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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
82/199

第九話 『姉烏弟鴉』 その4

 ここまで説明されてようやくレラジェは、『闇』が発する呪いの言葉の意味を理解していた。


「そ、そそそそそんなことになったら妻や、子供達はどうなる!? つまはじきにされるだけじゃなく、下手をすれば復讐に狂った暴徒の餌食になりかねない」


「え、ひょっとして今やっと、理解したの? おそっ!! あんた、ほんとにそういう可能性については何も考えていなかったんだね」


 絶叫しつつ自らもどした吐瀉物の中を這いずり、『闇』のほうに四つん這いで向かっていくレラジェ。

 そこに立つ『人』影にすがりついて懇願するつもりでずんずん進んでいくがしかし、『人』影を包みこむ『闇』に触れた途端にレラジェの体をまたもや強烈な不快感が襲いかかる。

 それでも何度かそれを我慢して進もうとするが、結局果たすことはできず、仕方なく『闇』の無い場所まで後退したレラジェ。

 今度はその場で土下座を始めるのだった。


「頼む。お願いだ、それだけは許してくれ。妻も子供達も私がしていたことは何も知らんし、何も関わっていない」


「いや、だから、それはもう調査して知っているってば。それに、僕は何もしないっていったじゃん、さっき。心配しなくても『中央庁』の捜査官達も奥さん達には何もしないよ、安心して。よかったよかった」


「よくない!! それだけではダメだ!! なあ、頼む、お願いだからなんとかしてくれ。この都市は差別主義者に対して厳しい罰則のある都市だ。勿論、奴隷の所有や、人身売買などもってのほか、どれだけ軽く済んだとしても死刑以外の罪は考えられないくらいの重大犯罪だ。そんな都市に住む人々の大半はそれらの行為に激しい嫌悪感と怒りを抱いている。当然それらの感情は罪を犯した者に対してだけでなく、その家族にも容赦なく向けられてしまう」


「だから?」


「このままでは俺の家族はよってたかってなぶり殺しにされちまうっていっているんだよ!!」


 感情を抑えきれずに、絶叫とともに頭をあげたレラジェ。

 

「なあ、頼む。お願いだ。なんでもする。俺はどうなってもいい。家族だけは・・家族だけは助けてくれ」


 涙と鼻水が流れ続けるのにも構わず、何度も頭を上げ下げして必死に『闇』の中の『人』影に己の家族の安全を願う。

 しかし


「別に助からなくてもいいじゃん。っていうか、存分に苦しんで死ねばいいと思うよ」


「なっ」


 実に。

 実に愉快そうに『闇』が嗤う。

 それはレラジェがこれまで一度として聞いたことがないくらい『邪悪』な気配に満ち満ちた嗤い声だった。


「だいたい、あんたってどれだけ記憶力悪いのさ。さっき僕は聞いたよね? あんたがエルフ族の母親に嘆願されたとき、あんたはその願いを聞いたのかって」


「そ、それはしかし!!」


「『因果応報』とか『自業自得』って言葉知らないの? あんた博学なんだから、それくらい知ってると思ったけどね。まあ、あんたの奥さんやお子さん達は、あんたが手にかけた、あるいは勝手にその命を売った『人』たちで出来た金で今まで優雅に生活してきたんだ。全くの無実ってわけじゃない。あんたも、あんたの家族も、存分に自分がしたことの償いをするといいさ」


 そう言って、人『影』はその一瞬だけ殺意を放ったあと、興味を失くしてしまったのか、先程同じように部屋の片隅でまた闇の一部と化した。


「もうよろしいですか?」


「申し訳ありません、キャゼルヌ筆頭補佐官。横から口を挟んでしまって」


「否。謝ることはありません。今回最大の功労者であるあなたにはそれだけの権利があるのですから」


「功労者・・ですか」


 どこか自嘲気味な呟き。

 それを耳にした美咲の氷の表情に一瞬ヒビが入る。

 しかし、すぐにそれを修復してみせた美咲は、自分の隣に立つ最後の『人』影に視線を向けた。


鳶影(とびかげ)護衛官。すいませんが、パターソン元管理官を隣部屋へ。そして、そのままその身柄をテイラー捜査官に引き渡してください」


「承知」


 美咲の声に応じたあと、すっとレラジェの側に滑るような足取りで近寄ったのは昆虫系種族の一つ、中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族の男性。

 トノサマバッタによく似た顔、一見するとバトルスーツのように見える濃緑色の武骨な外骨格、四本の腕、そして、昆虫種族らしい細く長い二本の足。

 昔の東方野伏(ニンジャ)が着用していた忍装束をアレンジしたような戦闘服に全身を包み、背中には四本の忍者刀が括りつけている。 

 その彼は、実に手慣れた様子でカーペットの上で途方に暮れた様子で虚脱しているレラジェを立ち上がらせると、巧みに腕を捻子りあげて拘束。

 逃走できないように完全に動きを制限した見事な状態でレラジェを隣室へと連れ出していった。


「終わりましたね」


 レラジェが連れ出されて完全に部屋から姿を消したのを見届けた美咲は、氷の仮面を脱ぎ捨て『人』の表情で部屋の片隅の『闇』を見つめた。

 そこには先程までの絶対零度の視線はない。

 それとは全く逆、まるで大切な肉親を見つめるかのような温かみのある瞳。


「終わったね。まあ、とりあえずってところなんだけどね」


 その言葉に応える『闇』にも先程までの『邪悪』さはない。

 やはり、そこにあるのは美咲と同じもの。

 大事な肉親にかけるような温かみのある言葉。


「否。レラジェが思ったよりも小人だったのは計算外でしたが、それでも彼の漏らしてくれた情報のおかげで思わぬ大魚が釣れそうです。とりあえず、ではなく、これが『バベルの裏庭』の総本山に辿りつく為の突破口になるかもしれません。『経済産業省』に彼らの人脈が入り込んでいることは掴んでいたのですが、その人物まで特定できずにいたのです。それが、重鎮のカミオ管理官だったとは」


「お母さんは『中央庁』の膿を一掃したって言っていたけど、結局、そうじゃなかったんだねぇ」


「是。残念ですが仰る通りです。未だにこの『中央庁』は伏魔殿のままということなのでしょう」


 期せずして、二人は揃って同時に重い溜息を吐きだした。

 そして、一人は素顔の上に、もう一人は仮面の裏側に苦笑を浮かべて見せる。


「何度も決意を新たにしているけど、やっぱりあいつらゴキブリとの戦いはこれからも長く続きそうだね」


「是。それも残念ですが、その通りでしょう。でも、絶対諦めたりはしません」


「そうだね。それよりもお姉ちゃん、ごめんね。無理言ってついてきちゃって。本当は『中央庁』の正式な職員でもない僕が同行するのはおかしいことなのにね」


「否。確かにあなたは正式な職員ではありません。しかし、あなたは我ら『機関』が誇る最強の汎用特殊部隊『托塔天王(たくとうてんのう)』の一員なのです。それは他でもない我らが『機関』のボス、ドナ・スクナー長官が正式に認可したこと。誰に恥じる必要もありません」


「それでも、それはあくまでも内部のこと。表だって公表することはできない内容なんだから、あまり大っぴらに行動するのはよくないよ。今後は自重します、キャゼルヌ筆頭補佐官、本日は本当にご迷惑をおかけしました」


「否。迷惑だなんて、そんなこと思っていません。今まで一度だってそんなこと考えたこともありません」


「ありがとう。そう言ってもらえるとちょっと気持ちが楽になるよ。しかし、本当に今回は肩透かしだった。あれだけ大掛かりな誘拐作戦を行う奴だから、きっと大物に違いないと思ったんだ。だから直接確認しようと思って無理言ってついてきたんだけど、それがまさかあんなどうしようもない小物だったとは。こんなことなら犯行現場の撮影に集中するなんてするんじゃなかった。もし、僕があのとき、誘拐の阻止の為に動いていたら・・」


 『人』影が発する悔しげな歯ぎしりの音に呼応するかのように再び部屋の中に広がり始める『闇』。

 その『闇』は少し離れたところに立つ美咲の元へも伸びて行く。

 やがてそれほど長い時を待つまでもなく『闇』は美咲の細く美しい足に絡みつき、見る間に腰へ、腰から胸へ、そして、最終的には美しくもかわいらしい顔へ。

 レラジェに凄まじいまでの嫌悪感、不快感、そして、圧迫感を与えた『闇』。

 しかし、絡みつかれた美咲は、それらの『負』の感覚に襲われたような様子は見せず、むしろ、懐かしい何かに触れるかのように優しくも悲しい表情で自分の顔に到達した『闇』をそっと撫ぜる。


「否。断じて否ですよ、連夜。それはあなたもよくわかっているはず。ううん、この子達もそんなこと望んでいない。この子達の想いをそんな風に曲解しないでください」


「やるせないんだ、お姉ちゃん。頭で理解できても感情では納得できないんだ。僕一人の力でどうこうできる状況じゃなかった。それは僕が撮った映像がはっきりそう告げている。わかっているさ。わかっているんだけどね」


「是。そうです、あの状況で誘拐のターゲットとなっている観光客のみなさんを救出することは無理でした。数十人からなる誘拐犯の大部隊です。普段あなたが相手をしているような素人丸出しの不良達とはわけが違います。場数を踏んだ油断できない悪党達です。あなたの戦闘能力はよくわかっています。でも数十人のあの大部隊を相手にするのは無理です。ましてや相手は人質もとっているんです。そんな状態であなた一人が戦いを挑んでも犬死です。あなたは最善を尽くしてくれました。誰が何と言おうと私はそう主張します。普通なら『異界の力』を遮断する大型設備なしでは行くことができない、危険な『害獣』の巣の中に飛び込んで、動かぬ証拠となる奴らの犯行現場を録画してくれたのです。『異界の力』が全くない連夜にしかできないことです。亡くなった方々には本当に申し訳ないと思います。でも、あのとき連れ攫われた『人』達は全て救出することができたし、なによりも、今後犠牲者を出さずに済むのです。それもこれもあなたが手に入れてくれた犯行現場の録画映像のおかげです」 


「でも・・それでも僕は、あの、親子を助けたかったよ。それができなかったのは、勇気がなかったのと、自分の復讐心を優先させたかったからだ」


 力ない言葉がポツリと『人』影から零れおち、部屋いっぱいに広がっていた『闇』は一気に『人』影の中へともどっていった。

 まるで泣いている『人』影を慰めるように『夜』のような色になった『闇』が『人』影を優しく包み込む。

 しばし、悲しみに満ちた重い空気が部屋の中を流れ続ける。


「ごめんなさい。いっつも連夜にばかり辛い思いをさせちゃいますね。ほんと、私はお姉さん失格ですね」


 レラジェに相対していた時のような毅然とした声とはまるで違う。

 その声の質に気がついた『人』影はあわてて頭を上げる。

 そこには悲しみに満ちた表情を浮かべる美咲の姿。

 

「そ、そんなことないよ。お姉ちゃんがいてくれるおかげで僕もやり過ぎずに済む。今回のことだって、お姉ちゃんに大分サポートしてもらったし。ごめん、ほんとごめんね。僕のほうこそ弟失格だよね。自分ばっかり可愛そうみたいにさ、やな感じだよね~」


 目深に被っていたフードを後ろに倒し、『祟』の一文字の書かれた仮面を外した『人』影は、ゆっくりと潜んでいた闇の中から姿を現す。

 黒髪黒目の人間族の少年。

 美少年ではないし、偉丈夫でもない、かといって不細工でもない。

 どちらかといえばかわいい感じ、そこそこ整った顔。

 どこにでもいる普通の高校生。


 しかし、とても普通の高校生とは思えない波乱に満ちた人生を歩んでいるその『人』影は、言うまでもなく宿難(すくな) 連夜(れんや)その人だった。 


 ゆっくりと美咲に向かって歩いてくる連夜。

 その姿をしばしなんとも言えない表情で見守る美咲。

 やがて彼が完全に『闇』から姿を現すのを見ると、堪え切れなくなったように小走りに近寄ってその体を思い切り抱きしめる。


「なになに? お姉ちゃん、どうしたのさ?」


「ほんと連夜はおバカです」


「ひどっ!! いきなりひどっ!!」

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