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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
81/199

第九話 『姉烏弟鴉』 その3

「正当な権利? 奉仕する義務? 凄いね、おじさん、そんなに偉いんだ?」


 明らかな嘲笑。

 だが、そこに含まれているのは笑いごとでは決してすまない凄まじい感情の嵐。

 抑えられた声の中に含まれるのは、とてつもない激しさを秘めた、『憤怒』、『憎悪』、『悲哀』、そして・・


 『怨念』


 巨大な巨大すぎる『怨念』の塊。


 部屋の片隅にある光の差し込まぬ空間。

 そこにうっそりと立ちつくすのは小柄な『人』影。

 身長は百七十ゼンチメトルないであろう。

 大きな大きな黒いフード付きのボロボロになった戦闘用コートに身を包んだその人物。

 外見だけなら街を徘徊する浮浪者かと錯覚しそうな姿。

 しかし、その彼の全身から噴き出し続けているのは社会に背を向けた無気力なそれではない。

 思わず目を背けたくなるような濃密な『闇』。

 血に塗れた邪悪な気配。

 

 ヤバい、こいつは絶対にヤバい。


 暗黒社会を十年以上渡り歩いてきたレラジェはいろいろな悪党をその眼にしてきた。

 しかし、今、自分の目の前にいる『人』物は彼が見てきたいずれとも違う。

 強烈な意志、凶悪な気配、そして、見ているだけで吸い込まれて『無』へ誘われそうな、むせかえるような『死』の臭い。

 何か、ともかく何か言わなければ殺される。

 自分の中に湧き上がるわけのわからぬ衝動に駆られるままに、レラジェは言葉を紡ぐ。


「え、偉いに決まってるだろうが。私は上級種族だ。かつてこの大陸に覇を成した『聖魔』の頂点にあったものの末裔だぞ。正当なる王族の一族だったものだぞ。その私が下僕を求めて何が悪い?」


 口の中に飛び込んできた、犬のフンのような臭いのする強烈な何かを上品な高級カーペットの上に吐きだしながら、開き直ったように自分の権利を主張するレラジェ。

 そんなレラジェを黙って見つめていた黒装束の影。

 その影の発する『闇』が急速に強さを増して部屋の中へと広がっていく。


「それだけか?」


「は?」


「たったそれだけのことが理由なのか? 他にはないのか? 家族の為にとか、失われた王権を復活させるためにとか、『害獣』に復讐するために囮となる捨て駒が必要だったとか。本当にたったそれだけの理由で、おまえは奴隷狩りを行っていたのか?」


「そ、それだけとはなんだそれだけとは!? 高貴な血を崇拝して奉仕するのは下賤な下級種族どもに与えられた天命であろうが。私はそんな高貴な仕事を遂行する機会を与えてやったのだ」


 尚も言い募るレラジェ。

 そのあまりの言い種に『闇』は更に勢いを増すかと思われたが、しかし。


「ここまで突き抜けて馬鹿だと、むしろ罪悪感が薄れる。聞いてよかったのか悪かったのか」 


 心の底から呆れ果てたと言わんばかりに呟いた影は、片手をその顔にあてながら俯くと、やれやれという風にゆっくりと首を横に振って見せる。 


「キレ者と聞いていたから、少しはマシな話が聞けそうと思って生け捕りにする方針に納得したんだけど。駄目だこいつ。今まで捕まえてきた奴の中でも最低ランクの見かけ倒し雑魚だった。がっかりだ。こんなことなら・・」


 『はふ~』と大きな溜息を吐きだした後、影はもう一度意識をレラジェのほうへと向けた。

 緩みかけた『闇』が再び意志を持って動き出す。


「現場で殺しておくんだった」


 凄まじいまでの凶悪な殺意。

 流石のレラジェも一瞬にして口を噤む。


「お前達クズを全部あのとき始末しておけば、あれだけの犠牲者が出ることもなかった。あのノーム族のおじいさんも、コボルト族のお兄さんも、そして、あの親子も死なずに済んだ」


 部屋の片隅から『人』影は一歩も動いてはいない。

 しかし、声が聞こえるたびに片隅から伸びる『闇』が少しずつレラジェへと迫っていく。

 じわり。

 またじわりと


「あわ、あわわわ」


「だが、僕はそうしなかった。お前達の犯行現場を映像に収めることを優先させてしまった。殺すよりも、この証拠となる映像を撮ることを選択してしまった。この証拠を元に根こそぎお前達を捕まえることができるかもしれないという誘惑に勝てなかったのだ」


「『闇』が・・『闇』が迫ってくる」


「結果論にすぎないが、今となっては僕の選択は間違っていたとしか思えない。お前のような小物を捕まえたところで、お前達の後ろに隠れる汚らしいゴキブリの住みかまでは辿りつけないのだろうからな」


「く、くるな!! くるなくるなくるなああああ!!」


「いずれ僕も地獄に落ちるだろう。結果的に彼らを見捨てた僕は、お前達と同じ穴の狢だ。どれほど美辞麗句を並びたてようと、どれだけそれらしい建前を言い繕うと、僕は知っている。僕自身が犯してしまった罪を知っている。だから、いずれ来る裁きの刃を僕は喜んで受けることを誓う。絶対にそれを避けたりはしない、誤魔化したりもしないと約束しよう。だが、そのまえに」


「ふわああ、ふわああ、な、なんだこれは!? な、なんだああああ!?」


 ノーム族の名工が作ったという豪華な椅子からずり落ちたレラジェの体に、カーペットの上をゆっくりと流れてきた『闇』がまとわりついていく。

 彼の靴先から殊更ゆっくりと彼の体を這い上っていく『闇』

 レラジェの体を何とも言えない気持ちの悪い感覚が走り抜ける。

 凄まじい嫌悪感、凄まじい不快感、そして、凄まじいまでの圧迫感。

 『闇』が彼の腰まで覆い隠したとき、レラジェはたまらず今朝食べたばかりの朝食を全て、カーペットの上にぶちまけた。


「お、おげえ、おげええええええっ」


「今、おまえが感じているものは、おまえが殺した罪なき『人』々の悲しみ、怒り、憎しみ、そして、数々の怨みつらみが『念』となったもの。どうだ? おまえが作り出したおまえに対する『怨念』の感触は?」


「やめろ、やめてくれええええええっ!!」


「『やめろ』? やめろって言ったのか? 今?」


「そうだ、やめろって言ってるんだ、このバケモノが!!」


「なあ、パターソン元管理官殿。一つお聞きしたいのだが」


「な、なんだ? なんでも答えるから早くこれをなんとかしてくれえ」


「あのとき、おまえが殺そうとしたエルフ族の母親が『子供だけは殺さないでください、命を奪わないでください』、そう言ってお前に嘆願したとき、おまえはどうした? 願いを聞き届けて子供を助けてやったのか?」


「そ、それは・・」


「おまえは願いを聞かなかったな? なのに、僕はおまえの願いを聞いてやらなくてはいけないのか?」


「頼む、頼むから、助けてくれ!! なんでもする、おまえの言うことならなんでもきく!! それとも金か? 金ならいくらでも」


「いらないよ。と、いうか、あんたほんとに小悪党以下の雑魚だな。興ざめすぎる。この期に及んでそんな手垢だらけの定番のセリフを恥ずかしげもなく口にできることだけは尊敬に値するが、それでもつくづく思うよ。殺す価値もないとね」


 今度こそ呆れかえったと言わんばかりに首を横に何度も振り、大きく深い溜息を吐きだしてみせる『人』影。 

 すると、それが合図だったかのようにレラジェの体に纏わりついていた『闇』がす~~っと離れていく。


「た、た、助かった。げ、げえええ、くそったれ、ま、まだあの気持ち悪い感覚が抜けん、げええ」


「ここで死んだほうがよっぽどマシだったのに。ほんとに哀れな男だな、あんた。なあ、パターソン元管理官殿。あんたずっと、『下級』、『下級』って連呼しているが、ほんとに理解できないのかね? 差別し、見下すほうはどうとも思っていないかもしれないが、差別され、見下されるほうはどれだけの苦痛と屈辱を味わっているかを」


「そんなもの知るか!! 上級種族として生まれた我々に、汚らしいゴミ虫である下級種族や奴隷どもの気持ちなどわかるはずもなかろう? 『人』は生まれた時から優劣が決定づけれているのだ。おまえこそそんなこともわからないのか?」


 未だに無様にカーペットの上に跪いた状態で胃の中のものをげ~げ~吐き続けながら、それでもレラジェは傲然と言葉を返す。

 しかし。


「あら、そうなんだ。じゃあ、今回のことは奥さんと娘さん達にとって、それを知るいい機会になるだろうね」


「何?」


 先程までの『殺意』は消失したものの、明らかな『敵意』を含んだ嘲りまじりの言葉。

 その言葉の中に存分に含まれた猛毒を、レラジェは敏感に察知して表情を強張らせる。   


「き、貴様、何を・・何を言っている?」


「あんた、綺麗な奥さんと、なかなか可愛い娘さんが二人いるよね。奥さんの名前はノオミさん、上の娘さんは小学校一年生でペーテルちゃん、下の娘さんは幼稚園児のグンネルちゃん」


「ま、待て、待ってくれ」


「奥さんは町内会の役員さんだったね。調べたところによると町内の評判も凄くいいらしいよ。旦那と違って上級、下級の差別を全くすることないし、性格も大人しくて控え目だけど社交的。町内の奥様連中のまとめ役なんだってさ。そんな奥さんの教育を受けているからだろうけど、まあ、二人の娘さんの評判もなかなかいいよ。上のお姉ちゃんは男顔負けの凄い殴り合いのケンカするらしいけど、さっぱりした性格だから誰からも好かれているっていうし、下の妹はお母さんに似て大人しくて聞きわけのいい子なんだってさ。うらやましい家族だねえ、元管理官」


「か、家族に何をする気だ? やめろ、やめてくれ」


「おいおいおい、あんたと一緒にしないでくれないか。僕はあんたと違って、あんたの家族にまで復讐の刃を向けたりはしないよ。まあ、あんたの家族が犯罪に関わっていたというなら話は別だけど、調査した結果、あんたの家族はあんたがしている裏の仕事のことは何一つ『知らない』ってことだしね。僕はどうこうしたりはしないよ」


 『闇』の中で肩を竦める気配。

 一瞬和む空気の流れに、レラジェはほっと安堵の息を吐きだしかける。

 だが。


「だけどね」


「だ、だけど!?」


「あんたの正体を知ったご近所のみなさん、学校のクラスメイト達、幼稚園のお友達がどんな行動に出るかについては僕の知ったことではない」


「は? な、何を言っている?」


 『闇』から再び吐き出される凶悪な猛毒を含んだ言葉。

 しかし、レラジェはその意味がわからず、きょとんとした表情で『闇』の中に立つ『人』影を見返す。

 

「あ~あ、本当にあんたって奴は、ほっんと~~にどうしようもないね。さっきまで絶対『祟り殺す』って息巻いていた自分がつくづく馬鹿に思えるよ」


「意味のわからんことを言うな!!」


「意味がわかってないのあんただけだって~の。あ~もう~いやになっちゃうな~。いちいち説明するのも面倒臭いんだけどなあ。でもなあ、ここまでふっておいて肝心の本人が理解してないんじゃしょうがないよね~。あのね、よく聞いてね。あんたはこれから逮捕されます。さっき美咲お姉ちゃ・・じゃなくてキャゼルヌ筆頭補佐官から説明があった通り、主な罪状は『拉致誘拐』、それに『人身売買』ね。『中央庁』の役人の中でもトップクラスの逮捕劇だから、当然マスコミに隠すことなんてできません。すぐにあんた達が逮捕されたっていう情報はマスコミに流れて、全都市ネットで緊急放送されます、間違いなくね。当然、未成年でもないあんたの名前は大々的に公表されちゃうわけです。」



【『中央庁』のエリート管理官逮捕される、市民に親切なナイスガイの正体は、冷酷非道な奴隷商人】



「ね? そんな見出しが想像できない? さて、そこで問題だ。あんたの知人友人はどうだか知らないけど、あんたの奥さんやお子さん達の知人友人のみなさんはあんたのその正体を知らなかったわけだよね。と、いうか、今、現在はまだ世間一般から見たあんたのイメージは、市民に親切な管理官で、妻を心から愛している頼りになる旦那様で、優しく子供思いなお父さんなわけだ。ところが、そんなニュースが流れたらどうなるか? あんたの名声は地に落ちる。いや、そんなことはどうだっていい。問題はそれに巻き込まれることになる何も知らない奥さんやお子さんたちだ。今まで付き合ってきた隣の奥さんが、実は冷酷な犯罪者の妻だったと知ったら、町内のみなさんはどう思うだろう? 昨日まで一緒に遊んできた友達が、実は自分達を誘拐して奴隷にしたかもしれない凶悪な奴隷商人の子供だったと知ったらなんて思うだろう?」


「そ、それは・・それは、それは駄目だっ!!」

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