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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
83/199

第九話 『姉烏弟鴉』 その5

「おバカじゃなかったら、『お』をもう一つつけて『大馬鹿(おおばか)』です。あるいは『超馬鹿』です」


「ちょ、ちょうばかって!?」


 姉のあまりにもひどい言い種に力一杯傷ついた表情を浮かべて愕然とする連夜。

 そう。

 美咲・キャゼルヌと連夜は、『姉』と『弟』という関係であった。

 二人の血は繋がってはいない。

 繋がってはいないがしかし、二人は実の姉弟以上の姉弟として強い愛情と絆で固く結ばれていた。

 いや、それは二人だけではない。

 美咲と連夜には、他にも血の繋がらない兄弟姉妹達が多数存在している。

 それは彼らの悲しい生い立ちに関係しているのであるが・・

  

「だいたい、何が『存分に苦しんで死ねばいいじゃん』ですか、何が『あんたの家族も、存分に自分がしたことの償いをするといいさ』ですか。よくもまあ、そんなデタラメを言えますね、連夜は」


「な、何がデタラメなのさ。ざ、ざま~みろって思ったからそういっただけなのにさ、なんなのさ」


「否。それも断じて否です。私達兄弟姉妹の中で、一番どうしようもない『お人好し』のくせに、何が『ざまーみろ』ですか、白々しい。お姉ちゃんの目は節穴じゃないんですよ」


「な、なななな、何の話か僕にはさっぱりわからないな~」


 美咲の追求に対して何か心当たりがあるのか、連夜は慌てて顔を反らすと口笛なんか吹いて誤魔化そうとする。

 しかし、勿論美咲がそんなことで誤魔化されたりするわけもなく、じ~~っとジト目で睨みつけると、連夜の顔からは冷や汗が滝のように流れ始めるのだった。


「否。それも否です。あなたはよ~くわかっているはずですよ、連夜」


「そんなこと言われても、わからないものはわからないんだも~ん。知らないも~ん」


「『も~ん』じゃありません!! まったくもう。ああ、そうですか、もういいです。わかりました。知らないなら知らないでいいです。こっちで勝手に処理します」


「え、ちょ、待ってお姉ちゃん。『処理』ってなに? 『処理』って?」


「大したことじゃありません。ついさっき、偽名で登録された西の城砦都市『アヴァロン』行きのパスカードを使った不審な親子連れが都市西部の馬車駅に現れたという報告がこちらに来ていたものですから」


「ぎくっ!」


 連夜の体をぎゅっと抱きしめたまま顔を横に背け、明らかに不貞腐れているとわかる表情で不審な内容の言葉を呟く美咲。

 その内容を聞いた瞬間連夜の顔が、誰にでもわかるほどはっきり引き攣る。  


「聖魔族の、それもかなりの上級種族の親子連れだったらしいですわ。お母さんと小学生と幼稚園の娘さん二人だったとか」


「ぎくっぎくっ!!」


「旅行に出かけるというよりも、まるで夜逃げするかのような大荷物だったとか」


「ぎくっぎくっぎくっ!!!」


「その偽造パスカードなんですけどね、どう見ても本物にしか見えなかったそうですよ」


「ほ、本物だったんじゃないかなあ」


「ところが、そのパスカードを提示したご婦人、『中央庁』から『奴隷売買』の容疑で手配されているパターソン元管理官の奥様にそっくりだったんですって。ご婦人そのものに後ろ暗いところはないというのはすでに調査済みではありますけど、元管理官のことでまだお聞きしなくてはいけないことがあるので、それが終わるまでは自宅にて待機していただく予定だったんですけどね。ところが、今朝、元管理官の出勤後、忽然と自宅から姿を消されて。『都市防衛警察省』が緊急手配していたんですけどね」


「そ、そうなんだ。あははは」


「なんでもご婦人が姿を消す前、元管理官と入れ替わりで、高校生くらいの人間族の少年が家を訪れたとか」


「へ、へええ、そうなんだ」


「なんだか物凄くタイミングがよろしいですよねえ」


「そ、そうね、そうみたいね」


「・・」


「・・」


 睨みあう二つの人影。

 というか、一方的に片方が睨みつけ、もう片方は既に涙目寸前。

 それでも涙目のほうが最後の抵抗をしようとする。

 が、しかし。

 

「で、でも、もう馬車に乗っちゃって都市の外にでちゃったのならしょうがないよね。あちゃ~、逃げられちゃったかあ、まいったまい・・」


「否。今から連絡すれば高速機動部隊が馬車に追いついて身柄を確保できます」


「え、ちょ」


「素直に吐きますか? それとも強制連行・・」


「ごめんなさい、僕がやりました」


 連夜の心は速攻で『ぽきっ』と折れた。

 そんな連夜の胸倉を掴み、美咲は怒りに任せてぶんぶん振りまわす。


「ど~して、連夜はそんなに甘いんですか!? あなたの心は砂糖菓子でできているんですか!? ただの犯罪者の家族じゃないんですよ!? 人身売買を行っていたという重大犯罪者の家族なんですよ!? あなたも言っていましたよね? 『勝手にその命を売った『人』たちで出来た金で今まで優雅に生活してきたんだ』って。全くその通りです。知らなかったではすまされません。なのにあなたときたら」


「ごめん。ほんと~にごめん。だけど、最低最悪なのはあのクソ野郎であって、その家族じゃないと思うんだ。どちらかといえば、その家族もまた被害者なんだと思う」


「だからって、勝手に逃がしちゃって、どうするんですか!? 逆恨みしてあなたに復讐の刃を向けるかもしれないんですよ」


「あの『人』達はそんなことしないよ。パターソン元管理官のしでかした悪行を聞いてほんとに悔やんで泣いていた。ほんとはね、あの『人』達この都市に残るっていっていたんだ。夫のしでかした罪の償いがしたいって、お父さんの代わりに謝りたいって」


「そうさせてやればよかったのに。いや、そうすべきです」


「そうだね。いつかは向き合わないとダメだね。だけど今はダメだ、ダメなんだよお姉ちゃん。真実が明るみになった後、事件の関係者でそれを知って尚、冷静でいられる『人』は少ない。ましてや犠牲者自身や、犠牲者の家族となれば尚更だよ。暴走する怒りや悲しみや憎悪は必ずその家族にも向かう。誹謗中傷だってきっと生半可なものじゃない。そして、それに耐えられるほど『人』は強くない」


「連夜」


「僕はね、自分が散々差別されて、誹謗中傷されて生きてきたから、というか、今もそうで現在進行形なんだけどさ。そういう思いをする『人』をできるだけ減らしたいんだ。今回は僕の場合とは違うけど、それでもこれから受けるであろう苦しみはそれほど変わらないと思うんだよね」


 連夜の想いを聞いても相変わらず納得できないという表情の美咲。

 いや、『納得できない』というよりはむしろ、『納得するもんか』という表情だろうか。

 そんな表情で睨みつけるようにして連夜を見つめていた美咲であったが。


「お願いだよ、お姉ちゃん。今はあの親子を行かせてあげて。いつかきっと嫌でも向き合わなくてはいけない日が来ると思う。それまではそっとしておいてあげようよ」


「・・」


「何も悪いことをしていないのに道行く『人』にひどいこと言われたり、石を投げられたりなんて思いをするのは僕だけでいい。そんなのは僕一人でいいよ、だから」


 今度は美咲の心が速攻で折れた。

 弟が小さな頃からどれほどひどい目に遭ってきた、どれほどひどい目に遭わされてきたか。

 そのことを血の繋がった本物の家族以上によく知っている美咲である。

 兄弟姉妹の中でも一番可愛いがって気にしている弟にそんな風に言われてしまっては、ダメだなんて言葉を口にすることは美咲には不可能だった。


「だから連夜は『超馬鹿』だって言うんです。『お人好し』にもほどがあります」


「ごめん」


「謝って済む問題じゃありません。でも、もういいです。どうせ、今連れ戻しても、またこの『超馬鹿』の『お人好し』が逃がしてしまうんでしょうから。結局一緒です。だから、無駄なことはしません」


 照れたようにぷいっと顔を背けた美咲は、小さな肩を精一杯いからせながら両手を組んで怒っているんだぞ、ほんとはいやなんだからねと表現してみせる。

 しかし、連夜はそんな姉の様子などどこ吹く風。

 今度は自分から姉の小さな体を抱きよせて、何度も何度も礼を言う。

 それはそれは嬉しそうに。

 自分のことではないのに、本当に嬉しそうに。

 

「ありがとう。ありがとうね、お姉ちゃん」


「否。断じて否です。そんなお礼の言葉受け取りたくありません。」


「そんなこと言わないでよ~。ほんとに心から感謝してるってば~」


「奴隷商人は私達にとって不倶戴天の宿敵なんですよ!? その家族を助けたことで感謝されたって、ちっとも嬉しくありません。そもそも連夜はそんなどうでもいい他人のことよりも、もっと自分のことを心配してください!!」


「あ~、僕は全然大丈夫。めっちゃしぶといから、心配ないない」


「否!! 否、否、否、完全に否です!! 長官からお聞きしたんですからね!!」


 心配そうな美咲に対し、お気楽極楽な調子で軽く返事を返す連夜。

 しかし、そんな連夜の態度を見てとった美咲は、急に激昂して連夜の体を突き飛ばす。


「な、何、どうしたのお姉ちゃん、そんな怖い顔をして? いったいお母さんから何を聞いたっていうの?」


 突然の姉の豹変ぶりに、困惑した表情を浮かべる連夜。

 そんな連夜に対し、険呑な空気を全身から発しつつある美咲は、ある問いかけを口にする。


「このまえ連夜が死にかけたと。あれはほんとですか?」


 一瞬、その場が凍りつく。

 連夜は、すぐにさっきと同じような軽い口調で返事を返そうとしたが、美咲から発せられている空気が冗談では絶対済ませられないものであると察し、言葉に窮してしまう。


「あ~、う~」


「どうなんですか?」


「えっとぉ、そういうこともあったかなぁ~なんてね」


「馬鹿っ!!」


 パシッと部屋の中に乾いた音が一つ響き渡る。

 叩かれたことを自覚した一瞬後、鈍い痛みが頬を走る。

 叩かれた本人は、『いきなりぶつことないでしょう?』と思わず口を開きかけるが、目の前で盛大にぼろぼろ涙をこぼしている美咲の姿をみると闘志は完全に消失。


「ご、ごめんなさい」


「否!! その謝罪は受けられません。ごめんなさいじゃないんです!! もういい加減にしてください!!」


「いやだってさ、こっちが普通にしてても向こうから絡んで来るし、逃げても逃げても追いかけてくるし、かわし続けるのも限界ってものがね」


「否、その言い訳も断じて否です。だから、何度も言っているではありませんか!! 護衛をつけてくださいと。なんで、護衛をつけることを嫌がるんですか!?」


「だって護衛の人が巻き込まれちゃうじゃない」


「是。それが護衛の仕事です!! そもそも護衛の方の身の安全よりも、まずご自身の身の安全のほうが大事でしょ!?」


「僕のせいで誰かが傷ついたり死んだりしたら、嫌だもん。それが僕の身近な『人』だったりしたらそれこそ立ち直れないよ」


「是、その通り、私も、いや、私達だってそうです。あなたを失えばいったいどれだけの『人』が立ち直れないほどの精神的ダメージを負うと思っているんですか!! 何故それがわからないんですか?」


「いやその」


「名の知れた腕利きの護衛官をつければ見ず知らずの『人』は信用できないとかなんとかいって辞めさせてしまうし、リビュエーとクレオを護衛につければあっさり別の仕事を押しつけて遠ざけてしまう。その上、自分からどんどん危険なところに首を突っ込んで何度も死にそうな目にあって傷だらけで帰ってくるし・・うう・・ええ・・」


「ああああ、ちょ、お姉ちゃん泣かないで!! もう、こんなにいいお姉ちゃんを泣かすなんてほんとひどいやつもいたもんだ、まったくもう!!」


「あなたです!!」


「いや~、それほどでもぉ」


「否、褒めていません!! もう、ほんとにいい加減反省しやがれです、この超馬鹿弟!!」


 一向に反省する様子を見せない弟の胸板になんども自分の拳をぽかすかと叩きこむ美咲。

 涙目になりながら本気で怒りの声をあげる大事な姉の姿をしばらく道化じみた笑顔で見つめていた弟だったが、やがて、どこか疲れたような笑顔を浮かべてその腕をそっと握ると、できるだけ乱暴にならないように叩くのをやめさせる。


「ごめんね、お姉ちゃん。本当の弟でもない僕のことを心配してくれてありがとうね」


「否、血は繋がっていなくてもあなたは私の本当の弟です!! あなただけじゃない、リビュエーもクレオもあの収容所にいたみんなが私の兄弟姉妹です!! あなたは違うというんですか!?」


「ううん、そんなことはないよ。僕にとってもみんな大事な兄弟姉妹だ。今いるみんなも、そして、いなくなってしまったみんなも」


「だったら二度とそんな言い方しないでください。そんな寂しい言い方、好きじゃありません」


「そういう意味じゃなかったし、そういうつもりでもなかったんだ。失言だった、ごめんね、お姉ちゃん。ただね、みんなそろそろ自分の幸せを探してもいいじゃないかって。僕達は本来家族になるべくして生まれてきたわけじゃない。本当の家族からいろいろな理由で引き離され、連れ攫われ、その行き着いた先で生き残るために、お互いを利用しあうという意味で家族になったものだ。それぞれには帰る場所があって、それぞれに生きるべき道があった。そこに帰るために血を吐くような思いをしてやっとの思いでそこに辿りつけたんじゃない。本当の自分の家族を大事にして、本当の生きる道をもう一度歩んでいくべきなんだ。それが生き残った者達の義務なんだと思う」


「そして、いなくなってしまった私の兄弟姉妹の怨念はあなた一人で背負って生きていくのですか? 私達から兄弟姉妹を奪った奴ら全てにその『祟』の一文字を叩きつける役目を自分一人で背負って生きていくのですか? 否です。きっぱりお断りします」


 美咲の眼には先程と同じ絶対零度の光。

 しかし、目の前に立つ弟はそれに臆することなく美咲のかわいらしいほっぺを両手で掴むと、むに~っと横にひっぱってみせる。


「ちょ、ひゃに、しゅるんれしゅか!?」


「そんな怖い顔しても駄目駄目。お姉ちゃんさぁ、この前正式に婚約したんでしょ?」


「え、な、なんで連夜がそのことを知っているんですか?」

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