表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
86/199

第十話 お~ぷにんぐ

 大陸の北方。

 城砦都市『ストーンブリッジ』と城砦都市『嶺斬泊』のちょうど中間。

 危険な害獣達が跳梁跋扈するスカイゲート山脈に、犯罪組織『バベルの裏庭』が密かに運営する念素石の採掘場が存在している。

 そこには組織の構成員達の手で連れ攫われ、『人』として生きる権利を奪われた哀れな子供奴隷達の姿があった。


「ねぇ~ねぇ~、クロちん。この猛烈にかっこよくて激烈にかわいいギンコちゃんと自転車で遊ぼう。あちしがペダル漕いであげるから」


 彼らは組織が誇る軍事療術師達の手でおぞましい人体改造を施され、危険な『外区』での作業を強いられる。

 大人でも泣いて命乞いを乞わずにはいられない、恐ろしい『外区』の採掘場。

 だが、彼らに逃げ出すという選択肢はない。

 精神をいいようにいじられ、組織に忠実な『犬』と化した彼らは、ただ機械的に黙々と作業を進めるだけ。


「ちょっと待ったぁ~!! それだったら、このくれよんと遊びましょう!! クロくんってブランコ好きでしたよね? わたしと一緒にブランコに乗りましょう」


 いつ襲い掛かってくるかわからない『害獣』の群れ。

 劣悪で不潔な環境によって生み出される数々の疫病や死病。

 そして、落盤事故や崩落事故が耐えない狭い洞窟内の採掘現場。


「いやいやいや、クロはお外で遊ぶよりもあたしとお部屋の中であそぶほうがいいんだってば。さ、クロ、このあたし、リビーと一緒にお医者さんごっこしよう。私が美人女医で、クロは患者さんね。はい、診察しますから、服を脱いでください・・はぁはぁ・・よ、よかったら、下も脱いでくれていいのよ・・はぁはぁ」


 いくら人体改造を施され、身体を強化し、精神を成長させられていたとしても彼らの中身はやはり年端のいかぬ幼子でしかない。

 本来であればそれぞれの親の庇護の元、たくさんの愛情を注がれながら育てられるのが当たり前。

 その権利はどんな子供にもあるはずなのだ。

 しかし、ここに連れてこられた子供達に、その当たり前の権利はない。


「ちょっと待ちなさよ、リビー。あんた、それ普通のお医者さんごっこじゃないよね? 明らかに目的が違うよね? かなり違うよね?」


「な、何言ってるのよ、いいがかりはやめてよ。子供らしく健全に無邪気に遊ぼうとしているだけじゃない。べ、別に子供の遊びを隠れ蓑に、いやらしいことをしようとしているわけじゃないのよ。決して決して違うのよ。そんな、クロの服を脱がせて大人では絶対できないようなあんなことやこんなことを・・じゅる」


「って、言ってる側から涎垂れ流してるじゃないですか!! あなた、絶対やらしいことするつもりでしたよね? 十八歳未満お断りの内容ですよね? 絶対そうですよね?」


「ち、違うもん違うもん。あ、あたし、まだ子供だもん。あ、あたし、十ちゃい。おとなのすることはよくわかんないの」


「確かにあたしら実年齢は十歳だけど、精神年齢は違うよね。少なくとも高校生以上の精神年齢になってるよね?」


「子供の姿を利用して、恥ずかしげも無く『お医者さんごっこ』をしようとするとは・・リビー、恐ろしい子!!」


「クロ、こっちに来て。リビーの側にいると危ないからね。あちしが守ってあげるから、あちしとお医者さんごっこしましょう。じゃあ、とりあえず、手術するので、全部脱いで、そこに横になってください・・はぁはぁ」


「って、あんたもやってんじゃないのさ!!」


「ギンコ、卑怯ですよ!! どさくさ紛れに自分だけ抜け駆けするのやめてください。とりあえず、クロくんはこっちに避難してください。そして、私とお医者さんごっこしましょう。クロくんがお医者さんで、私が患者です。じゃ、じゃあ。私、服を脱ぎますから、クロくん、診察してくださいね。どこを触ってもいいですよ・・その、胸とか、胸とか、あと、胸とか」


「「あたし達に対するあてつけか!!」」


 組織の鬼畜外道たちの手によって、金を生み出す家畜として生きる運命を押し付けられた彼ら子供奴隷達。

 彼らは今日もひたすらに働き続ける。

 その命を削って働き続ける。

 そんな彼らに自由はない。

 自由などないのだ。


「「「クロ、誰と遊ぶか、はっきりして!! 誰と遊ぶの?」」」


「え、え~っと、そんなこと言われてもその、今は困るというか」


「「「なんで、そんな弱腰の返事なの? 男なんだからはっきりしてよ、もう、いい加減にしてっ!!」」」


「いい加減にするのはてめぇらだぁぁぁぁっ!!」


 三人の少女と一人の少年の子供らしくない盛大な痴話喧嘩の中に飛び込んで来たのは、少女達と同い年くらいの霊山白猿族の少年。

 少年に群がる少女達を次々と投げ飛ばした彼は、なぜか涙目になりながら、少女達に怒りの咆哮をあげる。


「おまえら、全然不自由してねぇじゃんっ!! というか、どこまでも普通にフリーダムだよね? 普通以上に自由を満喫してるよね? 青春を謳歌しまくってるよね!? 全然、奴隷じゃないよね?」


 ビシッとけむくじゃらの指先を少女達に突きつけて喚き散らす少年に対し、少女達は心外だと言わんばかりに憤然と言い返す。


「なに言ってるのよ。私達は奴隷だわ」


「そうよそうよ、いつも、どれだけ苦しい思いをしているか」


「この胸の苦しさ、せつなさ。あちしたちが思い通りにならないこの恋心にどれだけ苦しんでいるか。エテ吉には到底わからない、わかるはずはないわ!!」


「そう、私達はただの奴隷じゃない」


「いうなれば、私達は」


「「「愛の奴隷」」」   

 

「なるほど~。それならしょうがないね~。『愛の奴隷』か、うまいこというなぁ~・・って、全然うまいこと言えてないわっ!! 何が『愛の奴隷』じゃ、ボケがぁっ!!」


 少女達の言い草に、先程以上に怒り狂いだした霊山白猿(ハヌマーン)族の少年エテ吉。

 その場に屈み込んで地面の泥濘(ぬかるみ)に手を突っ込むと、泥をすくって少女達めがけて投げつけ始める。


「ちょっ、なにすんのよ、エテ吉、やめてよ!!」


「そうよ、そうよ、レディに向かって泥を投げつけるなんて、何を考えているのよ」


「『何を考えているのよ』はこっちの台詞だ、こんにゃろっ!! ちゃらちゃら遊び呆けやがって、鬱陶しい。ちったぁ、働けよ、バカヤロー!! だいたいレディは反撃しねぇだろ、普通・・ってか、石投げるのは反則だろうが、おいっ!!」


 最初のうちこそきゃ~きゃ~言いながら洞窟の中を逃げ回っていた少女達であったが、やがて、泥玉のいくつかが自分達に命中するとその表情は一変。

 そこにあったのは黒髪の少年にじゃれていたときに見せていたかわいらしい表情からは想像もつかない恐ろしい表情。

 泥の塊をぶつけられて般若そのものとなった少女達は、そこらへんに落ちている瓦礫を両手に掴むと、年端もいかぬ少女が投げているとは思えない剛速球でエテ吉めがけて次々と投げつけていく。


「乙女の怒り思い知れエテ公!!」


「ちょっ、あぶっ!!」


「あんたが泥を投げるから服が汚れちゃったじゃないの、どうしてくれるのよ!?」


「待て待て待てっ!! 石はやばいって!!」


「なんでよけるんですか!? かよわい乙女のかわいらしい報復じゃないですか、あたってくださいよ」


「どこがかよわいんだ!? しかも報復の仕方がえげつないだろ!? あ~、くそ頭にきた!! そっちがその気なら受けてたってやらぁっ!!」


「「「女の子に石投げるなんてサイテー」」」


「おまえらがいうなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 狭く暗い洞窟の中で、いつ果てるとも知れぬ少年少女達の凄まじくも非常にしょうもない激闘が繰り広げられていく。



 ここは犯罪組織『バベルの庭』が所有している念素石採掘場の一つ。

 『阿』大陸の北方に存在する巨大な山脈の中腹。

 そこにある小さな秘密の洞窟の奥深くで、たくさんの子供奴隷達が、高額で取引される念素石を掘り出す為に日々働かされているのだ。

 組織に所属する名うての術師達によって特殊な洗脳と、強化手術を受けた彼らは、組織の構成員が命じるままゴーレムのように働き続ける。

 そう、その小さな命が燃え尽きるそのときまでこきつかわれ続ける。

 死んだ魚のような目で、ただただ地面や壁を掘り続け、組織の金庫を潤す念素石を採掘し続ける。


 ・・と、いうはずなのであったが。


 ここにいる子供奴隷達は普通の奴隷達ではない。

 彼らはある特殊な能力を持った一人の子供の手で洗脳を解かれ、己の意思を取り戻した子供達。

 他の採掘場で働かされている子供奴隷達とは違う。

 組織に操られ牙を抜かれた大人しい家畜などでは決してない。

 ここにいる子供奴隷達の全員が全員、いつか訪れる反撃のときのために、じっと息を潜め、胸のうちに隠した心の『牙』を研ぎ続けている。

 ある者は引き離された家族の下に帰る為に。

 ある者は奪われた家族の仇を討つために。

 そして、ある者はここにいる血のつながらない、しかし、かけがえのない兄弟姉妹達を守り抜く為に。

 それぞれの想いを胸に秘め、彼らは懸命に日々を生きている。

 

 いつか必ず来る、反撃のチャンス。

 その日を迎える為にも、まずは生き続けなくてはならない。

 そのためには組織を欺き、自分達が従順な奴隷であると信じさせ続ける必要があるのであるが。


「おまえらみたいに、毎日毎日遊び呆けていたら、バレちまうだろうが、このボケ女ども!! いくらサキ姉ちゃんが監視者だからって、誤魔化し続けるの大変なんだぞ!! わかってんのか!?」


「あんたに言わなくてもわかってるわよ。わかっているからこそ、あちしたちはこうして隠れてコソコソと地味に愛をかわそうと努力しているんじゃない」


「隠れてないから!! 全然地味じゃないから!! 思いっきり堂々とやってるから!! めちゃくちゃ目だってるから」


 とんでもないスピードで雨霰と迫ってくる石の波状攻撃の中であったが、さすがに今の霊狐族の少女の発言は無視できず、エテ吉は隠れていた岩場から上半身を乗り出して目を剥きながらツッコミを入れる。

 どれだけ石をぶつけられても、これだけはツッコまなくては。

 そう覚悟した上での決死のツッコミだったわけだが、ふと気がつくと嵐のような石の波状攻撃はぴたりとやんでいる。

 怪訝に思ったエテ吉が注意深く前方に陣を置く三人の強敵のほうに視線をむけてみると、呆けたような表情でこちらを見返しているではないか。

 そして、その中の一人、西域半人半蛇族の少女リビーが、今、初めて気がついたといわんばかりの表情でポツリと呟く。


「え? あたし達そんなに目立ってた?」


「今、気がついたんかいっ!?」


 やってられるかといわんばかりに、更にツッコムエテ吉。

 そんなエテ吉に対し、三人は気まずいそうな、それでいて不貞腐れたような表情で明後日の方向を向いてぶつぶつと文句ともいいわけともつかない言葉を口にして、しばらくまともに返事を返そうとはしなかったが、やがて、一番早く立ち直ったらしい人頭獅子胴族の少女くれよんが、立派なライオンの尻尾をぶんぶん振りながら顔を向け直す。

 

「ま、まあ、ちょっとだけ行き過ぎたところがあったかもしれませんね」


「ちょっとっていうレベルじゃなかったよね!? あきらかに誰が見ても行き過ぎだよね!?」


「だ、誰が見てもって、誰がみていたんですか? 誰も見てないじゃないですか。どこにいるのか言ってみなさいよ」


『俺みてたけど』『僕も見てた』『あたしも見てたもん』『あっしも見てやした』

  

「うっさい、あんたたちは黙っとれ!! 片っ端からゲンコツ食らわせるわよ」


『うわ~~ん。くれよんお姉ちゃんが怒った~~』


 獅子の咆哮をあげて恫喝するくれよんの姿に、本気で怯えた弟妹達がわらわらと逃げ出していく。


 この採掘場には他の兄弟姉妹達も働いている。

 これだけ派手な大騒動であるから、当然他の兄弟姉妹にも伝わるわけで、みんな、好奇心丸出しで観戦しに来ていたのであった。

 娯楽が極端に少ない奴隷暮らし。

 自由時間に遊ぶことはできるが、遊び道具などほとんどない状態であるし、アニメやゲームも用意されてはいない。

 そんな子供奴隷達にとって最大の娯楽となっているものが二つある。

 一つは、兄弟姉妹の中でも屈指の人気者であるクロを巡っての少女達の激しい争奪戦。

 そして、もう一つは兄弟姉妹の中でも屈指の熱血少年であるエテ吉と人気者クロに恋する乙女達との仁義なき兄弟喧嘩。

 その二つが見れるとあって、あっと言う間に野次馬のひとだかりができていたのである。

 勿論、その中にはあまり意味はわかってないけど、喧嘩の様子が物珍しいみたいな感覚できていた幼い弟妹達の姿も。

 しかし、まさかそのとばっちりがこっち向かってくるとは思っていなかったらしく、くれよんの思いもかけぬ恐ろしい吠え声にみんな半泣き(中には完全に全泣きの者もいたが)で逃げ出していき、ついで彼らの世話をしている年長者達も彼らを慰める為に退散。

 この場所から野次馬の姿はあっと言う間にほとんどいなくなった。


 しばし、静寂がこの場を支配する。


 が・・しかし。


 中にはくれよんの咆哮にびくともしない豪の者もいる。

 圧倒的に少数派であり、残っているのはごくわずかな数ではあるのだが、その中の一人がくれよん達の前に恐れる様子もなく進み出てきた。

 

「落ち着けくれよん。小さい弟妹達を脅かすんじゃない。そもそもおまえ達が悪いんだろうが」


「誰よ、私に文句をつけようとする生意気な奴は!? って、あ、フェリ・・ご、ごめんなさい、ちょっと言い過ぎちゃったわね」


 生意気にも自分に意見をしようとする兄弟に、尚も威嚇の声をあげようとしたくれよん。

 しかし、自分の目の前に出てきた者が、誰なのかわかると、あっと言う間に戦意を喪失すると、素直に謝罪の言葉を口にする。


 『フェリ』

 

 勿論、本名は別にあり、あくまでも『フェリ』はここでの名前。

 逆立った金色の短髪が特徴の雷獣族の少年。

 エテ吉やくれよん達と同年代の兄弟。

 兄弟姉妹達の中でも非常に頭が良く、子供とは思えないほど落ち着いていて社交的であるため、この採掘場に配置された子供奴隷達のまとめ役的存在となっている。

 

「もうそろそろいいだろ。三人ともいい加減仕事に戻れ」


 あくまでも穏やかな表情で、押し付けがましい感じはしない。 

 しかし、どこか有無を言わせぬ雰囲気があり、逆らうことは非常に難しい『子供奴隷のまとめ役』にふさわしい独特のオーラの前に、三人の恋する少女達は怯み、思わず身体をすくませる。

 そんな宿敵達が萎縮していく様子に、大喜びのエテ吉。


「や~い、や~い、怒られてやんの」


「うっさい、黙れ、サル」


「ひでぇっ!! いまの物凄い差別発言だよ!? 俺、サルはサルでも神聖な霊山を発祥の地とする白猿なんだよ? かつては『神』を輩出してきたれっきとした『人』の一族なんだよ?」


「あんたなんかサルで十分でしょ」


「ちょっ!? 喧嘩売ってる? 喧嘩売ってるよね? 間違いなく喧嘩売っているよね? ああ、いいよ。買うよ。いくらでも買っちゃうよ、俺は、ムキイイイイイイッ!!」


「落ち着け兄弟。そういうところが『サル』だっていわれるんだ。もうちょっと自重しないか」


 またもや兄弟喧嘩が勃発、再び激闘開始。

 そうなる寸前で、両者の間に素早く割って入った雷獣族の少年は、今にも突撃していきそうな霊山白猿族の兄弟の首根っこを掴んで強引に少女達の反対方向へと連れて行く。


「だってぇ、こいつらめちゃくちゃ生意気なんだも~ん」


「だってぇじゃない。話が進まないからちょっと黙ってろ」


「そもそもさ、話なんかこいつらに通用しないって。姿は子供、中身は原始人、その正体は色欲まみれの暴力メスゴリラ、『あたしの拳を試してみるか?』がモットーの極悪愚連隊なんだぜ」


「「「よ~し、わかった。エテ吉。おまえ、絶対、ぶっ殺す!!」」」


 そそくさとフェリの背中に隠れたエテ吉は、これ幸いと少女達の悪口をいいたい放題言い放つ。

 勿論、そんなこといわれて黙っていられる三人娘達ではない。

 再びそのかわいらしい顔を、凶悪な形相に変化させると、作業道具のつるはしを構えてファイティングポーズをとり、いまにもエテ吉に襲い掛からんとする。


「ほらほら~。すっごい野蛮じゃん。さっきから俺何度も仕事しろっていってるのに、こいつら聞かないんだよ? 恋だの愛だのが重要とかわけのわからないこと言って、ちっとも仕事しないんだよ!?」


「「「恋も愛も仕事よりも重要なの!! 私達は今この瞬間を恋に、そして、愛に生きるのよ!! 仕事なんかどうでもいいんだからね」」」


 迷う素振りを一片もみせず、妙に決意に満ちた、それでいて生き生きとした表情で断言してみせる三人娘の姿を、苦々しい表情でエテ吉は睨みつける。


「ちょっと今の聞きました、奥さん? やぁねぇ、さかっちゃってさ。欲求不満たまってるんじゃないかしら、あの子達」


「どこのおばちゃんだ、おまえは? もういいから、俺に任せておけ」


 おばちゃん口調で告げ口してくるエテ吉を呆れたように見詰めたフェリ。

 やれやれと一つ嘆息をもらすと、少女やエテ吉から視線を外して何かを探し始める。

 周囲を見渡し、数分とかからず目当ての何かを探し出したフェリは、その何かの横へと移動し声をかける。


「クロ、ちょっと、質問いいかな?」


「え、う、うん。なに、フェリ」


 フェリが探し出していたのはこの喧嘩のそもそもの原因とも言うべき年下の兄弟クロ。

 求愛を迫る三人娘達だけでなく、他の兄弟姉妹達からも絶大な人気を誇るクロは、兄弟喧嘩勃発と同時に他の兄弟姉妹達の手で素早く安全圏へと避難させられていたのだ。

 本当は彼自身が仲裁に入りたかったのであるが、火に油を注ぐ結果になりかねないと兄弟姉妹達から止められて、離れたところから見守っていたわけだが。


「なぁ、クロ。クロにとっても仕事は大事じゃないのかな?」


「ううん。すっごい大事だよ。僕って、タコの相棒だからね。タコの不利になるようなことはしたくないもん。だから一生懸命働くんだ」


 理由は完全に違うが、クロもまた、ギンコたちと同じような決意に満ちた表情で即答。

 その答えを聞いたフェリの口がにやりと歪む。


「じゃあ、仕事しない子はクロからしたらどうなのかな? そんな子は好きかな?」


「え、キライ。と、いうか、大っ嫌いだけど」


「「「!?(驚)」」」


 この場に残っていた者達は、確かに空気にひびが入る音を聞いた。

 しかし、そのひびを入れる原因になった当事者は、なぜみんなが緊張した表情で自分を見詰めてくるのかわからず、きょとんとするばかり。


「どうしたの? みんな?」


「いやいや、なんでもないさ。それよりも、そうか、クロは仕事サボる奴がキライなのか」


「うん。嫌いだなぁ。だって、タコが働いているところって監視の目はないけどすっごい危険なところなんだよ? 『害獣』はうようよしているっていうし、人食いの原生生物もいるらしいし、地面のあちこちからは毒ガスが噴出しているとかいうし、地面のあちこちに底なしの大きな穴があいているっていうし。タコがあそこで僕らの分も余計に念素石を掘り出してくれるから、僕達これだけ自由にやっていけるんだよね。せめて、タコに迷惑がかからない程度にがんばらないと、僕、タコに顔向けできないよ」


「そうだな。俺もそう思う。タコは俺たち全員の恩人だしな」


「そうそう。その恩人に迷惑かけるってわかってるのに、遊び呆けるなんて、ありえないよね!!」


「「「!?(泣)」」」


 無垢な気持ちから出た言葉の刃が少女達を滅多切りに切り刻み、少女達は地面に無言で突っ伏して号泣。

 勿論、その言葉の刃を放った当人に自覚はなく、何故少女達が地面を転がりながら悶えているのかわからず小首を傾げるばかり。

 

 彼らの弟で、ガスマスクにスキンヘッド姿の異形の少年タコ。

 あの血の繋がらない弟に助けられたことが一度もないという子供奴隷は、ここには一人もいないのである。

 ここにいる子供奴隷達は、みんながみんな、彼に大きな借りがある。

 いや、借りがあるどころか、現在進行中で大きな負担を彼に与え続けている状態なのだ。

 なのに、その大恩人たる彼に迷惑をかけると言われてしまっては、流石の彼女達も返す言葉がない。


 そういう弱点をまんまと突くように見事にクロを誘導した張本人は、おかしそうに、しかし声を殺しながら笑みを浮かべてギンコ達を見詰めていたが、やがて、もう一度目の前に立つクロのほうに視線を向け直して最後の仕上げに取り掛かる。


「なぁ、クロ。だけどさ、仕事を手伝ってくれる子だったらどうだい? 特におまえがやってる仕事を手伝ってくれるような優しい子だったら」


「勿論、大好きだよ」


「「「ですよねぇ~~」」」


 クロの言葉を耳にした少女達は、一瞬にして地面から復活すると素早くクロの横へと瞬間移動。

 その変わり身の早さに唖然としているエテ吉を余所目に、彼女達は、わざとらしいほどに真摯な表情と態度でクロを仕事場へと促す。


「さ、クロ。こんなところで油売ってないで仕事に取り掛かるわよ」


「クロくんのつるはしは、私が持ってあげますね」


「今日も、一緒に仕事頑張ろうね」


 物凄くかわいらしい表情と仕草。

 擬音語で今にも『ぶりぶり』と表記されそうなくらいの媚びっぷりでクロに迫る彼女達の姿を、クロとエテ吉は呆気に取られた様子で見詰める。

 しかし、そんなことにお構いなく、彼女達はクロの腕を両側からとると、強引にならない程度に引っ張って自分達に割り当てられている仕事場へと連れて行く。

 戸惑いながらも逆らうことなく彼女達についていくクロ。

 困惑しきりな表情で彼女達についていっていたが、ふと思いついた疑問を口にする。


「う、うん・・あの、みんな、喧嘩はいいの? と、いうか仕事よりも大事なものがあるんじゃ」


「え? 誰か、そんなこと言いましたっけ?」


「さぁ、あちしは知らないけど。リビー知ってる」 


「あたしも知らな~い」


「「「きっと、エテ吉のたわごとね」」」


「おいいいい、なんでだあああああああっ!?」






  

 

 真・こことはちがうどこかの日常


 過去(高校生編)


 第十話 『ミネルヴァ強襲(前編)』


 

 CAST


 宿難(すくな) 連夜(れんや)


 城砦都市(じょうさいとし)嶺斬泊(りょうざんぱく)』に住む、高校二年生。

 十七歳の人間族の少年。

 この物語の主人公で、如月 玉藻の恋人。

 自分の命よりも恋人が大事という、玉藻至上主義者


「いや、僕もできればそうしたいところなんですが」




 如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)


 城砦都市『嶺斬泊』に住む、大学二年生。二十歳。

 上級種族の一つである霊狐族の女性。金髪金眼で、素晴らしいナイスバディを誇るスーパー美女。

 この物語のヒロインであると同時にヒーローでもある。

 連夜の恋人で、連夜のことを心から愛している。

 

「『でも』じゃないでしょ!! 連夜くんのバカ、バカバカバカバカ~~~~~~ッ!!」


 


 ミネルヴァ・スクナー


 玉藻の幼馴染にして大親友。同じ大学に通う大学二年生。二十歳。

 金髪碧眼のスーパー美女。宿難家の長姉にして連夜の実姉。

 連夜と違い人間族ではなく、額に超感覚器官を持つ人型上級種族。

 玉藻に匹敵する美女であるが、玉藻に比べるとややスレンダーで、モデル体型。

 才色兼備なうえに武術の達人でもあるが、彼女にはとんでもないというか、どうしようもなく救い難いある病気が・・


「ちょっ、待て、おまえら!! あたしの前でなんの話をしている・・」




 リビュエー・シーガイア


 玉藻とミネルヴァ共通の友人で、同じ大学に通う大学二年生。二十歳。

 西域半人半蛇(ラミア)族で、メンバーの中では一番の酒豪でもある。

 玉藻、ミネルヴァほどではないが普通に美人。ただし、胸のボリュームが非常に寂しく、それがコンプレックスになっている。

 実は彼女と連夜の間にはある共通の秘密が。


「ボス、あなたこの状況を楽しんでいるでしょ!? 絶対そうでしょ!?」




 クレオパトラ・ポンペイウス。


 リビュエー同様、玉藻とミネルヴァ共通の友人で、同じ大学に通う大学二年生。二十歳。

 人頭獅子胴(スフィンクス)族で、メンバーの中で最も良識のある人物。

 玉藻、ミネルヴァには届かないものやっぱり美人。胸はメンバーの中で最も大きい。

 リビュエー同様、彼女もまた連夜とある秘密を共有している。


「いい加減諦めていただけませんか、あの子のこと」

 

 

 



 他の兄弟姉妹達が見ているにも関わらず、恥ずかしげもなく白々しくとぼけてみせたギンコたちは、満面に笑みを浮かべながら意中の少年と洞窟の奥へと消えていった。

 血のつながらない姉妹達のたくましすぎる背中を呆然と見送ったエテ吉。

 そんなエテ吉の姿を、彼の相棒たる雷獣族の兄弟はなんともいえない苦笑を浮かべて見詰めていたが、やがて慰めるように肩を叩く。

 そして、子供とは思えない悟りきった表情で呟くのだった。


「女とはああいうものだ」


「なっとくいかねええええええええええっ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ