ? それも極端に命中率が落ちる術を。そして、玉藻さんが起きてきて、自分を見てどうするかじっと観察していた」


「え、ちょ、わ、私、寝ている間に術をかけられていたの!?」


 連夜の言葉に驚きを隠せない玉藻。

 目の前の大蛇に視線を向けると、慌ててリビュエーは慌てて玉藻から視線を外して見せた。


「な、な、なんのことかわからないなぁ」


「本当なのね?」


「え、え~~っと」


 怒ったように見つめると、リビュエーは視線をあからさまに泳がせてまともに玉藻とあわせようとしない。

 玉藻はしばらく怒りに満ちた眼差しをぶつけていたが、やがて、なんともいえないため息を吐き出すと、呆れたような疲れたような複雑な声で呟くのだった。


「おかしいなぁとは思っていたけど、そういうカラクリがあったのね。どうりで当たらないわけだわ。でもなんで? なんでそんな真似を?」


「玉藻さんの本当の気持ちを知るためです」


「私の気持ち?」


「ええ。玉藻さんが僕に対してどれくらい本気なのか確かめる為・・でしょ、リビュエーさん?」


「・・知らないわよ。ボスの馬鹿」


 連夜の言葉に、今度はリビュエーのほうがむっつりと両腕を組んで黙り込む。

 

「それはやっぱり、『許婚』だから・・」


「いいえ、違いますよ。リビュエーさんは、玉藻さんが僕を騙そうとしているんじゃないか、いいように利用しようとしているんじゃないかって、心配していらっしゃったんです」


「だから、『許婚』だからでしょ?」


「いいえ、そうじゃないんですよ。リビュエーさんは・・いや、リビュエーさんだけじゃなくて、クレオさんもそうなんですが、お二人とも『許婚』ってことに対外的になってますけど、正確には僕の『近習』なんです」


「『近習』?」


 聞きなれない言葉に首を傾げながら戸惑いの声をあげる玉藻。

 そんな玉藻を面白そうに見つめた連夜は、相変わらず仏頂面で何もしゃべろうとしないリビュエーのほうに視線を向け直した。


「そうです。『近侍』ともいいますけど、年の近いボディガードというか、世話役というか。まあ、ともかくそういう関係なんです。そうなった経緯はいろいろ複雑な紆余曲折がありまして、今すぐ説明するには時間がないので割愛しますけど、リビュエーさんは『許婚』という立場からではなく、僕の命を守る『近習』としての立場から玉藻さんを試したんです。まあ、確かに僕はリビュエーさんを愛していますし、リビュエーさんも僕を愛してくださっていると確信していますが、でも、それは男女のそれじゃないんです。『主従愛』というか『姉弟愛』というか、そういう感じです」


「ほんと、嫌味なくらいそういうことさらっというんだから、ボスは」


 連夜の言葉を聞いていたリビュエーは、若干表情を緩めると何とも言えない苦笑を浮かべて連夜を見つめた。

 その視線は確かに愛情に満ちている。

 

 が、しかし。


 連夜の言うとおり、自分が連夜に向けているそれとは違う光であることが、今の玉藻にははっきりとわかった。

 自分とは違う形の絆。

 それがわかって、玉藻は心の中で安堵の溜息を吐き出し、同時に、自分が恐らく一生得られないであろう絆に軽い嫉妬を覚える。

 いろいろと二人に言いたいことがあったが、しかし、結局、それとは別のことを口にした。


「連夜くんのお家って、もしかしてお金持ち?」


「昔からそうだったわけではないんですけどね。彼女達を雇うことになったあたり・・具体的に言うと僕が小学生の頃にいろいろとまあお金が入ることがありまして。まあ、世間一般の方達よりはちょっとだけお金がありますね」


「あ~、そうなんだ。ところで、さ、いろいろ話が変わって悪いけど、私はこの子達と中学生の時に知り合ったけど、そのとき連夜くんっていなかったよね? ボディガードでも世話役でもなんでもいいけど、もしそんな関係だとしたら連夜くんと一緒にいなかったのはおかしくない? 私一度も連夜くんらしい子にあった覚えないわよ?」


「鋭いですね、玉藻さん。実は、彼女達が中学校に入るときに僕の世話よりもある仕事を優先して行ってもらうように命じたんです」


「ある仕事って?」


 特別何か強い思いがあって尋ねたわけではない。

 しかし、尋ねられたほうと、その質問に深く関わる大蛇は思わず顔を見合わせて、深い深いため息を吐き出した。


「え、なんか、聞いちゃまずいこと聞いてしまったかしら?」


「いえ、そうじゃないんです。それこそが本題だったもので」


「本題?」


「ええ。リビュエーさんとクレオさんに僕の『近習』の仕事を放棄してまでも行ってもらった使命、それは」


「それは?」


「ミネルヴァ・スクナーを監視することと、そして、万が一彼女がトラブルに巻き込まれたときにフォローすること」


「ミネルヴァの監視とフォローって・・え、それってどういうことなの!?」 


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