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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
88/199

第十話 『ミネルヴァ強襲(前編)』 その2

「ねぇねぇ、たまちゃんいないんじゃない?」


「そんなことないって。絶対いるって。まぁ、寝てるかあるいはお風呂入っているかもしれないけどさ」


「まだ二十一時だし寝てるってことはない気がしますけど、お風呂はあるかもですね~。たまちゃん、お風呂大好きですし」


 城砦都市『嶺斬泊』東地区、閑静な住宅街にある十階建てのマンション。

 そこの二階通路のある一室の玄関前に集まったのは、三人の女性達。

 それぞれみな、『人』並み以上の容姿を持つ美人ばかり。

 彼女達はこの城砦都市きっての名門大学である『与厳大学』の学生達で、中学校以来の幼馴染の関係。

 日中はそれぞれ専攻が違うため別行動であるが、放課後や休みとなると集まって旅行や食事会(という名の酒盛)をする仲の良い間柄。

 今日は一応集まる予定はなかったのだが、天魔族のリーダーから急遽招集がかけられて飲み会が行われることになってしまった。

 場所は彼女達のいつもの集合場所。

 メンバーの一人で、美人なのにいっつも仏頂面をしている愛想の全くない霊狐族の友人の家、つまりここであった。


「どうする? もう少し粘ってみる? それとも場所変える?」


 ここに集まった三人のメンバーの一人、メンバー最大の酒豪でもある西域半人半蛇(ラミア)族のリビュエー・シーガイアは、大きな蛇の胴体をしきりにうねらせて動かしながら残りの二人を見つめる。

 

「もうちょっと粘ってみようよ。絶対たまちゃんここにいるって。なんかわからんけど、すぐに出てこれないだけだと思うしさ」


「そうかな~」


「よく考えてみなよ。親戚とは小学生の頃に縁を切ってて音信不通、バイトもしてない、ましてや恋人なんて一度もいたことがないたまちゃんだよ? どこかに出かけていないなんてことあると思う? あの子多分、男と一回もデートとかしたことないよ。あと断言しておくけど、あの子間違いなく処女。下手すると三十路越えてもそういうことないんじゃないかなあ」


「「ありえるわね~」」


 あまりにも失礼な内容をしれっと断言するリーダーであったが、残り二人はその内容を否定するどころかあっさりと肯定。

 しかも『うんうん』と何度も頷きを返し、妙に納得していたりする。

 そして、なんとも言えない複雑な表情で心配そうに溜息を吐きだす。


「合コンとかに無理矢理にでも連れていったほうがいいのかな。あまり好きそうじゃないから今まで誘わなかったけどさ」


「たまちゃん潔癖だからねぇ。でも、一回くらい経験させておいたほうがいいかも」


「無理矢理は反対ですけど、説得はしたほうがいいですわね。どこかの会社のお局様になって後輩のみなさんから鬱陶しがられる姿が」


「「容易に想像できるよねえ」」


『ダメです、玉藻さん!! 我慢してください!!』


『お願い、放して連夜くん!! こいつら全員ぶっ殺す!!』


「そうそう、そんな風に言ってすっごい嫌がりそうだよねえ」


「でもねえ、全く男を知らないまま歳を重ねていくっていうのもどうかと思うんだよなあ」


「別に結婚とかはしなくてもいいとは思うけど、やっぱ相手は必要だよねえ」


「うんうん」


「ところで皆さん、いま、たまちゃんの声が聞こえませんでしたか?」


「いや~、特に聞こえなかったけど、リーダー何か聞こえた?」


「うんにゃ、聞こえなかったよ。くれよんの空耳じゃない」


「あら、そうですか。確かに聞こえたような気がしたのですけどねぇ」


 そう言って声が聞こえたと思われる玄関のほうにおっとりと視線を向けるのは、人頭獅子胴(スフィンクス)族のクレオパトラ・ポンペイウス。

 黒曜石のような黒髪黒眼、きめの細かい白い肌の美しい女性の顔、豊かな二つの双丘がある女性の胸、しかし、その下半身と肩から生えた二本の前肢は堂々たるライオンのそれ。

 背中からは大きな二枚の白鳥の翼が生えていて、なんとも異様で神秘的な美しさを持つ女性。

 親はこの都市有数の実業家で、『害獣』ハンター用武器で有名な大手メーカーをはじめとするいくつもの会社を経営。

 要するにいいところのお嬢様、それがクレオパトラであった。 

 彼女はしばらく声がしたと思われる玄関の扉のほうを凝視していたが、やがて一つ溜息を吐きだすと、妙に改まった表情で自分達のリーダーのほうへと視線を向け直した。


「ねぇ、リーダー。いい機会だからちょっと真面目な話をしたいのですけど、いいかしら?」


「なによ、くれよん、真面目な顔しちゃってさ。あ~、喉乾いた。とりあえず、ここで飲んじゃおっと」


 人頭獅子胴(スフィンクス)族のクレオパトラの言葉に、いい加減に答えを返した彼女達のリーダー、金髪碧眼の超絶美女ミネルヴァ・スクナーは、酒盛りの為に持って来ていたスーパーの紙袋の中からビールの缶を一個取り出して蓋を開ける。

 そして、それを口につけて豪快に一気飲みしようとしたのであるが。


「多くは言わないので一つだけちゃんと聞いてください」


「ぐびぐび。なによ、くれよん」


「いい加減諦めていただけませんか、あの子のこと」


「ぶふっ!!」


 さらっとクレオパトラが放った一言に、思わず鼻からビールを噴き出すミネルヴァ。 

 

「げ、げほっ、ごほっ、き、急になに言いだすのよ、くれよんったら!?」


「え~、リーダーまだ諦めてなかったの? もういい加減にしなよ」


 クレオパトラの言葉の意味を敏感に察知したリビュエーが、呆れ果てたと言わんばかりの表情で盛大にむせるミネルヴァに視線を向ける。


「ふ、二人ともなに言ってるのさ!? 意味がさっぱりわからないんだけど。な、なんのことかな?」


「今更私達にとぼけて見せてもしょうがないとおもうのですが? いったい何年あなたと付き合っていると思ってるんですか?」


「そうそう。だいたいさぁ、リーダーの持ち物ってほとんどすべてあの子に選んでもらったり買ってもらったりしたものばっかでしょ? 服もカバンも化粧品もアクセサリーも、筆記用具からお弁当までぜ~んぶあの子が選んだか、買ってくれたものばかり。違う?」


「それに、たまちゃんがいないときの話題といえば、あの子のことばかりですよね。あ、誤解のないように言っておきますけど、別にそれが苦痛ってわけじゃないですよ」


「うんうん、私達もあの子の近況は気になるから話してくれて全然構わないんだけどさ、でも、リーダーの気持はバレバレさねぇ」


「う~~~」


 二人の容赦のない追及に、ミネルヴァはマンションの通路に座り込むと、不貞腐れたような顔でぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「あ、あんた達には関係ないでしょ!? ほっといてよ!!」


「そういうわけにはいきません。あの子も今年十七歳、来年には十八歳になって結婚できる年齢になります」


「リーダー、絶対我慢できないよねえ。いや、もうすでに理性の阻止限界点突破してるんじゃないの?」


「うるさいうるさいうるさ~~い!! もう、なんなのよあんた達は!? 『人』のことより自分のこと心配しなさいよ、もう!!」


「ええ、ええ、勿論自分のことを心配してます。大学卒業後は私も結婚するつもりですし、そのためにはいいお婿さんを探さないといけないですからね」


「でもねなかなか優良な物件ってないのよねぇ」


 話の始めでは、確かに心から心配そうな表情を浮かべていたクレオパトラとリビュエー。

 しかし、今、彼女達の表情には妙に妖しいというか艶っぽいというか、まるでここにはいない獲物を狙っている肉食獣のような笑顔が。

 それを見たミネルヴァはすぐにその意味を察して、敵意剥き出しの視線を二人へと向ける。


「ちょっと、あんたたち、まさか」


「私ね、大学卒業後は父の後を継いで『害獣』ハンター用の武器製造販売に携わるつもりなんです。そして自分の会社を業界トップにのしあげる。それが私の夢。そのためには、私のことを支えてくれるパートナーが必要。知識が豊富で、頭が良くて、精神的にも強くて、なによりも優しい『人』」


「うんうん、いいよねえ、そういうパートナー。私はさ、大学卒業したら、術師用道具の開発部門に就職するつもりなんだよね。相当な激務でさ、家事とか一切やる暇ないと思うんだ。だから、結婚相手としては、家庭に入って家のこと守ってくれる『人』がいいなあ。料理がうまくて、洗濯とか掃除とか嫌がらずにやってくれて、あと、私好みのかわいい男の子だったりすると尚いいんだけどなあ」


 うっとりした表情で自分達の理想の結婚相手について語る二人の乙女。

 だが、どう聞いてもそれは特定の相手を指し示しているとしか思えないし聞こえない口調。

 しばしぽかんと口をあけて二人のことを見つめるミネルヴァ。

 しかし、その特定の相手が誰であるかをすぐさま察すると、凄まじい怒りの炎を瞳に浮かべ二人を睨みつける。


「好き勝手いってくれちゃってるけど、あんた達にはやらんからね。絶対絶対ぜ~~ったいにやらんからね!!」


「あ~ら、でもそれはあなたが決めることじゃないないですよね? 決めるのはあの子自身」


「そうそう、リーダーがなんて言おうとも、あの子が私のことを選んだりなんかしちゃったりなんかしたら、くふふ」


「ないないない!! 絶対な~い!!」


「「なんでよ!? 選ぶかもしれないでしょ!?」」


「そんなことさせるかぁ、させるもんかああああっ!!」


 次第にヒートアップしていく三人の女性達。

 夜の二十一時を回っているということもあり、マンションの通路には彼女達以外の『人』影はない。


 ないがしかし。


 彼女達のすぐそばには、彼女達以外に二人の『人』物の姿があった。

 それは彼女達が陣取るマンションの一室の玄関扉の向こう側。

 息を潜めて彼女達の様子を伺う二つの『人』影、それは。


「三人に意中の『人』がいるっていうことは知っていたけど、まさか、全員同じ『人』だったなんて」


 三人の会話を盗み聞きしていた玉藻は、その内容を知って呆然となっていた。

 小学校以来の大親友と中学校以来の二人の親友達は、自他共に認める美女揃いであり、男女問わず非常にモテル。

 しかも、三人とも玉藻と違って性に対して非常に大らかな考えの持ち主であるため、不特定多数の恋人達と平気で付き合うし、肉体関係を持つこともザラにある。

 だが、彼らの全てが彼女達にとって仲のいい『お友達』でしかないこと、それ以上では決してないことを、玉藻はよく知っていた。

 玉藻にとっての連夜。

 いや、そこまでいかなくても、ある程度『本気』になって恋をしているとわかるような相手を玉藻は見たことがない。

 彼女達にとって『男』(ごくまれに女性が相手のときもあるが)はあくまでも『遊び』であって、『本気』ではなかった。

 

 一度として『本気』の彼女たちを見たことはなかったはずなのに。


「全員本気だよね、あれ」


 マンションの通路で大声を張り上げて舌戦を繰り広げている友人達。

 ちょっと聞いただけではふざけているようにも聞こえる内容だが、十年近く彼女達と付き合いのある玉藻には、それが紛れもない本気であることがはっきりとわかる。

 おちゃらけているような口調、半分笑い声を交えて口から零れて行くいくつもの言葉。

 しかし、その目が全然笑っていないことを、その口調の中に隠しきれない『本気』が見え隠れしていることを、玉藻は見逃さなかった。


「どうしよ、私出て行って止めたほうがいいかな。今は冗談半分みたいな感じだけど、いつ『本気』の喧嘩になってもおかしくないよね、この雰囲気」


 玄関の扉の内側、小さな覗き穴から見える殺伐とした光景をはらはらしながら見守っていた玉藻だったが、ふとこういう揉め事処理が得意な専門家がすぐそばにいることを思い出して振り返る。


「ねぇねぇ、連夜くん、やっぱり私、出て行って止めたほうがいいかな? どう思う? って、どうしたの連夜くん? なんで突っ伏しているの?」


 揉め事処理の専門家にアドバイスをもらおうと振り返った玉藻であったが、そこには、何故か両手両膝を床について盛大に落ち込んでいる恋人の姿が。


「ああああああ、この『世界』を司る全知全能なる超絶管理者様、どうかお願いです。あそこで言い争っている『人』達の話題に僕が関わっていませんように!! どうか、どうかお願いですから、僕にはなんの関係もないようにしてください!! してくれなきゃいやああああっ!!」


「え? え? いったいなんのこと? それになんで泣きそうになってるの、連夜くん?」


 意味不明なことを呟きながら半泣きになっている連夜の姿を見て慌てて側に駆け寄っていく玉藻。

 恋人の顔を心配そうに覗きこみ、よしよしと背中を撫ぜてやると、連夜はなんとか立ち直ったようで、片手でぐしぐしと目元を拭ったあと、引き攣った笑みを浮かべて玉藻のほうに視線を向ける。


「す、すいません、玉藻さん、だ、大丈夫ですから」

 

「いや、そう言われても全然大丈夫そうに見えないんだけど」


「ほんと大丈夫ですから、見苦しく取り乱してしまってすいませんでした。それよりも玉藻さん、仲裁に出て行かれるのは非常に素晴らしい御考えだと思います」

 

「やっぱりそう思う? うん、わかったちょっと行ってくるね」


「あ、でもちょっと待ってください」


 連夜の後押しを受けてどこかほっとしたような表情になった玉藻は、早速玄関の扉を開けて出て行こうとする。

 しかし、鍵を掴んで回そうとしたそのとき、後ろから迫ってきた連夜が素早く玉藻の手を掴んで止める。


「どうしたの?」


「玉藻さん、大変申し上げにくいんですけど、出て行くのは僕が姿を消してからにしていただけませんか?」


「姿を消すって?」


 怪訝そうに見つめ返してくる玉藻の顔を、なんともいえない複雑な表情で見つめる連夜は、顔をちょっと伏せて溜息をひとつ吐きだしたあと、ゆっくりと口を開いた。


「隠すつもりはなかったんですが、あの中には今ここでどうしても顔をあわせたくない『人』がいるもので」


 物凄く言いにくそうに言葉を紡ぐ連夜。

 正式に恋人同士になってから一カ月半、自分に関するある程度のことは目の前の恋人にポツリポツリと話してきたのではあるが、大きな秘密をいくつかまだ話せずにいた。

 中でも特にドデカイ秘密なのが、扉の向こうでぎゃ~すか喚いている人物のこと。

 どう話したものかと苦悩し首を捻っていると、予想外の言葉が恋人の口から放たれる。


「そっか、連夜くん、ミネルヴァとは会いたくないよね」


「ええ、そうなんですよ。って、玉藻さん、ご存知だったんですか!?」


 恋人の口からあっさりと零れおちた個人名に、連夜は驚きの声をあげる。

 そんな連夜の様子を見た玉藻は、バツが悪そうに表情を曇らせる。


「う、うん。あんまり愉快な話じゃないし、連夜くんも話したがらないから、敢えて話題にしなかったんだけど」


「そ、そうだったんですか」


 あまりのショックに呆然としたままでいる連夜に『知らないふりしてて、ごめんね』と呟いて、そっとその身体を抱きしめる玉藻。

 そう、玉藻は知っていた。


 恋人連夜と親友ミネルヴァが抱える秘密の一つを。

 

 それは


 二人が不倶戴天の仇敵同士であるという秘密。


 玉藻の恋人である人間族の少年連夜には、善良な一般高校生という表の顔とは別に、歓楽街に出没する仮面の怪人『祟鴉(たたりがらす)』という顔がある。

 仮面の怪人『祟鴉(たたりがらす)』は夜の街の平穏が乱れる場所に現れて、凄まじい嵐を巻き起こして、夜の世界に平穏を取り戻したあと去っていくわけだが、その嵐に巻き込まれた者達の中にミネルヴァの親しくしている友人達が何人かいた。

 そのときなぜ、ミネルヴァの友人達が巻き込まれたのかについての詳細については玉藻も、そして、ミネルヴァ本人も知ってはいない。

 ただ、はっきりわかっているのは、巻き込まれた彼らが『祟鴉(たたりがらす)』にとんでもなくひどいめにあわされたという事実。

 それを知ったミネルヴァは激怒し、自分の友達の仕返しをすべく、暇を見つけては『祟鴉(たたりがらす)』を探し彼のテリトリーである城砦都市『嶺斬泊』最大の歓楽街『サードテンプル』に足を運んでいるようだ。

 玉藻にとってミネルヴァはかけがえのない大親友である。

 小学校以来、わけありの自分とずっと一緒にいれくれた大切な友人。

 その友人が『祟鴉(たたりがらす)』を許すことのできない仇敵と定めたのである。

 本来なら一緒になって捜し出し、ケリをつけなくてはいけないのであるが、玉藻には二つの理由からそれをすることができなかった。

 一つ、件のカラスにひどいめにあわされた連中は、ロクでもない悪党ばかりだということを玉藻が知っていたこと。

 その友人達は、ミネルヴァの前では非常に善良なフリをしていたが、裏に回っては下級種族に対してめちゃくちゃひどいことをしていたのを玉藻はよ~く知っていたしその現場を何度も目撃もしていた。

 ミネルヴァの友人でなければ玉藻自身が制裁を加えてやりたかったほどなのである。

 そんなクズ達の仇を討つなどまっぴら御免、絶対に御断り、むしろ、内心では『祟鴉(たたりがらす)』よくやった、ぐっじょぶ!! と快哉していたほどなのだから。

 そして、もう一つの理由、こっちは特にデカイ。

 ミネルヴァが追い求める『祟鴉(たたりがらす)』の正体は、玉藻が愛して愛して愛しすぎておかしくなってしまったほどに愛している恋人の連夜なのだから。

 いくら親友の頼みであっても絶対に頷くわけにはいかないし、連夜をミネルヴァの前に突き出して渡すなんて絶対に考えられないしありえない。

 二人にはどうあっても戦ってほしくなどないが、もし、二人が激突することになったら、玉藻は最終的に連夜の側にまわるだろう。

 と、いうか、連夜をさらって全速力でその場から逃げる。

 ミネルヴァと正面から戦っても負ける気はしないが、理由が理由だけに戦いたくはない。

 玉藻にしてみれば、連夜とミネルヴァ、二人ともやはり大事だし、ともかく戦ってほしくはないのだ。

 

「あなたははっきり言ってくれなかったから推測でしかなかったけど、やっぱりそうなのね。私の家に泊らずにいつもいつも夕食後に帰ってしまうのは、ミネルヴァのせいね? ミネルヴァ達がうちの家をたまり場にしていて、不定期だけど夜に泊りにくることがあることをあなたは知っていた。だからなのね?」


「あ~、まぁ、はい、そうです。できればまだここで顔を合わせる時ではないと思っているので」


「言ってくれればよかったのに」


「そうなんですけど、物凄く言いづらいというか。あの『人』の外面だけ知っている『人』ならともかく、あの『人』と十年近く付き合いがあって、裏の裏まで知り尽くしている玉藻さんにその関係を打ち明けるのはちょっと勇気がいるというか」


「わかるわぁ。なかなか言えないわよね。あなたとあいつの関係なんて迂闊に『人』に聞かせられないというか、伏せておきたいというか。わたしがあなただったら、因果の彼方に消滅させてしまいたいくらいだものね」


「いや、あの、流石にそこまでではないんですけど。っていうか、大親友の玉藻さんに『わかる』って言われると、いくらあの『人』でも相当にへこむと思うので、そこは『わからない』でいてあげてください」


「え? なんで? 絶対そういう関係ではいたくないでしょ? 普通? あいつと『そういう関係』(意味:仇敵同士)って、めっちゃいやじゃない?」


「いやいやいや、待ってください、それは言い過ぎですって!! まあ、そういいたくなる日がないわけではないですし、確かにめちゃくちゃ疲れますけど、僕としては『そういう関係』(意味:姉弟同士)はそこまでいやじゃないですって」


「え?」


「え?」


 表面上は成り立っているように見える会話であるが、実は全然噛み合っていないことに、うっすらと気がつき始めた二人。

 当然のことながら、玉藻は、連夜とミネルヴァが仇敵同士故に出会いたくないのだろうと思っていて、そういうつもりで話を進めているのだが、それは当事者である連夜の思惑とはかなり違っていたりする。

 連夜にしてみれば、それよりももっと重大なある秘密がミネルヴァとの間にあり、てっきりそれを玉藻に知られてしまっていたと思っていたのであるが、一連の会話からどうも違うようだと気がつき玉藻のほうに困惑の表情を向ける。

 二人は、お互いの認識を合わせるために、胸の内に広がる疑問を口にしようとしたのだが。

 

 ちょうどそのとき、外から一つの絶叫が聞こえてきた。


「よ~~っし、わかった!! ここでウダウダ言ってても仕方ない。こうなったら、白黒ハッキリさせようじゃないの!!」


 それは西域半人半蛇(ラミア)族の女性リビュエーの声。

 穏やかならざる気配が玄関の扉越しにも伝わってきて、連夜と玉藻は一瞬顔を見合わせると、急いで玄関の覗き穴へ。

 そこから外の様子を伺ってみると、天魔族、西域半人半蛇(ラミア)族、人頭獅子胴(スフィンクス)族の三人の女性が、今にも互いに飛びかかって行きそうな凄まじい形相で睨み合っているのが見えた。


「や、やばい。ミネルヴァも、くれよんも、りっち~も、本気でヤルつもりだわ!!止めなきゃ!!」


 大慌てで玄関の扉の鍵を開けて外へと飛び出して行こうとした玉藻であったが、鍵を開ける寸前、その耳に意外な言葉が飛び込んでくる。


「いいわね、これから携帯かけて、本人に直接聞くわよ!! どういう結果が出ても、恨みっこなしだからね!!」


「え?」


 てっきり血で血を洗う殴り合いが始まると思っていた玉藻は、その言葉に一瞬硬直し鍵を開けるのをやめる。 


「や、やめてください、りっち~!! そ、それだけは、それだけはぁ」


「そ、そうよ、りっち~、自暴自棄はダメ。ふ、蓋を開けなければいつまでも可能性は五分五分なのよ? 『シュレティンガーの猫』なのよ!?」


「え~い、くれよんもリーダーも見苦しいわよ!! この期に及んでヘタレたこと言わないの!!」

 

「「だ、だってぇ!!」」


「だってもへちまもない!! え~い、女は度胸!!」


「「あっ!?」」


 盛大にあがる悲鳴の中、ミネルヴァとクレオパトラの制止を振り切って、手にした携帯念話を作動させるリビュエー。

 リビュエーを止めることができなかった二人はその場で石化してしまったかのように硬直。

 そして、いったいどうなるのかと再び覗き穴にもどって外の様子を見守る玉藻。  

 四人の女性達から発せられる様々な感情の渦のせいで、完全に空気が固まってしまった玄関前のフィールド。

 ちょっとでも動けば『ヤラレル!!』みたいな妙な気配に支配された空間に、誰もが耐えきれなくなっていた、


 まさに、そのとき!!


『ぴろぴろぴろ~、ぴろぴろぴろ~』 


 玉藻の真後ろから聞こえてくる、微妙に間抜けな警告音(アラーム)

 素早く振り返った玉藻の目に、その場から抜き足差し足で立ち去ろうとしている恋人の姿が。


「連夜くん、何やってるの?」


「え、えっと、その、と、トイレに」


 いつもと変わらぬにこやかな表情。

 しかし、なぜか恋人の顔からは冷や汗が滝のように流れ落ちているのを玉藻は見逃さなかった。

 それどころか連夜の手には何かが握られていることも見逃さなかったし、その何かから間抜けな警告音(アラーム)が鳴っているのも見逃さなかった。

 そして、トドメとばかりに聞こえてくる外からの声。


「変ねぇ、着信音は鳴っているみたいなのに、あの子出ないわ。『ぴろぴろぴろ~、ぴろぴろぴろ~』って。あんな間抜けな着信音使ってるのあの子くらいだから、番号かけ間違えたってことはないはずなんだけど」


 一瞬にして玉藻の顔が笑顔に変わる。

 恐ろしいまでのにこやかな笑顔に。

 それと対照的に笑顔が完全に引き攣った状態になる連夜。

  

「連夜くん? それはいったいなにかしら?」


 物凄く優しげな声、穏やかな笑顔。

 が、しかし、連夜は知っていた。

 今、玉藻がどんな状態であるかを。


 玉藻がいま。


 大激怒していることを。


「こ、これはですね」


「これはなに?」


「これはその」


「なにかしら?」


「こ、これは、これは、これはキッチンタイマーです!!」


「嘘つけ!!」

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